2012年9月30日日曜日

金融緩和ってなに、役に立つの?

<金融緩和で景気が良くなるの?>

Q:金融緩和ってなんなのにゃ。なんでそんなことするにゃ。

A:金融緩和ってのは、日本銀行が現金を発行しておカネの量を増やすことなんだぜ。
おカネを増やすと、おカネを使う人が増えるよな。つまりだ、おカネを使う人が増えると商品(パソコン・車・マンション)やサービス(商業活動・美容院・病院)が売れるようになる。景気が良くなるって寸法だ。そして、たくさん売れるようになるから、たくさん作る必要がでてくる。たくさん作ればたくさん売れて、儲かるってわけだ。そこで、工場でも商店でも、従業員をもっと増やそうとして、人を採用するんだ。すると失業している人が減る。失業している人が就職して給料をもらえるようになると、その人はもらった給料を使って何かを買おうとするだろう。すると、さらに商品やサービスが売れて景気が良くなる。経済は連鎖反応なんだ。つまり、カネが増えると、景気が良くなるっつーわけだ。

Q:なんで言葉遣いがべらんめぇなのにゃ?

A:そういうキャラ設定なんだからしょーがねーだろ。なにせ、オレは江戸前だからな。

Q:お前はサカナかにゃ!江戸っ子だろが。こいつアホにゃ。大丈夫かにゃ。

A:細かい事にうるさいネコだな、いちいち絡んでないで質問しろってんだよ。

Q:んにゃ。日本銀行が現金を発行するって、お札をいっぱいいっぱい刷っているのかにゃ?

A:札なんかほとんど刷っていないぜ。電子的に発行してるだけなんだ。
つまり、コンピューター上にあるだけ。ちなみに自分の預金通帳を見てみろよ。預金額が書いてあんだろ?あの数字と同じ額のお札が銀行に保管されてると思うか?答えはノーだ。現代のおカネってのは札じゃない、コンピューター上の数字なんだ。だから、輪転機なんか回さなくても、一瞬で10兆円とかのおカネが出来てしまうんだ。


<現代社会は借金依存だ>

A:ふ~ん。じゃあ、日銀が増やしたおカネは、そのあと、どうなるの?どうやって社会に流れるの?

Q:日銀が民間銀行に貸すんだ。民間銀行は、借りたおカネを企業や個人に貸したり、国債を買って国に貸したりするんだ。すると、民間銀行が日銀から借りたおカネが、誰かのところに行く。つまり、誰かに貸し付ける事で、「貸しつけ」として世の中に流れ出すんだぜ。日銀の発行したカネは、誰かが民間銀行から借金して初めて世の中に流れ出し、世の中のおカネを増やすんだ。

Q:それなら、銀行から誰も借金しなかったら、世の中のおカネは増えないのかにゃ。

A:あったりめーよ。つまり、世の中のカネってのは、すべて銀行からの借金でできてるんだ。だから誰も借金しなくなったら、世の中のカネがすべて消えてなくなるって寸法だ。そうなったら経済はパーだ。つまり、資本主義ってのは「借金依存経済」なんだぜ。まず、そこを理解しなきゃ経済の事は何も理解できねぇ。今の世の中は、借金なしじゃ成り立たない経済なんだ。

Q:なんか変な感じだにゃ。ネコは永久に銀行からの借金に依存し続け、永久に銀行へ金利を払い続ける運命にいきているんだにゃ。その仕組みから決して逃れる事はできない束縛された社会なのにゃ。これが自由主義の社会なの?

A:「自由」とは、そういう意味なんだよ。


<量的緩和ってなに?>

Q:国債ってなんにゃの?

A:国債ってのは、政府の借金の一種だな。単なる借金じゃなくて、それを「債権」って形にして、誰でも売買できるようにしたのが国債だ。国債を買っておくと、定期的に利息がもらえて、満期には全額が返済される。民間銀行ってのは、預金を運用するために様々な債権を買って保有しているんだ。国債もその一つで、その利息が銀行の儲けになるってわけだ。

Q:日銀が国債を買うと景気が良くなるって、どういうことにゃ?

A:日銀が民間銀行の保有する国債を買い取る事を「量的緩和」っていうんだぜ。どういう仕組みかってえと、まず、民間銀行がすでに保有している国債を日銀が買い取るんだ。その買った代金を日銀が民間銀行に支払うんだが、その時、日銀が現金を発行して、その現金で民間銀行に代金を支払うんだ。支払いのために新たに現金を発行するから「おカネの量が増える」わけ。すると民間銀行は手持ちの現金が増えるので、それを元に企業や個人に貸付を行い、世の中に借金としておカネが流れ出す。世の中の借金が増える事で、景気が良くなるって寸法だ。借金=カネだからな。

A:あいかわらずクセのある言いかただにゃあ。借金が増えて景気が良くなるって、微妙だにゃ。

Q:でも、本当の事だぜ。マスコミや識者が「腫れ物にさわるように遠まわしに」話していた事を、ズケズケ言ったまでの事よ。カードに表と裏があるように、世の中の全ての事にも表と裏がある。もし、表の理論で問題が解決できなかったとしたら、裏の理論を覗いてみることも必要なんだぜ。まあ、そういう人間は「変人」扱いされるんだがな。いずれにしろ、真実は「世の中の借金が増えれば景気が良くなり、世の中の借金が減れば景気が悪くなる」ということ。

A:ひねくれてるのにゃあ。


<量的緩和は効かないの?>

Q:新聞には「日銀が国債を買っても効果は疑問」みたいな記事がいっぱい出てるけど、本当かにゃ。

A:このあたりは議論が分かれてるけど、ある意味では本当だ。何回も繰り返してるけど、日銀が民間銀行に供給する現金は、必ず「借金」として世の中に流れ出す。今の日本はデフレ不況で、表面上の経済成長率はゼロあるいはマイナスという悲惨な状況だ。こんな状況だから、「借金して事業を拡大しよう」なんて考える企業は出てこない。おまけにマスコミが盛んに「日本は成長しない」「これからは中国だ」とか言ってるから、ますますもって「ああ、借金してまで日本に投資しても無駄だな」と思う。そうなると、いくら民間銀行に現金がたくさんあっても、借りる人がいないから世の中におカネは流れ出さない。だから日銀が国債を買っても効果が薄いんだ。これが「借金依存経済」という現代社会の最大の弱点。


<日銀の国債直接引き受けとは?>

Q:それじゃあ、もうダメなのかにゃ。景気が悪くなってネコも捨てられてしまうにゃ。

A:そんなことはまったく無いから安心しろ。借金に頼らなくても、直接的に世の中のおカネをふやす方法があるんだ。それが日銀の「国債引受け」だ。これは量的緩和と異なり、すでに保有している民間銀行の国債を日銀が買い取るのではない。政府が新規に発行した国債を、民間銀行を経ず、直接に日銀が買い取る方法だ。

Q:日銀が直接に国債を買うと、何がいいのかにゃ?

A:日銀が直接に政府から国債を買い取ると、そのおカネは政府に入るんだ。量的緩和の場合は、おカネは民間銀行へ入るから、誰かが銀行に借金をしなければおカネは銀行でストップしてしまう。ところが直接引き受けの場合は、おカネは政府に入るから、そのおカネを政府が使う事で世の中におカネを直接に流す事ができるって寸法だ。たとえば、東北の被災地の復興を大規模に行うためにおカネを使ったり、脱原発のための研究開発や発電施設の建設におカネをつかったりすれば、被災地の人も喜ぶし、雇用が増えて景気も回復する。まさに一石二鳥というわけだな。

Q:すごいすごいネコにゃあ。すぐに日銀が国債を引きけるのにゃ。

A:ところがそうはいかねぇんだな、これが。抵抗勢力が既得権益を守るために必死に抵抗してくるんだ。やつらの論点は「そんなことすると、おカネの発行に歯止めが利かなくなってハイパーインフレになる」というものだな。そんなもの法律で上限を規制すれば済むだけなんだがな。ところが、法治国家なのに「一度始めたら歯止めが利かなくなる」のだそうだ。法律でコントロールできないってんなら、そんなもん先進国じゃねえだろっつーの。

Q:既得権益との戦いなんだにゃ。

A:まあ、人類の歴史だからね。国債引受とインフレの話はまた今度にしよう。

Q:ところで、政府が国債を発行するって、借金することにゃん。国債をこれ以上増やして大丈夫かにゃ。

A:大丈夫だ。なぜなら日銀は政府の銀行だからだ。確かに日銀の持っている国債には、政府が利息を支払わなければならない。だから政府は日銀に利息を支払う。それは日銀の収益になる。日銀の収益は政府に納めなければならない。つまり政府の支払った利息は政府に戻ってくる。国債が満期になった場合も大丈夫だ。満期になって政府が日銀に払い戻す際に、再び同額の国債を発行すればよいだけのこと。借金を借金で返せるから、絶対に返済不能な状態にはならないんだ。財政破綻は絶対に起こらないしくみなんだよ。

Q:でも、それって自転車操業にゃ?

A:と思うだろ。でも、これで世の中のおカネが増えておカネが回り始めると、税収もどんどん増加し始めるんだ。すると、国債の発行額をどんどん減らす事ができるようになる。財政はどんどん健全化の方向へ向かうんぜ。そもそも政府にとって国債は借金だけど、日銀にとって国債は貸しつけだからね。同じ政府内部で借金と貸付があるんだから帳簿上は相殺されて、国の借金は何も増えていないってわけだ。何が変化したのかといえば、おカネが増えただけなんだよ。

Q:日銀引受は、おカネが増えるだけにゃん?

A:その通り。唯一の問題は「インフレのコントロール」だけなんだ。でも、その話はまた今度にしようぜ。

2012年9月2日日曜日

「成熟社会」という欺瞞

「今の日本は成熟社会だ、だから成長しないのは当然だ」という話がマスコミから流されている。だが本当に日本は成熟社会なのだろうか?単に成長できない事を「成熟した」と言っているに過ぎないのではないか、むしろ、成熟社会という言葉のイメージを利用して日銀や政府の無策を正当化しているに過ぎないのではないでしょうか。

<あきらめの支配する無気力な「成熟社会」>

 もちろん成熟社会という考えが間違いだとは思わない。しかし問題はその言葉のイメージを用いて「人々が貧しくなるのは仕方が無い」「格差が生まれるのは仕方が無い」というような、社会的問題の発生を「不可避なもの」と思い込ませ、人々に諦めさせようとするネガティブな姿勢が日本をおかしくしていると思われるのです。

諦めの状況に置かれた人々は、努力が無駄に感じられ、無気力となり、受動的で、自ら生み出すより与えられるものを待つようになります。これは成熟社会ではなく、単にあきらめが支配する堕落した社会にすぎません。生活保護が蔓延し、失業者が溢れ、年間自殺者が3万人もいる社会のどこが成熟社会なのか? 

成熟社会とは社会の一つの行き着く先として、人々が幸福に生活できる状態に達した社会をいうべきであって、今の日本が成熟社会などという主張は欺瞞にすぎません。単に停滞し、ダメになった社会なのです。その欺瞞を順にみて行きましょう。 

<GDPは成長しない、だから貧しくなるのは仕方が無い?>

 成熟社会では、GDPが成長しないのは当然でしょう。GDPは国内で生み出される財の総量ですが、労働人口が減少を続ければ生み出される財の総量が減少傾向に向かう事は明白です。官僚もマスコミもこの段階で諦めて「思考停止」するようです。実に情けない話ですね。

 GDPが増加しなくとも国民は豊かになれます。なぜならGDPは総額に過ぎないからです。私たちの生活が豊かになるかどうかは国民一人当たりのGDP、つまり一人一人が産み出すことの出来る財の量で決まるからです。人々の生産性を高め、失業している人に労働の機会を与える事で、国民一人一人の生産力は高まります。ですから国民に対して「一人一人の生産性を高めればGDPが成長しなくとも大丈夫だ!」そのようなビジョンを示す事が大切なのです。国民のモチベーションを高める必要があるのです。ところがその様な着想がまったくない。

「日本は成長しない、もうダメ」みたいな論がマスコミから流布される。そのために人々は無気力になり働く意欲を失います。 

<人口減少・高齢化は止まらない、だから増税は仕方が無い?>

 今の日本では、人口減少・高齢化は当分続くかも知れません。より少ない労働人口で高齢者を支える必要に迫られるのは当然です。官僚もマスコミもこの段階で諦めて「思考停止」するようです。実に情けない話ですね。

 増税などしなくても高齢者を支えられます。厚生労働省の予測する労働人口の推移を見ると確かに労働人口が減少を続けるのですが、実際には人口が減っても、生産性の向上により一人当たりが生み出す財の量が増加する事で、より少ない人数で高齢者を支える事が可能となります。一人一人の動労者をパワフルにするということです。ですから国民に対して「増税なんかしなくとも、一人一人の生産性を高めれば高齢者を支える社会ができるぞ!」というビジョンを示し、国民の奮起を促さねばならないのです。ところがその様な鼓舞はまったくなし。

「成長しないに決まってるから増税せよ」みたいな論がマスコミから流布される。人々はどうでもよい気持ちになり、努力しようとする意欲を失います。

 <心の時代だから成長しなくても豊か、だからこのままで良い?>

 成熟社会では、物質的な満足ではなく精神的な満足を求めるようになるとの論はある意味で正しいでしょう。しかし心の時代に年間自殺者3万人とはどういうことなのか?OECD諸国の中で、貧困率がアメリカに次いで高い15%もの数値を示しているのはどういうことか?官僚もマスコミもダンマリを決め込み、心の時代の価値観のお話をする。実に情けない話ですね。

 ワーキングプアの人々にとっては、心の時代などという呑気なことを言っているゆとりはない。つまり格差社会を是正しなければ「心の時代」など一部の人々の自己満足であり、成熟社会など絵に書いた餅に過ぎないのです。貧困は犯罪や疾病を増やし、社会を不安定化させ、経済活動にも悪影響を与えますし、当然ながら心の時代の指標とさせる人々の幸福度も下げてしまうでしょう。

心の時代なら必要以上のおカネはいらないはずです。ですから「おカネを貯め込んで使わない人々から「資産税」として分けてもらいましょう!」。そういうと、とたんに大騒ぎになるでしょう。心の時代といいながら実はウソなのです。人間はエゴの塊です。だから課税して再分配するのは至難の業です。

ですから国民に対して「本当の成熟社会のために格差を是正しましょう、そのためには増税で再分配するのではなく、名目成長すれば良いのです!」という解決策を力強く提示する必要があるのです。名目成長とはおカネの量を増やしてカネのめぐりを良くする事です。するとおカネの行き届かなかった人々にもおカネが回るようになります。もちろん、高額所得者への課税強化と再分配で格差を是正するのか、それとも名目成長で格差を是正するのか、そのどちらでも可能なのですが、官僚も政治家も何ら国民にビジョンを示しません。

「貧困層への生活保護はばら撒きだ」といい、おカネを増やせば「インフレ地獄になる」というだけで、結局は格差是正の出来ない理由をマスコミが流布しているだけ。人々は絶望してやる気を失い、困難に挑戦しなくなります。 

 <言葉だけが踊る「成熟社会」は欺瞞>

 結局のところ「成熟社会」という言葉は「成熟社会だから○○○○なのは、仕方が無いんだよね」という文脈で使われる、つまりいいわけの便利な道具として使われているにすぎません。こんな間抜けな話をマスコミが振りまいていて、いったい誰がやる気を出してリスクを負って挑戦しようとするでしょうか?

もし本当に成熟社会を語るのであれば、暗い、陰鬱とした成熟社会ではなく、明るく、活気に満ちた成熟社会でなければなりません。そのような前途の希望を信じる信念こそが政治にとっては最重要であり、そのためのビジョンを示す事が政治家の使命なのです。


ネガティブな言い訳など聞きたくない。
アグレッシブに未来を掴み取る方法を示せ。
それが国民のモチベーションを高め、
日本を劇的に変える。


2012年3月4日日曜日

混迷の経済論を読み解く鍵は?

久々に書店へ行ってみました。混乱する政治経済情勢を反映して経済関係の書籍は百家争鳴の様相です。財政破綻とハイパーインフレ論一色だった以前の品揃えに比べれば喜ばしい事かもしれません。しかし正反対のことを正しいと主張する書籍が隣同士に山積みされていて、多くの読者にとっておそらく何が正しいのかわからない。勢いテレビ・タレント経済評論家の言う「わかりやすいフレーズ」に流されてしまう危険性すらある。では何をもって混迷する経済を読み解いていけばよいのか。経済活動の本質の中に必ず答えはあるはずです。

生産と分配を原点とした発想が無い

経済活動の根本は、人々が労働して財(商品やサービス)を生み出し、それを市場で互いに交換することにあります。より多くの価値ある財を産み出し互いに交換することで人々は豊かになります。ですから、経済の書物は根本にその原点を持っていなければならないはずです。ところが財政再建だの、税と社会保障の改革だの、およそカネの収支の話ばかりが先行し、カネの収支さえ合えばすべてが丸く収まるかのような話です。

実際のところ最貧国であっても財政の収支を合わせることはできます。しかし財政の収支が合ったからと言って最貧国を脱する事が出来るわけではありません。財政再建は帳簿の問題に過ぎないのです。国家にとって最も重要なのは財政を健全化することではなく、いかに多くの財を生産し人々に分配するか、すなわち国民の幸福実現のためなのです。そのためであれば、財政は赤字でも問題などありません。帳簿上の赤字を消す方法ならいくらでもあるからです。たとえば通貨を膨張させて名目GDPを増やせば税収は増加する。日銀が国債を引き受ける方法もあり、政府通貨もある。それをルール違反というなら、帳簿の数字に縛られて国民に不幸をもたらす事がルール違反ではないというのでしょうか?

社会保障問題にしても、増える高齢者を支えるには生産能力を高めてゆくしか解決の方法は無いのですが、どういうわけか税の徴収の話に摩り替っています。税をいくら徴収しても、高齢者の需要を支えるための生産力が無ければ社会保障は成り立たないのですが、そのような生産と分配の視点から問題を解決する話はありません。働きたい高齢者に働いていただくなどと言うが、そんなことをすれば若者の失業を助長する事になり、若者の貧困化による人口減少がさらに加速する。人口減少は生産性の向上でカバーできます。国民の豊かさは総額としてのGDPで決まるのではなく、国民一人当たりのGDP、つまり生産年齢人口一人当たりがどれだけの財(商品やサービス)を産み出すかで決まる。だから日本のGDPが減少しても、国民一人当たりのGDPが増えるなら、むしろより豊かになるのです。従って、増税ではなく、生産性の向上を目指すことが問題解決になるのです。

およそカネの収支から経済問題の解決を図ろうとするアプローチは迷宮入りします。経済の本質は生産と分配であり、そこから離れて問題の解決法を検討する事はナンセンスです。カネの収支では問題は解決しません。なぜなら、簡単に言えばカネは刷れば増えるし、バブルで膨らませる事もできますが、カネが増えたからといって生産される財が増えるわけではないからです。デフレギャップを解消し、日本の持てる生産能力をフルに活用し、生産される財をいかに増やすかが財政再建や社会保障問題の根本的な解決方法なのです。

構造改革は生産性を高めるか

生産性を高める方法として構造改革が取り上げられます。確かに規制緩和などで競争を高めれば企業単体の生産性は高まるでしょう。ただし、それは個々の企業の収益性の向上すなわち株主利益となるだけで、日本経済全体の生産性を高めて豊かな社会を実現する事には繋がっていません。むしろ競争激化によるリストラ、賃下げ、非正規雇用労働者の増加により、日本全体としての支払い賃金を引き下げることになります。これによる可処分所得の減少が需要をますます低迷させ、デフレ悪化の元凶とすらなるのです。

では構造改革は無意味なのか?そうではありません。日本全体としての可処分所得を増加させる事が同時に行われるなら、需要は維持され、新しい産業も生まれます。非効率的な産業を効率化することで生じる余剰労働力を新規の産業に吸収することで、不幸な人々を大量に生み出すことなく本当の意味での産業構造改革が成し遂げられるのです。小泉改革の失敗は規制緩和と同時に行われるべき国民の可処分所得の増加政策を怠ったことにあります。金融政策を日銀にまかせ、規制緩和だけで構造改革をしようとした事が大きな過ちだったのです。日銀は何もしない。空軍の支援なき陸軍はどれほど優秀でもボロ負け必至、それと同じです。日本全体の可処分所得を増加させるには、通貨を膨張させ、名目GDPを増加させることで可能です。もっと強力に行うなら、国債の日銀引受を財源とする公共事業で市場へ直接に通貨を供給すること、あるいはヘリコプターマネーすら有効でしょう。

ところが書店に並ぶ構造改革本には、このような視点が完全に欠落していました。財政政策と並ぶ政府の最も重要な政策である「金融政策」に触れていない。これでは小泉改革の二の舞です。エセ構造改革論は単にデフレを悪化させ、株主利益を増やすためだけの愚策に終わるのです。

生産と分配は通貨の量に依存する

配給経済ではなく市場経済であれば、財(商品やサービス)の交換は市場において通貨を介して行われます。そのため、市場において交換される財の総量は社会に流通する通貨が多いほど活発に行われます。そして交換される財の総量が多いほど生産活動は活発になり、生産性が高まり景気が良くなります。これが「貨幣数量理論」です。

バブルでなぜ景気が良くなるのか?これは貨幣数量理論で簡単に説明されます。バブルでは信用創造と呼ばれる方法で民間銀行が大量の預金マネーを作り出し、企業や個人にどんどん貸し付けます。この貸し付けにより生じた大量の預金通貨が社会に流通すると、このマネーに引っ張られて生産活動が活発化し、より多くの財が産み出されて分配され、人々が豊かになるのです。ところがバブルが弾けてカネを借りない、貸さない状態になると、世の中のおカネが急速に消えてなくなります。信用収縮とよばれる通貨の消失現象です。企業からも人々からもおカネが無くなり、あっという間に市場における取引が減少して生産活動が低下、人々に行き渡る財の量も減少して国民は貧しくなります。

バブル経済をすこし観察すればわかる事ですが、このようにカネが増えれば景気が良くなり、カネが減ると景気が悪くなる。非常にわかりやすいのです。

通貨を増やすとハイパーインフレになるか

通貨を発行するとおカネの価値が下がってインフレになる~そう思い込まされている人々にとって、ハイパーインフレが実際に起こり得る錯覚に囚われるでしょう。しかしそれは経済の原則を忘れているために誤解をしているに過ぎません。物価は必ず市場取引を通じて形成されます。通貨を発行したら翌朝におカネの価値が下がっているわけではありません。おカネを手にした人や企業は、それを使って財(商品やサービス)を購入します。そして財がどんどん売れ、売れすぎて在庫が不足するようになると財が値上がりするのです。そして財の価格が値上がりすることが、すなわちおカネの価値が下がることなのです。今の人々は無欲になり、消費しなくなったといいます。もし本当にそうなら、いくらおカネを増やしてもモノは売れませんから、インフレには決してならないでしょう。しかし実際にはおカネが無いだけで、ほとんどの人はモノを欲しがっているはずです。だからおカネを増やして人々に供給すれば、必ずモノが売れるようになり、デフレを脱却し、景気が回復してインフレになるでしょう。

では、景気が回復するとハイパーインフレになるか?なりません。日本はジンバブエのような生産力の無い国ではありません。世界第3位のGDPつまり生産力があるのです。しかもデフレつまり生産力が過剰なのです。そんな生産能力絶大の日本でハイパーインフレを起こすには、いったいどれほど莫大な量のモノを市場で買わねばならないでしょうか。そもそもそんなに大量のモノを買っても、保管できるんでしょうか?あるいは新品を買い、買っては捨て、捨てては買うのでしょうか?ハイパーインフレになるほど買うモノがあるの?無欲の時代とか言ってるのに。

インフレを止めるのは簡単です。消費税を増税すれば良いのです。極端な話を言えば消費税100%とかにすると、たちまち消費が冷え込んでインフレどころかデフレになるでしょう。

経済論を読み解く鍵は「カネ」ではなく「モノ」

経済論を読み解く鍵は「カネ」ではなく「モノ」にあります。カネで考えると必ず迷宮入りしてしまいます。カネは数字に過ぎません。実態は何も無いのです。経済を考える時、私たちの生活を支えている財(商品やサービス)を常に意識する事が大切です。すべての正解は「より多くの財を生産し、人々に分配すること」という経済の原則の中にあります。

2012年2月25日土曜日

経済成長が必要なのは借金の金利返済のため

「日本には名目経済成長が必要」と主張すると「右肩上がりの成長は環境に良くない」とか「成長しなくても持続可能な社会が良い」などの批判が出るようです。しかし名目経済成長しなければ経済は破綻します。それは金融制度に依存する現代経済の宿命だからです。

世の中のおカネはすべて銀行からの借金

なぜ右肩上がりの成長が必要なのか?それを理解するためには金融制度を知らねばなりません。しかしほとんどの日本人は金融制度についてまるで無知です。世の中のおカネがすべて銀行からの借金で出来ているという基本的な事実すら知らない人が多いのです。

世の中のおカネはすべて借金から出来ています。そもそも日本銀行が「金融緩和した」といいますが、では緩和によって作られたおカネはどのようにして世の中に出てくるのでしょう?作られたおカネはすべて民間銀行が日本銀行に持っている日銀当座預金という口座に振り込まれます。民間銀行はこの口座の残高の十数倍のカネを「預金」という名目で貸し付けることができます。これが信用創造と呼ばれます。このように民間銀行が「預金」を作り、それを企業や個人に貸し付けることで初めておカネが世の中にでてきます。つまり銀行に借金する人がいなければ、世の中にはおカネがほとんど存在しなくなるのです。

世の中のおカネはすべて借金であるため、おカネには必ず利息の支払いが付いて回ります。利息支払いの無いおカネはこの世に存在しないのです。預金者の預金通帳にある預金には利息が付きますが、この預金もそもそもは誰かが借金した結果できたおカネなので、その裏側ではだれかが借金をして、預金者と銀行に利息を払っているのです。これが預金制度の実態です。

借金しなければ維持できない経済

すぐにわかる事ですが、借金を借りる時より返す時の方が利息の分だけ多くなるはずです。社会全体で見た場合、世の中のおカネの総量が借金の返済分だけ常に増えなければ成り立ちません。すべてのおカネが借金から出来ていると言うことは、返済する利息の分はどこから生まれるのでしょうか?それもまた借金なのです。だから借金の利息を返済するためには、常に新たに借金を増やす必要がある。つまり現在の金融制度は、永久に借金を増やし続けなければ経済を維持できないシステムであることがわかるのです。

もし借金を増やさないとどうなるか?借金の返済によって世の中のおカネがどんどん減少する、つまりデフレになるのです。だから日本もデフレなのです。しかし世の中のおカネが劇的に減少していないのはなぜか?企業や個人が借金をしなくなった分だけ、日本政府が借金をすることでおカネの総量を支えているのです。もし国債を減らしたら?悲惨なデフレ地獄になるでしょう。現在の金融制度では、政府の借金は避けられません。そして誰かが借金を背負って世の中のおカネを増やし続けない限り、経済はデフレになり、借金の返済はますます難しくなるのです。

名目成長と実質成長はまるで別物

多くの人がGDPの名目成長と実質成長の違いを理解していません。「経済成長は環境に良くない」「日本は経済成長できない」というばあい、それが名目成長を指すのか、実質成長を指すのかで、まるで意味が違うと考えてよいでしょう。

「GDPの名目成長」とは国内の全ての取引金額を合計したものです。ですから物価が上昇すると、取引される商品やサービスが値上がりしますから、GDPの合計金額も増えます。つまり物価が上昇しただけで名目成長してしまうのです。しかし、物価が上昇しただけで取引された商品やサービスの量や質が増えたのでなければ、実質的には何も成長していないことになります。一方、実質的な商品やサービスの量や質の増加を捕らえるのが「GDPの実質成長」であり、これは名目成長率から物価上昇分を差し引く事で求められます。

実質成長を目指すなら、実質的な商品やサービスの量や質の増加に伴い、確かに環境への負荷が増加する可能性がありますし、生産年齢人口が減少を続けるならば、生産性を向上させ続けない限り実質成長はできません。ですから、実質成長で考える場合には「経済成長は環境に良くない」とか「日本は経済成長できない」という事が無いとは言い切れません。しかし、名目成長は実質的に生産される商品の量や質が変化しなくとも、デフレを脱却してインフレになるだけで達成します。名目成長は物価上昇すれば達成するのです。そしてFRBが先日明言したように「物価は金融政策でコントロールできる」。デフレの日本で名目成長を高める方法は金融緩和、つまり通貨供給なのです。

インフレで名目成長すると庶民の生活は苦しくなるのか?そんな事はありません。物価上昇は市場で商品が売れる事によって初めて引き起こされる、つまり国民の可処分所得の増加が必ず伴います。可処分所得の分配が適度に公平であればインフレによる生活への影響はほとんどないか、デフレで使われていない生産力が20兆円以上もある現状では、実質的な財の生産を増加する事で、むしろインフレ率より可処分所得の伸び率が増加する事さえあり得るのです。

経済の名目成長は避けられない宿命

経済が名目成長するということは、世の中のおカネが増えることを意味します。世の中のおカネが増えることで借金の金利を返済することができるようになるのです。実質であれ名目であれ、経済成長は通貨の膨張を伴い、通貨の膨張こそが金利の原資となるのです。

一部新聞やマスコミでは「日本経済の名目成長を否定」する論調があるといいます。とんでもない話です。世の中のおカネがすべて銀行からの借金で出来ているという現在の金融システムにおいて、経済が名目成長しなければ、どうやって銀行に金利を返済するつもりなのか? 誰かが借金を背負っておカネを増やし続けなければ破綻する経済システムなのに。

名目成長が良いとか悪いとかいう議論はそもそも意味がない。
経済が名目成長しなければ、銀行への金利返済のために経済は押しつぶされてしまうでしょう。

2012年2月19日日曜日

貯蓄は将来世代へのツケ

「政府の借金を増やせば将来世代にツケをまわす」という話が垂れ流されている。では、借金ではなく貯蓄を増やせば将来世代は豊かになるのでしょうか?答えはNOです。過剰な貯蓄もまた、将来にツケを回している行為であると考えられるからです。

個人にとって良い事でも、日本経済にとって良いとは限らない

合成の誤謬という言葉が知られています。たとえばデフレがそうです。個人にとって物価が下がる事は、同じおカネの量でより多くの消費財を手に入れることができるから良い事です。しかし市場経済におけるマクロ経済全体としてみた場合、物価の低下はおカネの循環を低下させ、個々人の所得を低下させる事で、かえって人々を貧困化させる。このような現象を合成の誤謬と呼びます。

貯蓄にも同様の性質があります。個人にとって貯蓄は非常に有益です。これに関してはコメントするまでもありません。持ち家購入のための資金積み立て、失業や老後への備えなど個人にとって貯蓄は欠かせません。しかしマクロ経済から見てどうなのか?この事がマスコミで真剣に議論される事はありません。「おカネ」とは、人々に疑問を抱かせてはならない分野だからです。

高度成長期は貯蓄が極めて有効だった

高度成長期の日本において、人々の熱心な貯蓄は資本主義経済のシステムに非常に良くマッチし、日本経済の堅実な成長を促進したと考えられます。貯蓄と投資はおカネの運用ですが、別の視点から見ると「生産力の配分を決める行為」です。おカネは生産活動と極めて密接な関係があり、おカネを生産力と読み替えることが可能です。

高度成長期において人々は所得を高い割合で貯蓄しました。所得を貯蓄するということは、実は経済において需要が減少することを意味します。所得のすべてを消費すれば、それだけ多くのモノが売れるわけですが、逆に貯蓄すればそのぶんだけモノが売れなくなるのです。モノが売れなくなると生産力が余ります。今の日本で生産力が余ると失業者が増えますが、高度成長期の日本ではその余剰生産力が設備投資という現象を介して「生産設備を作る事」に振り向けられていたのです。

もし日本国民の多くが、手にした所得を貯蓄ではなく消費に使っていたら?日本の生産力のほとんどが人々の消費財を生産するために使われることになります。すると消費財ばかりが作られて、生産設備はあまり作られない事になり、生産力は拡大しません。生産力が拡大しない状況で需要だけが伸びると供給不足からインフレが発生します。これでは経済は成長できません。しかし日本人は浪費を良しとせず、倹約して貯蓄に励んだため、過度に需要が増えすぎることなく、インフレも低く抑えられ、貯蓄により余った生産力を生産設備の拡大に振り向けることができたと考える事が出来ます。

そして投資されたおカネは国民に給与として支払われ、その一部が再び貯蓄として蓄えられる。貯蓄と投資がうまくまわっていました。人々が浪費せずに地道に生産力の向上に励んだことから日本はやがて圧倒的な生産力を手に入れ、その強力な生産能力ゆえに物質的な豊かさを享受できるようになったのです。日本が豊かになったのは、決して円が強くなったからでも国民の金融資産が1400兆円になったからでもありません。日本の生産力が富をたくさん産み出すようになったからです。

現代では貯蓄はデフレの原因

高度成長期は円安による高い輸出競争力や内需の拡大もあり、貯蓄と投資は順調に回っていました。しかし近年の日本はデフレ不況が深刻で国民の消費は伸び悩み、生産力が余っています。金融資産は1400兆円もあるのに使われません。しかも円高で外需が減りデフレで内需が低迷していますから、投資は行われず、余った生産力を活かす方法が無く、そのままダイレクトに失業へとつながります。国民が将来のためにと、せっせと貯蓄すればするほど生産力が活かされず、失業が増え、景気は低迷してますます日本の将来をあやうくしているのです。ですから、貯蓄が日本経済にとって良かった時代は終わり、貯蓄がデフレ不況の原因となる時代になったのです。

貯蓄は将来において清算されるツケ

貯蓄とは、将来において生産されるモノと交換できるという権利です。いま現在において存在していないモノと交換できる権利です。ですから、将来において要求があれば、そのモノを新たに生産しなければならないのです。将来の生産能力に負荷をかける事になるのです。もし将来においておカネが消費に向けられたなら、それに見合うだけの十分な生産力が無ければ供給不足となりインフレが発生します。デフレを放置して生産力が疲弊した日本で十分な供給を維持できるでしょうか。つまり貯蓄のツケは将来におけるインフレとなって将来世代が支払う事になる可能性があるのです。そもそも「いま現在において存在していないモノと交換できる権利」とは不自然だと思いませんか?しかもその権利は永久に続くのです。

もし貯蓄がおカネではなく、モノで行われるなら、それは将来世代のツケにはなりません。将来の生産力に負荷をかけることで物不足のインフレを引き起こすという心配は無いからです。たとえば住宅やインフラなどの社会資本という形で富が蓄財されてゆくなら、それはむしろ将来における生産能力の負担を軽減する事になるのです。モノによる貯蓄こそが将来の世代の豊かな生活につながる。生産力が余っている今の日本ですべき事は、その生産力をただ腐らしてしまうのではなく、それを活用し、将来の世代に引き継がれる本当の意味での「貯蓄」を残してあげる事なのです。いくらおカネを残しても、それは将来に負担となるだけなのです。

本当の貯蓄とは何か?それはおカネを貯める事ではありません。