2012年2月19日日曜日

貯蓄は将来世代へのツケ

「政府の借金を増やせば将来世代にツケをまわす」という話が垂れ流されている。では、借金ではなく貯蓄を増やせば将来世代は豊かになるのでしょうか?答えはNOです。過剰な貯蓄もまた、将来にツケを回している行為であると考えられるからです。

個人にとって良い事でも、日本経済にとって良いとは限らない

合成の誤謬という言葉が知られています。たとえばデフレがそうです。個人にとって物価が下がる事は、同じおカネの量でより多くの消費財を手に入れることができるから良い事です。しかし市場経済におけるマクロ経済全体としてみた場合、物価の低下はおカネの循環を低下させ、個々人の所得を低下させる事で、かえって人々を貧困化させる。このような現象を合成の誤謬と呼びます。

貯蓄にも同様の性質があります。個人にとって貯蓄は非常に有益です。これに関してはコメントするまでもありません。持ち家購入のための資金積み立て、失業や老後への備えなど個人にとって貯蓄は欠かせません。しかしマクロ経済から見てどうなのか?この事がマスコミで真剣に議論される事はありません。「おカネ」とは、人々に疑問を抱かせてはならない分野だからです。

高度成長期は貯蓄が極めて有効だった

高度成長期の日本において、人々の熱心な貯蓄は資本主義経済のシステムに非常に良くマッチし、日本経済の堅実な成長を促進したと考えられます。貯蓄と投資はおカネの運用ですが、別の視点から見ると「生産力の配分を決める行為」です。おカネは生産活動と極めて密接な関係があり、おカネを生産力と読み替えることが可能です。

高度成長期において人々は所得を高い割合で貯蓄しました。所得を貯蓄するということは、実は経済において需要が減少することを意味します。所得のすべてを消費すれば、それだけ多くのモノが売れるわけですが、逆に貯蓄すればそのぶんだけモノが売れなくなるのです。モノが売れなくなると生産力が余ります。今の日本で生産力が余ると失業者が増えますが、高度成長期の日本ではその余剰生産力が設備投資という現象を介して「生産設備を作る事」に振り向けられていたのです。

もし日本国民の多くが、手にした所得を貯蓄ではなく消費に使っていたら?日本の生産力のほとんどが人々の消費財を生産するために使われることになります。すると消費財ばかりが作られて、生産設備はあまり作られない事になり、生産力は拡大しません。生産力が拡大しない状況で需要だけが伸びると供給不足からインフレが発生します。これでは経済は成長できません。しかし日本人は浪費を良しとせず、倹約して貯蓄に励んだため、過度に需要が増えすぎることなく、インフレも低く抑えられ、貯蓄により余った生産力を生産設備の拡大に振り向けることができたと考える事が出来ます。

そして投資されたおカネは国民に給与として支払われ、その一部が再び貯蓄として蓄えられる。貯蓄と投資がうまくまわっていました。人々が浪費せずに地道に生産力の向上に励んだことから日本はやがて圧倒的な生産力を手に入れ、その強力な生産能力ゆえに物質的な豊かさを享受できるようになったのです。日本が豊かになったのは、決して円が強くなったからでも国民の金融資産が1400兆円になったからでもありません。日本の生産力が富をたくさん産み出すようになったからです。

現代では貯蓄はデフレの原因

高度成長期は円安による高い輸出競争力や内需の拡大もあり、貯蓄と投資は順調に回っていました。しかし近年の日本はデフレ不況が深刻で国民の消費は伸び悩み、生産力が余っています。金融資産は1400兆円もあるのに使われません。しかも円高で外需が減りデフレで内需が低迷していますから、投資は行われず、余った生産力を活かす方法が無く、そのままダイレクトに失業へとつながります。国民が将来のためにと、せっせと貯蓄すればするほど生産力が活かされず、失業が増え、景気は低迷してますます日本の将来をあやうくしているのです。ですから、貯蓄が日本経済にとって良かった時代は終わり、貯蓄がデフレ不況の原因となる時代になったのです。

貯蓄は将来において清算されるツケ

貯蓄とは、将来において生産されるモノと交換できるという権利です。いま現在において存在していないモノと交換できる権利です。ですから、将来において要求があれば、そのモノを新たに生産しなければならないのです。将来の生産能力に負荷をかける事になるのです。もし将来においておカネが消費に向けられたなら、それに見合うだけの十分な生産力が無ければ供給不足となりインフレが発生します。デフレを放置して生産力が疲弊した日本で十分な供給を維持できるでしょうか。つまり貯蓄のツケは将来におけるインフレとなって将来世代が支払う事になる可能性があるのです。そもそも「いま現在において存在していないモノと交換できる権利」とは不自然だと思いませんか?しかもその権利は永久に続くのです。

もし貯蓄がおカネではなく、モノで行われるなら、それは将来世代のツケにはなりません。将来の生産力に負荷をかけることで物不足のインフレを引き起こすという心配は無いからです。たとえば住宅やインフラなどの社会資本という形で富が蓄財されてゆくなら、それはむしろ将来における生産能力の負担を軽減する事になるのです。モノによる貯蓄こそが将来の世代の豊かな生活につながる。生産力が余っている今の日本ですべき事は、その生産力をただ腐らしてしまうのではなく、それを活用し、将来の世代に引き継がれる本当の意味での「貯蓄」を残してあげる事なのです。いくらおカネを残しても、それは将来に負担となるだけなのです。

本当の貯蓄とは何か?それはおカネを貯める事ではありません。