2017年10月20日金曜日

野党の言う「市民」とは誰のことか?

市民と野党の共闘。いい加減に聞き飽きたフレーズです。しかし市民と共闘する野党が国民の支持を伸ばせないのですから、いわゆる「市民」とは、限られた一部の人々を指す言葉なのでしょう。

野党が好んで使う「市民」はネットスラングの「プロ市民」に近い人々のことです。憲法やら自衛隊に極めて関心の高いマイナーな人々です。大多数の「庶民」とは無関係です。大多数の庶民は憲法や自衛隊より、自分達の生活に最も関心があります。景気や社会保障、消費税などです。メディアの世論調査を見ても、関心の高い項目はこうした分野です。

そのことにいち早く目をつけたのが安倍氏です。安倍氏は民主党政権時代に彼らをよく観察したはずです。民主党は憲法やら自衛隊やら、庶民の生活向上よりも彼らの得意なイデオロギーに走り、対米関係を悪化させ、沖縄に混乱をもたらしました。

そして、庶民に最も関心のある生活向上に関しては、あまりに稚拙な経済政策が行われ、円高を放置し、財務省や日銀の言いなりになって消費増税にまい進していました。これを見て安倍氏は「これだ」と確信したに違いありません。野党の最大の弱点は、庶民の生活よりイデオロギーに走る彼らの姿勢であると。

そこで安倍氏は資本主義における経済政策理論を3つ(金融・財政・構造)も取り入れたアベノミクスを最優先に掲げ、庶民の生活向上に失敗した民主党に代わって、まず経済最優先で戦うことにしたのでしょう。そして実際、不十分とはいえ理論どおりの結果になりつつあります。あたりまえです。世界的に常識とされる経済理論を使うのですから、安倍氏でなくても成果は出ます。常識的なことをしただけです。

ところが、その常識的な経済理論すら実施せず、かといって新しい理論を提唱するでもなく、ただ反対してきたのが野党です。対案があると言うものの、しっかりした理論に基づくものでなければ意味がありません。ただの対案ならラーメン屋の親父でも出せるからです。

今回の選挙でも、野党は相変わらず憲法やら自衛隊です。プロ市民は大喜びでしょう。プロ市民はマイナーとはいえ、一定数が存在しますので、手堅い戦いをするでしょう。しかし彼らの支持層の多くは高齢者であり、いまや若い人の多くは自民党を支持するようになりましたから、やがて消滅してゆくと予想されます。永遠に政権を取ることはできません。経済よりもイデオロギーだからです。

野党は「プロ市民」から脱却し、庶民を見なければならないでしょう。庶民は生活の向上に最も興味があるのであり、極端に言えば憲法や自衛隊なんかどうでもいいのです。ポピュリズムだのなんだのとマスコミが騒いでも、そういうものなのです。もちろん、野党が政権も取れずにプロ市民といっしょにずっと遊んでいればいいのであれば、それでも結構ですが。

だから、庶民の生活を豊かに出来ない政党には、それ以外は何も出来ないのであり、庶民の生活を豊かにできる政党なら、それ以外の分野においても力を発揮することができるのです。

2017年10月19日木曜日

MBとMSの説明なき新聞記事は役立たず

新聞テレビの経済記事にはマネタリーベースとマネーストックの話が出てきません。両者をごちゃまぜにして単に「おカネ」と言っているだけです。金融制度の根幹システムをスルーする新聞記事は読むに値しません。

ご存知のように、マネタリーベースとマネーストックは両方ともおカネではあるものの、根本的に役割が違います。これをごちゃまぜにして単に「おカネ」と表現するのは限りなくウソに近い行為です。

マネタリーベース(現金・日銀当座預金)は日銀が市中銀行に供給するおカネのことであり、これは日銀と市中銀行の間でしか(政府も含まれるが)関係のないおカネです。国民や企業には直接関係ない。言うなれば、これは「堀の内側(金融部門)」にあるのです。だから、いくら日銀が金融緩和でおカネを発行しても、それはマネタリーベースであるがゆえに、国民や企業のおカネが増えるわけではありません。世の中のおカネは増えず、いわゆる銀行の金庫に「ブタ積み」になるのです。

一方、マネーストックは国民や企業の保有しているおカネであり、これが日常的な取引に利用されたり貯蓄されたりしています。これが世の中のおカネです。ですから国民生活にとって直接に重要なのはこのマネーストックというおカネなのです。そのおカネは市中銀行が信用創造によって預金を発生し、その預金を家計や企業に貸し出すことで発行されます。言うなれば、これは「堀の外側(非金融部門)」のおカネなのです。

そして「堀の内側」と「堀の外側」では、それぞれに別のおカネ(マネタリーベースとマネーストック)が循環していて、直接に関わることはありません。そしてその堀の両側に立って、マネタリーベースとマネーストックに関係性を持たせているのが市中銀行なのです。「堀の内側と外側」これが今日の金融制度の基本システムです。

ところが、新聞テレビの経済記事では、決してマネタリーベースとマネーストックという言葉は出てきません。単に両方とも「おカネ」と言っています。そのため、多くの一般国民はまったく違う両者のおカネを同じものだと考えているでしょう。これでは金融政策の正しい理解は不可能です。

こんな新聞テレビが、やれ「出口戦略」だの「財政再建」だのと書くのですから、呆れるを通り越して怒りを禁じえません。マネタリーベースとマネーストックもきちんと説明しないでおいて、正しい理解などできるはずもないからです。おかげで、何も知らない国民は、出口戦略は増えすぎたおカネを減らすこと、財政再建は借金を返すこと、としか理解できないのです。

マネタリーベースとマネーストックは、経済の最低限の知識です。
最低限の知識も書かない新聞記事は読むだけ時間の無駄です。


2017年10月18日水曜日

内部留保に課税するなら家計の貯蓄にも

企業の内部留保が増え続けていることを受けて、内部留保への課税が主張されているようですが、なら家計の貯蓄にも課税すべきでしょう。

企業の内部留保(利益剰余金)は家計の貯蓄(預金)に該当する部分です。同じくストックだからです。どちらもおカネを使わずに貯めこんでいます。そのために世の中のおカネが回らずに景気が良くならない。なぜ企業が貯めこんだカネは責めるのに、家計が貯め込んだカネは責めないのか?どちらも経済を冷やしている点では同じです。

家計の貯蓄は、家庭の生計を安定させるために、ある程度は必要でしょう。だからむやみに責められるべきではないはずです。しかし何億円も使わないで貯めこんでいれば、これは責められるべきではないでしょうか。本人の努力の成果だという理由であれば、いくら貯めこんでも許されるのでしょうか。

同じように考えるなら、企業の内部留保(貯蓄)も企業経営を安定させるためにある程度は必要だと考えて当然でしょう。だからむやみに責められるのはどうかと思います。とはいえ、使わないで何十億も何百億も貯めこんでいれば、これは責められるべきだと思います。企業の努力の成果だという理由であれば、いくら貯めこんでも許されるのでしょうか。

ついでに言えば、政府の埋蔵金。あれは政府の貯蓄ですから。あれは責められて当然でしょう。しかし政府の役人に言わせれば、政府の業務を安定化させるためにある程度は必要だと言うでしょう。確かにある程度は埋蔵金があってもいいのですが、それだけ世の中のおカネは回りにくくなるのです。

家計だろうと企業だろうと、おまけに政府まで、おカネを貯め込むのが大好きなんですw。みんなでおカネを貯めこんだら、世の中のおカネが回らなくなるのはあたりまえでしょう。

それでもおカネを貯めこみたいのなら、おカネを増やしなさい。たくさん貯めこんでも、それ以上におカネを増やせば世の中におカネは回ります。しかしおカネを増やしたくないなら、貯めこんだおカネを課税で回収するしかありません。それは家計だろうと企業だろうと政府だろうと同じであって、それこそ「聖域」なんてありません。

課税に聖域なんか認めたら、
聖域におカネがどんどん吸い寄せられて、
社会が歪むんじゃないですか。

内部留保に課税しろと騒ぐのは大いに結構です。ならば家計の貯蓄にも、政府の埋蔵金にも厳しく対応すべきと主張するのが当然ではないかと思うのです。それが嫌ならカネを刷ればいいのです。

2017年10月12日木曜日

不景気に「高齢化、潜在成長率、価値観」は関係ない

日本の経済が低迷(デフレ化)する理由として高齢化、潜在成長率、人々の価値観の変化が繰り返し新聞テレビで報道されますが、あんなものは関係ありません。国民にカネがないのが原因です。

もちろん、高齢化、潜在成長率、人々の価値観の変化が日本の経済の低迷にまったく無関係ではありませんが、およそ誤差範囲です。主たる原因は国民にカネがないこと、一部の金持ちや高齢者がしこたま貯蓄しているため、庶民にカネが回ってこないことです。ですから、カネを国民に配れば景気はたちどころに良くなります。バブル経済の頃を思い出してみれば良いのです。

と言えば、御用学者は「昔と今は時代が違う、昔は高齢化していなかったし、潜在成長率も高く、人々の購買欲も高かった」としたり顔で言うかも知れませんね。しかし本当ですか?

日本のデフレ化は、バブル経済の崩壊後に「いきなり」始まったのです。もしデフレの原因が高齢化、潜在成長率、価値観の変化にあるというならバブルが崩壊すると同時に、いきなり高齢化社会、潜在成長率の低下、人々の価値観の変化が生じたのか?そんなはずはありません。そうしたものは徐々に変化するからです。ではいきなり変化したのは何か?おカネの増え方なのです。

日本の不況は高齢化でも、潜在成長率の低下でも、人々の価値観の変化でもなく、おカネの供給が急激に低下したことで始まったのです。そして低下した状態は今でも続いているのです。

(グラフ:マネーストックの伸び率と経済成長率)

グラフを見れば誰でも直ぐにわかります。小学生でもわかる。ところが新聞テレビ、御用学者は見ざる、聞かざる、言わざるを決め込み、おカネ以外の理由探しを始めたのです。それが、高齢化、潜在成長率、価値観の変化です。そして、それがさも原因であるかのように、何度も何度も繰り返して国民を洗脳してゆきます。

もちろん、それらがまったく無関係なのではありません。関係はあるのですが、決して「主因」ではないのです。ここを見間違えると、問題は迷宮に入ってしまいます。

だからおカネを国民に配り、国民所得を引き上げれば日本の景気はまるでウソのように回復します。ウソだと思ったらやってみればいいのです。もう20年もおカネの増加を抑えてきたのですから、いい加減に元に戻すべきです。バブル崩壊前の水準までおカネの供給量を戻し、そのおカネを国民に配るべきです。にもかかわらず、何かの理由をつけては逃げてきたのです。

おカネの供給量をバブル崩壊前に戻すだけなので、ハイパーインフレなどになるわけがありません。バブル期でもインフレ率は3%程度です。そんな心配よりバブルの再燃(銀行債務の膨張)への対策の方が重要でしょう。それは規制強化で対処できます。

いい加減に「低成長の理由探し」はやめましょう。
国民におカネを配るのです。

2017年10月11日水曜日

今回の選挙に期待したい結果

ぶっちゃけ、自分が「今回の選挙でこうなったらいいな」と思っていることを書きます。

いつの選挙もそうですが、「緊縮の議員がすべて落選」することを期待しています。が、そういうことは現実には起きないので、今回の選挙では、「緊縮の総理が出ないこと」これを最も望んでいます。その意味では不本意ながら安倍首相が最も適任です。

野党はすべて金融緩和に消極的で、財政出動の規模も、全然足りない安倍政権よりさらに少なくしたいようです。身を切る改革などと主張する政党もあります。国会議員が身を切るのは勝手ですが、その代わりに国民にも増税で身を切ってもらうなど、ふざけています。

積極的な金融・財政という点では、アベノミクスを超えようとする政党はありません。野党はアベノミクスのようなショボイ金融・財政すらやらないというのですから、これでは安倍政権の維持を望むしかありません。そういう意味で、自民党・公明党で過半数を獲得することを望んでいます。

仮に過半数を下回った場合、自民党と他党の連立政権となり、安倍首相の代わりに自民党の誰かが新たな首相として出てくるでしょう。自民党内には「緊縮議員」がひしめいていますので、緊縮議員が首相に選出されて、それでなくともショボイ安倍政権の金融・財政政策が、さらにショボくなる恐れがあります。

他党についてはどうか。希望の党がベーシックインカムを打ち出したことは、おおいに評価すべきことだと考えています。小池氏自身が述べた「AIからBIへ」を彼女が十分に理解しているとは思えませんが、これから時間をかけて修正すればいいと思います。ですから、希望の党が第二党としての地位を確立することを望んでいます。もちろん、希望の党がベーシックインカムを取り下げるようなことがあれば、お話になりません。

希望の党がベーシックインカムを主張すれば、希望の党に親和的な人々の間で、急速にベーシックインカムの考え方が広がる可能性があります。これは、これまで欧米に比べて立ち遅れてきたベーシックインカムに関する国民の知名度を引き上げる効果があるはずです。もしベーシックインカムを主張する政党が第二政党の地位を確立すれば、その効果はさらに大きくなるはずです。

希望の党のベーシックインカムは、まだまだ稚拙なために、相当な批判を浴びるでしょうが、ひるむことなくベーシックインカムの主張をより活発に展開していただきたいです。

安全保障に関して言えば、曲がりなりにも保守系が主流になると予想されるため、根本的な問題の解決には至らないものの、当面は心配していません。

左派系の野党に関しては、とても残念ですが期待していません。本来は左派系の野党こそ先頭に立って、より積極的な金融・財政政策をリードし、ベーシックインカムの旗振り役を務めていただきたかったのですが、どうやらその反対の方向に向かっています。とても社会主義を目指しているとは思えません。ずっとそれを望んできたのですが・・・・。

ということで、極めて勝手な自分の願望を書きましたw。

まとめとしては、安倍政権が過半数で政権を維持、希望の党がベーシックインカムを前面に押し出した上で第二党の地位を確立する。これですw。


2017年10月10日火曜日

ヘリマネで円安になっても大丈夫な理由

ヘリコプターマネー(通貨を発行して国民に給付する)政策を行うと円安になり、輸入物価が上昇して生活が苦しくなるのではないか、と心配する声があります。確かに円通貨を発行すれば円安になりますが、それで生活が苦しくなる心配はありません。所得がそれ以上に増える可能性が高いからです。

2017.10.10

(ねこ)
景気対策としておカネを発行して国民に配る「ヘリコプターマネー」はいい政策だと思うにゃ。でもおカネを発行すると為替市場で円安になり、輸入品の価格が値上がりするから生活が苦しくなると心配する人がいるのにゃ。大丈夫なのかにゃあ。

(じいちゃん)
大丈夫じゃ、しかしこれを説明するのはいささか困難じゃ。つまり一言で片付けられるほど単純ではないからなんじゃ。だから話は長くなってしまう。さて、円安の問題よりもまず最初に頭に入れて欲しいことが二つある。

①国民の購買力は物価と所得の双方で決まる。
②日本の輸入力(購買力)は輸出競争力で決まる。

(ねこ)
ふ~ん、どういうことかにゃ。

(じいちゃん)
①国民の購買力は物価と所得の双方で決まる。

仮に物価が上昇しても、同時に国民の所得が増えれば国民の購買力は逆に向上し、人々の生活が豊かになることは十分にある。その実例がバブル崩壊前までの日本経済じゃ。例えば高度成長期の日本はインフレ率が5%以上もあった。しかしその20年間に賃金が7倍にも増えたので、インフレはまるで問題にならなかったんじゃ。オイルショックというインフレ騒ぎもあったが、あれは中東戦争などによって生じたもので、極めて短期間に終わった事故のようなものじゃ。じゃから、仮に物価が上がっても所得が増えれば国民の購買力は維持あるいは向上する。

②日本の輸入力(購買力)は輸出競争力で決まる。

貿易はおカネを利用して行われる。しかし実際にはモノがやり取りされている。だから基本は物々交換なんじゃ。だからその国の製品の競争力が重要になってくる。つまり輸出競争力の高い製品をたくさん生産できる国は、そのぶんだけ外国からたくさんの商品を輸入することができる。それが基本じゃ。そしておカネはあくまでもその交換の仲介をしているに過ぎない。だから大きく見れば、日本の輸出競争力が高ければ、日本は高い購買力を持つことになり、より多くの商品を輸入できる。つまり貧しくなることはない。

貿易はおカネが絡んでくるため非常に複雑じゃが、この二つを頭に入れておけば、そんなに惑わされることはないと思うのじゃ。

(ねこ)
ふ~ん、それで、円を発行して国民に配ると円安になるにゃ。すると輸入品の物価が上がるけど、それでどうなるの?

(じいちゃん)
まずヘリコプターマネーを実施するということは、国民におカネを配ることじゃ。じゃからそれだけで国民の所得は向上する。仮に毎月1万円のヘリマネを実施するとすれば年間12万円の給付となる。たとえば家族(4人)だと支給額が年間48万円で、年間消費400万円の家計だとすると12%の所得向上に匹敵する。もし物価が12%値上がれば相殺されてしまうが、それほど物価が上昇するとは思われない。毎月1万円のヘリマネを実施すると年間15兆円のおカネが増えるわけだが、これは日本の現預金およそ900兆円のわずか1.6%に過ぎない。

為替相場は両国間の通貨供給量によって決まるとするソロスチャートと呼ばれる考え方がある。これは投機で有名なジョージ・ソロス氏の考案したチャートなんじゃが、短期的に誤差はあるものの、長期的にはよく一致しているという。ドルと円であれば、ドルと円のおカネの量の比率で交換比率、つまり為替相場が決まるのというのじゃが、考えてみれば当たり前じゃ。

すると、ドルと円の為替市場で、円の総量が1.6%増えただけで為替が12%も動くとは考えにくい。しかも、影響を受けるのはあくまでも輸入品・輸入資源に関わる製品だけだから、そのほかに日本国内で生産される様々な商品の相場と合算した結果としては、物価全体の変動は為替の変動幅よりも小さくなる。

よって、物価の上昇幅はヘリマネで国民に給付されるおカネの金額を上回ることはないと思うのじゃ。

(ねこ)
ふにゃにゃ~ややこしいのにゃ。

(じいちゃん)
そうなんじゃ、非常にややこしい。おまけに話はそれで終わらない。もし円安になったら貿易はどうなるじゃろうか。円安になると日本の国際競争力がどんどん高くなる。すると日本の製品が外国でバンバン売れるようになるから、貿易黒字が大量に出る。輸出企業の業績が伸びれば日本の景気は良くなり、当然ながら人々の賃金が上昇して所得は向上する。最初は輸出産業だけが儲かるが、やがて国内全体に波及することになる。これはバブル崩壊前に日本が貿易を急速に伸ばしたことで国民所得もどんどん増えたことを思えば容易に理解できるはずじゃ。また円安になれば海外へ移転した企業の国内回帰も考えられる。

また貿易黒字が大量に出ると、為替市場では円買いが行われて円高圧力が生じてくる。これによって、円安にはある程度の歯止めがかかる。ゆえに貿易黒字による円買い実需がストッパーとなって、円安が過度に進むことは防がれると思うのじゃ。

よって、円安による輸出拡大によって景気が活性化し、国民所得が向上することで円安による輸入品の価格上昇の影響は吸収できると思うのじゃ。

(ねこ)
ややこしいにゃ~、でも所得が増えればインフレなんか気にしなくても大丈夫なんだということは、わかるのにゃ。インフレを心配するよりも、むしろ国民所得を向上させる方法を考えた方がいいにゃ。

(じいちゃん)
まったくじゃな。じゃが話はまだおわらん。円を発行すれば円の金利が低下するので円を借りやすくなる。この円を借りて為替市場で売り、ドルに換えて海外に投資するいわゆる「円キャリー」が活発化する可能性もある。そうなると円は為替市場で売られるため、円安が加速する恐れはあると思う。しかし一方でベーシックインカムによって内需が拡大すると日本の経済が成長するため、投資機会を提供することになる。日本国内に投資する場合は円通貨が必要になるから、為替市場では円を買う動きが出て、円安は抑制される。

そして、一番ややこしいのが投機じゃ。これまでも世界で為替がおかしな動きをしてきたのは、マネーゲーム、為替投機に原因がある。短期的に投機の動きを予測することはほぼ不可能なんじゃ。何しろゲームじゃからな。もし投機の動きを正確に予測できるヤツが居れば、たちどころに大富豪になれる。だから投機がどれほど為替に影響を与えるかわからんのじゃ。

リスクとしては、円の売り浴びせじゃろう。これに応じて日銀が中途半端に円買い介入すれば利ザヤを与えることになる。しかし日本の通貨量は膨大じゃから、おいそれと売り浴びせはできないじゃろう。またこうした空売りは、売るための資金を借り入れ(あるいはレバレッジ)によって調達することで拡大する。マネーゲームにカネを貸さないように規制したり、あるいは通貨制度を改革することでかなり抑制できると思う。

おカネは貿易のような実体経済とは違って、利ザヤを抜くために複雑な動きをするため、為替がどの程度変動するかを事前に予測することは難しい。

(ねこ)
おカネは本当にややこしいのです。本来は単純なはずの経済を複雑でわかりにくくしているのです。

(じいちゃん)
まあ、やむを得ないところじゃな。じゃが経済の基本はあくまでも財(モノやサービス)を生産して交換することにある。じゃから先に説明した①と②の考え方からすれば、心配する必要はないと思うのじゃ。物価を気にするよりも、国際競争力の高い製品を生産し、国民の所得を増やすことを考えた方が結果として国民は豊かになるはずじゃ。

とはいえ、頭でそう理解しても不安はあるじゃろう。そこで予防策を講じておくことが必要だと思う。その予防線はインフレターゲット政策じゃ。

インフレターゲットとして、例えば3%を設定するとしよう。そしてヘリマネを毎月1万円の支給からスタートする。そして物価の動向を慎重に見ながら、可能であれば次の年に毎月2万円に増やす。もし3%を超えそうなら次の年の増額は取りやめて2万円でしばらく様子を見る、という具合じゃ。ただし景気が良くなるとインフレになるのは当然なので、物価ばかりに気を取られてはまずい。国民の所得が増加している可能性が高いからだ。

国民の豊かさは物価変動を差し引いた実質購買力、あるいは実質所得によって左右されるので、これが伸びているうちはインフレを心配する必要はない。それこそ、高度成長期のように5%のインフレ率でも給料がどんどん増えれば問題ないんじゃ。

じゃから、インフレターゲットを設定してそれを超えないように、国民の実質所得にも気を配りながらヘリマネを行えばそれほど心配する必要はない。仮にインフレの抑制が厳しいようなら消費税を増税して消費を抑制することでインフレを抑えることもできる。それを財源として低所得者への再分配を強化する。

(ねこ)
にゃるほど、やり方には工夫が必要なんだにゃ。ただ漫然とカネを刷って撒けばいいわけじゃないにゃ。

(じいちゃん)
ほっほっほ、そんなことしたら大変なことになるぞ。本当におカネはわかりにくいし、これが誤解や混乱の原因になっておる。とはいえ貨幣経済を放棄するわけにもいかん。しかし経済の本質が財の生産と交換にあることをしっかり頭に描いておくなら、漠然としながらも、正しい方向性は見えてくるはずなのじゃ。

(サイト記事として同時掲載)

2017年10月7日土曜日

ベーシックインカム逓増法で反対論を封じる

ベーシックインカムを小額から始めて徐々に増やす(逓増)方法の導入により、多くの反対論を簡単に封じることができます。それ以外にも方法はあるでしょうが、私はこれをお勧めします。

ベーシックインカムをいきなり毎月10万円とか15万円にするのではなく、毎月1万円からスタートして徐々に増額し、10年で毎月15万円まで計画的に増額する。場当たりではなく、ロードマップをきちんと描いて目標金額を掲げ、不断の決意で進める。それなら毎月1万円からスタートしても大丈夫です。

逓増法を使えば、反対論者に簡単に反論することができます。

「財源がない」

>毎月1万円の支給から始めれば財源は通貨発行益だけで賄うことが現実的です。毎月1万円の支給に必要な予算は年間約15兆円です。現在、日銀の量的緩和で発行されるおカネは年間80兆円ですから、その程度は問題なく供給できるでしょう。毎年インフレ率の様子を見ながら、通貨発行だけで毎月3~4万円程度まで、徐々に増加することは可能でしょう。

「通貨発行だけでは賄えないから増税になる」

>小額のベーシックインカムは景気回復の呼び水となる可能性があり、そうなればわざわざ増税しなくても、税収がグンと増えます。また、既存の給付型社会保障の予算を一部付け替えることも財源として考えられます。それにより毎月8万円~10万円程度まで賄える可能性があるでしょう。あくまでも増税は最終手段であり、最初から増税など必要ありません。

「代わりに社会保障が切り捨てられる」

>毎月1万円程度の支給だけで、年金や生活保護などの社会保障を切り捨てるなど考えられません。せいぜい、等価減額(BIで1万円増やしたら、1万円だけ減らす)でしょう。そもそも通貨発行で財源を確保するのに、社会保障を切り捨てる必要などありません(儲けが出てしまいますw)。もちろん、将来的にベーシックインカムだけで十分な生活保障ができるようになれば、年金も生活保護も不要になるでしょう。

「働く人がいなくなる」

>小額ベーシックインカムの月額1万円程度で働かなくなる人はいないでしょう。徐々に様子を見ながら支給額を増やしていけば、離職者が急激に増えることを防ぐことは十分に可能だと思われます。将来的に豊かな社会になれば、働く人が減るのは当然です。

「ハイパーインフレになる」

>ベーシックインカムによって国民の購買力が増えるのですから、当然ながら消費が増えて人々が豊かになり、インフレが発生します。しかし物価は市場における需要と供給のバランスによって決まるので、毎月1万円程度の小額ベーシックインカムでハイパーインフレになるほど消費は過熱しません。ベーシックインカム毎月1万円の予算は約15兆円ですが、これを毎年供給してもマネーストックの伸び率は年率1.6%程度に過ぎません。バブルの頃はカネが溢れており、マネーの伸びは10%ちかくありました。しかしバブルの頃でもハイパーインフレにはなっていません。今はデフレなのでインフレになったほうが良いくらいです。

「円が暴落する」

>金融緩和を毎年80兆円もやってますが、円は暴落していません。毎年15兆円程度の通貨発行は問題にならないでしょう。また、円安そのものは日本の輸出産業に追い風となります。景気がますます良くなります。輸入物価が上昇するとしても、ベーシックインカムによる所得向上と、好景気による賃上げの両方が期待できるため、それほど問題にはならないと思われます。

「ベーシックインカムは行き詰る」

>行き詰ることは考えられませんが、仮に行き詰っても問題ありません。毎年1万円の支給から初めて毎年増額し、5万円の支給段階で行き詰ったとしても、それ以上に支給額を増やせなくなるだけであり、誰も困りません。おそらく増額が厳しくなる最大の理由はインフレだと予測されますが、インフレは供給不足が原因ですから、生産性の向上、技術研究開発、設備投資を促進すれば解消すると思われます。

こんな感じです。

2017年10月4日水曜日

豊かな社会を築く基本は2つだけ

経済システムは複雑です。しかし良く考えてみると、豊かな社会を築くための基本的な原理はわずか2つだけであり、それを原点に考えると経済はすっきりわかります。

①より多くの財(モノやサービス)を生産すること
②生産される財の量に見合う必要かつ十分なおカネを配ること

基本原理はわずかこの2つだけです。御用学者や新聞テレビのごちゃまぜ情報で頭が混乱するならば、まさにこの2つの立場から考えを整理すればスッキリするでしょう。

どうすれば社会が豊かになるか?それにはまず、財(モノやサービス)をより多く生産すればいいのです。財が多ければ多いほど、社会が豊かになるのは当然だからです。ですから、まずこれが第一の原理になります。これに異論を唱える人は、さすがに居ないでしょうw。

次に、財がどれほど豊富にあっても、それを買うためのおカネが人々に十分に行き渡らなければ、単に在庫の山ができるだけで、人々はちっとも豊かになりません。国民におカネを行き渡らせることが、第二の原理になります。これも異論はないと思います。

ほとんど、小学生でもわかる話ですね。しかしこれこそが、豊かな社会を築くための基本原理であり、経済政策の根本的な目的となるのです。

もちろん、この2つの原理をいかにして達成するか、その方法は様々であり、それゆえに経済論には多くの流派が存在すると考えられます。しかし、その中でもこの2つの原理に明らかに反している考え方が存在しています。まったく論外の考えです。

それが「緊縮財政」です。

この緊縮財政を推進する財務省の御用学者の記事が、なんと10/4付け読売新聞の1面のド真ん中に、堂々と掲載されていました。つまり、読売新聞のスタンスは緊縮財政です。

その記事は「安倍政権が全世代型社会保障で若者への給付を増やすなら、高齢者への社会保障は抑制すべき」と主張します。しかし、これでは高齢者の年金は減少してしまいます。あっちを増やせば、こっちを減らす。こんな発想では社会は豊かにならないのです。

そもそも、技術革新によって日本の生産能力はこれからもますます拡大するはずです。人工知能やロボットによって、生産能力は飛躍的に増加するでしょう。社会全体の財(モノやサービス)の生産量が増えるのですから、どうして高齢者をわざわざ貧しくする必要があるのか?

社会全体の生産量が増えるなら、あっちを増やせば、こっちを減らす必要はありません。両方増やすことが可能なはずなのです。ところが、財務省の御用学者はこんな小学生レベルの理屈すら理解できません。次のように主張します。

「高齢化社会で生み出される富の量は減るのだから・・・・」

さすがに、腰が抜けるほど驚きましたねw。これがどこそこの研究員だそうですよ。この人は未だに人間が財の生産の主力だと思い込んでいます。まあ100年前の人ですね。今日、財の生産は機械が行います。生産設備つまり「資本装備率」こそが生産量の最も大きな要因なのです。

財務省の御用学者も読売新聞も、「日本はもうダメ、貧しくなる」という、根拠のない後ろ向きの悲観論が前提なのです。こんな前提では国民生活が良くなるはずがありません。

このように、緊縮財政は「豊かな社会を築く基本」に明らかに反しています。経済政策の考え方には、いわゆるリフレ派、ケインズ派といった考えの違いはあります。しかし方法論の違いはあれ、両者ともに基本原理に反するものではありません。しかし緊縮財政だけは明らかに違うのです。

緊縮財政。これこそが、日本の生産力を毀損し、国民を貧困化する忌むべき考え方なのです。




2017年10月3日火曜日

ワイズスペンディングじゃあ旧民主党と同じ

ワイズスペンディング(賢い財政支出)の考え方は、歳出の総額を増やさずに内容を最適化する方法です。しかしこの方法は掛け声だけで何もできなかった「旧民主党政権」と同じ考えです。所詮、おカネがなければ何もできないのです。

旧民主党政権においても、ワイズスペンディングによって社会を変えようと考えられていました。おカネの使い道を変えるのだと。そして実際、民主党が打ち出したのがコンクリートから人へ、つまり「人」への投資であり、また少子化対策としての「子供手当て」であったわけでしょう。

人への投資や子供手当ての考え方は極めて正しい政策であり、それは今の安倍政権が似たようなことをしていることからも明らかです。安倍政権が最近打ち出した「全世代型社会保障」など、政策名が違うだけで、目指す方向は同じです。だから、民進党は安倍の争点潰しにあってしまったわけです。

では、旧民主党政権の何が根本的に間違っていたのか。財源に関する考え方です。あくまでも歳出を増やさず、限られた税収の範囲で、歳出の使い道の変更によって人への投資を実現しようとしたことです。これこそが、民主党の非常に甘い点だったのです。

予算の付け替えだけで、それほどの予算は捻出できません。あれだけ事業仕分けだなんだと大騒ぎしても、出てくるおカネは微々たる金額に過ぎません。それでは大きな政策を打つことなど不可能なのです。だから掛け声だけで何もできずに終わってしまった。もしあの時、旧民主党が頭を切り替えていれば、今頃は社会も大きく変わり、自民党の1人勝ちに終止符が打たれていたかも知れません。

しかし旧民主党は金融政策に関して極めて保守的な考え方しか持ち合わせておらず、もっと言えば、おカネの仕組み、意味をまるで理解していませんでした。そのため、ヘリコプターマネーはおろか、日銀の量的緩和政策にすら考えが及ぶことはなかったわけです。

世の中はカネの手当てができなければ何もできません。しかし、カネさえ手当てできれば、それを生かす生産力・技術力のパワーは日本に余るほどあるのです。実際にパワーが余っている(労働力・資本過剰)からデフレなのであり、賃金が低下してしまうのです。もしパワーが足りないのならデフレではなく、日本はとうの昔にインフレになっているはずです。つまり、足りないのはおカネなのです。

そうした極めて簡単な、小学生でもわかる理由に気付けば、今まさにおカネを発行し、それを財源として大胆な政策を打つべき絶好のタイミングであると理解できるでしょう。まさに絶好のタイミングなのです。今しかない。なぜそれをミスミス逃してしまうのか。

もし、小池氏の希望の党がワイズスペンディングで世の中を変えられると考えているのであれば、それは旧民主党政権とまったく同じです。実に甘い。予算の付け替えで出たショボイ財源で打てる政策など知れています。その場合、結果は見るまでもなく、旧民主党と同じ結果になるはずです。つまり、希望の党はイメージだけ良くて結局は何もできないまま終わるのです。

2017年10月2日月曜日

衆院選の争点は自民党内の総理交代です

衆院選の争点が様々に言われますが、最終的に選挙で何が決まるのか?安部内閣の継続か、それ以外の自民党の総理に代わるか、その選択だけでしょう。政権選択(与野党交代)の選挙ではありません。

民主党が政権交代を実現した2009年の時に比べて、安倍内閣の支持率がそれほど低いわけではありません。ですから、新たな政党である「希望の党」が単独で政権を確保できる可能性は高くないと思われます。とすれば、もし仮に自民+公明が過半数を割り込んだとしても、希望の党との連携のような形になるはずであり、新しい政党への政権移行はありえないと思われます。

そうであるなら、次のような図式になるはずです。

①自民+公明で過半数の場合
=安倍政権の継続

②自民+公明で過半数割れの場合
=安倍以外の自民党政権

つまり、衆院選挙の後でも、自民党政権であることは変わらず、安部自民党政権か、それ以外の自民党政権か、その選択になるわけです。

つまり、新聞マスコミの解説するような争点など、あって無いようなモノだと思います。事実上、投票からもたらされる結果は①または②なのですから。ですから、あまり争点を複雑に考える必要はなく、むしろ複雑に考えるほど頭が混乱して判断を誤るだけ、そんな気もするのです。

とにかく、安倍以外なら誰でもいい、政策なんかどうでもいい、つまり「安倍おろしが目的化している」人にとってはチャンスかも知れません。そういう人は財務省や文科省をはじめとする官僚には多いでしょうね。安倍は政治主導の下に官僚と厳しく対立していますから。左派系の中にも、とにかく安倍でなければ誰でもいい、という人はいるようですし。

それにしても、希望の党からは、なにも政策が出てきません。とりわけ国民の最大の関心事項であるはずの経済政策、マクロ政策についてはまったく不明です。消費税の増税延期だけでは、あまりにも不十分です。どんなマクロ政策で行くのか。新聞マスコミも、ドタバタ劇で騒ぐのは好きでも、まともに取材しません。

しかし、新しい政党がこんなザマでは、また安倍自民党に投票するしか選択肢がないという、馬鹿げた事態になりそうな予感がします。各政党とも、一刻も早くマニフェストを発表して、マクロ経済政策に関するスタンスを明確にして欲しいですね。

希望の党に投票するかどうかは、マクロ政策で決めます。

2017年9月28日木曜日

財務省の「財源ガー」より大隅教授の言葉

新聞もたまには良い記事を掲載します。ノーベル生理学・医学賞受賞の大隅教授の講演会の記事がありました。博士の言葉「ゆとりがなければ科学は育たない」。

大隅教授は日本の科学・学問の置かれた現状に危機感を覚えているという。このままでは日本の学問研究は衰退してしまうかも知れない。公演の中で博士はこう述べられたという。

「今の日本はゆとりを失っている。ゆとりがない心から、おもしろい科学は生まれない。社会が役に立つことばかり求めていては、科学は育たない。ある研究が花開くのは10年後なのか100年後なのかは、誰にもわからない。本当に知りたいことを蓄積していく先に人類の将来はある。」(引用)

まさに正しい見解です。学問研究に成果や効率を求めることがそもそも異常なのです。とりわけ基礎科学の分野は、大隅教授のオオートファジーにしろ、何の役に立つのかまるでわからない。しかしそんなことは考えずに研究を始めたといいます。興味があるから、おもしろいから研究に没頭したわけです。

こうした研究は下手をすると本人が生きている間に何の成果(経済的効果)を得ないことすらあります。しかし、それらは確実に経験として積み重なり、世代を超えて大きな成果を生み出すこともありえるのです。実際、人類の科学や技術の進歩は世代を超えて受け継がれ、蓄積されることで発展してきたものであり、一個人の努力や才能の成果ではないのです。人類総がかりで生み出す、社会財産なのです。

それを、たかだか数年単位で学問研究に成果を求める姿勢は傲慢であり、科学に対する冒涜です。その根本には「投資効率」という「拝金主義」が存在しているのです。カネ、カネ、カネ、カネ。そんなにカネが惜しいのか。

マスコミ記者の質問は「何の役に立つんですか、成果はあるんですか」。財務省は「財源ガー、無駄遣いの排除」。まさに頭の中はカネ、カネ、カネ。

科学とは無駄遣いの大いなる成果である。

そんなこともわからん拝金主義者、財政再建カルトの連中によって、日本の研究学問、そして経済活動が潰されてゆくのは、極めて残念であるし、強い憤りを感じざるを得ないのです。

2017年9月27日水曜日

成長戦略はいいわけに過ぎない

新聞テレビはしきりに成長戦略の必要性を報道しますが、具体政策は何も出てきません。結果として、単に人々の関心を成長戦略に向けさせているだけなのです。何十年を経ても成長戦略は出てこない。無いからです。

そもそも成長戦略を政府が考えることは不可能です。不確実性の時代になると、民間でも成長戦略を成功させることはとても難しい。唯一の方法は「数撃てば当たる」という確率論方式です。つまり、チャレンジの数が多ければ、失敗の山の中から成長戦略が生まれてくる。

しかし、そんなことを政府がやったら大変です。誰が失敗の山の責任を取るのか?それこそ新聞マスコミがよってたかって叩くでしょうww。だから民間が失敗の山を作る役割を引き受けなければならない。

重要なことは、人々の購買力を強化することです。カネがなければ、いくら良い製品が生まれても売れない。もちろん「超ウルトラ級の画期的商品」なら、人々におカネが無くても売れるかも知れませんが、そんな製品はめったに生まれない。つまり、失敗する可能性が高くなる。チャレンジャーは次々に討ち死にしてゆくでしょう。

一方、人々に購買力があれば、そこそこ良い製品であれば、そこそこ売れるはずです。そうすれば、チャレンジャーのリスクは軽減されるので、新たにチャレンジする人は増えてくるはずです。もちろん銀行や投資家の投資機会も増えますよw。

つまり成長戦略に必要なのは「モノやサービスが売れる経済環境」です。まずこれが大前提のはずなのです。カネがなくて売れないのに、成長戦略もあったものではありません。

日本の成長が止まったのは、バブル崩壊後に金融が引き締められて以来です。それ以来、基本的に金融はずっと引き締められ続けており、おカネの供給は減ったままです。バブル崩壊と同時に成長戦略が無くなったわけではありません。

成長戦略ではなく、おカネの供給が経済成長を支えていたのです。そんな簡単なこともお忘れですか?

ですから、もう何度も主張するように、給付金・ヘリコプターマネーなのです。成長戦略より、まずモノやサービスが売れる経済環境を作る必要があります。そこをまったくスルーして成長戦略の必要性を、しかも一つの具体論も出さずに記事を書く新聞テレビには呆れてしまいます。

そんなに新聞テレビは、国民にカネを配るのが嫌なのか。


2017年9月26日火曜日

財政再建はまったく不要、むしろ毒薬

財政再建は日本経済を死に至らしめる毒薬です。必要なのは財政再建から頭を切り替えることです。国債発行も通貨発行も、同じ「通貨の供給」だからです。

財政再建はまったく不要です。必要なのは「国債発行による通貨供給」から「通貨発行による通貨供給」への発想の転換です。税収の不足分を国債ではなく通貨発行によって賄えば、そもそも国債なんて必要ないのです。そうすれば財政再建・財政赤字の問題は根本的に発生しません。本当は将来のツケなんて存在しないのです。国債を発行することで、わざわざツケを作っているのです。歳入を「税収+国債」ではなく「税収+通貨発行」に変更するのが根本的な問題の解決方法です。

国債の代わりに通貨を発行するとインフレになる、と騒ぐ人が居るでしょう。しかし、国債の代わりに通貨発行をしてもインフレの短期リスクは国債発行と同じ程度に過ぎません。なぜなら通貨発行も国債発行も、ほとんど同じだけ世の中のおカネ(マネーストック)を増やすからです。だから、国債発行でも通貨発行でも同じだけインフレになる。通貨発行してインフレになるなら、国債を発行してもインフレになるのです。

ではなぜ日本では1000兆円以上の国債を発行してもインフレにならないのか。国債の発行によって供給された1000兆円のおカネの大部分が、貯蓄されたまま動かないからです。国債だからインフレにならないのではなく、おカネが貯めこまれて動かないからインフレにならないのです。ですから国債ではなく通貨発行で1000兆円のおカネを供給しても動かなければ同じなのです。

ただし政府による通貨発行はマネタリーベースを増やすので、金融緩和と同じ効果があります。市中銀行はこれを元に何倍にも膨らませて預金(マネーストック)を信用創造するので、これがバブルやインフレの長期リスクとなります。とはいえ、これは日銀の行っている金融緩和と同じです。ご存知のように、金融緩和してもちっともインフレになりません。ですから、過度にインフレの心配をする必要はありません。

そして、財政再建は不要どころか毒薬です。
財政再建は金融引き締めどころの騒ぎではないからです

金融引き締めは中央銀行がマネタリーベースを減らすことです。これが市中銀行の金利の引き上げを促し、貸し出しの増加を抑制します。貸し出しが抑制されることで世の中のおカネ(マネーストック)の伸びが低下するわけですから、それは間接的な方法です。基本的に世の中のおカネが減るわけではありません。

ところが、財政再建は家計に課税して世の中のおカネを直接に吸い上げて相殺(おカネを消す)してしまうため、世の中のおカネ(マネーストック)を直接減らすのです。つまり、財政再建は経済の「毒薬」なのです。財政再建によって、世の中のおカネが直接にドンドン減ってしまうのです。これは強力なデフレ圧力となります。

日銀が、金融緩和によって貸し出しを増やし、世の中のおカネを増やしてデフレを脱却しようという最中に、財務省が財政再建によって世の中のおカネを減らそうと言うのですから、まさに「アクセルとブレーキを同時に踏む」ような行為であり、飛行機なら「逆噴射」で墜落間違いなしですね。財務省はやる事が支離滅裂です。

財政再建はまったく不要、むしろ毒薬なのです。


2017年9月25日月曜日

マクロ政策争点なき衆院選は不毛

衆院選の各党マニフェストはまだですが、方針概要が新聞等で報道されています。しかし各党ともミクロ政策ばかりで、これでは何回選挙をしたところで同じことの繰り返しです。

自民党は人づくり革命や全世代型社会保障(教育の無償化・支援)であり、民進党もほとんど同じ社会保障や同一労働同一賃金といったあたり。ちょっとした騒ぎになっている小池氏がらみの新党(希望)も、しがらみのない政治とかワイズ・スペンディング(支出)を掲げるらしい。これらはほどんどがミクロ政策です。

経済政策において国政が地方政治と決定的に違うのは「マクロ政策」があることです。ある意味でミクロ政策は地方自治体でもできます。そして地方自治体こそ限られた財源の中で、いかに公共のための政策を行うか=ワイズスペンディングが重要です。地方はまさに家計簿の世界です。

しかし国政はマクロ政策として、国家経済全体を大きく動かす重大な政策を担ってます。マクロ政策の柱は財政政策と金融政策の二本柱であり、これをどうするかが課題です。

教育の無償化や同一労働同一賃金もマクロに与える影響は当然にあるわけですが、基本的にマクロはおカネの量が重要になります。財政政策の内容は当然重要ですが、全体としての財政出動をどれくらいの規模で行うか、が重要です。こうした報道がほとんどありません。

また、もう一つの柱である金融政策については各党ともまるでありません。金融政策は日銀の専権事項ではないのです。国民の意思を反映しなければ、金融政策は日銀の「恣意」で動かされてしまいます。それは民主主義ではありません。たとえば金融緩和はどうするべきか、インフレターゲットはどうあるべきか、それらの目標は国民が決めなければなりません。つまり公約です。

その上で、日銀が目標を達成するための手段として、具体的な金融政策の運用判断を行うのが日銀の専権事項なのです。何から何まで日銀の好き勝手にすればいいのではありません。

その意味で各政党の公約には、まるで期待できません。

そもそも成長戦略などと言って、ミクロ政策を下手に増やせば、それだけ手間が必要となります。結果、役人の仕事が増えて、ますます役人の権限が肥大化し、官民癒着の温床にもなります。

そうではなく、マクロ政策で経済環境をスッキリ良くして、あとは民間が好きなようにすればいい。政府は貧富の格差が拡大しないように再分配政策だけシッカリやればいいと思うのです。そもそも自由主義経済ってそういうことです。成長戦略なんか政府の仕事ではありません。民間の仕事です。

いやはや、何回選挙やっても、これじゃ何も変わらんでしょ。マクロですよマクロw。いくら財政出動するの、金融政策はどうすんの、消費税はどうすんの、それが最重要ですよ。政治家には少しは真面目に仕事していただきたいと思います。

マクロ政策なき衆議院選挙は何回やっても不毛です。



2017年9月22日金曜日

新聞の「金融正常化」フェイク報道

米国FRBが資産縮小を打ち出したことを受け、新聞には「金融正常化」の報道がされていました。しかしその内容は実にいい加減なものであり、正しい情報を伝えていません。

正しい情報とは、金融におけるマネタリーベースとマネーストックのことです。いつものことですが、新聞テレビはマネタリーベースとマネーストックを正しく伝えたことがありません。両方をごちゃまぜにしているため、ほとんど意味のない情報になっているのです。

紙面には「増えすぎた世の中のおカネをそのままにすると、急激なインフレになる恐れがあるので、世の中のおカネを減らす判断をした」のような、不正確なことを漫然と書いています。ところがFRBは世の中のおカネ(マネーストック)を減らす気などまったくありません。減らすのはマネタリーベースなのです。

もし本当に世の中のおカネ(マネーストック)を減らすとどうなるか?たちどころに米国はデフレになり、金利が急上昇して、景気が見る間に落ちてゆくでしょう。あの日銀ですらマネーストックを減らそうなどと考えないでしょうし、実際、世の中のおカネは常に増え続けています。増加するペースが大きいか、小さいかの違いだけなのです。

こんなフェイク報道を新聞テレビはいつまで続けるのか、いい加減にきちんと報道すべきです。マネタリーベースとマネーストックは金融制度の基本中の基本であり、難しいから書かない、なんて話では済まされないのです。難しい話をやさしく国民に理解させるのが、新聞マスコミの仕事なのです。職務怠慢です。

FRBは資産を縮小することで、金融部門(市中銀行)に供給しているマネタリーベースを減らします。マネタリーベースを減らすと、金融部門が預金を信用創造で作って企業や家計に貸し出す際の金利が上昇し、貸し出しが減少することで世の中のおカネ(マネーストック)を減らす効果があります。しかし実際には世の中のおカネが減ることはまずありません。そんなことをすれば、先ほども申し上げたようにデフレ不況に逆戻りしてしまうのはFRBも理解しています。

ではなぜ、FRBが資産を縮小してマネタリーベースを減らすのか?それは、マネタリーベースを減らしても、景気回復で貸し出しが増え続けるだろうと予測するからです。つまりマネタリーベースを減らしても、金融部門の貸し出しが増えれば世の中のおカネ(マネーストック)は増えると踏んでいるからです。

つまり、世の中のおカネを減らすつもりなどゼロなのです。

ところが新聞テレビはマネタリーベースとマネーストックの区別もできない知的レベルらしく、FRBが資産を縮小すると聞くと「世の中のおカネを減らす」などと、まるでトンチンカンな記事を書くのです。呆れてしまいます。

2017年9月21日木曜日

ヘリマネしなきゃおカネは増えない

世の中のおカネが増えないから景気は良くならないし、賃金は上がらないし、労働環境は良くならない。しかしバブル崩壊以降、日銀がいくら金融緩和しても世の中のおカネはほとんど増えない状態になっているのです。

日銀が供給するおカネはマネタリーベース(日銀券および日銀当座預金)MBですが、これは市中銀行のいわば帳簿にあるおカネであって、このおカネは世の中に出回るわけではありません。実際に世の中の人々や企業の所有する、手元や預金通帳のおカネはマネーストックMSです。このマネーストックは市中銀行から誰か(家計、企業、政府)におカネが貸し出された時に増えます。なので、誰かが市中銀行からおカネを借りなければ世の中のおカネは1円も増えません。

では、世の中のおカネであるマネーストックMSの推移はどうなのか、日銀の供給するマネタリーベースMBの推移と並べてみましょう。対前年の伸び率でみます。


図から読めることは、1990年代のバブル崩壊後に日銀が金融ハードランディングを実施するまでは、マネタリーベースとマネーストックは比較的に同じ傾向にあり、マネタリーベースの増減にあわせてマネーストックも増減しているように見えます。ところが、ハードランディングの後、日銀がいくらカネを刷ってマネタリーベースを拡大しても、世の中のマネーストックの伸び率は鈍いままです。

とりわけ、アベ政権以後に日銀がマネタリーベースを急拡大したにも関わらず、マネーストックの反応はほとんど微々たるものです。つまり、市中銀行からおカネを借りる人が居ないのです。貸し出しが伸びなければ、世の中のおカネは増えません。

世の中のおカネが増えないのですから、賃金が増えるはずないですし、消費も増えない。となれば物価なんか上がるわけがない。

ですから、企業や家計が銀行からカネを借りるのをひたすら待つのではなく、日銀の発行したおカネを直接に世の中の投入すれば、世の中のおカネは確実に増えます。それがヘリコプターマネーです。また、こうした状況であれば、日銀がいくらおカネを発行しても意味がなく、ヘリコプターマネーでなければダメであることがおわかりいただけると思います。

もし参議院選挙で、与野党がまともな経済論争をするなら、このヘリコプターマネーの話題こそ重要であり、争点に据えるべきテーマであると思うのです。



2017年9月20日水曜日

まんまとアベの罠に嵌る民進党

衆議院の解散選挙が濃厚ですが、早くも自民党の「争点つぶし」の罠にまんまと民進党が嵌ったようです。なぜそうなってしまうのか?

マスコミ報道によれば、自民党は選挙の争点として、消費税増税の税収増の使い道として「全世代型社会保障、教育の無償化・支援」などを打ち出すとしています。これは民進党が打ち出している「オール・フォー・オール=消費税の増税を社会保障の充実に」というスローガンとほとんど同じような印象を国民に与えます。これなら国民は民進党を選択する必要はありません。

これに対して民進党は、ものマネだとか、トンビに油揚げをさらうような恥知らずの行為と批判しているようですが、ほとんど負け犬の遠吠えようなものです。こうした争点つぶしは過去にもすでに経験済みであり、当然ながら簡単に予測できたことです。

なんでこうなるのかw。
それは、民進党が今までと何も変わらないままだからです。
繰り返します、「民進党は何も変わっていない」。

民進党の政策は眠っていてもわかる、
新鮮味も何もない、シーラカンス政策だからです。

以前にも書きましたが、絶対に争点を潰されない方法は簡単です。消費税の増税に強烈に固執する政策を止めて、ヘリコプターマネーによって世の中のおカネを直接に増やす方法を行い、それを財源として育児、教育、社会保障など年金の安定化を図ればよいのです。

これは自民党には絶対にできない。なぜならカネを貯めこんでいる富裕層はインフレを嫌い、高金利を望み、世の中のおカネを直接増やすことに大反対だからです。ヘリマネは、まさに市民のための政策だからです。

ところが民進党は財務省に騙され、わざわざ自民党と同じ土俵「消費税増税」に上がって戦おうとしている。これじゃあ争点つぶしもへったくれもありません。民進党が自ら潰されにノコノコやってくるのですから、アベは笑いが止まらないでしょうw。

アベが最も怖いのは、消費税を増税するか、しないか、それを二者択一の焦点にされること。同じ増税なら、こりゃ自民党の楽勝だね。

この際だから、民進党は大敗して跡形もなくなったほうがいい。財務省に騙されて国民に増税を強制するような野党はいらない。潰れてこそ、ようやく気が付くかもしれませんね。

自民党もダメ、民進党はもっとダメ、またしても選挙はまったく期待できませんね。

2017年9月15日金曜日

ひきこもりと学校制度の見直し

ひきこもりの増加が取り沙汰されていますが、いじめの問題も深刻化しています。旧態依然とする学校システムはそろそろ全面的な見直しが必要な気がします。

ひきこもりの増加には、いじめの問題が大きく関係していると思われます。直接いじめを受けなくとも、意図的に無視・仲間はずれにするといった状況も数多くあると思われます。そうした学校の状況が改善されない中で、自分の生存を守る行為として、ひきこもりは合理的な判断です。

むしろ、世間がひきこもり行為を問題視することで、ひきこもりに罪悪感(うしろめたさ)を覚えさせ、社会や両親からのプレッシャーと、学校でのいじめから逃れたい願望の葛藤によるストレスに耐えられず自殺したり、精神に異常をきたすことにあるではないかと思われます。

もし本気でひきこもりを無くしたいのであれば、学校の環境を変えるべきでしょう。学校を変えることなく、学校へ引っ張ってゆくのは拷問に近い所業です。

学校のどこがまずいのか。恐らく、すべての生徒を特定のクラスに押し込めて集団教育する、まるで工場のような大量生産型の教育に問題があるのではないかと思うのです。確かに大量同時教育は、生産効率が高いでしょう。しかし人間性は考えられていません。人間関係には、合う合わないが必ずあります。合わない人ともうまく連携できる能力を獲得できれば良いのですが、誰でもそれができるわけではありません。する必要もありません。

学校の基本的なしくみ、例えば無作為にクラス分けした多人数集団教育、画一的な教育内容などは相当に古いですから、抜本的に見直しが必要だと思われます。教師や生徒の意識改革でどうになかるとは考えられません。

クラス制や学区制を廃止して、完全にフリーの状態で好きな教室で授業を受けるようにしたり、授業ではなく独学中心(ただし試験で理解度をしばしば確認する)のコースを用意したり、自分達のペースでコミュニケーションすれば済むような環境を整えてやればストレスはかなり軽減されるはずです。クラス単位で強制的に行われる学校行事を止めて、自由参加で行う行事を多数用意するなどの工夫も必要だと思います。

こうした、教育内容の多様性を確保しようとすれば、教師、相談員などの人手がより多く必要になるわけで、もちろんおカネが必要です。しかし、こうした分野こそ人工知能やロボットによって失業が増える時代にあっては、生身の人間の活躍できる場であり、ますます力をいれるべき分野だと思われます。

もちろん財務省のように、口を開けば「財源がー」などと言っていては何もできません。たかだか最近話題の「教育の無償化」すら財源ガーと騒ぐ始末。そんなにカネが惜しいのか。

財源よりも、人の人生、人の命がはるかに大事です。カネなんか刷ればいくらでもできますが、人間の命はそうはいかないのです。



2017年9月14日木曜日

通貨量の重要性が理解できない人々

新聞テレビ、御用学者、政治家の多くが消費税の増税を推進し、財政再建に賛同しているが、いま増税すれば日本経済にトドメを刺す結果になる。頭は大丈夫なんでしょうか。

まず、民進党。消費税を増税しても、それを再分配すれば消費が増えると考えているらしい。そもそも消費税は、ある人の消費を減らして別の人の消費に付け替えるだけなので、消費の総量が増えるわけではない。消費の総量を増やすためには、おカネを付け替えるのではなく、世の中を回るおカネの量を増やしてやらねばならないのですが、そんな簡単なことすら理解できないんですから本当に不思議です。

老後や将来に不安があるからおカネを使わずに貯めるのだという。消費増税による社会保障が安定すると不安がなくなって消費が増えるなんて、財務省のレクチャーそのままに信じているようです。しかし不安が減れば本当に消費が増えるかどうか、誰もわからないでしょう(前例がないw)。

そもそも、資産家のように老後の生活に必要とは思えないほどのカネを大量に貯めこんでいるのはなぜか?それは老後に不安があるからではないのです。人間はそもそもおカネを貯め込む性質があるからです。将来の不安など関係ありません。

これがもし消費税の増税ではなく、金融資産課税のように、「貯蓄によって死蔵されているおカネ」に課税して低所得層に再分配するのであれば、社会全体の消費は増えるでしょう。結局のところ、いかなる税制であれ、世の中を回るおカネの量を増やさなければ経済に良い影響は何もありません。

それと、財政再建を叫ぶ新聞テレビ、御用学者、政治家。財政再建は「国の借金ガー」ばかり騒がれますが、そもそも1000兆円以上の国の借金によって銀行預金が1000兆円発生しているという事実をまるで理解していません。例えば家計の金融資産が1800兆円あると騒いでいますが、この多くの部分が国の借金ガーによって生み出された銀行預金です。

もし本気で財政再建をするのであれば、世の中から1000兆円の銀行預金が消えて無くなるわけです。そんなことをすれば、景気が良くなるはずありませんね。もし、本気でそれをやろうと主張しているのであれば、国民に包み隠さず「世の中の預金を1000兆円減らします」と言えばいい。都合の悪いことは言わないw。

本当のアフォなのか、日本を潰そうとする外国のスパイなのか、金融街の手先なのか、はたまた宇宙人の侵略かw。

本当に困った人たちだと思います。


2017年9月13日水曜日

グラフで見る、カネを刷らない日本経済

日本の経済がダメになったのはおカネを刷らないからです。それはおカネの伸びと経済指標(経済成長率・雇用者報酬・税収・物価)の推移をグラフ化して並べてみれば誰でも簡単に分かる事実です。

(じいちゃん)
「今日は、カネを増やさない日本の経済がどうなったか?を、グラフで見てみようと思う。日本は「カネを刷らない国の経済がどうなるか」の実例を世界に示しておるのじゃよ。多くの人は日本はカネが唸るほどあると思っているじゃろうが、実際のところおカネの増え方は日本が経済成長を続けてきた時代に比べると半分にも満たない状況じゃ。世の中のおカネの伸びはマネーストック(M2:現金預金)の伸び率でわかる。マネーストックの伸び率が低いと経済成長できなくなる。まずマネーストックの伸び率と名目GDPの推移をグラフで見てみよう。

①カネを刷らずにGDP頭打ち


1990年まではおカネの伸びがおおよそ10%くらいあり、その間はGDPがぐんぐん成長しておる。ところが1990年を境におカネの伸びは急激にほぼゼロにまで激減し、その後は3%程度の伸びに留まっている。すると1990年以降GDPの伸びは減速し、ほとんど成長しなくなってしまったのがわかる。これをマネーストックの伸び率と名目経済成長率のグラフで見てみよう。

②カネを刷らずに経済成長低迷



(ねこ)
「おカネの伸び率と経済成長率の変化がピタッと一致しているにゃ。おカネの伸び率と名目経済成長率には強い相関関係があるのにゃ。」

(じいちゃん)
「そういうことじゃ。これはたまたまそうなった(擬似相関)のではない。おカネが経済活動の媒介をしているのじゃから、世の中のおカネが増えなければ経済成長できないのはある意味で当然の成り行きとも言える。

経済成長しないとどうなるかというと、労働者の給料がちっとも増えなくなる。世の中のおカネが増えなければ、働いても働いても給料が増えないのじゃよ。マネーストックの伸び率と雇用者報酬(全国の労働者のお給料の合計)をグラフで見てみよう。

③カネを刷らずに労働者の賃金低下

マネーストックの伸びが激減した1990年以後、雇用者報酬は伸びなくなり、逆に減り始めた。働けど働けど我が暮らし楽にならざり、というわけじゃ。おまけにカネを増やさないから税収も増えない。次にマネーストックの伸び率と税収、政府支出をグラフで見てみよう。

④カネを刷らずに税収減少・財政悪化

カネの伸びが減った1990年を境に税収の伸びはピタッと止まった。とはいえ社会保障などに必要な政府の支出は減るはずがないので、歳入と歳出の差はどんどん開き続ける結果になったんじゃ。これが「ワニの口が開く」というヤツじゃよ。じゃがワニの口が開き始めたのは、世の中のカネが増えなくなったからだとわかる。」

(ねこ)
「とんでもないにゃ。世の中のおカネが増えないから労働者の給料は減る、その一方で世の中のおカネが増えないから税収も増えずに財政赤字になるにゃ。そして財政赤字だからといって、財務省が減ってゆく労働者の給料からさらにおカネを毟り取ろうとしているにゃ。そんなことしないで世の中のおカネを増やせばいいのにゃ。」

(じいちゃん)
「その通りじゃな。ところが財務省とその取り巻きである新聞テレビ、御用学者、自民党の税制調査会の議員連中は世の中のおカネを増やすよりも、税率を引き上げてちっとも増えない労働者・庶民の所得からさらにカネを奪おうという発想しかない。そんなことでデフレを脱却できるなんて考えるのはお笑いじゃよ。おカネを増やさないと物価は上昇しない。それをマネーストックの伸びとインフレ率のグラフで見てみよう。

⑤カネを刷らずにデフレから脱却できない

1973年と1979年に物価が跳ね上がっているが、これはオイルショックによるものでおカネの量とはあまり関係がない。これを見ても1990年以降はインフレ率がゼロあるいはマイナスという状況が長く続くようになっておる。カネを増やさいからインフレ率が高くなるはずがない。」

(ねこ)
「馬鹿みたいなのにゃ。おカネを増やさないから経済がおかしくなっているのはグラフを見れば誰でもわかるのに、おカネの話になると新聞テレビも御用学者も、見ざる、聞かざる、言わざるになってしまう。なんでおカネを増やさないのかにゃ。」

(じいちゃん)
「そう思うのが普通じゃが、中には「カネが増えないのは景気が悪いのが原因であって、日銀は悪くない」なんて主張する人もいるじゃろう。だが日銀はおカネを発行できる立場なのだから、おカネが増えないのはまさに日銀に責任がある。とはいえ通貨制度に欠陥があることも事実じゃ。

このサイトでは何度も説明しておるが世の中のすべてのおカネは借金から作られている、つまり「誰かが借金しなければ世の中のおカネは1円も増えない」という通貨制度になっておる。そのため日銀がおカネを発行したところで、誰かが借金しなければ世の中のおカネは1円も増えない(いわゆるブタ積み)。そこで世の中のおカネを増やすために今までは政府が借金する(国債を発行して市中銀行が国債を買う)ことで世の中のおカネを増やしてきた。ところがその結果として国債の発行残高が1000兆円を超えるようになって、財務省が大騒ぎしているわけじゃよ。」

(ねこ)
「アホみたいだにゃ。誰かが借金しないと世の中のおカネが増えない通貨制度がおかしいにゃ。」

(じいちゃん)
「左様、じゃからこそ通貨制度改革が必要だとわかるはずじゃ。誰も借金しなくても世の中のおカネをふやすことができる通貨制度に変えなければならんのじゃ。それが政府通貨制度なんじゃよ。詳しくは本編サイトの他の記事を読んでくれるとありがたいのう。」

本編サイト




2017年9月8日金曜日

火星移住計画の不思議

宇宙番組は好きなので良く見ますが、火星に人類が移住してコロニーを作り、やがて宇宙にひろがってゆくのですなんてフレーズを聞いて、なんとなくそう思っていたけど、なんか疑問湧いてきました。先進国の人口減少してますからw。

火星に移住してコロニーを作るってことは、人口が増える、どんどん人口が増え続けて宇宙に広がっていくという話。宇宙モノのアニメや映画なんかも、だいたい人口ががんがん増えることが前提になってるんです。しかし世界の先進国では人口が減少傾向にあります。日本なんかすごいペースで減りそうな話ですし。

となると、あれらのテレビ番組や映画は、まるで前提から成り立たないじゃないですか。人類が宇宙に広がるどころか、地球で人口が減って、いなくなるんじゃないの?なんで、火星や宇宙に移住したとたんに精力バリバリになって、子供増やすんでしょうかw。ありえないです。

そもそも、人口が減るってことが、生物学的に言えば変なんです。何らかの原因があるから、人口が減るわけですよ。それをきちんと考えないと、人類が宇宙に広がるどころか、地球から出る前に人口減少で自滅してしまいますよw。ああいう番組を制作していて疑問に思わないんでしょうか。

なんで自然の摂理に反して人口が減るのか?そんなの子供を育てる義務とか本人の自由意思の問題じゃなくて、環境が何かおかしいからでしょう。途上国の人口は今でも増えてますが、それらがやがて先進国になると、どの国も必ず人口減少を始める。こうなると、社会システムによって、人口増加が阻害されていると考えるのが科学的な解釈でしょう。

科学的と言えば、これ、人間じゃなくて普通に「野生動物」を観察していて、動物の数が減少しはじめたら、なにかの環境要因があるはずだと騒ぎになるでしょう。動物の自己責任とか、自由意志とかそういう話じゃなくて。人間も動物ですから、人口減少には何らかの環境要因が想定されて当然だと思います。

生活している環境が悪化しないのに、勝手に数が減って消滅する動物なんて、聞いたことがありません。

火星移住計画の前に、人口が自然に増える社会システムにしないと、人類が宇宙に広がるどころじゃないよw。と、思いました。


2017年9月7日木曜日

ワニの口が開くのはおカネを増やさないから

財務省とその取り巻きである新聞テレビ、御用学者はそろって消費税の増税に賛成し、年がら年中ヒマさえあれば「財源がー」「ワニの口がー」と言っている。

しかし、税収が増えずにワニの口が開くのは、世の中のおカネを増やさないからなのです。おカネを増やさないと税収が増えない。これは日本が世界に実例を示しています。



1990年までマネーストックは10%近い割合で増加し続け、その間は税収が伸び続けています。ところがそれ以後、マネーの伸びを一気にゼロにする緊縮ショックを与えた上、マネーの伸びを3%程度に抑え続けています。その間、税収は減少傾向を続けています。

意図的に世の中に供給するカネを絞っておいて、それで税収を減らし、財源が足りないと言って国民の税金を増税する。明らかにおかしでしょう。財務省はそんなに国民を貧しくしたいのでしょうか。

消費税の増税など、とんでもありません。まずやるべきなのは、この図でわかるように、世の中のおカネの伸びを増やすことです。例えば10%程度、あるいは8%程度まで増やす。それでも税収が増えないのであれば、初めて増税を検討すべきなのです。

優先順位を間違えると、経済が破滅します。

2017年9月6日水曜日

北朝鮮の核を平和的に解決する意味

北朝鮮の核兵器の問題を平和的に解決すべきとの話が出ていますが、それは全世界の国々に核保有を認めることを意味します。そうした覚悟があれば反対はしないし、むしろ賛同します。

北朝鮮は核兵器を絶対に手放しません。今まで核兵器を開発した核保有国の中で、平和的に核兵器を手放した国があったでしょうか?中国もアメリカもロシアも、決して核を手放しません。ゆえに北朝鮮が核兵器を一度でも手にすれば、手放すことはないと考えるのが当然です。

北朝鮮は「無条件での話し合いになら応じる」と言っているらしいです。となれば、北朝鮮の核を話し合いで解決しようとすれば、まず間違いなく北朝鮮の核保有を廃止する前提なしに話し合いが進められ、結果的に北朝鮮は核保有国、しかもICBMの保有国となる。中国もアメリカもロシアも、決して核を手放さないのに、北朝鮮が核兵器を手放すはずがない。

もし、北朝鮮の核兵器保有を認めてしまえば、中国やアメリカ、ロシアの主張する「核兵器不拡散」の大義名分は消し飛んでしまう。北朝鮮の核兵器だけ認めて、やったもの勝ちの事例を示すだけで済むはずがないからだ。次はイランが開発を加速する。最終的に特定の国が核を独占するのではなく、全世界が核保有国になることを認めるしかなくなる。

北朝鮮の核兵器を平和的に解決するとなれば、
おそらくそういう流れになる。

北朝鮮とアメリカの戦争を避けるために話し合いによる解決を目指し、結果として全世界が核兵器を保有するようになったとしても、戦争になるよりも良いのではないか。特に左派系の人たちは、北朝鮮の問題を平和的に解決しようと願っているようなので、世界が核武装すれば、まさに「核抑止力の世界平和」である。

いっそ、全世界が核兵器保有国になって初めて、核兵器を独占している現在の核保有国(中国、ロシア、アメリカ、イギリス、フランスなど)が核軍縮を真剣に検討するようになるかも知れない。今は、核を独占する保有国が自国の核兵器を削減するつもりなど更々無いのですから。

名指しで北朝鮮の核兵器の標的にされているアメリカだけでなく、話し合いで解決すべきという中国もロシアも、所詮は欺瞞である。彼らは自国が保有する大量の核兵器を捨てる代わりに、北朝鮮の核兵器を廃止させようなどという気はない。自分の核兵器はそのままに、他国の核兵器は許さないというのだ。核エゴイズム。

人間って、本当に愚かな生き物だよ。早く人工知能に支配されたほうがいい(皮肉)。

2017年9月4日月曜日

悪しき「痛みの分かち合い」精神論

消費増税の大義名分に多用される「痛みの分かち合い」精神論は、緊縮論者の主張する増税による社会保障の方法論であり、日本全体を貧困化する悪しき精神論です。

民進党の党首選においてオール・フォー・オールを政策理念に掲げた前原氏が当選したこと受け、先日の読売新聞に何人かの識者の論評記事が掲載された。そこにさっそく、慶応大学の財政御用者が出動し、「痛みの分かち合い論」を展開していました。オール・フォー・オールは痛みの分かち合いであると。

曰く、皆でおカネを出し合い(消費増税)、痛みを分かち合うことで育児・介護などの社会保障サービスを向上させるべきだという。厄介なのは、これを一見すると、さも正しく見えてしまうことにあります。多くの一般読者は深く考えずにコロッと騙されるでしょう。しかし根本的に間違いです。

なぜなら、これは国民への社会保障の提供を公共サービスの供給力ではなく、カネの量によって決めようとする考えだからです。この場合のカネの量とは税収に限定されるカネのことです。社会保障に関する発想がサービスの供給力ではなく、カネの量に縛られています。

しかし冷静に考えてみると、公共サービスはカネの量ではなく、公共サービスの供給量そのものによって制約をうけます。すなわち、公共サービスの供給量が必要十分であれば、人々が受けられる公共サービスの量も必要十分になるのは当然と考えられます。社会保障にとって重要なのは、いわゆる財源(カネ)ではなく、公共サービスの供給量そのものなのです。もしサービスの供給量が十分にあり、カネが足りないだけなのであれば、そんなものは刷ればいいのです。

つまり「皆でおカネを出し合い(消費増税)、痛みを分かち合うことで育児・介護などの社会保障サービスを向上させるべきだ」は、経済学的に言えば、とんでもない間違いなのです。もし痛みを伴う必要があるのであれば、次のように考えるのが正しい。

「カネを発行して国民に支給し、育児・介護などの社会保障サービスを向上させ、その結果として生じるインフレによって痛みを分かち合う」

これが、正しい痛みの分かち合い論なのです。消費増税による痛みの分かち合い(緊縮脳)は、あっちのカネを奪い取ってこっちに回すだけなので、社会全体としての消費が拡大しないのです。確かに社会保障は確保できますが、経済が拡大しませんからデフレも脱却できず、社会全体はちっとも豊かになりません。社会保障の受け取り手だけが豊かになります。

一方、通貨発行(ヘリマネ)による痛みの分かち合いは、どこからもおカネを奪わず、おカネの足りないところにカネを回します。なので、全体としておカネの回りが良くなり、消費量が拡大し、経済成長し、好景気になります。もちろん、税収も自然に増加しますから、やがて税収による社会保障にも道筋が見えてくるかもしれません。

通貨発行による痛みの分かち合いは、「インフレ」として現れます。インフレ率は需要と供給の関係できまるので、比較的に経済合理性が高いと言えます。また必ずしも高インフレになるとは限りません。もし人工知能やロボットのような機械化によって供給がどんどん拡大すれば、インフレ率は低く抑えられます。いずれにしろ、国民負担は合理的な範囲にとどまります。また、インフレになれば国民所得も同時に向上するため、インフレもそれほど苦にならないはずです。

一方で、消費税の増税による痛みの分かち合いは「税率」によって決まりますが、それは需要と供給とは無関係に、役人の恣意的な意図によって決まるため、市場にとって歪んだものになります。しかも通貨発行を否定して、今あるカネの量でやりくりしようと言うのですから、世の中のおカネの量は増えず、税収は毎年減り続ける一方でしょう。従って、消費税率はどんどん引き上げられ、20%、30%はあたりまえになってしまいます。増税すれば好景気にもインフレにもなりませんので、国民所得も減り続けます。最終的に行き着く先は社会保障制度の破綻です。消費増税による痛みの分かち合い精神論は、悪しきどころか破綻を免れないのです。

ところが、この「消費増税による痛みの分かち合い精神論」を、新聞テレビ、御用学者、政治家が総出で強力に後押ししているのが現状です。彼らは社会保障制度の破綻に向かって、レミングのごとく全速で崖下の海へ奔走しています。まさに狂気です。

正しい痛みの分かち合いは消費増税ではなく
インフレによって担われなければなりません。



2017年9月1日金曜日

「ベーシックインカムは社会保障」の認識は古い

新聞マスコミにベーシックインカム(BI)の話題がボツボツ取り上げられるようになりました。しかしBIに対する彼らの認識は未だに「社会保障」のようです。そろそろBI=社会保障の認識から卒業する時期です。

BIが本格的に提唱され始めたのは1960年代のアメリカだったといいます。その当時の常識から言えば、それは社会保障の一種だと考えられていたと思われます。BIが社会的な格差を縮小し、貧困を解消することから、その後も、弱者救済の政策すなわち社会保障であると認識されてきたとしても当然なわけです。

ところが21世紀に入り、BIが提唱され始めた時代にはまったく想定されていなかった事態が生じてきました。それが人工知能やロボットなどの機械の飛躍的な進化です。機械の生産性は時代とともに常に向上してきましたが、その速度がますます加速し、将来的には大量の失業を生む可能性が出てきました。

しかも、そもそも人工知能やロボットによって人間が無味乾燥な労働から解放される社会こそ、理想の未来社会であるわけです。人間がいつまでも仕事にしがみ付いていれば、そんな未来社会は永遠に訪れません。人間の仕事を徐々に減らさねばならないわけです。

ところが、所得の全てを労働の対価として受け取る現在のシステムは、その未来のビジョンと激しい矛盾を生じます。所得のすべてが労働の対価である以上、人間は未来永劫、労働に依存し続けるしかないからです。こうした観点から、BIは新たな経済システムの一部として必要不可欠であると考えられるようになったのです。これがBIの新しい展望です。

こうした展望はBI運動の始まった1960年代にあろうはずもありません。まさに、21世紀における新たなビジョンであり、ここにはBI=社会保障という意味はまったくないのです。

社会保障という言葉のイメージは、明らかに「弱者救済」です。ですから、もしBIが社会保障であるとするなら、BIは弱者救済という意味に捉えられるでしょう。しかし、21世紀のビジョンから言えば、BI=弱者救済との認識はまったくの的外れであり、むしろ国民にあらぬ誤解を与えるだけの認識であると思うのです。

弱者救済はどちらかといえば道徳的な価値観に関わる問題なのです。そのため賛成・反対の両者があって不思議はありません。しかし、新しいBIのビジョンでは、それは弱者救済ではなく、経済システムの向上と持続可能性の問題なのです。それゆえ、もしBIを導入しなければ経済システムそのものが破綻するリスクにさらされるのです。

つまり、BIは社会保障のように価値観で是非が判断されるような代物ではなく、導入が避けられないシステムであり、そのような認識を国民に正しく理解していただく必要があるのです。

しかし新聞マスコミの頭は相変わらず20世紀で止まっており、未だにBIは社会保障との古い認識から一歩も踏み出せないようです。もちろん新聞マスコミは税制に関しても未だに20世紀で足踏みしており、彼らの頭では、BIの財源(通貨の循環システム)を設計することなど未来永劫に不可能でしょうね。まさに役立たずです。

そろそろ「ベーシックインカムは社会保障」という時代遅れの認識から卒業する時期です。

2017年8月31日木曜日

通貨の再分配はシステムとして必然

貯め込まれている通貨を回収し、通貨を再循環させる処置はシステムの維持に必然であり、それは人体システムにおける血液に例えるなら誰でもわかるでしょう。

通貨は経済の血液に例えられることがあります。その例えを用いてちょっと考えてみれば、貯蓄に対する資産課税が当然である理由が分かります。

人体システムにおいて血液は体の各臓器に酸素や栄養を運ぶ役割を担います。そのため、循環する血液が減ると各臓器が衰弱して、人体システムが破綻します。

人体システムには血液を貯める臓器もあります(脾臓)が、基本的には体のどこかに血液が貯めこまれてしまうことはありません。しかし、もし仮に体のどこかに血液が貯まってしまう(うっ血)と、全身に流れる血液の量が減ってしまうため、各臓器は酸素や栄養が不足した状態になってしまいます。

もしそうなったらどうするか?血液のたまっている部分に人工血管を接続して血液を回収し、全身の血管に血液を戻そうとするでしょう。そういうバイパスを作ってやれば、全身を回る血液の量が減ってしまうことはありません。全身を回る血液の量が、人体を支えているのです。

これを経済で言えば、貯めこまれて動かなくなっているカネ、つまり貯蓄に課税し、これを経済の通貨循環へ投入する処置であることは容易に理解できるでしょう。だからこそ、金融資産への課税は不可欠なのです。こうした処置がまるで成されていない、現在の税制は、明らかに欠陥税制であり、人体の臓器を弱らせることと同様に、国民を衰弱させる原因になっています。カネが回らないために、国民に酸素や栄養が届かないのです。

ところが、資産課税はすでに2年も前に、ピケティ教授が提唱したにも関わらず、新聞マスコミが批判し、自民党の議員が批判し、野党議員が無視する始末でした。官民あげて資産課税ではなく、消費税の増税を推進をしようとしているのですから、呆れて開いた口も塞がりません。

先ほどの人体システムに例えると、消費税を増税するとは、体のどこかでうっ血している血液をそのまま放置して、いままさに体を循環している血液・血管に人工血管をつなぎ、新たな血管網を用いて各臓器に血液を分配しようとする方法です。これは単に、各臓器への血液の分配量を調整するに過ぎません。

すぐおわかりのように、これでは血液の流れるルートが変わるだけで、全身を回る血液の総量はまったく増えないのです。ですから、酸素や栄養の不足は解消されることは絶対にありません。極端に貧血の臓器はなくなりますが、せいぜい「全身が平等に貧血になる」のが関の山なのです。

もし、どうしても血管のバイパス手術をしたくないのであれば、血液を増やすことによって、全身を回る血液量を増やすしかありません。それが金融政策です。

ところが驚くべきことに、この金融政策に反対する勢力が日本には大勢いるようです。全身を回る血液が不足しているのに「出口戦略がー」「インフレ目標がー」と言っている連中です。彼らは、うっ血している血液を放置するのみならず、血液を増やすことにも反対しているのです。

おそらく、血液を膨大に貯め込んでいるガン組織があるに違いありません。あなたが名外科医なら、バイパスではなく、血液を貯め込んでいるガン組織を切除する根治療法を選択するかも知れませんねw。

話はそうとうに外れましたが、経済の血液であるおカネが循環不全を起こしている今日において、それを解決する方法は、うっ血している部分から血液を回収するバイパス手術か、血液を増やすか、そのどちらかしか方法はありません。自然にうっ血が解消する見通しはまったくないのですから。


2017年8月30日水曜日

貨幣経済の負の側面とBI

今年は東北地方の長雨で冷害が心配です。貨幣経済(交換経済)の負の側面として、ある産業における生産の停滞が社会全体に連鎖的な不況をもたらす点があります。

今日における経済システムは交換経済であり、それぞれの生産を担う人々が生産物を互いに交換することで、社会全体へ財(モノやサービス)の分配が行われます。その仲介が貨幣であるため、貨幣経済の形になっています。

交換経済の負の側面は、ある生産者が何らかの原因によって財の生産ができなくなると、交換不能となり、経済全体に悪影響が及ぶことです。

少々極端に考えてみます。例えば、農家、漁師、酪農家があって、それぞれ90の食料、魚、肉を生産していたとします。それぞれが互いの生産物を60交換することで、農家、漁師、酪農家はそれぞれ食料、魚、肉を30ずつ確保しています。

ここで、何らかの原因(災害など)で農家の生産が半分の45に減ってしまうとどうなるか。交換経済では、農家の食料45のうち、30が交換に使われ、漁師、酪農家とはそれぞれに15の魚、15の肉のみが交換されます。その結果、漁師や酪農家はそれぞれ15の魚や肉が売れ残ってしまうことになります。これは腐って捨てられてしまいます。もったいないですね。

こうして交換経済は、生産の減少が連鎖的に他の産業の生産の減少をもたらすリスクがあります。一方、もし交換経済ではなく、分配経済ならどうでしょう。漁師や服屋の生産した90の財は余すことなくそれぞれに分配され、捨てられることはありません。

これは物々交換で考えた場合ですが、貨幣経済においても貨幣が交換の仲介を行ってるため、ほとんど同じ状況が生まれると考えられます。つまり、ある産業、ある企業における生産の減少が社会経済全体に波及して売れ残りを増やし、景気を悪化させます。客観的に考えると、実に非効率的な現象です。

こうした現象に対しては、貨幣を貯蓄することによる緩衝作用によって軽減できるわけですが(貯蓄および保険)、その程度はあまりにも低いと思われます。なぜなら、いま世の中に膨大にある貯蓄を大量に保有している人は、上記のような主体とはほとんど無関係だからです(貯蓄の偏在)。

そうした中で、ベーシックインカムのような通貨循環システムをあらかじめ経済に組み込んでおくことは、交換経済の負の側面を軽減する作用があると思われるのです。これは物々交換の経済では難しい、貨幣の働きをうまく利用した方法だと思います。

例えばベーシックインカムのような通貨循環によって、常に農家の所得が一定以上あれば、仮に農家が極端な不作に陥った場合でも農家の購買力は維持され、他の産業から財を購入することができます。つまり、分配経済に近い利点を得て、他の産業における売れ残りを防ぎ、社会として生産された財を無駄なく利用できすわけです。もちろん売り上げの減少も最小に抑えられますから、GDPへの悪影響も軽減されます。

こうした通貨循環において、投入する通貨の財源(川上)をどのように設計するかは、システムとしていろいろ検討する必要はあるでしょう。循環する通貨は、必ずどこかに溜まり、よどむ宿命にあります。

ベーシックインカムの一つの効果として、災害などによる連鎖不況の防止効果をあげられるかも知れません。

2017年8月22日火曜日

民進党の復活?マクロ経済政策次第

民進党の代表選挙の記者会見があったが、枝野、前原両氏の主張はこれまでの民進党の枠内であり、「民進党が生まれ変わる」との期待は持てません。もっと大胆なチェンジが必要です。

共同記者会見は時間が短いですから、十分に政策を述べる時間がないとの指摘もあるでしょう。しかし、大胆な変更は一言で表現できます。短い時間の中にそれが出せないということは、「ない」ということです。変化がないなら、生まれ変わりなどありません。

記者から質問あった「脱原発・憲法」については、特に従来との大きな違いはないですし、また、イデオロギーが関係する部分だけに、民進党にとって大きな変更は難しいのではないかと思われます。ある意味で民進党らしさ、みたいなものですから。

その点、経済政策であれば大胆な転換が可能だと思うのです。ですから「ニュー民進党」をアピールするなら経済政策、新しい「マクロ経済政策」をぶち上げるのが効果的だと思われるのです。

ちなみに、消費税の増税をしない、なんてのは、当たり前ですからw。サプライズでもなんでもありません。そもそもデフレ時に増税するなんてマクロ経済では禁じ手です。

マクロ経済政策の柱は「金融政策」「財政政策」です。これまでの民進党は「金融政策=緊縮」「財政政策=財政均衡」です。これを大胆に変更するなら「金融政策=拡大」「財政政策=拡大」しかないでしょう。これは180度方向転換の「チェインジ」です。サプライズです。

現在の安倍政権は、財政政策がまるで不足していて、財政均衡主義に近い状態です。ここで民進党が金融政策拡大、財政政策拡大を打ち出せば、自民党との大きな違いになります。

そこで重要になるのが、「財源」という考え方を改めることです。通貨制度の仕組みを十分に理解すれば、国債発行と通貨発行はまったく同じ意味であることが理解されます。早い話が、国債を日銀が引き受けるなら、それは通貨発行と同じであり、これを財源とすれば良いだけのことなのです。

しかも、年間80兆円もマネタリーベースが増加しているにも関わらず、銀行の信用膨張が生じてこない状況からみて、年間20~30兆円程度の引受によるマネタリーベースの増加であれば、「ハイパーインフレがー」なんて話は、まるで心配する必要はないでしょう。

日銀引受の財源で、国民にヘリコプターマネーを配る。
これこそまさにニュー民進党。サプライズ。

民進党はイデオロギーを変更したくないでしょう。だったら、マクロ経済政策を大胆に、180度チェインジすることをお勧めします。


2017年8月21日月曜日

財政再建・誘導記事の例 読売新聞

読売新聞8/18付、5面、進まぬ財政再建議論という記事に、「報道しない自由」を利用して、世論誘導を図る新聞の手法の一つを見ることができます。

記事ではシムズ理論(景気回復まで増税しないと宣言し、デフレ脱却まで財政支出を続け、景気回復後に増税をする)を紹介し、これをなんの根拠も示さず、いきなり「劇薬」と断言してみせます(ここ誘導手順として重要w)。

いきなり劇薬というイメージを植えつけた上で、話を展開。「増税しないと断言するだけでは、財政の危機的状況を知る国民が将来不安から消費を増やす保証はない」という。しかし財政危機だと盛んに煽っているのは、新聞マスコミである。まあとんだ笑い話だが、まあマッチポンプはいつものこと。さらに、

「物価が2倍になると名目税収も2倍に増えると想定される一方、借金額は変わらず、(そのため)実質半分の負担で返済できる。ただ、国民が持つ預貯金などは価値が大幅に下がる、インフレが止まらなくなれば、国民生活は困窮する」といって、国民の不安を煽ります。

さて、ここで述べるべき事実がスコンと抜け落ちて、報道されていないことに気付くはずです。「物価が2倍になると国民の所得も2倍になる」という事実です。そもそも物価が2倍になると、名目税収も2倍になるのは、通貨循環量が2倍になるからです(MV=PTより)。通貨循環量が2倍になれば、所得も2倍になることを意味します。しかし新聞を読む一般読者のほとんどは、それに気付かないでしょう。

そうした読者の無知を悪用し、特定の事実をスコンと抜いて書く。
そして、ひそかにほくそ笑む。これが新聞のやり口です。

正しく書くなら、
「国民の預貯金の価値が大幅に下がるが、所得は大幅に増加する。そのため、インフレによって国民生活が困窮する心配はないが、預貯金を貯め込んでいる資産家や大企業には不利だ。」

さらに記事では、経済成長率3%は楽観的と言うが、名目経済成長率は通貨膨張率に大きく依存する。つまり、単純にカネつまり「信用膨張」=インフレすれば簡単に達成できる。これはマクロなら常識レベルの話です。

まあ、そもそもこの記事の「財政再建をする必要がある」との前提が間違っているのだから、突っ込み始めたら無限に話が長くなるので、この辺にしておこう。時間がもったいない。

最後に一つ忘れるべからず。
「新聞マスコミは消費増税しても景気に影響ない、
と豪語していたが真っ赤なウソだった。」

2017年8月17日木曜日

機械化で人手不足対応 でも賃金増えないよ

人手不足への対応として「人工知能やロボットを導入せよ」と新聞マスコミが騒いでいますが、機械化で人手不足に対応しただけでは景気は良くなりません。賃金が伸びないからです。

人手不足そのものを解消するのであれば、確かに人工知能やロボットなどの機械によって、人手を補うことは可能です。しかし人手不足が解消されただけで、賃金が増えるわけではありません。売り上げが増えなければ賃金を増やせるわけがないからです。人手不足が供給制約になっていたとしても、インフレ率が極めて低いということは、実質的に供給不足になっていないと考えられるからです。つまり、売り上げは増えない。

それどころか、非常に性能の高い人工知能やロボットが導入されると、むしろ人手不足の解消を通り越して、リストラが可能になる可能性も十分あります。たとえばレジ打ちの自動化などは、人手不足を解消というより、そもそも人手を不要にします。そのような業種が増えると、賃金が増えないどころか、失業を増やすかも知れません。

つまり、人工知能やロボットを導入したところで、それだけでは賃金は増えません。従って消費も増えない、景気は回復しない。もちろん、賃金が伸びないのですから国民の景気の実感など良くなるはずもありません。

ですから、機械化で人手不足に対応するだけでは、不十分であると考えられるのです。もちろん機械化は大切ですが、同時に必要なのは「国民にカネを撒くこと」です。

高額所得者の人たちは、すでに買いたいものは買い揃えていますから、カネがあっても今さら需要が増えるはずもありません。需要があるのは「飢えた人々」、つまりカネが無い人にこそ潜在需要があるわけです。格差の拡大した日本では、そうした人はとても多いといえます(世帯の34%は年収300万円以下)。

人工知能やロボットの高い生産能力を生かすには、それらをフルに活動させることが効果的です。国民におカネを撒けば、それらが消費を促し、人工知能やロボットがフル生産します。そうすると、生産性が向上し、企業の利益も増大し、経済も成長する。そうすれば賃金も引きあがるでしょう。それが経済の好循環です。

先におカネを配らないのであれば、機械化で人手不足に対応しても効果は期待できません。頭がセイの法則で出来ている新聞マスコミが「機械化が促進されても景気が良くならない不思議」とか言ってまた騒ぐだけだと思います。

2017年8月15日火曜日

GDP成長 人手不足さわぐ読売新聞

内閣府によると4-6月実質GDPの成長率が年率換算4%に達したと、歓迎すべき指標が発表されましたが、それと何の関係もないのに読売新聞はすかさず「人手不足」と騒いでいます。

内閣府によれば4-6月期の実質GDP成長率は1.0%(年率換算で4.0%)の高い伸びを示した。そのうち内需が1.3%と好調、外需は逆に減少して-0.3%となった。内需のうち、消費は0.9%、設備投資は2.4%、公共投資が5.1%だった。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/gaiyou/pdf/main_1.pdf

もちろん、賃金の伸びが鈍い状況では、これは一過性に終わる可能性も高いわけですが、こうした「景気のいいニュース」は人々や企業の心理に良い影響を与えるので歓迎すべきです。が、

これに水を差すように読売新聞は「人手不足ガー」始まりました。GDPが高い成長を示しました。ああ、よかったですね、賃金をもっと伸ばしましょう、で終われば十分なのですが、読売新聞はもう、あらゆる機会を使って「日本は人手不足」を国民に洗脳したいようです。

しかも、「伸び悩む賃金と広がる人手不足」により「国民の実感を伴わないまま日本経済が停滞する恐れ」があるというのです(紙面の図に記載されていた)。明らかに変です。

そもそも人手不足だからこそ、労働市場において賃金が引きあがるのです。人手不足が早々に解消したら、賃金は上がりません。人手不足こそが、国民の生活実感を向上させる強力な原動力になるのです。

にも関わらず、判で押したように「人手不足ガー」。人手不足が解消したら、賃金上がらないだろww。そのくせ「賃金が上がらないのが問題」とか言う始末。これに何の矛盾も感じないのだから、読売新聞はオメデタイというより、馬と鹿ですね。

ちょっと失業率が下がったくらいで、もう「人手不足ガー」と大騒ぎする読売新聞。まだ人手不足で賃金も上がっていないのに何を騒いでいるのか。日本のバブル時代を知らんのか。

なぜこんな矛盾したことを平気で言うのか?もちろん移民の推進でしょう。「移民ありき」なので、平気で矛盾したことも言うのです。「反アベありき」と同じです。結論が決まっているので、論がおかしな方向に曲がっていきます。

とはいえ、当の読売新聞の記事には「移民」の話は出てきません。国民の反発が強いことを知っているからでしょう。そこで、最初のステップとして「これでもか」というほど、人手不足というイメージを国民の頭の中に、潜在意識のレベルにまで刷り込むのです。次の段階で「移民」が必ず出てきます。これは手法です。

国民の生活水準の向上に人手不足は「まったく関係ありません」。国民の生活水準は国民1人当たりの生産性で決まります。移民は生産性を高めるものではないので、意味がないのです。


2017年8月10日木曜日

ベーシックインカムの本当の目的

ベーシックインカムには様々な目的が考えられます。平等な社会の実現、経済成長、社会福祉の効率化。主張する人によって様々ですが、人工知能やロボットが急速に進化する今日におけるベーシックインカムの本当の目的は何でしょうか。

(じいちゃん)
今日は「ベーシックインカムの本当の目的」について考えてみたいと思う。これは恐らく人によって違うと思うので、あくまでもワシが考えるところの本当の目的じゃよ。さて、ねこはベーシックインカムは何のために行うべきだと思う?

(ねこ)
う~ん、格差をなくして平等で貧困のない社会を実現するためかにゃあ。

(じいちゃん)
確かにそれは目的の一つとして大切じゃな。もし50年前にベーシックインカムを推進するとすれば、それが最大の目的だったはずじゃ。じゃが今日における目的は、大きく変わりつつあると思う。人工知能やロボットの急速な進化に対応することが最大の目的になると思うんじゃ。テクノロジーの進化によって、ワシら人類の経済は「新しい段階」に移行しつつあると思われるからじゃ。

そもそも、人工知能やロボットを何のために進化させるのじゃ?それは、ワシら人間が働かなくとも豊かに暮らせる社会を実現するためじゃろう。未来のSF科学小説にも出てくるあの暮らしじゃよ。そういう社会になれば、社会には人工知能やロボットが作り出す様々なモノやサービスが格安で豊富に供給されるようになるはずじゃ。すると、結果として人間は平等になるし、貧困も解消されるじゃろう。経済も安定して持続的に成長出来るはずじゃ。もちろん成長と言っても、暮らしの必要に応じた範囲での成長じゃよ。

しかし、逆に最初から平等な社会の実現を目的としたり、経済成長を目的とすると、生産活動の中心が人工知能やロボットに移行する過程において、少々問題が生じるんじゃないかと心配しておるのじゃ。

(ねこ)
ふにゃ、どんな心配なのかにゃ?

(じいちゃん)
平等な社会「だけ」を目的としたり、経済成長「だけ」を目的として、それさえ達成すれば良いとの考え方になってしまうのではないかと心配しておる。もちろん単なる杞憂かも知れんがの。

たとえば「平等になればよい」と考えると、平等でさえあれば貧しくなっても良いという話になるかも知れん。その結果、平等だが国民すべてが貧しくなる。人工知能やロボットが自動的に富を生み出す時代になれば、国民全員が貧しくなるはずがない。しかし単純に言えば、国民に支給するベーシックインカムの金額を絞ってしまえば、どれほど機械が進化しても国民の豊かさは支給される金額の上限を超えることはない。じゃから財源ばかり気にして配るおカネをケチるとちっとも豊かにならんじゃろう。

あるいは「最低生活が保障されればよい」と考えると、仕事のない人はベーシックインカム以外に収入がないのじゃから、失業者はすべて最低生活水準になってしまう。それで良いと思う人もおるかも知れんが、何しろ人工知能やロボットによって人間の担うべき仕事はどんどん減ってしまうから、失業するのがあたりまえの社会になる。極端に言えば、やがて人口の99%が失業して最低生活となり、仕事にありついた残り1%が残りのすべての富を手にする「究極の格差社会」になるかも知れん。

また「経済成長すればよい」と考えると、とにかく経済規模を拡大しなければ気が済まなくなる。経済規模はモノやサービスの生産量に比例するため、年を追うごとに生産量を増大させることになるが、そんなことをしていたら地球の資源は直ぐに枯渇してしまうし、環境も破壊されてしまうじゃろう。資源がきちんとリサイクルできる範囲に総生産量をコントロールしなければ早晩、経済そのものが破綻してしまう。

まあ、話はかなり極端じゃが、人間は何につけ「極端になる性質」があるみたいじゃから、用心に越したことはないじゃろう。

(ねこ)
うみゃ~、なんか愚かなのにゃ。じゃあ、なにを目的・目標とすればいいのかにゃ。

(じいちゃん)
ワシは「ユートピアの経済システム」を構築することが真の目的じゃろうと考えておる。それは永遠の持続性が必要とされる。そのようなシステムは単に物理的に永続性が確保されるだけでなく、人々によって永遠に認められなければ持続可能であるとは考えない。つまり不幸な人を生み出すようなシステムは持続不能である。

そしてベーシックインカムはあくまでも、ユートピアの経済システムを構築する途上における一つの方法論に過ぎないと考えておるのじゃ。つまりベーシックインカムは到達点ではなく、出発点であると。おそらく未来社会では貨幣すら不要となるはずじゃ。もちろんそれは遠い未来、ワシがもうこの世にはおらん時代の話じゃろう。

そうした社会に一足飛びに到達できるわけではない。ビジョンと計画を持ち、足元をしっかり固めつつ、一歩一歩着実に実現に向けて歩む必要がある。100年レベルの計画じゃよ。そこへ至る過程において、今まさにひとつの山場に差し掛かっておる。それが人工知能やロボットがもたらす失業者の増加の問題じゃ。

そもそも人工知能やロボットが人間の仕事を代わりに行うのだから、これは「働かなくて良い社会」に向けて大きな前進となるはずなのじゃが、驚くべきことに、これが人間の所得を奪う結果をもたらす。これは明らかに現在の経済システムに致命的な欠陥があることを示しておるのじゃ。それが「所得は必ず労働によってもたらされなければならない」というシステムじゃ。

ベーシックインカムの導入によって、このシステム上の欠陥を修復し、山場を乗り越える。それがベーシックインカムの最大の目的であると考えておるのじゃ。そして、それは単に経済システムの進化の過程のおける山場を越えるのみならず、多くのメリットをワシらに与えてくれるのじゃ。それが格差の縮小、貧困の根絶、経済成長などじゃ。じゃから平等社会の実現や経済成長はあくまでも副次的な成果であると思うのじゃ。

~本編サイトと同時掲載



2017年8月9日水曜日

日本にはカネがあるようで実は無い

日本には家計の現金・預金がおよそ900兆円、企業の現金・預金がおよそ250兆円あります。なので「日本にはカネがある」と思っている人は多いでしょう。しかしそれらのおカネのほとんどは、有って無いようなものです。

現金預金は家計と企業の合計で1100兆円を超えますが、そのほとんどは貯め込まれているだけで使われていません。いわば「死蔵」されていると言えます。こうしたおカネは経済活動にほとんど影響を及ぼさないため、有っても無くても同じなのです。

たとえば、今、日本のどこかに徳川の埋蔵金が100兆円あったとしても、無かったとしても、動かないのですから同じことです。家計や企業の貯蓄も徳川の埋蔵金と同じで、動かなければ有っても無くても同じです。

ですから、驚くべきことに日本には「おカネが足りない」のです。おカネが足りないのですから、おカネを増やさなければ経済は決して良くなりません。

もちろん、この「死蔵されているおカネ」が、消費や投資に向かえば、おカネの不足は解消します。しかし、それは非常に難しいでしょう。バブル崩壊以後、日本の現金預金は増え続けており、家計も企業もおカネを使うより、貯め込む傾向が一貫して強いのです。これはもはや日本人の特性なのかも知れません。

それでもなお、社会保障を安定させれば社会不安が解消されて消費が増えるとか、岩盤規制を緩和すれば企業の投資が増えるとかいう主張が見られますが、もう10年以上も同じ主張を繰り返しているにも関わらず、何ら状況は改善しません。いい加減にアプローチの方法を変えるのはあまりに当然ではないでしょうか。

まず、経済活動は世の中を回るおカネの量で決まりますから、最優先にすべきことは、世の中を回るおカネの量を増やすことです。そのためには、政府が通貨を発行して国民に給付する。それだけで良いのです。国民がそのおカネを使うだけで、世の中をおカネが回り始めます。

世の中を回るおカネを増やす。それをしない政党は、どの政党であろうと、まったくダメです。まして、おカネを増やすどころか、世の中を回るおカネの課税を強化して(=消費税増税)、おカネを減らしてしまう(=財政再建)など、正気の沙汰ではないのです。

2017年8月8日火曜日

オイルショックのイメージから脱しない国民

インフレになると生活が圧迫される(生活が貧しくなる)と考える人が今でも多いようです。しかし、実際には「生活が豊かになるからインフレになる」のであって、必ずしもインフレが人々を貧しくするわけではありません。

なぜ生活が豊かになるとインフレになるのでしょう。インフレは消費が増加すると生じます。消費が増加するには、国民の購買力の向上が不可欠であり、それは国民の所得が増えることで生じます。つまり、インフレになるということは、同時に人々の所得が増えているはずなのです。そして消費が増えるために、人々の生活は豊かになるのです。これは「良いインフレ」です。この場合、インフレは好景気と同時に生じます。

逆に言えば、なぜ今の日本がいつまで経ってもインフレターゲットを達成できないかと言えば、それは「国民の所得がちっとも増えていない」からです。そのため消費が増えず、結果としてインフレにならないのです。ですからインフレ目標を達成するには、国民におカネを給付する政策が効果的だと考えられるのです。

では、なぜ多くの人が「インフレになると生活が圧迫される」と信じているのでしょうか。それはおそらく、オイルショックのイメージが人々の意識を支配しているためだと思われます。しかしオイルショックは単なるインフレではなく、スタグフレーションです。これは普通のインフレとは大きく異なります。

スタグフレーションは物価の上昇(インフレ)と不況が同時に起きる状態を指します。これはオイルショックのように、生活に必要不可欠な輸入品が値上がりすることで生じます。スタグフレーションでは、人々の所得が増えることなく、物価だけが上昇しますので、人々の生活が貧しくなります。

オイルショックのように、供給もとの生産量が減ってしまうと、どうすることもできません。どんな景気対策も効果がないのです。基本的にはガマンするしかない、せいぜい、貧しい人の生活必需品が不足することのないよう、再分配政策を強化する程度でしょう。スタグフレーションはそもそもモノが不足する状態になるため、物価を安定化させることは、とても難しくなります。

こうしたスタグフレーションを「インフレだ」と思っている人は多いと思いますが、スタグフレーションとインフレはまったく別物と理解すべきでしょう。スタグフレーションはモノの供給が減少するために物価の上昇と不況が同時に起きますが、インフレはモノの供給以上に需要が伸びるので、物価の上昇と好景気が同時に起こります。

ところで、輸入品について考えると、為替相場の変動によって輸入品の価格が上昇することもあります。つまり円安になると、為替の関係で輸入品が値上がりしてしまうのです。では、この場合はスタグフレーションになるのでしょうか?

例えば、国民におカネを給付金をどんどん支給すると、円の通貨発行残高が増加しますので、為替市場では円安になり、輸入品の価格が上昇してインフレになるかも知れません。しかし、国民におカネが給付されているのですから、負担が増えるどころか、おそらく国民の購買力が増加して、消費が拡大し、景気が良くなると思われます。

また、円安になると日本の輸出競争力が高まるため、輸出が活発化し、これが企業利益を押し上げて、賃金が上昇しますから、景気が良くなります。つまり、国民におカネを給付すると、インフレにはなるものの、同時に景気が良くなるため、スタグフレーションとはまったく違った局面になるでしょう。

ですから、インフレ・インフレと言って、昔のオイルショックのような不況を心配する必要はありません。インフレになるということは、所得が増えることを意味します。天変地異や大恐慌でも生じない限り、所得が増えずにインフレだけ生じる心配をする必要はありません。

最も重要な点は、供給される財(モノやサービス)の量が増加することであり、それが国民にきちんと行き渡るのであれば、物価が上がろうと下がろうと、国民は豊かになるのです。本質的に物価と豊かさは無関係なのです。

2017年8月7日月曜日

マクロを優先しミクロはその後でOK

経済に関係する問題を解決するためには、何よりまずマクロ政策が優先されるべきで、ミクロ政策はその後で行う方が効果的です。そうしなければミクロは無駄な努力になってしまいます。

マクロ政策とは経済の環境を改善する政策です。世の中のおカネを増やし、おカネの循環を良好にしたり、物価を安定させたりすることです。それによって家計や企業などの経済活動を活性化し、社会を全体として豊かにすることも可能です。

例えるなら、それは魚にとっての水質環境のようなもので、いくら素晴らしい、優秀な魚を飼育したところで、水が悪ければ魚はダメになってしまうでしょう。もし水質が最低の環境で魚が育たないのだとすれば、それは魚に責任があるのではなく、環境に原因があることは明白です。

同様に、人間の経済活動においても、経済環境が悪ければ、どんな政策を行っても効果はありません。例えばブラック企業を取り締まり、最低賃金を上げても、あるいは失業者の自己責任を追及して扱いを厳しくしたり、職業訓練を施しても、効果は知れています。こうした政策は経済環境そのものを変えることはできないため、ミクロ政策と呼ばれます。

まずマクロ政策で経済環境を整えることが最優先です。

例えば、低賃金・長時間労働を強いる企業をいくら潰したところで、そうした企業はもぐらたたきのようにいくらでも出てきます。人々は生きるために低賃金・長時間労働でも受け入れざるを得ないため、世の中の仕事の量が少ないと、ブラックと知りつつも、ブラック企業に人がどんどん集まるからです。

また、企業の立場から言えば、デフレ不況の環境下では商品が売れないため、一円でも安く商品を売らなければ市場競争で淘汰されてしまいます。そのため、ギリギリまで人件費と労働時間を厳しくしなければならず、そうでない企業は潰れて消えます。そして最終的にはブラックな企業だけが生き残ります。

これでは、低賃金・長時間労働の問題は解決しません。

ところが、マクロ政策で経済環境を変えると、まるでウソのように物事が反対方向に回り出します。

例えば、おカネを発行して全ての国民に配ると、国民の購買力が向上して消費が増大し、その結果として企業の生産活動が増加して仕事が増えます。仕事が増えれば、何もムリをしてブラックな企業に勤める必要はありませんので、人々はより待遇のよい企業に次々に転職し、ブラック企業は人手がいなくなって潰れます。わざわざブラック企業を取り締まって潰す手間(ミクロ政策)は必要ないのです。

また、企業の立場から言えば、景気がよくなれば商品がどんどん売れるため、ムリに安くする必要はありません。そのため従業員をより高い賃金・短い労働時間で雇用することが可能になりますし、また、雇用条件を良くしなければ、他の企業に人手を引き抜かれてしまいますから、可能な限り労働者の待遇を良くするようになります。

つまり、企業も労働者も、
マクロ環境という釈迦の手のひらの上で踊らされているのです。

マクロのように、経済を全体から俯瞰してみると、「善」も「悪」もありません。企業も家計も単に「環境に適合するように行動している」だけです。その結果が「善」になったり「悪」になったりしているのです。つまり、環境次第で善にも悪にもなるのです。

ブラック企業のような違法な企業は取り締まられて当然ですが、大切なのは、本当に悪いヤツは誰なのかを知ることです。それは「マクロ環境を悪くしている連中」なのです。そいつらのせいで、人々は好むと好まざるとに関わらず「悪人プレイ」を強いられているのです。

2017年8月4日金曜日

残業代ゼロとロボットによる生産性

残業代をゼロにして生産性を高める必要があるとの主張があります。しかし生産性を向上する上で人間の生産性など取るに足りません。実際に生産性を支えているのは機械だからです。

(じいちゃん)
残業代をゼロにすると生産性が高まると騒いでおる。しかし仕事の効率を高めるなら、残業をゼロにするより機械を導入するほうが遥かに効率的じゃ。じゃからそんなに生産性で騒ぐなら、設備投資を増やすことを最優先に考えるべきじゃな。仕事の効率化など、その効果は知れておるのじゃよ。

(ねこ)
ふにゃ、仕事の効率化なんか知れているのかにゃ。

(じいちゃん)
機械による効率化と仕事の効率化を数値で比較するのは難しいが、そんなことしなくとも、よく考えてみると理解できるはずじゃ。例えば、もし人間が機械に頼らない生産活動を行ったとしたらどうなるか。発電所も工場も停止し、自動車も農耕機械も使わない。すると生産量は10%以下、いや数パーセントにも満たないと思う。こうなるといくら「仕事の効率がー」と言ったところで知れておる。

つまり、生産の効率化のほとんどすべては、機械によって成し遂げられておると考えるのが自然なんじゃ。人間の生産効率性(=能力)は機械のように何十倍、何百倍にも伸びるものではない。せいぜい機械の進歩にあわせて、それに適合するよう労働の内容を変化させるだけなんじゃよ。じゃから「仕事の効率」に血眼になって取り組んでも生産性はあまり増えない。

生産性を向上するための最も効果的な方法は「機械化」なんじゃ。設備投資を増やして生産用の機械を導入し、従業員にそれを操作させることで、生産効率は飛躍的に向上するんじゃ。

(ねこ)
じゃあ、なんで企業は設備投資をせず、新聞マスコミが仕事の効率化にうるさいのかにゃ。

(じいちゃん)
それは単に企業が残業代を払いたくないからじゃろ。「賃金を下げるための、それらしい理由が欲しい」のじゃよ。それはデフレ不況が影響しておる。生産効率を高めるには機械を導入するのが最も有効じゃが、仮に生産効率を上げてより多くの商品を生産したところで、今日のようなデフレ不況では売れ残り在庫の山ができるだけじゃ。そうなると逆に生産性が低下してしまう。じゃから企業は設備投資よりも人件費のカットによる生産性の向上を目指すんじゃ。

(ねこ)
にゃにゃー!不況はろくでもないにゃ。早くおカネを国民に配って、不況を終わらせるべきだにゃ。

(じいちゃん)
まったくその通りじゃな。国民におカネが潤沢にあれば購買力が高まるから、企業が設備投資して機械を導入し、生産量を増やしても売れ残る心配は少なくなる。そういう環境を作り出せば、企業の設備投資によって「企業の生産性」も「社会の生産性」も同時に向上するじゃろう。

また、機械化による生産性の向上は、雇用の流動化と同時に行われることで、より効果が高まるんじゃ。機械が導入されると人手が必ず余るようになる。こうして余剰になった労働者が、新たな機械を使って新たなモノやサービスを生産するようになれば、より多くの種類のモノやサービスが社会に供給されるようになる。

(ねこ)
なるほどにゃ~、国民におカネを支給することと、機械化と雇用の流動化が同時に必要なんだにゃ。

(じいちゃん)
そうなんじゃよ、じゃから必ずしも雇用を守れば良い訳ではない。ただし雇用の流動化は必ず失業を伴うから、失業者を社会的に不利な状態に置けば、みんな失業を恐れて雇用の流動化は低下してしまうじゃろう。むしろ失業あるいは転職を推奨するくらいでちょうど良いのじゃ。政府が「転職推奨金」を出しても良いくらいじゃ。もちろん同時に機械化が行われなけれなければ、雇用だけ流動化してもあまり効果がない。

これまではそれでよかった。ところが最近は「人工知能やロボットが仕事を奪う」という問題が出てきた。これまでは「機械を導入して従業員に操作させる」ことで生産性を高めてきたが、人工知能を備えたロボットの登場で「機械が自動で働くので操作する従業員がいらない」という事態になってきた。こうなると雇用が流動化するのではなく、単に「雇用の切捨て」が行われるようになるんじゃ。なぜ切り捨てるかと言えば、ムダな賃金をカットして生産性を向上するためじゃ。

ムダな賃金をカットする考え方は、残業代ゼロと同じ原理じゃ。しかしムダな賃金をカットするという考えじゃと、人工知能やロボットが普及するにつれて、残業代ゼロはおろか人々の賃金も限りなくゼロに近づくことになるんじゃ。本当にそんなことすれば、失業者がどんどん増加して、国民の総購買力もどんどん低下し、おカネが回らなくなって経済はデフレ縮小の果てに破綻するじゃろう。

人工知能やロボットが普及すると、残業どころか、何ら仕事をしない人にも賃金を支払わなければ、やがて経済が成り立たなくなるのじゃ。すなわち残業代ゼロのような考え方、つまり従業員の数や支払い賃金を減らすことで生産性を高める考え方は、もはや時代遅れなんじゃよ。

(ねこ)
じゃあどうやって生産性を高めるのかにゃ。

(じいちゃん)
労働時間ではなく、生産された付加価値に応じた所得を支給すれば良いのじゃ。

(ねこ)
ふにゃ、それじゃあ、脱時間給とか成果主義と同じじゃないのかにゃ。

(じいちゃん)
いやいや、脱時間給は「労働時間と関係なく、企業において生産された付加価値=成果に応じて給与を支給する」考えじゃ。これからは「労働時間と関係なく、社会において生産された付加価値に応じて所得を支給する」んじゃ。労働時間ではなく、生産された付加価値に応じて所得が分配される。これが本当の「脱時間給」じゃよ。もちろん国民に均等に所得を分配するのではなく、生産活動への貢献度が高い人により多くの所得が得られる仕組みは必要じゃ。じゃから基本所得となる部分だけ支給する「ベーシックインカム」というわけじゃよ。基本となる所得以外の分配はこれまでの資本主義と市場原理のしくみにまかせるのじゃ。

そして社会の生産性を高めるには、生産量を増やせばよい。生産されるモノやサービスが増えて社会に行き渡るほど、社会の生産性は向上するし、それは企業だけではなく人々も同時に豊かになることを意味するんじゃ。そのためには機械化じゃ。人工知能やロボットの研究開発にもっと力を入れて、社会全体の生産量を増やすんじゃ。同時に資源リサイクルや自然エネルギーの技術開発も重要じゃ。資源を使い捨てる生産様式ではいずれ生産不能になる。将来もきちんと見据えなければ、そもそも生産性を向上する意味がなくなってしまうのじゃ。

(ねこ)
ふにゃ~、生産性は奥が深いにゃあ。そしてすごく大切だにゃ。

(じいちゃん)
そのとおりじゃ。生産性は一言で片付けられるほど簡単ではない。しかし最も重要なポイントは「何のために生産性を高めるのか」じゃ。それは人々が労働する時間をなるべく減らしながら、より豊かな生活をするためじゃ。もしそうならないのであれば、明らかに間違っておるのじゃよ。

~本編サイトと同時掲載