2010年7月23日金曜日

(3)科学技術が人々を貧しくする現代経済の矛盾

科学技術が進歩して生産性が向上すれば人々の生活は豊かになると誰もが思うでしょう。ところが現実はその反対です。科学技術の進歩により、安い価格で大量の商品が生産できるようになると、逆に失業がどんどん増えるのです。今まさにその矛盾が日本を襲っています。

科学技術が進歩して、機械やコンピューターが人々の労働を軽減してくれるなら、人々にゆとりが生まれ豊かな社会になる。子供の頃、多くの人はそう信じていたはずです。たとえばすごく高度なロボットが現れて、人々の代わりに労働をすべて担ってくれるなら、人々は労働から解放されるはずです。そして、人々はスポーツや芸術や学問の場で競い合うことによって、人間のさらなる可能性を追求するようになる。まあ、すこし現実離れした夢のような話ですが、でも、科学技術が進歩すれば、その夢に向かって徐々にでも前進するはずでしょう。

ところが現実は逆です。科学技術の進歩で生産性が高まると、労働力がいらなくなります。すると企業はコストダウンのために人々を解雇するようになります。コストダウンにより企業は、より安い価格で商品を大量に生産できるようになります。ところが日本のあちこちの企業で同じように生産性の向上に伴って人々を解雇するようになると、社会にどんどん失業者が増えます。失業者が増えることで商品を買うことのできる人も減ってしまいます。すなわち、技術革新により安い価格で大量の商品が生産できるようになる一方で、それを買える人がどんどん減っていくのです。そして商品を買える人が減るため商品が売れ残るようになり、デフレになってしまいます。驚くべきことに科学技術の進歩が原因で経済が衰退するのです。その引き金を引くのは「コストダウン」というおカネと市場の理論です。「生産と分配」という本来の目的を無視しておカネの理論が暴走しているのです。

少し考えれば、多くの人がこの異常な矛盾にすぐに気づくはずです。ところが、政治家も経済学者も、当然ながらマスコミも、この最大の矛盾を正面から問題提起する人は誰もいません。未だかつて、その答えを聞いたことも見たこともありません。

かつて終身雇用制の日本では、このような矛盾は露骨に表面化してこなかった。なぜなら、終身雇用だからコストダウンのために、簡単に社員を解雇することはなかったからです。確かに社員を首にできないぶんだけコストは下がりにくかったかも知れないが、逆に失業が増えないことで人々の購買力は維持され、商品が売れなくなることもなかったのです。それが日本の高度成長期の厚い中間所得層、いわゆる「総中流」の実態であり、これが貧富の格差の少ない日本を実現していた。物価は高くとも、貧富の差は少ない社会だった。

ところがアメリカからグローバリゼーションと新自由主義が導入され、雇用の流動化が進む中で終身雇用制は崩壊し、企業はコストダウンのために容易に社員を解雇するようになった。これによりコストダウンが実現し、物価は安くなり始めたが、逆に人々の賃金が低下し、失業が増加することになり、国内の消費者の購買力は不況もあいまって低迷を続けた。その結果、せっかくコストダウンで大量生産した商品も国内では売れず、結局は海外へ輸出せざるを得ない状況になった。事実、日本の貿易依存度は近年延び続けている。

技術革新により、安い価格で大量の商品が生産できるようになる一方で、それを買える人がどんどん減っていく。これは貨幣経済と市場経済のメカニズムが内包する致命的な欠陥です。「生産と分配」という経済本来の目的を無視しておカネの理論が暴走しているのです。これを「グローバリゼーションと新自由主義」の立場から放置を続けると、貨幣経済と市場経済の暗黒面がどんどん拡大して、やがて日本の経済が崩壊してしまうでしょう。

科学技術の進歩と生産性の向上を、真に人々の生活のために、そして人類の無限の可能性を追求するために役立たせる仕組みを真剣に考える必要があるはずです。そしてそれは、新しい「おカネの仕組み」によって実現されると思うのです。

(補足)

今まで貨幣経済と市場経済の矛盾を防ぐ唯一の方法として主流だった考えは「新しいニーズの開拓」です。新たな商品に対する人々の欲求を刺激することで需要を生み出し、その需要を満たすための商品を生産することで仕事が生まれ、失業していた人が職を得るわけです。しかしこの方法では生産性の向上に伴って限りなく欲求を拡大し、生産量を拡大し、大量生産、大量消費を続けなければなりません。永久に右肩上がりに大量生産・大量消費を拡大する。そんなことは可能でしょうか?不可能です。そして現実に人々の欲求が拡大しなくなった現在の日本は、技術の進歩と生産性の向上が原因で経済は衰退を続けています。もし日本人の欲求が拡大し続けていたなら、日本経済は今とは違ったものになっていたはずです。

「生産性の向上ではなく、中国からの輸入が原因だろう」と言う人もいるでしょう。しかし、それも生産性の向上の一種です。この生産性の向上は技術革新ではなく、グローバリゼーション(国際分業)が引き金です。中国で安く生産できるようになるということは、コストダウンを意味し、コストダウンとは実質的に生産性の向上を意味するからです。技術革新でコストダウンすることと同じです。ロボットが人間の代わりに労働してくれるように、日本人の代わりに中国人が労働してくれるわけです。それで、日本人は生活必需品を作る必要がなくなったのです。その分だけ、日本の失業者が増えるのです。