2011年7月31日日曜日

インフレで蘇る日本(1)

この15年間、日銀の独立性を信じ続けた日本経済は瀕死の状態になりました。あまりの日銀の無能さにあきれて、国債の日銀引受によって通貨を発行すべきと発言する政治家も増えてきたようです。しかし菅内閣は日銀・財務官僚の言いなりであり、与謝野にいたっては「インフレ政策は悪魔」と発言するありさま。ところがインフレ政策は悪魔どころか、世界の経済政策の基本であり、日本を蘇らせるための非常に有効な手段なのです。ところが巷には「金融緩和=ハイパーインフレ」を吹聴する御用エコノミストが徘徊しているありさまです。まず、このような暴論を否定する事が大切です。

ハイパーインフレは起こらない

日銀は必死に「円を供給すると円通貨の信用が低下する」と主張していますが、「信用を失う」という言葉で人々の不安を煽り、心象操作を行うために意図的に発言しているにすぎません。実際の通貨供給で起きる事は、単に為替の交換レートが機械的に下がるだけです。そこには「信用」など関与しません。ドルやユーロがその良い例です。リーマンショック以降にドルやユーロの総量は200%~300%に増やされましたが、ドルやユーロの信用が崩壊したなどという馬鹿げた話は聞いたことがありません。単に円との交換レートが低下しただけです。このようにメディアを通じた心象操作を意図的に仕掛ける日銀は非常に危険であり、日銀の独立性を認める事は詐欺師に権威を与えるに等しい行為だといえます。

ところがいまだに御用エコノミストなどがしきりに「通貨発行=ハイパーインフレ」を主張しています。ところが「どのようなメカニズムでハイパーインフレになるのか」まともな説明を聞いたことがありません。出てくるのは「ジンバブエ」「第一次大戦後のドイツ」です。こんな荒廃状態にある国と日本を並列に扱うのですから恐れ入ります。なぜこんな無茶苦茶な例を引っ張り出すのか?それはハイパーインフレが極めて稀で起こりにくい現象だからです。ハイパーインフレの実例を探すのが困難なのです。供給力の優れる先進国でハイパーインフレが起こったためしはない。ところが日銀や御用エコノミストに言わせると、通貨を増やすと「たちどころに信用が崩壊して円が紙くずになる」という話です。では、いったいどれ程の通貨を供給したらハイパーインフレになるのか?誰も答えられないのです。話があまりにも極端で驚かされます。過激な右翼も顔負けの極論主義です。

さらに国債の「日銀引受」も極論です。ちょっとでも引き受けたら、たちどころに無制限に引き受けるようになって、ハイパーインフレだそうです。日本は法治国家ですから、日銀引受を無制限にやりたくてもできない仕組みになっています。日銀引受は国会の承認が必要とされています。太平洋戦争前の状況を引っ張り出して「引き受けに歯止めが掛からなくなった」と言いますが、すでに軍官僚に支配されていた日本では、法律による政治がまともに動いていたとは思えません。現在の日本もすでに財務官僚と日銀に支配されているとはいえ、少なくとも戦時下でない法治国家ですから「無制限引き受け」などあり得るはずが無いのです。驚くべき極論主義です。

ハイパーインフレを予防するのは簡単

ハイパーインフレを防ぐのは恐ろしいほど簡単です。そもそもハイパーインフレの前に普通のインフレになります。その時に手を打てば防げます。それだけの事です。朝目覚めたら突然ハイパーインフレになっているわけではありません。先進国は長年インフレに悩まされ続けてきたため、通常のインフレに対処する手段は非常によく発達しております。金融政策では金利を高く誘導したり、国債などの資産を売却して市中からおカネを引き上げます。税制では消費税や所得税を増税して市中からおカネを引き上げます。世の中からおカネがなくなれば、需要が減少してインフレが収まるという簡単な話です。ところが「カネの価値」なる妄想を信じ込まされている多くの人にはこれが理解できません。

御用エコノミストの誘導によって「インフレとは通貨の価値が落ちるから発生するのだ」と信じ込まされている人が居ますが、これは原因と結果が完全に逆です。原因として、まず需要が供給を上回る状態になります。モノが売れまくり、品薄になります。するとモノの市場価格が上昇します。これがインフレです。結果として通貨の価値(モノとカネの交換レート)が落ちるのです。結局のところ「インフレとは需要が供給を上回るから発生する」のであり、その結果として「おカネの価値が落ちる」のです。もちろん、おカネの信用がなくなるからインフレになるというのも真っ赤なウソです。そんな理論は経済学にありません。信用などの感情で物価が決まるのではなく、モノの量と循環するおカネの量の比率だけが物価を決めます。ですから、インフレをコントロールする事は極めてたやすい事なのです。

輸入価格が跳ね上がる

次に出てくるのが「通貨を供給すると円相場の下落で輸入品のコストが上昇してハイパーインフレになる」という話です。これほど円高で産業空洞化の危機が叫ばれているにも関わらず、こんな話が堂々と出てくることが異常です。リーマンショック以降、ドルは発行残高を3倍にしていますが、円はほとんど増やしていません。つまり円はかなり通貨を供給できる余力があるのです。現在は極めて行き過ぎた円高にありますから、むしろ他国並みに通貨を供給して円高を是正する必要があります。つい5年ほど前まで1ドル110円程度だったのです。ですから、まず110円まで戻してもハイパーインフレにはなりませんね。御用エコノミストは「通貨を増やすとたちどころに円が暴落してハイパーインフレになる」と極論を主張しますが、通貨発行量を3倍にしたドルが暴落しましたか?ドルは基軸通貨だから需要が多いというなら、ポンドは2倍、スウェーデンのクローナは4倍になりました。暴落しましたか?それらの国がハイパーインフレになりましたか?悪質な御用エコノミストはこのような事実を隠し、人々の不安に付け込む方法を用いて、多くの国民に誤った考えを広めているのです。

スタグフレーションも起こらない

さらに悪質な例では「スタグフレーションが起こる」と騒ぐケースです。スタグフレーションとは「インフレと不況が同時に起こる」ことです。通貨の発行により円が暴落して輸入品の価格が上昇してインフレになり、同時に不況もそのまま継続するという話です。こんな馬鹿馬鹿しい話がまかり通るのですから、国民もかなり舐められていますね。まあ、仮にインフレが生じたとします。その上で次のようなことが考えられます。

発行された通貨はどこへ行きますか?日銀が国債を引き受けた場合は国の予算となります。この予算を用いて将来の世代のための公共事業などへ投資します。すると失業しておカネが無かった人々にもおカネが渡ります。すると消費が拡大します。消費拡大で景気が回復すると通貨の循環量が増加するため多くの人々の所得も向上します。つまり、仮にインフレで物価が上昇しても、人々の所得も同時に増えるために生活が苦しくなることはありません。

また、円が安くなるということは、輸出産業の収益性が改善し、輸出競争力が高まる事を意味します。輸出産業は活気を取り戻し、景気が回復し、失業を吸収し、賃金も上昇します。つまり、仮にインフレで物価が上昇しても、人々の所得も同時に増えるために生活が苦しくなることはありません。それどころか、失業率が改善して貧困率が低下し、自殺も減り、社会不安も減少し、人口の減少も抑制され、社会福祉の負担も減り、税収が増加して財政再建も可能になるのです。インフレになってもまったく問題ありません。

景気が回復しても人々の賃金が増えない?それはありえません。求人倍率が上昇するにつれて企業はより優秀な人材を求めて賃上げを行うからです。賃上げを行わない企業からは人材が流出し、そのような企業は淘汰される運命にあります。景気が回復して求人が改善すれば必ず賃金は上がります。企業は国内での求人を増やさずに海外に移転する?この場合は通貨発行で円の価値が低下するという条件ですから(たとえば1ドル200円とか)、企業の海外への移転するメリットはかなり減ります。もし景気が回復しても賃金が上がらない場合は、企業が労働者に分配せずに内部留保を積んでいるだけですので、企業の内部留保に課税する税制で対応し、再分配すれば良いだけです(実際には景気拡大期に内部留保を積むのんきな企業などない)。

最近はテレビも新聞も見なくなりましたが、それでもネットの情報を見ると、とんでもない珍説がしばしば流されているようです。民主主義ほど大衆を操作しやすいシステムは無いのかも知れません。ヒトラーの時代から現在に至るまでマスコミの役割は一貫しているのです。

2011年7月18日月曜日

インフレアプローチとデフレアプローチ

あらゆる政策の良し悪しは、それ単独で決まるものではありません。その時の経済環境や同時に組み合わされる政策によって非常に効果がある場合もあれば、逆にトンでもない害悪になることもあります。状況判断と政策の組み合わせが非常に重要です。ところが現在の日本政府はその基本がまったくできていない。まるで「海水パンツをはいて雪山登山に行く」ような支離滅裂な政策をしているとしか思えないのです。

ガラパゴス日本

欧米先進国ではインフレターゲットを採用することで経済のベースをインフレに誘導しています。インフレに誘導する理由はさまざまあると思われますが、インフレの方が金融政策による景気のコントロールが容易ということがあります(もちろん今の通貨制度の欠陥をカバーする意味でも避けられないが)。インフレであれば金利が高めになるため、日本のように「流動性のわなにはまり込む」ことで金融政策の機能不全に陥る心配が小さいからです。またインフレとは一般に「需要過剰」な状態であるため、企業は生産を増やそうとします。すると雇用が増えて失業率が必然的に低下します(フィリップス曲線)。これもインフレに誘導する大きな理由でしょう。さらに通貨供給による「通貨発行益」を社会資本の充実に活用することも出来るでしょう。この通貨発行の原資となるのは技術革新による生産余力です。一方、インフレベースの場合の税制ですが、インフレの場合、消費は常に過熱気味となりますので、需要を抑制する意味で消費税の役割は重要になります。インフレが過度に進む場合は金融引き締めと消費税の増税という「金融・財政の両面」からコントロールすることができます。

ところが日本だけはこの世界の常識が通用しない「ガラパゴス」です。その先頭に立つのが与謝野氏と財務省・日銀です。与謝野氏は「インフレ政策は悪魔」のような発言をし、財務省と日銀を擁護して消費税の増税を狙っています。与謝野氏によれば、世界は悪魔に支配され、日本だけが健全な金融政策を行っているということになります。およそ理解ができません。

支離滅裂な日銀・財務省

インフレターゲット政策を必死に否定する日本銀行は日本経済を良くしたのか?日本銀行は「デフレ退治に全力を尽くしています」と言う。口では何とでも言えますが、実際には15年もデフレのままですから、結果としてデフレに誘導していると言えます。デフレでゼロ金利のため、金融政策がほとんど効かない状態に陥っております。ところが、みずからデフレを容認して機能不全に飛び込んでおきながら「金融政策には限界がある」というようなことを発言しています。そしてデフレを容認しているために失業率は一向に回復しません。そのため国民の貧困化が進行し、「相対的貧困率」が2009年には16.0%になったそうです。日銀は自らの主義・主張を実行するために国民の貧困化を容認しているのです。そして、欧米先進国がリーマンショック以降に軒並み通貨発行量を2~3倍にしていますから、日本もせめてその半分程度は供給しても良さそうですが、これを猛烈に拒否しています。政府が通貨発行益を利用することができる「日銀の国債引受」も断固拒否。そのためデフレで膨大に余っている生産余力も使われることの無いまま無駄になっているのです。このデフレギャップによる遺失利益は毎年20~30兆円です。

税制はどうでしょう。日本のようにデフレの場合、需要は常に不足気味となるため需要を抑制する消費税は減税する必要があるのです。デフレの場合は金融緩和と減税と言うのが世界の常識です。ところが日本政府は経済環境がどうであろうと関係なく「他国なみの消費税率にする」という盲目的な政策です。他国がインフレターゲットを採用して通貨を潤沢に供給し、インフレベースの経済運営を行っていることは無視しているのです。こんな支離滅裂な方法では景気が回復しないのも当然でしょう。

デフレアプローチ

日銀は1997年に日銀法が改正されて、その独立性が強化されたことを盾にして政府の意向と無関係に「独立した判断」で金融政策を行ってきました。なんと1997年の日銀法改定とほぼ同時に日本がデフレに突入したのです。それ以降、マスコミも政治家もまるで「日銀の独立性」が神から与えられた永遠不変の原理であるかの振る舞いをしてきました。こうなるとお手上げとなりそうですが、実はデフレのままでも対策はあります。

欧米先進国が標準的なインフレターゲット策によりインフレアプローチを行っていると例えるなら、ガラパゴス日本は、デフレアプローチを検討すべきでしょう。

市場経済における経済政策は「通貨の循環を維持・拡大すること」が基本となります。なぜなら経済の根幹である「生産と分配」は通貨の流通量に支配されるからです。通貨の流通を妨げる事があれば、経済は停滞します。ですから、通貨の流通を妨げる状況を排除することが基本的な方針となります。では現在、何が通貨の流通を妨げているのか?それは貯蓄過剰です。カネが貯め込まれて使われない状態であり、貯め込まれたカネを開放し、カネを循環させることが急務なのです。

デフレアプローチは税制改革で

現在の日本の税制はインフレ経済をベースに考えられているため機能不全を起こしています。デフレの場合はカネの循環を増やす税制でなければなりません。それが貯蓄への課税です。貯蓄に課税することで使われずに死蔵されているおカネを税金として吸い上げ、それを日本の将来のための公共事業に投資するのです。たとえば自然エネルギー発電施設の建設、さらなるリサイクル技術の開発、食料自給率の向上などです。近い将来において世界人口は爆発し、必ず資源枯渇に直面します。それに備えたインフラの整備を行うのです。これこそが将来の世代への「本当の貯蓄」なのです。カネは使われなければ社会にとって何の役にも立ちません。壷に入ったまま土の中に埋まっている金貨のようなものです。そもそも税とは何のためにあるのか?それは国を豊かにするためにあるのです。確かに金融資産は「カネからカネを」生み出しますが、財(商品やサービス)は何も生み出しません。カネは実物経済に利用されて始めて財を生み出します。デフレ環境にあって、消費税は財の生産を抑制して国民を実質的に貧しくします。一方で貯蓄への課税は財の生産を拡大して国民を実質的に豊かにします。

現在、民間の貯蓄は約700兆円、企業が200兆円あるので合計で900兆円。1%課税すればおよそ10兆円もの税収が得られるのです。わずか1%です。もちろん低所得者の貯蓄にまで課税するのは問題ですから、最低課税対象額を1000万円以上とするなどの配慮が必要でしょう。

おカネが海外へ逃げる?

 「貯蓄に課税すればおカネが海外へ逃げる」という人がいるでしょう。そもそもそれを心配するならデフレベースの経済ではなく、インフレベースの経済政策を行うべきです。デフレを維持するのですから、これは避けられないリスクです。しかし日本がデフレ政策を取っている以上、円は最強です。その最強の通貨をわずか1~2%課税されたからと言って簡単に手放すでしょうか?欧米先進国はインフレ政策を取っているため、毎年確実に通貨価値が下落します。アメリカはドルを刷りまくっています。それでも外国通貨が良いと判断するでしょうか?

そもそも貯蓄の多い人は毎年得られる所得も多いため、貯蓄への課税で失われる程度のカネは気にならないかも知れません。お金持ちは使い道の無いカネがどんどん懐に入ってきます。まして「カネは天下の回り者」ですから、課税でおカネを失ってもカネが回りだすことで景気が回復し、逆に所得の増加する可能性があります。

日本政府はどっちつかずの最悪パターン

今の日本は金融政策でデフレに誘導しておきながら、税制はインフレベースのままという奇妙な経済政策を行っています。インフレベースにはインフレベースに相応しい金融政策と税制の組み合わせがあり、デフレベースにはデフレベースに相応しい金融政策と税制の組み合わせがある。ところが日本は首が西を向き、体が東に進んでいるという支離滅裂な状態です。これはまさに「縦割り行政の弊害」そのものです。政治主導が未発達で、国家を統合的に司る機能が欠落しているためです。政党が国家戦略なき「烏合の衆」である限り、政権与党が民主党になろうと自民党になろうとこの異常事態は変わらないでしょう。

各政党は早急に強力なブレーン集団を形成し、緻密で実現可能性の高い国家戦略を作り上げ、それをマニフェストとして国民に示すことが求められていると思います。


2011年7月10日日曜日

金融改革なければ税制改革なし

 一部メディアは「社会保障と税の一体改革」と称し、あたかも今回の増税を「税制改革」と混同させる言い方を好んで用いますが、実際には単なる増税に過ぎません。社会保障制度と税の一体改革は単なる消費税の引き上げ時期の論争であり不毛です。

ストックへ課税するかフローへ課税するか

 それよりまず「税制改革」を議論すべきです。国家の歳入をどのように確保すべきかをしっかりと決めるべきです。その争点とすべきは「ストックへ課税するかフローへ課税するか」という点です。フローとは循環するおカネのことで、商品の売買に伴うおカネの移動であり、生み出される付加価値を表します。フローへの課税は、消費税、所得税、法人税などです。現在はフローへの課税が基幹税となっています。一方、ストックとは資産の事で、預金、証券・債券、不動産などです。特に金融資産は「カネからカネを」生み出しますが、財は何も生み出しません。ストックがフローとして利用されて始めて財を生み出します。現在のストックへの課税は、固定資産税、相続税などですが、果たしてこれだけで十分なのでしょうか。

 1995年頃にバブルが崩壊して以来、それまでインフレベースだった日本経済は一転してデフレベースの経済へと大きく反転しました。ところが国の経済ベースが反転したにも関わらず、税の根本的な基盤に対する議論が何もなされていません。これだけ長期のデフレ環境にも関わらず税制はインフレをベースに考えられたままなのです。インフレベースとデフレベースでは通貨の循環の性質が大きく変わります。インフレは通貨膨張であり、デフレは通貨縮小であり、正反対なのです。通貨のある段階に課税する制度である税制に改革が必要なのは当然です。

 税制改革として良く引き合いに出される「直間比率」はどちらもフローへの課税であり、その比率は単なる付け替えなので、あまり意味がありません。こんなものは税制改革ではありません。もっと根本的な改革、つまりフロー・ストックの比率を変える必要があるのです。

財政危機はフローへの課税が原因

 現在の税収の構造は明らかにフローへ偏りすぎています。デフレベースの経済ではフローが減少し、ストックが増加します。そのことが景気を悪化させる原因ともなっています。またデフレではフローが減少するために、フローに依存する税制のままでは税収は減少を続けます。これでは財政再建など夢のまた夢です。財政再建が難しいのは税率が低いからではなく、経済ベースに適した税制を実施していないことが原因です。政府の財政再建策は本末転倒で無意味です。

 ですから、日本がデフレベースの経済を継続している以上、税制はフローではなく、ストックへの課税を中心に組み立てられなければなりません。デフレ環境においてもストックは減りませんので、これに課税すれば常に安定した税収を確保できます。このように税制は現在のようなフロー課税偏重ではなく、経済ベースの変動に応じてストック中心の課税へと柔軟に改革すべきです。

 もちろん、日本の経済ベースをインフレベースに戻すのであれば、インフレベースを前提としている現在の税制を大きく変える必要は無く、税率の変更だけで対処するのは可能だと思います。そのためにはインフレターゲットのような物価の能動的なコントロールに対する政策が不可欠です。インフレベースの税制はインフレ環境でこそ効果的です。そんなことも考慮しない税制議論など馬鹿馬鹿しくて話になりません。

税制は金融政策と一体のもの

 税制は税制だけの問題ではありません。インフレにはインフレに、デフレにはデフレに適した税制がある。インフレかデフレかを決定付けるのはひとえに金融政策です。従って税制は常に経済ベースを決定付ける金融政策と一体であり、「税制と金融政策の一体化」を常に考えないと税制改革は確実に失敗します。金融政策に踏み込まずに税制を議論するなど子供の遊びのようなものです。もちろん金融政策なしに財源を考えるなど論外です。

 最も重要なのは国家全体を総合的に判断する事です。税制だけ、金融政策だけ、財政政策だけというバラバラな縦割り行政そのものの政治では機能しません。各省庁の横断的な統合能力が国家戦略と共に必要なのです。それが本当の政治主導です。