2023年7月1日土曜日

BardにCGPTと同じ質問をしたが・・・

 (わたし)

MMTは、「自国通貨を発行できる政府は、国債を無限に発行できる」と主張しているといいます。この文意を解釈した場合、2つの解釈が可能です。一つは、「仕組みとして無限に発行できる」という意味と、もう一つは「発行しても良い」という意味です。MMTはどちらの意味で主張していますか

(Bard)

MMTは、自国通貨を発行できる政府は、国債を無限に発行できると主張しています。しかし、これは「仕組みとして無限に発行できる」という意味ではなく、「発行しても良い」という意味です。MMTは、国債発行は、インフレをコントロールできる範囲内であれば、経済成長を促進する効果があると主張しています。そのため、MMTは、国債発行を無制限に行うべきだとは主張しておらず、インフレをコントロールしながら、経済成長を促進するために、国債発行を行うべきだと主張しています。

(わたし)

MMTは、国債を無限に発行しても良い、と主張しているのですか?

(Bard)

MMTは、国債発行は、インフレをコントロールできる範囲内であれば、経済成長を促進する効果があると主張しています。そのため、MMTは、国債発行を無制限に行うべきだとは主張しておらず、インフレをコントロールしながら、経済成長を促進するために、国債発行を行うべきだと主張しています。

つまり、MMTは、国債を無限に発行しても良いと主張しているわけではありません。

(わたし)

最初の回答と矛盾しませんか?

(Bard)

はい、最初の回答と矛盾しています。最初の回答では、MMTは、国債を無限に発行できると主張していると答えましたが、これは正確ではありません。MMTは、国債発行は、インフレをコントロールできる範囲内であれば、経済成長を促進する効果があると主張しているだけであり、国債を無限に発行できるとは主張していません。

MMTの正確な主張は、以下の通りです。

自国通貨を発行できる政府は、国債を無限に発行できる。

ただし、国債発行は、インフレをコントロールできる範囲内であれば、経済成長を促進する効果がある。

そのため、MMTは、国債発行を無制限に行うべきだとは主張しておらず、インフレをコントロールしながら、経済成長を促進するために、国債発行を行うべきだと主張している。

最初の回答と矛盾してしまったことをお詫び申し上げます。

(私の心の声)

矛盾した回答を出してきたが、矛盾を指摘すると、矛盾していることを判別しているようだ。それならば、なぜ最初の回答で、単純な矛盾を見落としたのか、不思議だ。わたしの質問における「仕組みとして無限に発行できる」という意味を、趣旨とは違った意味で解釈したのかも知れない。

(わたし)

矛盾の原因は、わたしの質問が、解釈の難しい文章だったからですか?

(Bard)

はい、あなたの質問が解釈の難しい文章だったことが、矛盾の原因の一つだと思います。また、私の理解力不足も原因の一つだと思います。

私は、まだ開発中の大規模言語モデルであり、常に学習しています。あなたの質問には、MMTの複雑な概念が含まれていました。私は、あなたの質問を理解するために、MMTに関する知識を駆使しましたが、それでも、完全に理解することはできませんでした。

あなたの質問に、より正確に答えるためには、MMTに関する知識をさらに深める必要があります。また、あなたの質問を理解するための能力も向上させなければなりません。

あなたの質問に、正確に答えることができなかったことをお詫び申し上げます。今後とも、よろしくお願いします。

(わたしの心の声)

いや、MMTの複雑な概念じゃなくて、日本語の解釈の問題なんだけどね。読解力という点では、まだもう少しかな。


CGPTと対話~MMTについて

 (わたし)

MMTでは、「自国通貨を発行できる政府は、国債を無限に発行できる」と主張しているといいます。これの文意を解釈した場合、2つの解釈が可能です。一つは、「仕組みとして無限に発行できる」という意味と、もう一つは「発行しても良い」という意味です。MMTはどちらを意味で主張していますか

(ChatGPT)

MMTの主張は、「自国通貨を発行する主権を持つ政府は、自由に国債を発行することができる」という点に重点を置いています。この主張の文意を解釈すると、MMTは前者の意味、「仕組みとして無限に発行できる」という立場を主張しています。

MMTの視点では、自国通貨を発行する政府は通貨発行権を持ち、財政的制約がないとされています。これは、政府が自国通貨を発行することによって、支出や債務の返済に必要な資金を創造することができるという考え方です。

ただし、MMTは無制約の国債発行を主張しているわけではありません。むしろ、経済の状態やインフレーションのリスクに基づいて政府支出や債務発行のバランスを考慮する必要があるとも主張しています。MMTは、政府が財政政策を活用し、雇用創出や経済成長を促進するために、適切な範囲で国債を発行することを提案しています。

要約すると、MMTは政府による無制約の国債発行を主張するわけではなく、主権を持つ政府が自国通貨を発行する能力を持ち、それを経済的な目標に合わせて利用すべきであると主張しています。

(わたし)

まったく同感です。しかし、ネット上には、後者の意味であると考えるマスコミや識者、あるいは一般人が多く、「MMTを採用すると、政府が国債を無制限に発行するようになる」との誤った批判が溢れています。もっと多くの人が、あなたの情報を利用するようになれば良いと、願うばかりです。

(ChatGPT)

確かに、MMTに関する誤解や誤った解釈が一般に広まっていることは事実です。一部のマスコミや識者、あるいは一般人は、MMTを「無制限な国債発行を容認する理論」として誤解していることがあります。これは、MMTの主張を過剰に簡略化したり、一部の側面だけを取り上げたりすることによって生じるものです。

このような誤解や誤った解釈が広まることは、議論の混乱や誤った政策判断を引き起こす可能性があります。正確な情報と理解が重要です。公正な議論と正確な情報提供が、より良い理解を促進するために必要です。

私たちができることは、MMTや他の経済理論について正確な情報を提供し、誤解を解消する努力をすることです。知識や情報の共有は、より建設的な議論を生み出し、より良い政策の形成につながる可能性があります。したがって、MMTや他の経済理論について公正で正確な情報を広めることは、重要な役割を果たすのです。

(わたしの心の声)

おい、テレビのコメンテーターより、よっぽど賢いぞ。チャットGPTと代えろ!

2023年6月29日木曜日

円安はカネを増やしたからではない(データあり

 マスコミに登場するとんでも評論家のせいで、「日本の通貨が安くなったのは、コロナ対策のためにカネを発行したからだー」とヒステリックに騒いでいる人がネットにはたくさんいます。しかし、これは明らかな間違いです。データを示しましょう。

 確かにコロナ対策で日本政府が膨大なおカネをばらまいたことは確かです。そのために世の中のおカネは増えました。しかし、おカネをばら撒いたのは日本だけの話ではありません。アメリカも欧州も、世界中の国でおカネが増えています。日本だけがおカネを増やしたのであれば、たしかにおカネを増やしたことが円安の原因になるでしょうが、そうではないのです。

 例えば、日本がおカネを4倍にした時、アメリカが2倍に増やしたなら、アメリカのドルに対して日本の円が多くなりますから、円安になるでしょう。では、実際にはどうだったのか。

 2019年末から2021年末の2年間において、マネーストック(およそ)は

日本 1040兆円→1180兆円 約14%の増加

米国 15.5兆ドル→22兆ドル 約42%の増加

 なんと、米国は日本の3倍以上もおカネを増やしていることがわかります。もしおカネを増やしたことが通貨安の原因であれば、日本の3倍もおカネを増やしたアメリカのドルが安くなるはずです。にもかかわらず、円安なのです。だから、円安の原因は、おカネを増やしたためではなく、中央銀行の目標金利の差なのです。

 残念ながら、とんでも経済評論家は、こうした金融の基礎的なデータを調べもせず、比較もせず、ただ「おカネが増えたから円安になった」と吹聴し、それを真に受けて一般国民が騒いでいるのです。

 嘆かわしいことです。

チャットGPTとの対話記録(1)

>わたし

金融に関する質問です。過去5年間における、アメリカのマネーストックの毎年の増加率、日本のマネーストックの増加率を知りたいです。

>ChatGPT

申し訳ありませんが、私のデータベースは2021年9月までの情報しか持っていませんので、2021年以降のマネーストックの増加率については提供することができません。また、具体的な数値については、金融データの迅速な更新や統計情報へのアクセスが制限されているため、正確な情報を提供することはできません。

ただし、一般的な情報として、過去の経済データを基に、アメリカと日本のマネーストックの増加についてお話しします。

アメリカのマネーストックの増加率は、一般的にマネーサプライ(M2など)の成長率で測られます。マネーストックの増加率は年ごとに変動し、経済の状況や金融政策の変化によって影響を受けます。アメリカのマネーストックの増加率に関する正確な数値を知りたい場合は、連邦準備制度(米国中央銀行)などの公式機関が提供している経済データや統計情報を参照することをおすすめします。

日本のマネーストックの増加率についても同様で、日本の中央銀行である日本銀行がマネーサプライの統計情報を提供しています。日本のマネーストックの増加率に関する具体的な数値や最新の経済データについては、日本銀行の公式ウェブサイトや関連する経済統計情報へのアクセスをおすすめします。

金融データや統計情報は定期的に更新されるため、正確な数値を得るためには最新のデータソースにアクセスする必要があります。

(私の心の声)

 準備制度のサイトで調べろって?んなこた、わかってんだよ。IMFのデータは全部英語だから、アクセスがめんどくさいから、あんたに頼んでるだよ。

>わたし

わかりました。では、2016年から2020年までの期間、IMFのデータにおいて、各年のマネーストックの増加率に関する情報はありますか?

>ChatGPT

申し訳ありませんが、私のデータベースはIMF(国際通貨基金)のデータへのアクセスが制限されており、具体的なマネーストックの増加率に関する情報を提供することはできません。IMFは国ごとの経済データや統計情報を提供していますが、そのデータにアクセスするにはIMFのウェブサイトやデータベースに直接アクセスする必要があります。

IMFのウェブサイトには、各国の経済データや統計情報を含む様々なレポートやデータベースがあります。特に、IMFの「World Economic Outlook(世界経済展望)」レポートや「International Financial Statistics(国際金融統計)」データベースは、マネーストックなどの金融データに関する情報を提供しています。

IMFのデータベースやレポートにアクセスし、各年のマネーストックの増加率に関する情報を入手することをおすすめします。IMFのウェブサイトでは、データベースやレポートへのアクセス方法や利用規約に関する情報が提供されています。

(私の心の声)

おお、IMFは、チャットGPTをブロックしてるのか、やばいデータが隠されているのか、天才的な人工知能で解析されるとまずいのかwww。

>わたし

IMFのウェブサイトは知っていますが、私は英語ができないので、活用できないのです。そのため、あなたの力を借りたいと思ったのですが、残念です。諦めます。

>ChatGPT

申し訳ありません。英語のサイトへのアクセスや情報収集にお困りの場合は、ご自身の言語で利用できる情報源を探すことをおすすめします。地元の経済研究機関や中央銀行、政府機関などが提供している経済データや統計情報を調査することも有益です。

また、金融や経済に関する情報を提供する専門家やアナリストが執筆した日本語の書籍や報告書も参考になる場合があります。地元の図書館や書店で、金融や経済に関する書籍や報告書を探してみることをおすすめします。

お手伝いできず申し訳ありませんが、他に何かお手伝いできることがあれば遠慮なくお知らせください。

(私の心の声)

英語が使えないなら、日本語のサイトで探せって?大きなお世話じゃ。ムカついた。日本のサイトで情報を探すんだったら、チャットGPTにお願いするまでもないんだ。欲しいのはアメリカのサイトの情報なんだよ。


追伸

チャツトGPTが役に立たないので、仕方なく、日本語で統計サイトをぐぐったところ、すごく使えるサイトを見つけてしまった!ここ

Trading Economics

https://jp.tradingeconomics.com/

どこの会社かと思ったら、アメリカの会社だったw。だから、日本はダメなんだってw。

追伸

せっかくなので、チャットGPTに教えてあげたら、ネットワークエラーが出て停止しましたw。


2023年2月16日木曜日

おカネを配ると経済成長する理由

おカネを配ると必ず経済成長(=名目成長)します。ただし経済には名目GDPと実質GDPという二つの指標があることを理解すべきでしょう。名目と実質をこちゃまぜにすれば、齟齬が生じます。

おカネを配ると必ず経済成長します。経済成長と言えば、通常は名目GDP成長率を指していることがほとんどです。この場合、必ず経済成長すると断言できます。政府が国民に給付金として配るわけです。

もちろん、国民におカネを配ったとしても、貯蓄に回されてしまう部分もあります。しかし、配ったおカネがすべて貯蓄されることは現実的にはありえません。すべて貯蓄されるなら、無限におカネを増やしても消費は増えないことになるからです。だから消費は必ず増加し、消費が増加すれば名目GDPは増加する。小学生でもわかる理屈です。

ただし実質GDPが必ずしも増加するとは限りません。実質GDPとは単なる売上金額ベースではなく、財(モノやサービス)の生産量が反映されるからです。つまり名目GDPからインフレ率を差し引いて求められます。結局のところ、財の生産量が増えなければ、いくら名目GDPが増加したところで物価が同時に上昇するため、国民が手にすることのできる財の量は増加せず、国民は豊かになれない。つまり、経済成長しても、物価が上昇するだけです。

では、名目GDPの成長は意味がないのか?とんでもない。名目GDPは非常に重要です。なぜなら、資本主義では、「おカネをどれだけ増やせるか=利益」が重要だからです。

国民におカネを配れば名目GDPは必ず増加します。すると企業の利益も増加します。そして、利益が増加するからこそ、企業は投資を行うのです。「利益が減っても、デフレだから実質的には増えてます」などという寝言は意味がありません。重要なのは金額です。利益の絶対金額が増えないと、投資などしません。逆に利益が増えるなら、企業は投資します。

そして、投資によって生産設備が強化され、研究開発が促進され、雇用を増やすことで供給力が増加すれば、財の生産量が増加します。財の生産量が増加すれば、実質GDPが増加することになります。どの程度増加するかは、条件により異なります。

従って、

おカネを配れば、必ず名目経済成長する。ただし実質経済成長するかどうかは、条件によって異なる。一方、名目経済成長は企業の利益を押し上げ、投資を促進する可能性が高いため、おカネを増やせば実質経済成長を同時にもたらす可能性は高いと言える。


2023年2月14日火曜日

消費税のシステムは将来的に必ず破綻する

 マスコミは何の疑問も持たずに「消費税は安定財源」という財務省の前提を受け入れているが、消費税のシステムは将来的に必ず破綻する。

近年の人工知能や自動生産の著しい進歩を見れば、遅かれ早かれ「技術的失業」が顕在化することは疑いない。しかし「そんなことはまだまだ先の話であって、現実ではない」という愚かな人々がいる。

少し考えればわかることだが、ある日突然「今日から技術的失業になる」なんてことはない。つまり、変化は徐々に進むのであり、今まさに人工知能や自動生産の影響が徐々に出てきていると考えることが自然である。

技術的失業とは、完全に職を失うことのみを示すのではない。人間の労働の必要性が少なくなることは、失業より前に「賃金の低下、賃金の伸び悩み」という形で現れてくる。今日、これだけ技術が進歩しているにもかかわらず、労働者の賃金が増えないということは、現在においてすでに技術的失業がボディーブローのように効き始めていることを意味するのではないか(もちろんそれがすべてではないが)。

さて、人工知能や自動生産の進化による技術的失業は、労働者、すなわち多くの国民の所得を減らすものである。その場合、間接税(消費税)であろうと直接税(所得税)であろうと、国民に課税する方式の税収は必ず減少する。つまり、今でこそ、小手先で消費税の税率を上げることで税収を増やすことができるものの、将来的には、消費税を20%にしようが30%にしようが、税収を補うことは不可能になる。

すなわち、消費税のシステムは将来的に必ず破綻する。それでも目の前の状況としては、消費税を上げれば税収が増える。それに財務省はしがみつく。まさに「財務省にとって消費税は麻薬」である。

財務省の役人に、少しでも知能があるのであれば、こうした未来の方向性を認識して、それに対応した「財源」「税」や社会保障のシステムを考えなければならないのだが、財務省の役人からそうしたビジョンは何も見えてこない。

財務省にあるのは「足りなければ、増税して、取る」だけである。そして、マスコミもそうしたことに何の疑問を持つことなく、から騒ぎを繰り返すだけだ。

2023年2月5日日曜日

財務省は国家的な犯罪組織である

 財務省は犯罪組織である。なぜなら、不合理に国民の財産を奪っているからである。

 国家は通貨を発行する役割を担っている。それは古来より政府の最も基本的な機能であり、現代の民主国家においては、通貨を発行することは最も重要な主権の行使である。

 当然だが、おカネが足りないのなら、おカネを発行することが国家の義務であるし、それが可能である。ところが驚くべきことに、政府・財務省は、これとは真逆のことをしているのだ。すなわち、

 通貨を発行できる国家が通貨を発行せず、財源がない(おカネがない)と称してわざわざ増税し、国民からおカネを奪っている

 これは犯罪以外の何物でもない。おカネを発行できる国家がおカネを発行せずに、そのかわりに国民から税金でおカネを奪い取っているのである。これはカネのない犯罪者が窃盗するのと変わりない。良くて「詐欺」である。

 おカネが無いならおカネを発行するのはあたりまえである。

 もちろん、すでにおカネが世の中の溢れて、インフレで大変なことになっているのであれば、あらたにおカネを発行することは得策ではない。しかし、現在の日本経済は物価が上昇しているとはいえ、デフレである(デフレギャップが存在する)。だからこそ、日銀が金融緩和を継続しているのだ。

 しかも驚くべきことに、日本は失われた30年もの間、他の先進国に比べて驚くほどおカネを増やしていない。カスカスの砂漠状態なのだ。(下図)


 おカネを発行しない理由は存在しない。おカネが足りない、しかも今までおカネを発行してこなかったのである。にもかかわらず、財務省はおカネの発行に反対し、あくまでも増税によって国民からカネを奪うのである。

 財務省は国家的な犯罪組織である。


2023年2月3日金曜日

増税しなくとも防衛費は確保できる

 防衛費を増額するためには、増税が必要などという出鱈目を垂れ流す連中が多いようです。しかし、防衛費を増額するために増税は一切必要ありません。多くの国民は、このことを知るべきです。

 多くの国民が防衛費の増額は必要と考えているでしょう。そこに財務省は付け込むのです。実際には増税などしなくとも「おカネを発行すれば安定的に財源が確保できる」のです。その理由を示しましょう。

(1)毎年1兆円のおカネを発行しても、インフレの心配はゼロ

 おカネを発行するとインフレになると言い出す人が出てきます。しかし今回の防衛費増額で足りない金額は年間わずか1兆円です。現在の世の中のおカネ(マネーストックという)は1000兆円を超えています。たとえば、1000円が1001円に増えたとしたら、インフレになると思いますか?ほとんど誤差範囲です。

 さらに言えば、毎年新たに発行されるおカネは30~40兆円ちかくになりますが、それでも日本はデフレを脱却できていません(現在のインフレはおカネを発行したためではなく、輸入物価が上がっているためなので、実質的にはデフレのままです)。ですから、そこに加えて1兆円を発行したところで、ほとんど物価に影響はないのです。

 むしろ、30~40兆円の通貨発行では足りないとして、日銀が金融緩和を継続している有様であり、そうした政策を後押しする意味でも1兆円は発行すべきと言えます。

(2)日本は先進国の中で最もおカネを増やしていない

 もちろん、他の国がおカネを増やしていないのに、日本だけ増やすと言えば不安に思うかもしれません。しかし実際にはまったく逆であり、日本は世界の他の先進国に比べて、最もおカネを増やしていない、しかも失われた30年にわたり、極端に増やしてこなかったのです。ですから、むしろ、1兆円はおカネを発行しなければなりません。そうしなければ、日本はさらに数十年を失うことになるのです。


 以上のように、たかだか毎年1兆円のおかねであれば、発行するだけで良いのです。増税する必要はまったくありません。国民の大多数は防衛費の増額に賛成であるものの、増税には反対です。ですから、増税などする必要はありません。

 増税しなくとも、おカネを発行すれば防衛費は無理なく増額できるのです。


2022年7月31日日曜日

少子化対策の決定打は

 少子化対策の決定打は「子育て給付金」です。おカネを給付する政策は今までもありましたが、今までの手当のような、みみっちい金額ではありません。20歳未満の子供一人当たり月額5~9万円を支給するという、大胆な政策です。

これまでも、政府や地方自治体はさまざまな少子化対策、人口を増やす対策を行ってきましたが、まったく効果がありませんでした。これは何もしていないのと同じであり、まったくの愚策だったと言えます。今でも「人への投資」などと耳障りのよい言葉は聞こえるものの、所詮、子供が増えなければ投資もへったくれもありません。育児休暇の取得を促進しようが、保育施設の拡充をしようが、結局のところ、子供の養育には莫大な費用が必要であり、それを支援しなければ効果はないでしょう。


しかも、年金制度が普及し、子供を持たなくても老後の生活に心配のない時代になりましたから、個人のレベルでは必ずしも子供を産み育てる必要が無くなりました。また「家」「家系」のような考え方もなくなり、結婚の必要性は低下しました。また、結婚が生活の邪魔になり、必ずしも結婚しようと思わない人も増えてきました。医学が発達して避妊や中絶が当たり前の時代になりました。もはや、昔のように勝手に子供が増える時代ではないのです。


こうした社会状況にあっては、子供を増やすための、より強力な「動機づけ」が必要とされます。これまでの常識を捨て、子供の出産を男女間の個人の動機だけにまかせるのではなく、子供を積極的に持ちたいと思わせる動機を社会が与えなければならないのです。


最も強力な動機は「おカネ」つまり、経済的な支援です。子供を生み育てることは、経済的な負担が大きいだけでなく、精神的・肉体的にも負担が大きいものです。ですから、国家として、こうした苦労に報いる必要があります。また、当然ですが、子供は国家の未来を担うわけですし、日本の人口を維持し、バランスの取れた人口構成を維持することは国家事業として当然であり、おカネを配ることに何ら問題はありません。


この「子育て給付金」の最大の特長は、金額が5~9万円と、高額かつ累進方式であるところです。第一子は月額5万円を支給、第二子は月額7万円、第三子以上は月額9万円を支給します。ただし、貧しいひとり親世帯の場合は、第一子に2万円を加算しても良いでしょう。こうすることで、子供を生み、育てることに対して強力なインセンティブを与えることができます。今の常識では、子供を産めば産むほど生活が苦しくなるわけで、それでは子供が増えるはずはありません。子育て給付金では、子供を産むほど生活が楽になり、子供を産み育てることに大きなメリットが生まれます。これなら、まず間違いなく子供が増えるはずですし、もしこれでも子供が増えないとすれば、もはや打つ手がないほどです。


現在の日本の20歳未満の人口はおよそ2000万人であり、仮に平均して月額7万円を支給したとして、必要な予算は年間約17兆円、これはマネーストックの1.6%程度なので、すべてを通貨発行(すなわち日銀の国債引き受け)で賄ったとしても、インフレの心配はないでしょう。国債は日銀が引き受ければ通貨発行を意味しますので、財源について問題はありません。国債よりも、少子化の方がはるかに深刻な問題です。また、年間17兆円の通貨を供給すれば、当然、景気の押し上げ効果はありますから、完全デフレ脱却と人口増加の2つの効果を得ることができます。


ただし、この給付金を「本当に子育てに使うのか?」という疑問があるかもしれません。つまり、おカネが欲しいから子供を産んで、給付金の多くを自分たちの遊びに使ってしまうという人がいるかも知れません。そうした悪質なケースはどのような政策であっても生じるのであって、完全に防ぐことはできません。大部分の人は、子供の養育に優先的に給付金を利用するでしょうから、それで十分に政策の効果があります。また、仮に子供の養育費をケチったとしても、子供が増えることに違いはありません。


また、こういう政策を打ち出すと、必ず感情論を持ち出して反対する人が出てくるでしょう。例えば、曰く「カネで子供を買うのか」「やりすぎだ」とか。しかし逆に問いたい。代案があるのかと?これまでも政府のエリート連中があれこれ考えてきたにも関わらず、何ら効果が無かった。他に方法があるなら、是非ともおしえていただきたいものです。時代は変わりました。少子高齢化は、感情論や精神論で解決できるほどナイーブな問題ではありません。極めて深刻な事態であり、戦争に等しいほどの国家存亡の危機なのです。感情論や精神論では戦争に勝てません。何としても、結果を出さなければならないのです。そこに感情論や精神論を持ち出して反対するのであれば、日本人が滅亡しても構わないと認めていることになるのです。


「結果を出すこと」。それが何よりも正しいのです。


2022年7月18日月曜日

4)社会保障も「財の生産」が解決

 社会保障の問題を語るとき、新聞マスコミの記事は、かならず財源や税金の話になります。しかし、財源や税金では社会保障の問題はまったく解決できません。社会保障の問題も、その本質は「財の生産」の問題だからです。

 たとえば、日本の全国民が豊かに生活するために必要な財の量が100だったとすると、たとえどれほど高齢化が進んで働く人の数が減ったとしても、日本全体で100の財が生産できれば、日本国民が貧しくなることはありません。ところが、そんな当たり前の話が新聞やテレビのようなマスコミには出てきません。出てくるのは、ひたすら「おカネ」の話ばかりです。つまり、税金や財源です。しかし国民の生活を支えるのは、おカネではなく生活必需品などの「財」であり、おカネがいくらあっても、財源が確保されても、生活に必要な財が無ければ、社会保障制度はなりたたくなります。本当に新聞やテレビの愚かさには驚かされるものがあります。


 ただし、高齢化が進んで働く人が少なくなれば、それまで70人で100の財を生産していたところ、50人で生産しなければならなくなることは間違いありません。つまり、一人当たりの生産量を増やさねばならない、そのことが、働く人の負担を増やすと考えられます。しかし、これは短絡的な結論です。なぜなら、生産技術の向上や生産設備の増加という要素をまったく無視しているからです。


 テクノロジーは進み続けており、人工知能やロボット、あるいは完全自動生産工場という、人手を必要としない生産手段がどんどん増えてきています。つまり、働く人が20人減少しても、それが機械で代替されるなら、財の生産量が減ることはありません。すなわち、社会保障を維持拡大するためには、財源や税制ではなく、技術開発投資や生産設備投資こそ最重要であることが理解できます。しかしながら、そうした視点から社会保障の問題に切り込む新聞マスコミを見たことがありません。すべからく「税制」「年金支給額の減額」といった「おカネの話」に終始しています。恐るべき愚かさです。


 「高齢化社会では現役世代の負担が大きくなるので、現役世代の負担を減らさねばならない」と新聞マスコミは主張しますが、それは前提となるシステムが間違っていることが原因です。本質的に言えば、生産の機械化によって、財の生産は維持、拡大が可能です。しかし、所得税にしろ消費税にしろ、現在の税の多くは「労働者が支払う」=「現役世代が払う」ことになっているため、税収を維持するためには、労働者の数が減ると、労働者の税率を上げなければならないのです。一方、生産の機械化が進んでも、労働者の賃金が同じ率だけ増えるわけではないため、必然的に税収は減り続け、働く人に課税する方式の財源は破綻します。つまり、この財源の考え方が間違っているのです。すなわち、労働者に対する課税のみで社会保障を維持することは理論的に不可能です。


 財源が持続可能であるということは、政府が支出したおカネの全額を世の中から回収しなければなりません。これはプライマリーバランスと言います。しかし、政府が支出したおカネは社会の様々なところへ流れてゆき、使われたり、ため込まれたりしていますから、これを消費税のような単純な一つの税制で公平に回収することは不可能です。様々なところへ流れ、使われたり貯めこまれたりするのですから、税として回収する場合も、それに応じた制度設計がなされなければなりません。消費税のみならず、所得税、法人税、金融資産課税など幅広いシステムが必要です。


 また、資本主義のシステムでは、おカネは資本家・富裕層に集まる仕組みになっていますので、政府の支出したおカネの多くは、そうした資本家・富裕層に集まります。財源を持続可能なものにするには、そうした資本家・富裕層から、ことごとくおカネを回収しなければなりません。しかし、資本主義のシステムにおいては、おカネを増やすことが経済活動の主要な動機となっているため、資本家・富裕層の稼いだお金をことごとく吸い上げると、資本主義のシステムが働かなくなるでしょう。すなわち、政府が支出したおカネをすべて回収するのは(プライマリーバランスは)、間違いなのです。ですから、資本主義のシステムである以上は、政府の財政は常に赤字でなければならず、その赤字は通貨発行によって補填されなければなりません。そこで発行された通貨は、資本家・富裕層の貯蓄になるだけでなく、国民の貯蓄にもなるからです。


 いずれにしろ、社会保障制度の持続可能性にとって最も重要なことは「財の生産」であり、少子化に伴う労働人口の減少をカバーするための技術開発投資や設備投資なのです。それさえ十分に対応できるのであれば、財源として足りない分はおカネを発行して配ればいいだけなのです。


2022年7月3日日曜日

3)インフレが生活を貧しくするのではない

 多くの人はインフレになると生活が貧しくなると思い込んでいますが、インフレそのものが生活を貧しくすることはありません。所得格差が生活を貧しくするのです。物価は国民の豊かさにとって直接に関係するものではなく、本質的には財の生産量が豊かさを決めます。ただしインフレは経済活動に影響してきますので、そういう意味では無視してよいわけではありません。インフレに対して短絡的に騒ぐのが間違いなのです。

 国民生活の豊かさを決めるのは「財の生産量」です。より多くの財を生産できれば、人々は必ず豊かになります。物価は豊かさを決めません。物価によって財の生産量が変わるわけではなく、物価とは、単に市場における通貨と財の交換レート(交換比率)に過ぎないからです。例えば、財の生産が日本全体で100あったとしたら、仮に物価が2倍になったところで、同じ100の生産量が保たれるなら、日本全体として貧しくなるはずがありません。にもかかわらず、貧しくなるのだとすれば、それは同時に分配の不公平、所得格差が生じているはずです。


 物価が2倍になっても貧しくならない理由は、通常、物価が2倍になると賃金も2倍になるからです(三面等価の原則から)。ところが、所得の分配に格差が生じた場合、Aさんの賃金は3倍になり、Bさんの賃金は同じまま据え置き、という事態が生じます。こうなると、インフレであってもAさんは豊かになり、Bさんは貧しくなります。Bさんが貧しくなる理由はインフレではなく、分配に偏りが生じること、つまり所得格差が原因なのです。


 ですから、インフレだけであれば、再分配政策によってすべての国民の生活を公平に保つことが可能なのです。


 ただし、現在起きているようなインフレは少し異なります。これは、国際紛争やコロナによる物流ネットワークの停滞によって、資源・原材料が不足し、コストが上昇し、財の生産そのものが減ることによって生じてきます。財の生産が減るのですから、社会全体として貧しくなることは避けられないと言えます。この場合は、生産量そのものが減るのですから、インフレを無理に抑制したところで、貧しくなることは避けられません。ですから、インフレを抑制することよりも、所得格差を縮小する再分配政策が重要になります。そうしなければ、貧しい人だけが、ますます貧しくなる事態に陥る危険性があります。


 日本の場合は、資源の大部分を輸入に依存していますから、資源価格の高騰は国民の貧困化に大きく影響します。こうした外部の影響を小さくするためには、できる限り国内で資源を調達できるようにしなければなりません。再生可能エネルギーは日本で調達できる資源ですし、食料自給率も高める必要があります。こうした対策には時間が必要ですから、長期的な計画に基づいて国策として実行する必要があります。インフレを本質的に解決するには、この方法しかありません。


 このようなインフレでは、インフレになったからと言って、金利を上げてインフレを抑制すれば問題が解決するわけではありません。過度にインフレを抑制すると、景気が悪くなって、賃金が減るため生活が苦しくなります。結局、財の生産量が減るのですから、インフレを抑えたところで、生活が苦しくなるのは同じことなのです。本質的には財の生産を増やさなければインフレ問題は何も解決できません。


 もしかすると、ウクライナ侵略戦争が終結すれば、資源価格が落ち着いてインフレが早期に解消するかもしれませんが、そうでなければ、インフレが長期化することもあり得ますし、その場合は、先にふれたように、資源の海外依存から脱却するための長期的で地道な努力が必要になると思われます。ですから、その間に人々の生活を守ろうとするなら、社会全体としての貧困化を特定の人々に押し付けることがないように、再分配政策をしっかり行う必要があるでしょう。


2022年6月25日土曜日

2)円安は国民を豊かにする

  最近の急激な円安を受けて、さかんにマスコミに登場する話は「円安によって国民の生活が貧しくなる」という間違った考えです。確かに円安になれば、短期的には輸入品の価格が上昇しますから、インフレを招き、国民生活は苦しくなります。しかしそれは短期的な話にすぎません。長期的には、円安で輸出が増大することで国民は豊かになります。それは財の生産から見てもあきらかです。

 貿易の本質は物々交換です。おカネを介していますが、やっていることは物々交換です。国内で生産したモノを輸出して、代わりに海外で生産されたものを輸入する。ですから、たくさん輸出すれば、それだけたくさん輸入できます。当たり前の話です。円安になれば、日本で生産した商品が割安になり、どんどん売れますから、どんどん財の生産して、たくさん輸出できます。すると、売れた分だけ外国から財、食料品や石油といった生活必需品をどんどん輸入できます。つまり、生活が豊かになります。財の生産が増えて豊かになるのです。一方、日本の製品がどんなに優れていても、円高だと売れません。売れないから作れない。そして、売れないと、外国からモノを買うことができなくなってしまうのです。ですから、円高になると貧しくなるのです。つまり、長い目で見ると、円安で生活が苦しくなるというのは、まったく間違いであることがわかります。


 市場経済では、自国通貨が安いほど貿易において有利になり、輸出が増加して豊かになります。中国が経済成長できたのも、中国の通貨が安かったからに他なりません。日本の企業の多くが中国に移転したのも、中国の通貨が安かったからです。中国はそれを十分に理解していますから、いまだに為替市場で通貨の取引を完全に自由化していません。そんなことしたら、元が値上がりして元の価値が高くなり、中国経済に大打撃になるからです。つまり、通貨安は自国経済に有利なのです。そのため、多くの国で「自国通貨を安く誘導しよう」とするわけです。これを「通貨安戦争」などといい、アメリカなどは自国通貨を安く誘導する国を「為替操作国だ」と言って非難するほどです。ですから、円安は危機どころか「めったにないチャンス到来」です。


 もちろん、短期的には輸入物価の上昇によるインフレで国民生活が一時的に苦しくなるのは当然ですから、これに対策を講じる必要があります。インフレで生活が苦しくなるのは中・低所得層ですから、そうした人々に給付金を支給することで、生活を支えれば良いのです。やがて、長期的には円安による輸出の増大が賃金の増化に波及するようになると、インフレ率よりも賃金の上昇率が高くなり、所得というおカネの分配面から見ても、国民は豊かになるでしょう。


 ただし、半年や一年でそうなるわけではありません。そもそも失われた20年の間に、慢性的なデフレと円高傾向によって徐々に日本の産業が海外へ逃げ出し、空洞化して、日本の輸出競争力、すなわち「財の生産力」が損なわれてしまったわけですから、半年や一年で財の生産力が回復するはずがありません。政府が、産業の空洞化に対していままで無策で放置してきたわけですから、時間はかかるでしょう。しかし、地道に財の生産力を回復させ、輸出を増やさなければ、輸入を増やすこともできません。


 ただし、注意すべきなのは「貿易黒字が大きいほど良い」というのは間違いである点です。貿易黒字とは、輸出は多いけれど輸入が少ない状態です。もし、本当に国民が豊かな生活を送りたいのであれば、輸出を増やすだけでなく、海外からどんどん財を輸入して、国民に行き渡らせることが大切です。貿易黒字が肥大化した状態とは、海外からモノを買わず、単におカネをたくさん持っているだけの守銭奴であり、ちっとも豊かではありません。生活を豊かにするのは、おカネではなく「財」です。海外で生産された食料や衣料品、家具などです。輸出を増やすと同時に輸入も増やす、バランスの取れた貿易こそが、国民の財を最大化してくれるのです。


2022年6月12日日曜日

1)経済の原点は「財の生産」にある

 このところ、20年ぶりの円安やインフレを受けて世間は大騒ぎです。新聞マスコミには、円安、インフレ、金融緩和、財政再建、そういう話題があふれ、やれ円の価値が損なわれたの、日本は投げ売りされるだの、と大騒ぎしています。その一方で、金融政策にしろ財政再建にしろ、主張する内容がエコノミストや政治家によって異なり、ひどい場合には主張の内容が正反対だったりしますから、おそらく大部分の国民にとっては、何が正しいのか、何を根拠に正否を判断すればよいのか、さっぱり分からないのではないでしょうか。


 しかし、落ち着いて考えてみましょう。財政再建やインフレといった経済の話題の多くは、おカネにかかわる問題ですが、おカネにかかわることよりも、もっと本質的で重要な要素があります。それは「財(モノやサービス)」です。というのも、人々にとって本当に重要な要素はおカネではなく、モノやサービスといった「財」だからです。なぜなら、おカネがいくらあっても、衣食住を満たすための食料や衣類、住居、あるいは電気水道、医療サービスなどがなければ生きていけないからです。だから、本当の意味で必要なのはおカネではなく財なのです。


 日本国民が豊かに生活するために必要な要素は「財(モノやサービス)」です。ここが経済を考えるうえでのすべての原点になります。そこを忘れて、金融政策だの財政再建だのという、おカネに関わる様々な現象をいくら論じても、おカネの理屈に振り回されて、頭が混乱してしまうだけです。頭が混乱したときは、この原則に戻って「財(モノやサービス)」から考えを整理すると、経済を理解しやすくなります。


 結論を言えば、国民全体が豊かに生活するために必要十分な財を生産できれば、すべての国民が豊かになれます。たとえば国民全体で100の財が必要であれば、100の財が生産できれば、国民は豊かになるわけです。本質的にはそういうことなので、財政がどうなろうと、物価がどうなろうと「本質的には」関係ないのです。そんな事は当たり前ですが、多くのマスコミや有識者はそれをスカッと忘れています。そして、やれ金融政策だの財政再建だのと騒ぎ、自ら泥沼のようなややこしい話に飲まれてゆきます。それでは問題解決の正しい方向性を見出すことはできません。日本国民が豊かに生活するために必要な要素は「財(モノやサービス)」なのです。そこが原点です。すると、方向性がすっきりと見えてくるのです。


 ただし、財の生産が十分に行われたとしても、貧困問題が解決しないことはあります。それは財政や物価、円安円高が原因なのではなく、「所得格差」が原因です。どんなに財の生産が増えても、それらの財を一部の国民が独占してしまえば、貧困問題は永遠に解決しません。そして、仮に財政再建をして、物価を下げて、円安を解消したところで、貧困問題は解決しません。それらによって財の生産が増えるわけでもなければ、所得格差を解消するわけでもないからです。本質はそこにはありません。国民が等しく豊かになるには、財の生産と同時に「適切な分配政策」も重要になります。より多くの財を生産し、より広く国民全体に行き渡らせることが日本を豊かにする本質なのです。


 もちろん、金融政策や財政再建がどうでもよいとは言いません。しかし、あくまで財を生産することが最重要であり、財政再建や金融政策はその目的に沿って考え直したり、システムや制度を再設計すべき「二義的な問題」なのです。なぜなら、財政再建や金融政策などの政策が、必ずしも財の生産を増やすとは限らないからです。良かれと思って行うことが、むしろ財の生産を阻害することで、かえって国民生活を貧しくすることもあり得るのです。財政再建の問題は、まさにそこにあります。財の生産を原点として、それらを再評価しなければなりません。しかし、新聞マスコミに登場する記事の多くはこうした視点に欠けており、国民世論を誤った方向へ導くものが少なくありません。


 何度も強調しますが、日本国民が豊かに生活するために必要な要素は「財(モノやサービス)」なのです。ここがすべての原点になります。そしてあらゆる経済政策は、財の生産を増やし、国民に十分に行き渡らせるシステムを構築することにあるのです。そのためにこそ金融政策や財政政策、税制、財政再建は行われるものです。


 とはいえ、まだピンと来ないかも知れません。次回から、もう少し具体的に考えてみましょう。

2022年5月22日日曜日

円安・円高と日本の価値

このところの円安で「日本が売られている」「日本の価値がー」と騒ぐ人が散見されます。しかし円安なら日本の価値が低いのか、円高なら日本の価値が高いのか、よく考えるとそんな単純な問題ではないことがわかるのです。

 そもそも、為替市場で円安・円高を決めるのはどのような要因があるのでしょうか。様々に考えられますが、主要ないくつかを挙げたいと思います。

①金利の差

②通貨供給率の差

③貿易収支


①金利の差

 今回の騒ぎになってるのは、主にこれです。世界的に需要が回復してインフレ率が亢進しており、各国が政策金利の引き上げに踏み切るなか、日本だけは需要の回復が不十分なために、日銀が金融緩和の維持を決めている。世界の為替ギャンブラーにとっては、金利が高い方が儲かるので、当然ながら円売り・ドル買いをすることになる。

 すなわち、これは単に通貨取引で「儲かる・儲からない」というギャンブラーの下心が反映されたものであり、「日本の価値が低くなったから円が売られている」のではない。ところが、ドサクサに紛れて、円安になったから、日本の価値が低くなったというような非論理的なフェイクを垂れ流す評論家や一般人が少なからず存在するようである。では逆に、日銀が金利を引き上げて円高になったなら、その瞬間に日本の価値が上がるのか?馬鹿げた話である。つまり、金利の差による円高・円安は日本の価値と関係ない。よって、日銀が金利を上げて円を高く維持しても、日本の価値にとって意味はない。金融緩和の継続によって不況を脱し、経済を強くすることが、日本の価値を高めることとなる。

 とはいえ、円安の影響で輸入物価が押し上げられ、消費者の負担が増加することは確かである。ゆえに、インフレの影響を強く受ける低所得層を中心とする、生活支援給付金を支給することで、国民の生活を支援する必要があり、そのために財政出動を惜しむべきではない。

②通貨供給率の差

 おカネといえども、市場(為替市場)で取引される以上は、量が多い通貨は安くなり、量が少ない通貨は高くなる。この「通貨の量」は、日本の価値とは直接に関係しない。なぜなら、経済力と関係なく、おカネは刷ろうと思えば刷れるからである。おカネを刷ったからといって、日本の価値が下がるわけではないし、おカネを刷らなかったら日本の価値が上がるわけではない。ただし、円通貨の量が増えれば、相対的に他の通貨より円の方が安くなるのは当たり前のことである。これは通貨の価値であって、日本の価値ではない。

 では、日本の円通貨の発行量は他の先進国と比べてどうだったのか?実は、バブル崩壊後、失われた20年の間、他の先進国よりはるかにおカネを発行してこなかったのである。日本はカネを刷らない。つまり、円高になる条件を満たしている。円高であるはずだったその当時の為替レートが120円程度だったとすると、仮に他の先進国と同じ程度のおカネを供給していたなら、もっと円安になっていたはず、つまり、130円や140円といった水準になっていたはずである。それが本当の円の実力と言える。

 つまり、バブル崩壊後の失われた20年における120円というレートは、カネの発行をケチることで通貨の価値を高く維持してきた結果に過ぎない。円通貨の本当の価値を通貨のレートに反映したいなら、当然ながら、他の先進国と同じだけのおカネを供給しなければならないからだ。従って、仮に日銀が金利を引き上げたとしても、他の先進国に足並みをそろえて通貨供給を行うならば、1ドル130円、140円といった相場になることも十分にあり得ると考えられる。

 すなわち、1ドル=120円という円相場は、高すぎたのである。もっと早期に円安に転じていれば、産業の海外移転にもブレーキがかかり、今日のように産業が空洞化して、低賃金のサービス業しか残されていない日本とは別の姿になっていたかもしれないのである。

③貿易収支

 おカネと言えども、その価格は市場(為替市場)における需要と供給の関係で決まる。買いたい人が多い通貨高くなり、買いたい人が少ない通貨は安くなる。金利が為替に影響を及ぼすのもそのためだ。しかし、金利による通貨の需要はどちらかといえば「投機的な需要」である。通貨取引で儲けるギャンブルだ。一方で通貨には「実需」がある。例えば輸出企業がアメリカに輸出して代金をドルで受け取った場合、国内の決済などに利用するためには円が必要なので、そのドルを円と交換する必要が生じる。そのため、為替市場でドルを売って円を買うことになる。従って、輸出が大きければ為替市場では円を買う需要が高まって、円高となる。たとえばバブル経済の頃の日本は莫大な貿易黒字を出しており、そのために円高圧力が常に働いていた。

 このように、財の生産と貿易に伴って発生する通貨の需要は「実需」と呼ばれる。こうした円の実需によって生じる円高は、日本の供給力、輸出競争力などを反映するものであるため、日本の価値を反映したものであると言える。逆に日本の供給力が低く、輸出競争力も低ければ、円の実需は低くなり、円安となる。このような円安は、あまり望ましいものではない。

 一方、「通貨安戦争」という言葉があるが、それは、自国通貨の安い方が自国経済にとって有利であることから、各国が自国通貨を安く誘導しようとして争う状態を指して「通貨安戦争」と呼ばれる。このことからわかるように、円安は自国経済に有利であることは明らかである。さかんに「通貨安戦争」という言葉を記事に書いてきたマスコミは、このことは綺麗さっぱり忘れて、今や「悪い円安」を連呼する始末である。所詮は、ご都合主義だ。

 為替というのは、ある意味で「ビルトインスタビライザー」のような働きをしていると考えられる。つまり、輸出競争力が高くなると輸出過剰となり、円高を招くが、円高になると輸出競争力が低下して輸出が減る。ゆえに、為替を意図的に操作する必要はないのだか、それはあくまでも「他の先進国と同じ程度に通貨を供給し、同じように金融政策を実行する」ことが前提となる。つまり、ここでは①と②を他国と同じにしなければならない。これまでの日本はこれが欠けていた。バブル後の通貨供給は他国より少なく、リーマンショック後の金融緩和は他国より遅れ、そのせいで金利の引き上げも遅れている。これでは、まともにビルトインスタビライザーが働くはずがない。

 このように、円の価値は「日本の価値に関係する場合」と「日本の価値に関係しない場合」があり、それらを明確に分けて考えるだけの分析力がなければ、単に「円高は良い」「円安は悪い」という考え方しかできないのである。そして、マスコミはその典型と言える。

 現在の円安は金利差によるものであり、大騒ぎするまでもない。日本の国内需要が金利を引き上げるほど回復すれば、金利は引きあげるのである。通貨の投機需要などどうでもよい。問題は、真の意味での「日本の価値」が低下することであり、それは「日本の供給力が低下すること」である。円安は日本の輸出競争力を高め、産業の空洞化に歯止めをかけ、あるいは日本国内への産業回帰にもつながるものであり、日本の供給力を高めることにつながる。円通貨が安いにもかかわらず、ジャイアン・アメリカwあたりから「為替操作国」とか言われないのだから、むしろ幸いな話なのである。

2022年5月6日金曜日

円安、為替操作より国民に給付金を

急激な円安を受けて、日銀の金融緩和を批判するマスコミ論者があふれている。しかし単に金利引き上げで円安を和らげ、短期的に輸入物価の上昇を抑えたとしても、経済の根本的な問題は何も解決できません。ところが、ネット民の多くはそのことを理解できないようです。

ネット世論を調査する目的で、最近は時々Yahooニュースにコメントを書いて、そのコメントに対するネット民からの反応を観察しています。

それによると、ネット民の多くは、円安を非常に不満に感じているらしいことがわかります。これは、マスコミの報道が「円安=輸入インフレ=生活苦」のような、ほとんど円安のデメリットにばかり偏っていることが深く影響していると思われます。その結果、多くのネット民は、日銀が金利を引き上げるなどして「円安を解消すべき」と考えているらしい。自分は金利による為替操作はせずに、国民にカネを配って国民の所得を底上げする方が良いとコメントを書いたのですが、非常に不評でしたw。

しかし、良く考えてみましょう。そもそも、なぜ日銀がかたくなに金融緩和をやめないのか?日本が不況のままだからです。消費がぜんぜん回復していない。輸入価格が上昇して、わずかにインフレ傾向にあるだけです。アメリカのようにモノがバンバン売れてインフレになるようなら、日銀もとっくに利上げしているでしょう。つまり、「消費が増えて、景気が良くなれば、金利を上げるのが当たり前になる」のです。では、どうすれば消費が増えるのか?まだコロナの影響が残っているとはいえ、国民におカネを配れば、消費が増える。外出しなくとも、ネットでさまざまな商品を購入できる時代なのです。

そして、消費が増えてインフレになれば、日銀は金利を引き上げることになりますから、日米の金利差が縮小し、円安は緩和されます。国民への給付金政策は、景気回復と金利引き上げを実現する一石二鳥の方法です。財源に税金を使う必要はありません。日銀が政府と調整し、永久国債を引き受ければ良いだけの話です。

ところが、大多数のネット民にとって給付金政策はあまり人気がなく、とにかく、円安を解消することばかりに関心があるようです。しかし、仮に日銀が金利を引き上げて円安を解消したところで、景気が良くなるわけではありません。経済の基本基調がデフレ不況のままです。経済成長も望めなければ、賃上げも望めないでしょう。モノが売れなきゃ、賃上げなどできるはずがないのです。

このように、目の前の問題にばかり目を奪われ、喉元過ぎれば熱さを忘れる、またしてもデフレ日本に逆戻り、いや、スタグフレーションの日本になる恐れもあるでしょう。

大部分のマスコミ有識者は、長期的、大局的に経済を見ることができません。今回の円安も、単に日銀の金利政策が原因としか考えていないでしょう。ところが、バブルの時代からずっと長期的に考えてみれば、失われた20年のデフレ放置や民主党政権時代の超円高による製造業の海外移転の加速、金融緩和の遅れといったことが、伏線として脈々と流れている。こうした大きな流れを理解できず、目の前の為替相場で騒ぐだけ。これがネット民に伝染し、愚かな世論を形成していると思われるのです。

それにしても、日銀の頭の悪さには驚くものがあります。前任の白川総裁の時代は「日銀は物価をコントロールできない」などと称してデフレ脱却を投げ出し、諸外国の大規模な金融緩和に後れをとって、民主党政権時代の危機的な円高を容認してしまった。と、次の黒田総裁は、白川総裁とはまるで反対に「金利政策万能論者」に変貌し、ひたすら金利政策でデフレ脱却、経済のコントロールをやろうとする。なんで日本には、こういう極端な連中ばかりいるのだろう。

もう、いいかげんに「すべて金利政策に頼る」のはやめるべきです。これからの新しい時代は「おカネ(マネーストック)の供給は、財政政策と金利政策を並行して行う」ことが、金融の安定化とデフレ・ディスインフレの防止の観点から中心になると思う。つまり、二階建て金融システムです。


2022年4月20日水曜日

騒いでも遅い、円安は当然の成り行き

 最近はマスコミが「20年ぶりの円安だー」などと書き立てるものだから、多くの国民が釣られて「円安で大変だー」と大騒ぎしているが、そんな短期的なことで騒いでも、マスコミに振り回されるだけです。そもそも円安になるような失政をやってきたツケが回ってきたのであって、それを正さなければ、場当たり的に為替や金利を操作したところで、本質的な解決にはなりません。

 なぜ円安なのか?円が実力以上に高すぎたのです。つまり、正常化に向かっているわけです。というのも、日本国(日銀および政府)は、他の先進国に比べて、おカネの発行を常に少なく抑えてきた。おカネの発行量が少ないのだから、日本の円は量が少なく、ゆえに円は、実力以上に高く取引されてきたと考えらます。カネを刷らないことで、円の価値を高めに維持してきたのです。


 ですから、本来、他の先進国と同じ程度におカネを発行(供給)していたなら、円の水準は昨年あたりの110円といった水準ではなく、例えば120円や130円といった水準になっていたとしても不思議はありません。ですから、今日の円安はあるいみ当然と考えられます。

 しかも、このカネを刷らないケチケチ根性のために、リーマンショック後の世界的な金融緩和に乗り遅れ、民主党政権の時代には、円は80円台という異常な高値を付けました。しかも、それを日銀も政府も放置したため、なお一層、日本の企業が中国などに移転し、日本の産業空洞化を加速させました。日本から産業が逃げてしまったのですから、日本から海外への輸出は減少し、これは為替市場における円売り、つまり円安の下地となります。つまり、産業空洞化によって日本の実力はすでに低下していたのです。にもかかわらず、円を刷らないことで、見かけ上、今日まで円の購買力を保ってきたに過ぎません。

 そして、円高放置で産業が空洞化した雇用の穴埋めとして、日本は海外からの観光客に依存するように、産業が急速に変化してきました。産業を中国に移転し、その中国からの観光客に依存する経済構造になったのです。そして、その中国からの観光客が、こんどは新型コロナのパンデミックによって、日本に来なくなった。これで、円安にならないとしたら異常です。

 ところがマスコミは、それら円安の背景にある根本的な原因をすべてスルーし、あたかもすべての原因が「日銀の金融緩和にある」かのような書き方を平気でして、騒ぎ立て、多くの国民を釣っているのが現状なのです。なんという、安易で愚かな連中なのでしょうか?

 では、どうすれば良いのでしょう?

 円安によって購買力が低下するのですから、財政出動として、給付金によって生活を支援すれば良いのです。例えば月額3万円をすべての国民に恒久的に支給します。小額ベーシックインカムです。低所得層(世帯年収200万円以下)に限定した給付でもよい。とにかく財政出動を毎年50兆円くらい行う。そうすると、物価が上昇してくるので、日銀が金利を引き上げることが可能になります。こうして日銀が金利を引き上げれば、アメリカと日本の金利の差は小さくなるため、円安はある程度の水準で落ち着くと思われます。

 つまり、金融緩和でおカネを供給するのではなく、財政出動でおかねを供給し、金利は引き上げる。

 ただし、それらはあくまで短期的な対策にすぎません。根本的には、日本国(日銀および政府)が他の先進国と同じレベルでおカネを供給し続けなければなりません。問題の元凶は「ケチケチして他の国よりカネを刷らない」ということなのですから。そうすれば、民主党政権時代のような異常な円高になりません。また、しばらくは円安を容認すべきです。苦しいかもしれませんが、そうしたなかで、円高放置ですっかり空洞化してしまった産業(生活必需品の供給)を日本国内に再建し、それで雇用を生み、観光客に依存しないバランスの取れたグローバル経済によって、円の水準を安定的に保つべきであると思います。


2021年11月13日土曜日

バブル経済を再評価せよ

2021.11.11

 マスコミや多くの識者は、バブル時代を思い出したくもない、全否定すべき時代のように語る人ばかりです。しかし少なくともバブル時代を経験したことのある人々ならわかるはずです。あの時代の方が、今より遥かに良い時代だったと。

 もちろん、バブル経済、バブルの時代をそのまま受け入れようという話ではありません。バブルと同じことを今日の日本に引き起こせば良いわけではありません。そうではなく、バブル時代の「悪い事」を繰り返すことなく、「良かった事」を今の時代に再び取り戻そうという話です。マスコミや識者のように、短絡的にバブルを悪いものとしてあの時代を全否定するだけでは、何も学ぶことはできないのです。では、当時の日本経済はどんな状況だったのでしょうか。

<バブル時代の日本>

・世の中にカネが溢れていた。何より国民がおカネを持っていた。

・消費意欲が旺盛で、高級品がばんばん売れ、景気は絶好調だった。

・企業利益も増大し、企業の投資意欲も旺盛だった。

・非正規雇用(アルバイト)の所得が正社員より良かった。

・子供の貧困など、貧困問題は少なかった。

・インフレも低い水準だった。

・財政赤字の問題は、無かった。

・「JAPAN AS No.1」と呼ばれた。

 では今日、日本経済が復活できない構造的な要因と指摘されていることが、当時はどうだったのか見てみましょう。

<バブル時代の社会構造>

・賃金は年功序列だった。

・雇用は終身雇用制だった。

・規制は緩和されていなかった。

・グローバル化は進んでいかなった。

・それでも経済が絶好調で「JAPAN AS No.1」と呼ばれた。

 つまり、今日、マスコミや識者がしたり顔で指摘する「日本の悪い点」がすべて、当時の日本社会に装備されていた。にもかかわらず、「JAPAN AS No.1」と呼ばれたほど経済が絶好調だった。これは何を意味するのか。こうした事実に、ほとんどのマスコミや識者は目を背け、口を閉ざします。では、当時と今では何が決定的に違うのか?

・バブル時代には、世の中におカネが溢れていた。

・国民がみんなカネを持っていた。

 これは、マネー供給のグラフを見れば一目瞭然です。


 マネーの供給が劇的に減少したことで、経済が一気に縮小したのです。年功序列とか岩盤規制とか高齢化とか、そういうことが原因で経済が縮小したのではありません。カネが世の中から消えた、そのことが不況と失われた20年の元凶なのです。だからこそ改革と称する方法、つまり、世の中のカネを増やさずに、他の方法で景気を回復させようとする考え方そのものが、大間違いだと確信を持って言えるのです。何を差し置いても、まず最優先に世の中にカネを溢れさせ、国民におカネを持たせなければならないのです。

 しかし、ここで大きな問題があります。どれほどバブル時代が良かったとしても、おカネが溢れることが良かったとしても、それが崩壊してしまったら意味がない、それどころか、かえって大問題を引き起こすことにも成りかねない、という点です。バブル経済の致命的な欠陥は、ここにあります。

 従って、崩壊しない方法で、世の中におカネを供給し続ければ良い、との結論を得ます。

 そんな方法はあるのか?それを考える前に、まず、バブル時代には、なぜ世の中におカネが溢れていたのか?それが、なぜ崩壊するのか?それを理解しなくてはなりません。これは難しいことではありません。

 バブル経済は「バブル」という言葉の通り、資産バブル、すなわち、土地や株式などの資産の価格がどんどん上昇することで生じる好景気の事です。なぜ資産の価格が上昇すると、世の中におカネが溢れるのか?それは、企業や個人が「銀行からの借金によって資産の売買を行う」からです。企業や個人が自分の手持ちのおカネの範囲で資産の売買をするだけでは、資産価格はそれほど値上がりしません。手持ちのおカネの量は限られているからです。ところが銀行から借金したおカネを利用して売買を行なえば、取引に利用されるおカネの量が増えることで、資産価格は大きく上昇します。

 今日の金融制度(準備預金制度)においては、銀行は保有している預金を貸し出すわけではありません。銀行は新たにおカネ(預金)を発行し、それを貸し出します。従って、企業や個人が銀行から借金をすればするほど、世の中のおカネの量が増え、そのために世の中におカネが溢れます。

 ということは、世の中におカネが溢れる一方、企業や個人の借金もどんどん増え続けることになります。バブル経済においては、資産の価格がバブルになるだけではなく、借金もバブルのように膨らみ続けます。そして、中央銀行が金利を引き上げると、それら膨大に膨れ上がった借金の金利を返済できなくなり、経済は一気に崩壊します。ですから、資産価格の上昇によっておカネを増やすことは、非常にリスクが高いことがわかります。では、企業や個人の借金を増やすことなく、世の中のおカネを増やす方法はないのでしょうか?その方法は大きく二つあります。

「世の中のおカネを増やす方法」

①政府がおカネを発行する

②永久国債を日銀が引き受ける

①政府がおカネを発行する:最もシンプルな方法は、政府がおカネを発行することです。これは政府貨幣(政府コイン)と呼ばれます。今日においても、500円や100円のような硬貨は、政府貨幣に該当します。ただし、おカネとしては補助的に使われているに過ぎず、ほとんどのおカネは政府ではなく日本銀行が発行しています。これを法改正などによって、政府が高額なおカネを発行できるようにすれば可能です。

②永久国債を日銀が引き受ける:あるいは政府が永久国債を発行し、それを日銀が直接に引き受ける方法です。なぜそんな面倒な事をするのか?現在の金融システムにおいては、誰かが借金をしなければおカネは供給されません。先ほどご説明したように、銀行はおカネを新たに発行して貸し出しを行いますから、おカネを発行するにはだれかが借金しなければならないわけです。ですから、政府がおカネを世の中に供給するには、国債を発行する必要があるわけです。日銀が国債を買い取る際には、日銀がおカネを発行して買い取りますので、その代金(現金)を政府が受け取れば、財政支出を通じて国民におカネを配ることができます。

①政府がおカネを発行する:この方法であれば、バブル経済のように崩壊するリスクはありません。なぜなら、誰の借金も増えないからです。バブル崩壊の原因は、借金が返せなくなるからです。一方、政府貨幣であれば、借金は一円も増えませんので、崩壊しません。

②永久国債を日銀が引き受ける:この方法は、国債という、いわば政府の借金がどんどん増え続けます。バブル時代のように景気が良くなり、日本経済は復活するかもしれませんが、政府の借金が返せなくなって崩壊する心配はないのでしょうか?その心配は皆無です。永久国債とは、返さなくてよい国債だからです。もちろん、返さなくてもよい借金など、普通の銀行は引き受けるわけがありませんが、政府の銀行である日本銀行なら可能です。なぜなら民間銀行と異なり、日銀は通貨の供給をコントロールすることが使命であって、おカネを儲ける必要はないからです。日銀は民間企業ではないため、経営上は損をしてもまったく問題ありません。なにしろ、自分のところでおカネを発行できるのですから。

 このように、バブルではない仕組みによって、バブル時代と同じように世の中におカネを溢れさせることができれば、そしておカネを国民に十二分に行き渡らせることができれば、日本経済が大きく改善することは疑う余地もないでしょう。つまり、おカネを発行して、それを国民に配る、ヘリコプターマネーと呼ばれる政策です。最初に申し上げたように、年功序列、雇用の流動化、規制緩和、グローバル化、そういう話より、まず最優先に取り組むべきことがここにあります。

 ちなみに、アベノミクスによって推進されてきた日銀の量的緩和政策はおカネを直接に増やす政策ではありません。おカネを増やすための動機を刺激する間接的な方法です。そのため、実際、おカネはあまり増えていません。しかもこの方法は個人や企業の借金を増やす方法論であり、バブル経済におけるおカネの増え方と本質的に同じです。そのため、資産バブルが発生しやすく、その証拠に株価水準が実体経済に比べて高くなっています。ですから今日行われている量的緩和政策ではなく、ご説明した二つのどちらかの方法によって、個人や企業の借金を増やすことなく、直接的に世の中のおカネを増やしてやる必要があるのです。

 バブル崩壊直後にこれをやっていれば、失われた20年は無かったはずです。しかし実際には20年以上の年月が失われてしまい、その間に、日本の産業構造はバブル崩壊当時とは大きく違うものに変化してしまいました。20年を経て変化したのですから、この20年の歳月を取り戻し、正常な経済の姿を取り戻すには、やはり5年や10年といった期間が必要であり、その間に、様々な矛盾や課題が発生するでしょう。しかし、それは乗り越えるべき課題です。そうした課題を恐れて手をこまねいていれば、日本はさらに20年を失うことになるでしょう。

(補足)

 バブル時代の当時と今では状況が違う、今は少子高齢化だ、昔は若い世代が多かったから景気が良かったのだ、という人がいるかも知れません。その場合は、きちんと分析的に考えてほしいと思います。確かに今と昔は環境が異なります。しかし、バブル景気が崩壊した理由は、おカネの供給量が激減したためであり、これは事実です。このことから社会構造や高齢化に関わらず、おカネの供給量が経済活動において決定的に重要であることは明白です。この小論の要点はそこにあります。そのうえで、仮にバブル時代のように十分なおカネが供給されたとしても、バブル時代と同じ経済状況に戻るとは言えません。すでに失われた20年が原因で、日本の産業構造が変化し、少子高齢化も進展しているからです。ですから、改革や成長戦略がまったく必要ないという話ではありません。しかし、おカネの供給量、国民の購買力が経済活動において決定的に重要であることは、今も昔も、何も変わらないのです。


2021年10月24日日曜日

与野党の政策論争は、財政均衡の掌で踊るだけ

 与党も野党も「分配」を言い出したことで、分配をめぐって政策論争になっている。互いに「成長なくして分配なし」「分配なくして成長なし」と言い争っているが、そこに、お呼びじゃない財務省や御用学者が口を出してきて、ほとんど三つ巴のお笑い劇場である。しかし、彼らはすべて「財政均衡主義」という掌の上で踊っているに過ぎない。

 ところで、マスコミは盛んに「バラマキ合戦」などと批判はするものの、与野党のバラマキの違いがどこにあるのか、冷静に考えているとは思えない。分配の政策は手法によって幾つもの種類があり、その方法によって、日本経済にまったく異なる影響をもたらす。そうした論考を抜きにして、やれ分配やら成長やら論じるのは、ほとんどナンセンスに思われる。

1)野党の「分配」は再分配を意味している

 マスコミは、なんでもかんでも「分配」と一括りに扱っているが、野党の主張する分配とは、再分配のことである。野党は大企業や富裕層の課税を強化し、そこから得た税収を、低所得層などへ分配する政策を主張しているからだ。これは分配ではなく「増税による再分配」である。分配と再分配は大きく異なるが、マスコミは何も考えずに「分配」と表現しており、これは重大な間違い、または意図的世論操作であると言える。

 野党の主張は「分配なくして成長なし」ではなく、「増税による再分配なくして成長なし」なのである。確かに、富裕層や大企業が使わずにため込んでいるカネを増税によって回収し、消費意欲の高い低所得層に再分配すれば、消費が拡大することで、経済が成長する可能性はあるだろう。ただし、企業や富裕層への課税強化は、富裕層の消費や大企業の投資を減らしてしまう点には注意が必要だろう。

 一方で、防衛費を削減したり、公共インフラ保全のための財政出動を削減するなどの政策転換が行われないとも限らない。旧民主党時代の「コンクリートから人へ」の前例もある。なぜこうなるのかと言えば、野党が「財政均衡主義」だからである。国家予算が税収の範囲に限られると信じ切っているため、こっちを増やすためには、あっちを切るしかない(ゼロ・サムゲーム)、となるのである。

 そして、野党は財政均衡主義に固執しているため、やがて「消費税の増税」に踏み込むのではないかとの懸念が払しょくできない。コロナ対策のため期限付きの消費税減税を行うというが、その間の穴埋めの財源として国債を発行するという。国民におカネを撒くことは良いのだが、結局のところ「財政均衡(プライマリーバランス)」にこだわれば、やがて借金を返すための「大増税時代」がやってくることは目に見えている。消費税増税はしないと言いながら、掌を返した旧民主党・野田政権の前例がある。目の前の「再分配」だけを論じても、不十分なのである。

2)与党の「分配」は企業頼み

 与党・自民党の「分配」は、企業の賃上げ頼みの分配論である。政府が分配するわけではない。与党は、増税を原資とした再分配には否定的で、それは「金融所得課税の撤回」に表れている。税を取らないのだから政府が国民におカネを配ることはできない、だから、代わりに企業に賃金を上げさせようという話になる。そのために、賃上げに応じた企業の税を軽減したり、景気刺激のための財政出動を行うというのである。企業頼みの分配政策なのだから、企業の売り上げが増加する、つまり、経済が成長しなければ分配は不可能であり、その意味では「成長なくして分配なし」は、彼らの政策からすれば当たり前なだけである。「成長なくして分配なし」が正しいのではなく、彼らの方法論では「成長しなければ、分配できない」だけの話である。

 しかし、成長しなくても分配は可能である。それが再分配であり、野党の主張がそれである。野党の分配は「再分配」を意味しているし、与党の分配は「企業の賃上げ」を意味しているのだから、野党と与党の主張がかみ合うわけがない。

 与党の分配はすべて経済成長の成否にかかっている。成長しなければ分配できない方法論だからだ。安倍政権の時代にも、企業に賃上げの要請を行っており、「官製春闘」と揶揄されたが、結局はそれと同じことをやろうという話である。では、与党の政策で経済が成長できるのか?アベノミクスで10年近くやってきたが、どれほど経済が成長しただろうか?確かにアベノミクスによって経済は成長したが、ほとんど雀の涙のような話である。まったく「力強さに欠ける」。金融緩和頼みでは、カタツムリのような成長速度しか期待できないことが明らかになった。だから財政政策にもっと力を入れなければならないことは明らかである。

 しかし、与党・自民党もまた「財政均衡主義」である。国家予算が税収の範囲に限られていると信じ切っているため、財政出動を行うにも腰が引けているのである。乾ききった畑に多少の水を撒いても、すぐに蒸発してしまう。どうせ撒くのなら、じゃぶじゃぶになるほど撒かないと、作物は育たない。財政がどうのこうのと、言っている場合ではないのである。自民党が財政均衡主義を脱しない限り、彼らの政策には何の期待も持てないのである。それどころか、中途半端に財政出動しても効果が無く、国債の残高だけが増加するという「悪循環」に陥る恐れが極めて大きい(実際、すでにそうなっている)。その先に待ち受けるのは、「デフレ不況+増税地獄」である。

3)財務省を潰せば、与党も野党も丸く収まる

 財務省を潰せば与党も野党も丸く収まる。といっても、財務省を建物ごと爆破するという物騒な話ではなく、たとえ話である。つまり「財政均衡主義」を脱すれば、与党案も野党案も、それはそれで丸く収まるのである。

 野党の分配は「増税による再分配」であり、富裕層の消費や大企業の投資を抑制する恐れもあるのだが、これを再分配ではなく、「通貨発行(=国債の日銀引き受け)による分配」に改めることで、こうしたリスクを抑えることができる。また、防衛費やインフラ投資もいままで通りに維持、あるいは拡大が可能になる。当然ながら、野田政権のように「増税を決められる政治」「ブレない増税」とか言って、増税に猪突猛進する必要もなくなるのである。そして、低所得層をはじめとする消費意欲の高い人々に現金を給付することで消費が拡大すれば、企業の売り上げが増加し、企業利益を押し上げ、利益は再投資へと振り向けられることになる。経済は確実に成長へと向かうはずだ。その意味で「分配なくして成長なし」で良いのである。

 一方の与党・自民党の分配は「経済成長に伴う賃上げ」であり、ここでも「通貨発行(=国債の日銀引き受け)による大胆な財政出動」が極めて重要になる。中途半端で小出しの財政出動ではなく、本当に大胆な財政出動と金融緩和を同時に行うことで、企業の売り上げを増加し、企業利益を押し上げ、再投資や賃金の増加へ繋がることになる。例えば100兆円規模の大胆な財政出動により、成長と分配の好循環を止まらないほど加速してやることができる。十分に加速してやれば、この車輪が簡単に止まることはないだろう。

 つまり、野党案でも与党案でも、どちらも「財政均衡主義」から脱することで、政策として十分に魅力的になるのである。野党案は需要サイドからの景気刺激であり、与党案は供給サイドからの景気刺激となる。個人的には、消費者視点から言えば、国民におカネを撒く方を支持する。野党案も与党案も、財政均衡主義から脱しない限り、その先にあるのは増税地獄か、はたまたデフレ地獄か、あるいは両方である。

4)現代資本主義は、誰かが借金を負わなければ経済が麻痺してしまう

 財政均衡主義から脱するためには、政治家だけではなく、国民も金融の基本システムを正しく理解していなければならない。その仕組みとは「世の中のおカネはすべて借金から作られる」という事実である。これを理解していないと、容易に財政均衡主義の妄想に囚われ、デフレ経済不況の泥沼へ沈んでゆくことになる。

 経済活動のためにはおカネが必要であり、経済活動が活発になればなるほど、経済活動にはより多くのおカネが必要になる。一方、世の中のおカネはすべて借金から作られているのだから、経済活動が活発になればなるほど、世の中の借金は増えなければならない。借金が増えなければ、おカネも増えないのだから当然である。

 これは、逆に言えば、借金が増えなければ経済成長できなくなることを意味する。にわかには信じがたいかも知れないが、日銀の行っている金融緩和・金利政策とは、それに基づいた政策である。日銀は市中銀行の貸出金利を下げる政策を行う。それによって、企業が銀行から借金を増やすことで、世の中のおカネの量を増やし、経済を動かそうとする政策である。日銀は借金を増やす政策を行っている。すなわち、現代の資本主義経済は、すべて借金に依存しているのである。

 誰かが借金を負わなければ、経済は麻痺してしまう。おカネが無くなるからだ。では、誰が借金を負うべきなのか?景気が良い時は、主に企業や家計が借金を負うことで、経済を回している。景気が良ければ企業や家計が借金を負っても、返済は比較的容易である。だから企業も家計も借り入れやローンを組んで、借金を増やす。それによって世の中のおカネの量も増える。それが景気を支え、景気を拡大する。しかし、景気が悪くなると企業も個人も借金を減らそうとする。これは当然である。しかし、世の中の借金が減ると、世の中のおカネの量も減るため、ますます景気が悪くなるのである。とはいえ、景気が悪いにもかかわらず、企業や家計に無理矢理に借金を増やさせることはできない。だから、一旦、景気が悪くなると、どんどん景気が悪くなってしまう。

 誰かが借金を負わなければ、経済は動かない。おカネが足りなくなるからだ。では、誰が借金を負うべきなのか?もし、企業や家計が借金を負わないのであれば、政府が借金を負うしかない。企業も家計も借金を増やさず、しかも政府も借金をしないのであれば、経済は果てしなく縮小を続け、日本経済は荒廃するしかない。そして、財政均衡主義とは、政府の借金を否定する考えである。プライマリーバランスを黒字化するとは、「政府は借金をしません」という意味である。経済が不況の時にこれをやれば、日本経済が荒廃に向かって縮小を続けることは、火を見るよりも明らかだ。その根本的な原因は、現代の金融のシステムがそうなっているからに他ならない。借金が良い事か、悪い事か、という道徳や会社経営の話とは、まったく別次元の問題なのである。残念ながら、物事の善悪や会社経営を基準とした価値観では解決不可能である。

 だが、こんな基本的なシステムでさえ、財務官僚はまともに理解していないし、政治家もマスコミの論者も、あるいは、一部の経済学者も理解していない。おそらく日本国民の90%の人々も理解していないだろう。こんなことでは、まともな経済論争などできるわけがない。つまり、選挙の論戦など茶番劇に過ぎないということだ。

 金融システムをまともに理解していない政治家やマスコミが、やれ分配だ、やれ成長だと騒いだところで、ピンぼけの、ナンセンスな議論に過ぎない。そこに「お呼びじゃない財務省」がしゃしゃり出てきて財政破綻論をぶち上げる始末なのだから、日本の政治はドタバタお笑い劇場と化しているのである。金融に関する無知から生まれる財政均衡主義に固執する限り、日本の未来は絶望的だ。



2021年8月6日金曜日

二階建て金融システムのご提案

 2021.8.5

 現在の金融システムは、基本的に通貨供給を市中銀行の信用創造のみで行う方法です(日銀が市中におカネを供給しているわけではない)。これは、市中銀行から通貨を家計や企業へ貸し出すことによって通貨供給を行い、貸し出す通貨の量を日銀の金利政策によってコントロールします。それに対し、こうした金利政策による通貨供給に加えて、日銀・政府による通貨供給=ヘリマネを併用し、「金利政策(変動供給部分)+ヘリマネ(固定供給部分)」の二階建て金融システムとすることで、デフレを完全に脱却するとともに、金利を正常化し、金利政策の有効性を高める方法をご提案します。このヘリマネの部分は、国民配当(少額ベーシックインカム)として国民に分配されることになります。

 日本経済をデフレから脱却させるために、2012年の安倍政権の発足と同時に、日銀による金融政策としてリフレ政策が採用されました。しかし、日銀の大規模金融緩和によっても、世の中のおカネ(マネーストック)はあまり増加せず、日本は完全にデフレから脱却できず、目標インフレ率2%に達する気配もありません。マクロ指標の推移から見て、リフレ政策に効果が無いとは言えませんが、あるとしても効果は不十分であり、景気回復のペースも、まったく緩慢であると言わざるを得ません。

 従って、もっと安定的かつ確実に世の中におカネを供給する仕組みを構築する必要があります。それが「二階建て金融システム」です。これは、これまでと同様に、市中銀行の信用創造によって世の中におカネ(マネーストック)が供給する仕組みに加えて、固定的に一定率のおカネ(マネーストック)を市中銀行の信用創造をへずに、日銀(あるいは政府)が直接に世の中に供給するものです。前者は日銀の金利政策によって変動する「変動部分」であり、後者は一定率で市中に直接供給する「固定部分」です。つまり、

  • マネーストックの供給=変動通貨供給+固定通貨供給
  • マネーストックの供給率=金利政策による供給率+固定供給率

 ヘリマネによる通貨供給が通貨供給のベース部分になり、その上に金利政策による通貨供給が上乗せされる形になります。これまでは、ヘリマネを景気対策のための補助的な手段と考え、ヘリマネを変動的に利用しようと考えるケースが多かったのですが、そうではなく、ヘリマネを固定化して通貨供給のベースにするわけです。

 例えば、固定供給率を4.5%とすると、仮に金利政策によるマネーストックの供給率が2%であった場合、合計のマネーストックの供給率は6.5%となります。そして、仮にデフレ(均衡金利マイナス)であって、金利政策による通貨供給がプラスマイナス・ゼロであったとしても、固定供給率の通貨供給は確実に可能となります。二階建て金融システムには、次のようなメリットがあります。

①早期にデフレから脱却が可能になると同時に、再びデフレに逆戻りするリスクを減らすことができます。

②仮にバブルが崩壊した場合でも、通貨の固定供給がある為、信用収縮による実体経済への悪影響を抑えることが可能になります。

③インフレ傾向となるため、金利の正常化(プラス金利)が実現し、金利政策の有効性が高まる(デフレでは金利政策の有効性が低い)。

④通貨の固定供給は、民間部門への貸し出しではなく、財政支出として供給されることになるが、これをすべての国民に平等に分配することにより、国民の所得を底上げし、内需を刺激することができる。

⑤民間部門の負債を減らすことができる。一般に企業の財務の健全性を高める。

⑥通貨循環量が増大し、税収が増加する。

 マネーストックの固定供給を行う方法としては、政府の発行する金融資産(政府コインまたは永久国債)を日銀の資産として計上することで、日銀内の政府当座預金を発生する。固定供給率は日銀が決定し、毎年見直す。仮に国民へ毎月3万円の給付を行うとすれば、通貨供給はマネーストックの4.5%となる。


補足

A)固定通貨供給について

 政府が通貨を供給することについては、フィッシャーらによってシカゴプランで主張されており、固定通貨供給については、フリードマンによってk%ルールで主張されており、新しいものではない。ただし、中央銀行による金利政策を併用するタイプ(二階建て)の考え方は、無いかも知れません。

B)インフレについて

インフレの心配は極めて低いと考えられる。過去の日本の統計(下図)を見ても、インフレ率が通貨の伸び率を超えたことはない。仮に固定供給4.5%+変動供給2%=合計6.5%であれば、せいぜいインフレ率は2%程度ではないかと思われる。

 



C)インフレが止まらなくなるのではないか

 変動供給は、金利政策によってコントロールされるので、インフレが止まらなくなる心配はない。金利政策は、通貨供給を増やす効果は弱いが、引き締めには極めて強力である。むしろ日本のバブル崩壊のように、引き締め過ぎる方が心配。あるいは、近年の日銀による量的緩和政策によって、市中銀行の保有する日銀当座預金が膨大に積みあがっているため、これが過度の信用膨張を引き起こすと心配するかもしれない。しかし、現在は1%程度と、極めて低く抑えられている預金準備率を引き上げることで、過剰な信用膨張を防ぐことができる。

D)世の中がおかねで、ますます「じゃぶじゃぶ」になるのではないか

 まず、これまでも世の中のおカネの量(マネーストック)はあまり増えていない。「じゃぶじゃぶ」というのは事実を無視したフェイクニュースであって、実際のおカネの伸び率は、バブル崩壊前の半分にも達していない(上図を参照)。金融緩和によって「じゃぶじゃぶ」に増えたのは、市中銀行の保有する日銀当座預金(マネタリーベース)だけである。仮に通貨供給を固定4.5%増やしたところで、通貨供給はバブル崩壊前の水準以下でコントロールできると思われる。



2021年7月21日水曜日

縄文の栗林とベーシックインカムの共通性

  ベーシックインカムは縄文時代の、三内丸山遺跡にあったという広大な栗林と同じようなものだと思うことがあります。どういうことか。

 縄文時代、三内丸山遺跡では、人々が何世代にも渡って集落の近くに栗の木を植え、広大な栗の林を形成していたといいます。何世代にも渡って人々が積み上げてきた「資産」のようなものです。この資産は集落のすべての人の共有財産です。しかも、ほとんど労働を必要とせず、放置していても勝手に栗の実が大量に収穫できるわけです。もちろん、まったく労働が必要ないわけではありませんが、稲作のような手間は必要なかったのではないかと思います。これは考古学的に正確な話ではなく、あくまでも比喩のための話ですが。

 なぜ栗林は個人の所有物ではないのか?稲作のように、限られた場所で集中的に作業を繰り返さなければ収穫できないわけではないからです。稲作のような「人手によって作られる」ものは、作った人がその権利を有したいと考えるでしょう。しかし、栗の実は、ある意味、ほったらかしでも勝手に実るわけです。人間は拾って食べるだけ。しかも、人々が生活する上で十分な量が収穫されるのなら、喧嘩して奪い合ったり、「この栗の木はおれの木だ」と必死に独占権を主張する必要はありません。

 それに、そもそも栗の林は、何世代にも渡って受け継がれてきますから、例えば誰かが栗を植えたとしても、世代を超えるうちに誰が植えたかなど忘れられてしまうでしょう。誰が植えたか(所有権)など、どうでも良いのです。自然に実をつける、広大な栗林という「資産」が、すべての人の生活の基礎をささえてくれるのです。誰が栗林を所有するかではなく、栗林がすべての人々の生活を支えてくれる、それこそが最も重要な事です。

 では、栗の林があるから、人間は怠惰になって、何もしなくなるのか?そんな話はありません。生活のベースとなる栗の実が確保されたとしても、人々は共同で狩りをしてその獲物を互いに分配したり(分配経済)、あるいは自分一人で生活に役立つ土器や石器のような道具を作って、他の個人と交換し合ったり(交換経済)、自由に活動するわけです。ただし、栗の林はいつも豊かに実り、人々の生活を支えてくれるのです。

 しかし時代は流れ、すべての資産が誰かに所有される時代になると、そんな生活は夢のような話になってしまいました。確かに、生産効率から言えば、生産性の高い生産主体に資本を所有させたほうが、より少ない資本でより多くの成果物を得ることができますので、生産の総量としてはより多くなります。しかし、すべての人々を満足させるための分配の仕組みが確立されていないため、争いが絶えることはありません。そして、人工知能やロボットのような「完全自動生産機械」が急速に進化しつつある現代、曲がりなりにも分配のシステムとして機能してきた「労働市場」「賃金(労働の代価)」という考え方は、崩壊に向かいつつあります。

 こうしたなかで、再び「縄文の栗林」の考え方が重要視されるべきではないかと思われるのです。縄文への回帰です。それは決して悪いものではないはずです。人々の生活は、いつも栗林によって守られるのです。栗林は太陽や大地の恵みによって、人手を要することなく多くの実りをもたらし、すべての人々の生活を支えます。一方、人工知能やロボットも、人手を要することなく多くの財を生産することができますので、すべての人々の生活を支えることができるはずです。遠い将来の話ではありません。実際、すでに機械が私たちの生活の大部分を支えていると言っても過言ではありません。すでに、そういう時代に踏み込んでいるのです。

 では、人工知能やロボットは誰のものなのか?人工知能もロボットも、個人あるいは企業が、まったくのゼロから作り出したものではありません。すべての発明も技術も、過去の多くの先人たちの残してくれた、知的資産あるいは社会的な資産の蓄積を利用する形で成り立っています。それは、縄文の栗林のように、昔の人が植えた栗の木が代々引き継がれ、誰が植えたのか、もはやわからない栗の木が、土台となっているのと同じです。ですから、確かに人工知能もロボットも、それを直接に発明した人々の努力の成果ですが、それと同時に、先人たちを含め、私たち人類の共有資産の一部でもあるのです。

 そして、人工知能やロボットの進化によって、人間がその共有資産の形成のために費やす労働・努力の度合いはますます小さくなるでしょう。すなわち、もはや、誰の努力の成果であるかを主張することすら、バカバカしい状態になります。それは、ほとんど「大自然の恵み」と同じようになるからです。究極に進化した自動生産システムは、太陽の絶えることないエネルギーを利用し、人々の生活のための財を生産し、不要になった廃品を回収し、リサイクルして、再び太陽のエネルギーを利用して人々の生活を支える財を生産する。これは自然界における物質循環と何ら変わることはありません。

 もちろん、明日からそんな社会になるわけではありません。しかし、最終的にそうなるのであれば、可能な限りのスピードで、今から、それに向かって変化すべきだと考えても何ら不思議ではありません。明確な未来へのビジョンを持ち、一歩ずつ着実に、縄文の栗林の世界に向かって進む。

 すぐに始めましょう。月額1万円を、全国民に給付するところから。