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2019年7月29日月曜日

「財源の裏づけ」は要らない

政治家や評論家が、したり顔で「野党の政策には財源が無い」と批判することが、しばしばある。しかし「財源が無い」はナンセンスな批判に過ぎません。

経済の本質はカネではありません。財(モノやサービス)を生産し、市場を通じて分配する活動そのものが経済の本質です。カネはそのときに利用されるツールの一つに過ぎず、そもそも、カネそのものには、何の価値も無いのです。なぜなら、もし財が生産されなくなったら、カネなど、まったく無意味な存在に過ぎないからです。

それが理解されるなら、「おカネが無い」という意味での「財源」(通貨の調達)は、本質的な問題ではないことが理解できます。おカネは必要に応じて、いつでも、簡単に発行することができるからです。おカネが足りないなら、発行すれば良い。もちろん、おカネの発行量にもルールは必要ですが、原則的には、必要に応じて発行すれば良いだけですから、超カンタンです。

一方、「財(モノやサービス)」が足りない場合は、簡単ではありません。おカネは指先一つでポンポン増やせますが、財を生産するためには、技術、生産設備や資源、労働力などが必要になるため、もし、財が不足すれば、その供給を増やすことは容易ではありません。教育や学問研究に対する投資、生産設備に対する投資、インフラなど、社会の生産基盤全体を底上げする必要があり、時間も必要です。

ですから、本質的に言えば、もっとも重要な点は「財の供給力」であり、カネの問題など「どうにでもなる」のです。

そして、財の供給力が十分にあるのであれば、それを余すところなく、市場で分配すれば、人々の生活は向上します。ところが、今、日本を低迷させているデフレとは、せっかく生産された財を「余してしまう」あるいは、「供給力を100%発揮せずに、ぶらぶらしている」ような状態のことです。これは、実にムダな話です。

しかも、ムダだけでは済まされない危険性も孕んでいます。もし、デフレの状態が長く続けば、社会の生産基盤全体に対する投資が低迷することになるからです。企業の売り上げが伸びず、おカネが無いため、教育や学問研究、設備投資、人への投資が低迷します。税収も減るため、公共投資も落ち込みます。すると、社会全体の供給能力がどんどん低下して、やがて必要な財を供給できなくなる恐れがあるからです。もちろん、世界経済の進化にも、日本だけが取り残されることになります。

では、なぜデフレなのか?生産された財を市場で交換するためのおカネが不足している、つまり、「人々におカネがないから、財を買えない」状況が生じているわけです。

であれば、解決は極めて簡単です。財の供給力は十分にあって、カネが足りないだけなら、単にカネをポンと発行し、それを国民(消費者)に分配すれば良いだけです。財が足りないなら大変ですが、カネが足りないだけなら、簡単です。すべての国民に、例えば毎月1万円(年間12万円)を給付すれば良いのです。

給付金の話をすると、必ず出てくるのが「財源が無い」というセリフですが、すでにご説明したとおり、この批判にはまったく意味がありません。カネが足りなければ、発行できるのですから。そして、日本の供給力は十分にあるのであり、しかも、デフレを脱すれば企業の投資が増え始めるため、供給力はさらに増加し、経済は成長軌道へと回復するのです。

「財源がない」は、理由にならない。「財源がない」は、子供だましの理屈に過ぎないのです。



2019年5月9日木曜日

MMT(現代貨幣理論)の基本とは

MMT(現代貨幣理論)が注目をされていますが、そもそも貨幣理論なのですから、貨幣の話がまず最初にあるべきはずです。しかし、マスコミ等の報道では、その肝心な部分が欠落しています。とても不思議ですね。

MMTは貨幣理論と銘打っているのですから、当然ながら、貨幣の理論がその根幹にあるわけです。そして、その前提に基づいて、MMTにおけるすべての考察が成り立っているわけですから、当然、議論の入り口の段階において、その貨幣の話が正しいのか、間違っているのか、という議論がなされるべきでしょう。

しかし、新聞記事を見る限り、そんな話は出てきません。そこをすっとばして、MMTの結論部分が正しいのか、間違っているのか?という話になっています。入り口の話をすっとばして、結論部分だけ正しく議論することなどできるのでしょうか?これは、およそ、科学的な姿勢とはかけ離れているとしか思えませんね。

MMTの基本は、貨幣の発行のしくみ、つまり、「現代のおカネは、(ほぼ)すべてが銀行の信用創造によって作られている」という点を理解することにあります。

信用創造によっておカネが作られるとは、世の中のおカネは、貸し出しによって作られるということを意味します。言い換えれば、「世の中のおカネは、すべて、誰かが銀行から借金することによって作られている」ということです。

逆に言えば、銀行から借金する人が居ないと、世の中からおカネが無くなることを意味します。借金しないと、おカネが不足するのです。これは事実です。

それは、また同時に、これまで新聞マスコミが、銀行の業務に関して説明してきたことが間違いであることを意味します。つまり、これまでマスコミは「銀行は預金者から預金を集めて、それを貸し出す」と説明してきましたが、そうではなく、「銀行が誰かにおカネを貸し出すことで、預金が発生する」という説明が正しいことになります。

実際のところ、銀行の金融業務をみれば、「銀行が誰かにおカネを貸し出すことで預金が発生している」のが、紛れもない事実です。それはバランスシート(会計の仕組み)から明白です。

まず、このカネの仕組みを正しく理解すること、これがMMT(現代貨幣理論)の基本になります。この認識があって、そこから、様々な考察がなされてきます。私はMMTにそれほど専門的な知識を有するわけではありませんが、どこにMMTの「肝」があるか、それは見抜いているつもりです。

というか、普通に考えて、貨幣理論だ、と言っているのだから、貨幣の理解がまず先に立つのは当たり前ですよね。

その点、新聞等が書いている、MMTに関する説明は、およそ普通の国民が理解できるような内容ではありません。珍奇なものです。新聞には次のように書いてあります。

「自国通貨の発行権を持つ政府は、無限に通貨を発行できるため、物価の急上昇が起きない限り、(政府の)借金が増えても問題ないとする経済理論(読売新聞)。」

意味不明ですねw。こんな説明では、MMTを理解するどころか、変な誤解を広めるだけでしょう。もっとわかりやすく、説明する文章を考えてみました。

「現代の貨幣(現金および預金)は、ほぼすべてが負債(借金)によって作り出されている(信用創造)(貨幣理論)。そのため、民間負債の量が不十分だと、世の中のおカネが不足した状態となり、これがデフレを引き起こす。一方、政府の負債もまた世の中のおカネを増やすことから、民間負債の不足分を政府の負債によって補うことで、通貨供給を確保できる。ゆえに、デフレ環境下においては、政府の負債は必要不可欠であって、負債は問題にならないとする経済理論。」

少し文章の量が多いかも知れませんが、これなら、おそらく普通の人でもわかりやすいと思います。もし短縮するなら、ちょっとわかりにくくなりますが、

「現代の貨幣は負債によって作り出されているため、民間負債が不十分であれば、政府負債を増加させなければデフレから脱却できない。その意味から政府債務は必要である、とする経済理論。」

MMTオタクの人に言わせれば、正確じゃない、と批判されそうですが、国民の誰も理解できないような表現では、仮に正確であったとしても意味がありません。ナンセンスです。そもそも、MMTを一言で正確かつ誰でも理解可能な表現で説明することなど100%不可能だ、と断言します。

MMTは貨幣理論です。まず、貨幣の話があって、はじめてMMTを説明したことになると思いますね。



2018年8月14日火曜日

復興支援には通貨発行も国債発行も同じ

日本では毎年のように大規模災害が発生し、復興支援のための予算が必要になっています。その財源をどうするか。もし国債を発行するのならば、むしろ通貨を発行すべきでしょう。どちらも実質的にほどんど同じだからです。

災害の復興支援として、財務省の役人ならば直ぐに「増税だ」と騒ぐでしょう。しかし、長期デフレから脱却していない日本経済にとって、増税はますます景気を悪くするだけです。そうではなく、増税をせずに、復興支援のために財政出動を増やすほうが、復興需要の拡大によって長期デフレからインフレへと経済局面をかえるきっかけになるかもしれません。

では、増税せずに災害復興の財源をどのように確保すべきか。これまでの常識から言えば、大抵の政治家やマスコミは「国債を発行すべし」と考えるでしょう。しかし、国債を発行するとなれば、すでに大量に発行されている国債をさらに増やすことになりますから、財務省の役人がまたまた出てきて「国のシャッキンガー」と騒ぐことになります。

ですから、国債を発行するのではなく、通貨を発行して財政出動の財源とするべきだと考えます。

ところが、「国債を発行するのよいが、通貨を発行するとインフレになるから良くない。あくまで国債にすべきだ。」と主張する人もいるでしょう。これは認識としては、完全に間違いです。なぜなら、国債を発行した場合でも、結果的には通貨が発行され、世の中のおカネが増えるからです。

つまり、国債を10兆円発行しても、政府・日銀が通貨を10兆円発行しても、世の中のおカネ(マネーストック)は同じ10兆円増えます。ですから、もしインフレを引き起こす経済状況であれば、国債発行であろうと通貨発行と同様なインフレを引き起こします。

では、こうした「国債はインフレにならない」という誤解を招いている原因は何でしょうか。それはマスコミの垂れ流す「国債は民間が貯めているおカネを再利用する方法だ」という、間違った常識があるからでしょう。ところが実際には、銀行が国債を購入すると、おカネ(預金)が発行されることになるのです。これはバランスシートの仕組みから言って明白です。

ですから、復興財源として国債を発行するのではなく、通貨を発行して財源としたとしても、大きな問題はないのです。むしろ通貨発行によって財源を確保すれば、財務省の役人がしゃしゃり出てきて「国のシャッキンガー」「消費税をどんどん上げろ」などと騒ぐ心配はありません。

では、国債発行と通貨発行はまったく同じなのか?通貨供給という点では同じですが、実際には大きな違いがあります。

国債を発行した場合、例えば10年国債の10兆円であれば10年後に10兆円を返済しなければなりません。返済のためには、10兆円のおカネを税金として世の中から回収しなければなりません。すると、世の中のおカネが10兆円減ることになります。つまり、国債の場合は、世の中のおカネを必ず減らすのです。これは10年後の社会にデフレを招く強烈な原因になります。

一方、通貨発行の場合、例えば10年後に、発行したおカネを世の中から回収する必要はありません。世の中のおカネは減らないのです。とはいえ、もしインフレが酷いのであれば、10年後といわず、いつでも増税等によって世の中のおカネを減らすことが可能です。つまりインフレでなければ、無理に世の中のおカネを減らす必要はありませんし、インフレならおカネを減らせばよい。

と、考えてみれば、国債よりも通貨発行の方が政策として柔軟性が高いと思われますね。ですから、国債ではなく通貨発行によって財源を確保するほうが賢いと思われるのです。

国債によって財源を確保する方法は、もはや時代遅れです。生産性が低く、慢性的にインフレを警戒しなければならなかった、昔の時代の手法だと思います。前世紀の遺物ですね。

いまや生産性が飛躍的に向上し、これからは人工知能やロボットによって、ますます供給力過剰な社会になると考えられます。そうした時代の変化に対応し、これからの財源は国債発行に頼るのではなく、通貨発行によって賄う必要があると思うのです。


2018年7月25日水曜日

「財源がない」はナンセンスな考え

何か新しい政策を提案すれば必ず出てくる「財源は?」の質問。しかし財源がないとの考え方はナンセンスに過ぎないのです。真に必要な政策であれば、財源を問う必要はありません。

財源とは単に「通貨調達の方法論」に過ぎないからです。もし公的な政策を行なうために通貨が必要であれば、それは単に通貨を発行することで調達することに何ら問題はありません。なぜでしょう。

国民の代表である政府には、主権である「通貨発行権」を国民から預かり、行使する権限を有します。ゆえに政府が公的な理由で必要と判断すれば、通貨を発行することは当然の責務であり、義務だからです。もしそれを怠るなら、国民主権を損なう行為と言えましょう。

例えば豪雨災害あるいは震災による被災地の復興および被災者の生活支援のために、公共投資や公的扶養が必要であれば、その政策のために「財源は?」と問う必要はまったくありません。ただちに日本銀行が通貨を発行し、それらの政策を速やかに実行する必要があります。ですから、財源のために増税をする必要はまったく皆無なのです。

もちろん、日本銀行が通貨を発行するには、政府の新規国債(例えば災害復興国債)を直接に引き受ける、あるいは政府が政府通貨を発行して日本銀行に預け入れる等、テクニカルな方法の検討が必要であることは言うまでもありません。そんなものは手続きに過ぎません。重要な点は「通貨を発行すること」です。

こうした、必要な公的政策のために通貨発行を財源に用いること(=ヘリコプターマネー)は、これからますます重要になってくるでしょう。安易に増税すれば景気を悪化させ、経済をデフレ化するだけだからです。テクノロジーの進化(生産性向上)による供給過多の傾向にある現代資本主義先進国では、増税によって財源を確保する必要性は低い状況にあります。

何か新しい政策を提案すれば、マスコミの記者から必ず出てくる「財源は?」の質問。実にナンセンスですね。おカネが無ければ刷りなさい。それは国民の権利(主権)です。

もちろん100兆円も200兆円もいちどに発行して良いなどという極論ではありません。現在のマネーストック900兆円のおよそ2%を供給する程度で、18兆円もの通貨が確保できるわけです。

そして通貨発行による高インフレの心配もありません。過去には毎年5%以上のおカネが供給されてきたのに、今では3%程度しか供給されていません。ですから、18兆円程度(2%)を発行したところで、逆立ちしても高インフレなどにはならないのです。

2017年12月21日木曜日

利権としてのリフレ派VSケインズ派

リフレ派とケインズ派の争いを冷めた目でみると、利権争いの側面が見える気がします。それは資産家利権VS土建業利権です。

ケインズ派は財政出動による経済の安定化を目指します。よく言われることとして、ケインズ派は公共工事の増額を主張するため「土木建設業の利権と関わっている」といわれます。利権ガーです。しかし実際にそうでしょう。土木建築業におカネを流すのですから、それらの業界にとってこれほど美味しい話はないからです。これは否定しえません。

もし利権に関係ないと主張するのであれば、公共工事だけでなく社会保障、あるいは給付金(ヘリマネ)のような形で財政出動し、有効需要を活性化すれば良いはずです。「消費者におカネを渡しても貯蓄されるだけだ」との意見もありますが、そもそも、公共事業を通じて賃金として消費者に渡った段階でも同様に貯蓄されるのですから、違いはありません。意味のない指摘です。

公共事業を行えば、確かに統計上はGDPが増加するものの、国民が消費活動したわけではないのです。あくまでも消費者に渡ったおカネが消費に使われるかどうか、それが本質的に重要です。ですから、同じように消費者におカネを渡すのであれば、公共事業を通じて渡さなければならない必然性はありません。にも関わらず、有効需要のために公共事業を無理に増やそうと主張すれば、それは利権だといわれても仕方ないのです。

もちろん、誤解されると困りますが、盲目的に公共工事を敵視するマスコミとは違います。公共工事は直接の利潤を生みませんが、社会資本として社会の基礎を支えたり、安全な暮らしを実現するために重要です。国土強靭化も必要でしょう。しかし、それらが景気を押し上げる効果はあくまでも二次的な効果であり、公共工事の本質的な目的ではないのです。

その一方で、リフレ派は利権がーと言ってケインズ派を攻撃し、自分達は利権と関係ないふりをしていますが、リフレ派も土建よりさらに巨大な利権です。

現代の金融制度において、世の中のおカネを増やすには誰かに借金を負わせるしか方法がありません。もし、借金を増やさなければ、世の中のおカネは1円も増えないわけです。リフレ派は新古典主義つまりマネタリズムの流れを汲むと考えられます。であれば、安定的な通貨供給を重視するはずです。

しかし、貸し出し金利を操作することで借金を増減させ、それによって世の中のおカネの量を調整するリフレ派の考えは安定するはずがありません。事実、歴史上、通貨供給が安定したことはなく、常にバブルとバブル崩壊を繰り返しています。

にも関わらず、リフレ派は決してその問題に切り込まないのです。

なぜか?金利が大切だからです。金利という「フリーランチ」が何よりも大切だからです。世の中のおカネがすべて借金から成り立つ制度であれば、金利は必ず発生します。これが人類最大の既得権益なのです。

もしリフレ派がマネタリストであるなら、当然ながらフィッシャーやフリードマンらの支持した通貨制度改革「100%マネー」を推進して当然なのです。100%マネーは借金によらない通貨供給のしくみであり、極めて安定的です。なのになぜリフレ派が通貨改革を主張しないのか?100%マネーにすると、金利がほとんどなくなるからでしょう。つまり、リフレ派は「金利によってフリーランチを謳歌している世界の1%の資産家」の利権に絡んでいるのです。

このように、リフレ派もケインズ派も、一歩離れて冷めた目で見てみると、どちらも利権に絡んでおり、リフレ派とケインズ派の争いは利権争いに過ぎないと見ることができるのです。そうしてみると、リフレ派とケインズ派の争いは実にバカバカしいw。あんなものは学者やエコノミストに勝手にやらせておけば良い。

わたしたち国民は、こんな馬鹿げた利権争いに乗せられてはいけません。もっと本質的な社会システムの確立のために、リフレ派の考えも、ケインズ派の考えも、バランスよく取り入れて行動すべきだと思うのです。

2017年3月17日金曜日

公共投資やるなら資源テクノロジーへ

財政政策が求められています。公共工事も重要ですが、もっと重要な投資は「資源テクノロジー」への研究開発投資です。途上国が経済成長を始めれば、たちどころに資源不足に陥る危険性が高く、一刻も早い対策が必要です。

現在の世界は先進国も途上国も不況ですが、リーマンショック前までは先進国も途上国も好景気だったことを思い出すべきです。つまり今は金融資本主義の制度的な欠陥によって「カネが回らない」から世界が不況なのであって、もし、政府通貨制度などの採用で欠陥が克服され、世界のカネ回りがよくなれば、世界経済は成長期に戻るはずです。

世界経済が本格的に回復すれば、資源需要が増加し、資源価格が暴騰するでしょう。おそらく日本政府はそのときになって大騒ぎするでしょうが手遅れです。資源価格の暴騰はオイルショックと同じ災い、つまり深刻なスタグフレーションを日本にもたらすに違いありません。資源が暴騰してしまえば、金融政策も財政政策も意味がありません。

ですから、近い将来における資源枯渇への対策として、資源テクノロジーの研究開発を国家主導で強力に推し進めておかねばならないと思います。それは海外に依存せず、日本国内で資源を賄うための技術です。日本の国内で資源の大部分を調達・リサイクルできるようになれば、資源価格の暴騰を恐れる心配は無くなります。

具体例としては、エネルギー分野におけるメタンハイドレートや自然エネルギーのコスト引き下げ、構造材分野における金属資源の代替(植物プラスチックやナノファイバー等)、希少資源におけるナノテクノロジーによる代替などです。こうした研究は官民ですでに始まっていますから、その予算を2倍3倍に増やして加速させるのです。

カネなど刷ればいくらでも無尽蔵にできます。しかし資源が枯渇すれば何もできません。デフレの今のうちにカネをバンバン刷って、将来の資源不足の時代に備えた研究開発に投資しないでどうするのでしょうか。財務省にそんなビジョンはありません。あるのは緊縮財政だけ。

財政赤字や人口減少など問題ではありません。
資源が枯渇すれば、日本は間違いなく貧困化します。
資源安の今こそ、資源テクノロジーに取り組まねばなりません。

2017年1月27日金曜日

資源テクノロジーにもっと政府投資を

ベーシックインカム制度の導入に当たり、自分が最も心配しているのが将来の資源枯渇です。資源が枯渇してしまったらベーシックインカム制度は「ベーシックプア制度」になりかねないと懸念しています。

いまは世界経済が停滞していますから資源はダブついています。しかし考えてみればすぐわかりますが、もし本格的に世界経済が回復を始めると、途上国の経済成長が加速し、たちまち資源が不足する可能性があります。とりわけ中国とインド。この両方で26億人も人がいるわけです。

徐々に資源不足になるなら対応可能かも知れません。しかし、世界のマネーが利ザヤを抜くべく、虎視眈々と待ち構えています。資源高の局面になれば、たちどころにマネーがたかってきます。そして先物市場で資源が急激に値上がりすると思われます。そして世界は資源の奪い合いになります。

いくら人工知能やロボットで生産力が増えたところで、資源が無ければ何も生産できません。たちまち供給不足になります。しかもあいかわらず技術的な失業だけは発生しますから、最悪の状態です。スタグフレーションに突入する可能性があります。供給量が少ないですから、ベーシックインカムで入手できる財の量もどんどん減り、「ベーシックプア」な人がおおぜい発生するような気がします。

資源が枯渇したら終わり。

ですから、資源テクノロジーの開発は急務です。後手に回るわけには絶対にいかないのです。具体的には身の回りにある物質を資源として利用する技術(脱金属資源・石油資源)や、自然エネルギーの格安利用技術です。日本にあるものを資源として利用できれば資源枯渇は発生しません。

政府は資源テクノロジーにもっとどんどん投資を行うべきです。こうした投資は市場に任せれば済むような問題ではありません。市場は採算性で動くので、資源の枯渇が見え始めるまで動きが鈍いだろうと思います。しかし見え始めた時にはすでに手遅れの危険性もあります。もちろん企業はそれでも良いかも知れませんが、国民は困ります。

投資は先を読まなければなりませんが、リスクもあります。企業はリスクを負うことが難しい。デフレの今は特に企業はリスクを負わない。だからリスクは政府が負うべきです。政府はおカネを発行すれば財源が調達できる。ある意味でノーリスクです(厳密にはインフレリスクがある)。カネを発行し、民間企業に競争させて技術開発を加速させるのです。

技術の進歩は失敗の山から生まれます。とにかくおカネを投下した国が勝つ。いまやアメリカはおろか、日本は中国にも科学技術への投資分野で水をあけられている始末です。

財務省は黙らせろ。政府支出でテクノロジーを進化させよう。

2016年8月26日金曜日

人工光合成の実現加速に政府投資を

子供の頃に夢見ていた人工光合成がいよいよ現実に近づきつつあるようです。現在はエネルギー変換効率が2%~4%と低いものの、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)によれば、2020年には効率10%を達成し、実用化段階に入る計画らしいです。しかも今のところ研究では日本が世界をリードしているといいます。すばらしい。こうした分野にどんどん政府が投資、支援を行って開発を加速すべきでしょう。

人工光合成のすごいところは、植物と同じように、水と二酸化炭素から有機化合物を直接に合成するところです。メタンガスやアルコールが光と水と二酸化炭素から生産される。これは人工知能と同じくらいに、とんでもなく革新的な技術です。何がすごいかといえば、いくつもあります。

太陽光で燃料を作るといえば、太陽光発電の電力で水を電気分解して水素を生産することを思い浮かべるでしょう。しかし太陽光から電気を介して水素を生産する際には、エネルギー変換ロスが生じるため効率が良くないですし、装置も複雑化します。人工光合成なら光から直接に燃料を生産するため、ロスはありません。しかも水素のように取り扱いの面倒な物質ではなく、アルコールが生産されてくるので、ペットボトルでも保存できます。今までと同じように燃料として利用できます。

太陽光発電と違い、電気エネルギーではなくてアルコールが生産されるので、タンクに詰めるだけで長期的に保存ができ、運搬も簡単です。晴れているときに燃料を生産しておけば、燃料電池で発電できるので、夜でも曇りでもエネルギーに困らない。

化石燃料の使用で二酸化炭素が増加して大問題になっていますが、その二酸化炭素を吸収して燃料に戻すわけですから、ある意味で、無限の燃料が手に入るようなものです。同じ再生可能エネルギーでも太陽光発電で水素を作る場合は、二酸化炭素を吸収しません。しかし、人工光合成は二酸化炭素を吸収するので、世界中で大規模に人工光合成が行われれば、世界の二酸化炭素濃度は低下します。未来の国際環境会議は二酸化炭素排出削減目標ではなく、二酸化炭吸収目標となるでしょう。

人工光合成は、いわば光から石油を作っているようなもの。だから、将来的にはプラスチックや合成繊維なども人工光合成から生産することが可能になると思われます。この研究が進めば、エネルギーとしての石油だけではなく、原材料としての石油の輸入も必要なくなり、石油資源の枯渇も心配なくなるのです。

これは究極の話ですが、人工光合成が高度に進化すると、ブドウ糖も生産できるようになります。人工植物です。もしこれが実用化されれば、もし何らかの原因で食糧危機になっても、人工光合成でブドウ糖を生産することで、とりあえず餓死を免れられます。まあ、半分冗談ですが。

人工光合成が低コストで全世界に普及すれば、間違いなく世界が変わるはずです。地球的な環境破壊が深刻な今日、気長に研究をやっている場合ではありません。人工知能と同じくらいに重要な技術であり、政府がもっと投資して開発を加速すべきだと思います。世界が変わります。