2018年12月12日水曜日

サンタさんは、ばら撒きの悪人

(注)これは、クリスマス時事のナンセンス・ストーリーですw。特に深い意味はありません。

先生「みなさん、まもなくクリスマスですね。さて、今日はサンタさんについて考えてみましょう。サンタさんについて、みんなはどんな思いを抱いていますか?」

Aくん「はい、ボクは、サンタさんは、ばら撒きをする悪い人だと思います。サンタさんはプレゼントをばら撒いていますが、ばら撒きは良くないと新聞に書いていました。」

先生「いや、あれはプレゼントだから、いいんじゃないかな。」

Aくん「プレゼントでも、ばら撒いていることに違いないと思います。ばら撒きは良くないです。」

Bくん「ボクもそう思います。そもそも財源はどうするんですか。」

先生「財源って・・・それは、どこかのおじさんがサンタさんに寄付してくれるんじゃないかな。」

Bくん「こんなデフレの時代におカネを寄付するほど儲けている大人にろくな人はいません。庶民から搾取している資本家に違いないと思います。」

Aくん「そういえば、ばら撒きは将来世代へのツケを増やすと新聞に書いてあったよ。将来世代って、ボクらのことじゃないかな。つまり、サンタは銀行から借金して、それを財源にプレゼントをばら撒いているんだと思います。そして将来、その借金をボクたちに押し付けてくるんです。」

Bくん「確かにそうかも知れない。ボクたちが子供の時には、プレゼントをくれるけど、大人になったら増税して、ボクたちから税金を巻き上げる気なんだ。将来の増税の口実をつくるために、ばら撒きしているに違いないと思います。」

先生「いや、増税とか、そんな大それた金額じゃないし。」

Aくん「先生!、今はおカネのない時代ですから、そういう小さなことも見逃してはいけないと思います。ばら撒きは良くない、選択と集中なんです。生産性です。」

Bくん「そうだ、生産性だと思います。選択と集中もせずに、みんなにばら撒きするサンタさんは悪い人だと思います。自己責任の時代なんですから、サンタのことなんか考えるより、英単語や算数の公式を一つでも覚えるほうが就職に有利になります。」

先生「それじゃ、夢がないよね・・・」

Aくん「そんなのは、大人たちの抱く勝手な夢に過ぎません。大切なのは夢ではなくカネです。カネがなければ何もできません。財源がすべてです。ボクたちは、生産性に支配された自己責任の社会へ向かうレールの上に乗っているんです。誰一人逃れることはできません。サンタのプレゼントなんて慰めにもなりません。一日一日、ボクたちは着実にそこへ向かっているのです。」

Bくん「夢とかいってるけど、先生だって過労死寸前じゃないですか。教育現場にもっとカネがあれば、先生の人数が増やせて楽になるのに。それ財源、財源、財源!」

先生「いや、もうサンタなんかどうでもいいわ。プライマリーバランスに呪われた子供をなんとかしてくれ!」

2018年12月11日火曜日

ベーシックインカム動画の第2回UPしました


ベーシックインカム動画の第2回です。1800年ごろから始まるベーシックインカムの思想的な歴史と、一般的な定義についてご説明します。ベーシックインカムは、最近になってにわかに出てきた思想ではなく、長い歴史を持っています。次回は年明け、松の内の公開を目標に制作します。けっこう、大変ですw。
https://youtu.be/btKXGg7SRxM

2018年12月4日火曜日

「財源には限りがある」のセリフは間違い

財務省の手先である緊縮派の新聞や御用学者の常套句である「財源には限りがある」のセリフは間違いです。「財源は無限にある」が正しいのです。

財源に限りはありません。なぜなら財源とは通貨の調達のことですから、何も税金や借金(国債)に限ったことではないからです。通貨は発行すればいくらでも作り出せる。ですから、おカネと言う意味での財源に限りはまったくありません。「財源は無限にある」が正しいのです。

ただし、財の供給力には限りがあります。財とはモノやサービスのことであり、実際に価値のあるものです。これは通貨と違って、ポンポンと簡単に作り出すことはできません。供給力を支える資源も生産資本も数が限られています。ですから「供給力には限りがある」は正しいのです。

しかし、緊縮派の新聞や御用学者は「財の供給力」を無視します。なぜなら、先進工業国である日本には非常に大きな財の供給力があるのですが、それを言い出すと「緊縮できない」からです。それだけ大きな供給力があるのですから、通貨を発行して通達するだけで、社会保障やインフラ投資などを実現することができます。

そこで、緊縮派の新聞や御用学者は「財源に限りがある」と言います。財源は税収の範囲に限られると主張し、それを「プライマリーバランス」と言います。そのようにすることで、通貨の調達に自ら上限を嵌めてしまうわけです。そうすれば、仮に日本にどれほど供給力があったとしても、プライマリーバランスを上限として、供給をそれ以下に押さえることができます。プライマリーバランスという建前によって、日本経済の頭を押さえつけるのです。

このように、財務省は日本経済にプライマリーバランスというレベルキャップを嵌め、意図的に日本経済を押さえつけているのです。そのような意図がなかったにせよ、結果的に、財務省は日本経済を押さえつけているのです。これは陰謀論ではなく、客観的な分析です。

しかし、これは実に馬鹿げた行為です。日本の経済の上限は税収(プライマリーバランス)にあるのではなく、供給力にあります。供給力を100%有効に活用するにはどうするか?その場合、プライマリーバランスをガン無視して、インフレターゲットを採用します。つまり、インフレターゲットを3%くらいに設定して、その範囲で財政支出を行なうわけです。

余談ですが、その場合に問題になるのは、民間銀行の信用膨張がインフレを想定以上に押し上げるリスクです。バブルのリスクもあります。そうした懸念にあらかじめ対処するためには、民間銀行による通貨発行を停止して、政府(日銀)だけが通貨を供給する「ソブリンマネー」の仕組みが有効です。

「財源には限りがある」というセリフは間違いです。重要なのは財源ではなく供給力です。先進工業国である日本では「プライマリーバランス」という発想は、日本経済の頭を押さえつけて、日本経済を停滞あるいは衰退させる原因になるのです。

2018年11月30日金曜日

消費増税するなら万博やめろ

財政が逼迫しているとして消費税を増税する一方、税金を万博やオリンピックに使うという。増税するほど無駄遣いできないなら、万博もオリンピックもやめるべきだ。しかし実際には、財政が厳しいというのは財務省のフェイクである。消費増税を中止した上で、万博もオリンピックもすべきだ。

すでに、本ブロクでは、財政赤字の問題など「ない」と何度も言ってきた。膨大な発行済み国債はすべて日銀が買い取ればいいだけだし、実際、すでに4割ほどは日銀が買い取っている。また、今後の財政支出についても、政府(日銀)が通貨を発行して財政支出を行なえばよく、その程度では過度なインフレが生じないことは過去の状況から明白だ。プライマリーバランスは無意味な呪縛にすぎない。

にもかかわらず、消費税の増税を強行しようとしている。そして、「カネがない」といって国民から税金を搾り取ったうえに、あろうことか、税金を万博とオリンピックという、お祭り騒ぎに使おうという話である。

もちろん、お祭り騒ぎがダメだという話ではない。万博もオリンピックも結構である。しかしながら、かたや増税して国民からカネを毟り取っておきながら、そのカネをお祭り騒ぎに使うなど、まったく国民を馬鹿にしている。消費税は社会保障に使う、などといっても、結局のところ、同じ財布から出て行くカネである。

おそらく、消費税の増税によって国民の消費が落ち込むことが予想されるので、経済界としては、それをカバーするだけの売り上げが欲しいというわけだ。なんのことはない、経済界は消費増税を大人しく受け入れ、国民に負担を押し付けて、オリンピックと万博で手を打とうというのである。

しかし、こんなカンフル剤のようなオリンピックと万博を打ったところで、薬が切れてしまえばそれまでである。残るのは、消費増税後の「カネのない消費者」だけだ。またしても内需拡大を放棄し、アメリカや中国頼みの経済になり、為替相場や関税に振り回される情けない状況のまま。いつまでこんなことを続けるのか。

しかも、オリンピックと万博でどれほど消費が増えるか疑問もある。増税と緊縮財政で国民にはカネがないのだから、仮にオリンピックと万博におカネを使ったとしても、代わりに、他の消費を減らす恐れがあるのではないか。結局のところ、消費増税はオリンピックと万博の経済効果を台無しにする危険性もある。

消費税を増税して、オリンピックと万博をやるのは筋違いだ。
消費増税を中止して、オリンピックと万博をすべし。
それが最も経済効果が高いことは間違いないし、
「国民のお祭り」ならば、それが当然だと思う。


2018年11月26日月曜日

国債は後世への負担押し付けにならず

財政審議会は、国債発行残高を「将来世代への負担押し付け」としているが、これは大きな間違いである。国債は通貨を発行して国が買い戻せばよいだけだからだ。

実際、国が通貨(現金)を発行して国債を買い戻しているのが、日銀の行なっている量的緩和政策である。もちろん、その本来の目的は金融政策であるが、事実上、国が国債を買い戻していることに違いはない。

そもそも、政府が国債を発行する必要など、本来はまったくない。なぜなら、政府(国家)には、通貨を発行する権限があるからだ。円は国家の通貨だからである。にもかかわらず、通貨を発行せずに赤字国債を発行するから、その返済のために大騒ぎになるのであり、しかも、ムダに金利まで支払い、国民に負担を負わせているのである。最初から国債を発行せず、通貨を発行していれば、何の問題もなかったのだ。この点が、根本的に間違っている。

しかも、通貨を発行しようが、国債を発行しようが、世の中のおカネは同じ額だけ増加する。これはバランスシートの仕組みから明白である(どちらも同じ額だけマネーストックを増加する)。つまり、通貨を発行しようが、国債を発行しようが、インフレを引き起こす点では同じなのだ。であれば、何も、わざわざ問題を生じるような国債を発行する必要は最初からないのである。

であるから、過去に発行した国債の発行は「まちがいだった」として、政府が買い戻せばよいのである。そして、それは今日、日銀が量的緩和政策として、過去に発行した国債を買い入れている行為と、まったく同じなのだ。

では、通貨を発行するとハイパーインフレになるかと言えば、全然そんな気配はない。すでに300兆円以上の現金を日銀が発行して国債を買い戻しているにも関わらず、である。なぜなら、すでに世の中のおカネマネーストック)は国債発行時に増加しているのであり、いまさら日銀が通貨を発行しても、世の中のおカネマネーストック)はまったく増えないのだ。これもバランスシートの仕組みから明白である。

すなわち、これは、最初から国債など発行する必要などなかったことを示唆しているのであり、日銀が現金を発行して財政運営を行なってもよかったことを証明しているようなものだ。この程度であれば、現金を発行して財政政策を行なっても、インフレにはならないのだ。裏を返せば、それほどデフレ圧力が強いとも言える。

話を元に戻すと、以上から、国債発行残高は将来世代への負担押し付けには「まったくならない」。日銀が通貨を発行して国債を買い戻せばよいだけだからだ。そして、それによってハイパーインフレが起こる心配はまったくない。国債を買い取っても、マネーストックは増えないからだ。

しかも、発行済み国債の半分近くを、日銀すなわち政府(国家)がすでに保有しているのであり、また、まだ市中にある国債については、償還時点で通貨を発行して買い戻せば良いだけである。

将来への負担はまったくない。
あるのは、「財政審議会の無知」だけだ。