2017年2月27日月曜日

子供の「将来どんな人になりたい」を叶える

小学生くらいの子供に「将来はどんな人になりたいですか」とたずねることがあります。するとお医者さんだったり、サッカー選手だったり、アイドルだったり様々です。とはいえ、それはなぜかと問われて「おカネが欲しいから」と答える子供は居ないと思うのです。

子供がいろいろな「仕事する人」になりたい理由はおそらくテレビなどで見ていて、カッコいいとか素敵とか感じて憧れるからだと思います。ある意味ではそうした仕事の将来の成り手を増やすために、メディアを通じて洗脳しているとも受け取れますが、それはそれで悪いこととは思えません。多くの人々の役に立つ仕事をして活躍する人や、彼らが賞賛される姿をみて成り手が増える。社会はより良くなるはずです。ですから、仕事のすばらしさをもっとメディアを通じて社会に広めることは、悪いこととは思いません。

しかしメディアを見て「金が欲しいから仕事したい」という子供はいないと思いますし、子供が「僕は将来、おカネのために働くんだ」と言えば多くの大人は興ざめしてしまうに違いありませんw。つまり、本当は「仕事とはカネを得るための手段である」と誰も思っちゃいないんです。カネなんか関係なく、仕事は仕事、カッコいいし素敵なものであるべきなのです。

だから、「ベーシックインカムで所得が保障されると働く人が居なくなる」なんて言う人間は純粋ではありません。彼らは「人間はカネのために嫌々働く存在である」と主張している、あるいは自らが「カネのために働いている」連中だということです。おそらく子供の頃の夢など現実の前に潰されて、ただ賃金労働に忙殺される大人だということです。そういう社会が理想ですか。

子供は活躍する大人の姿を見て育つ。そして自分の将来の夢を描く。原始の昔から、動物の本能がそうさせるに違いありません。カネが欲しいから働くのではなく、働くのがカッコいいから働く。もちろん挫折もあれば方向転換もある。でもそれはあくまで仕事がしたいからするのです。労働市場とは無関係に、それを実現できる社会が良いと思います。