Q.このままだと年金が破綻するとマスコミが騒いでいるにゃ。少子高齢化で高齢者人口の割合が増え、若者が高齢者の年金を支えきれないというにゃ。そのために消費税増税が必要と言ってるにゃ。あるいは年金は積立方式にすべきだとか言ってる人もいるにゃ。どうなってるのかにゃあ。
A.そうじゃな。確かに様々な事が言われておるから、なんだかよくわからんのう。しかし、「年金の財源」という本質をしっかり押さえ、そこを出発点として順に考えてゆけば、実はすっきりわかってくるのじゃよ。
Q.へえ、「年金財源」の本質って何かにゃ?
A.それは生産力の事じゃ。年金の財源というからおカネの事のように思えるが、実はおカネではない。なぜなら、リタイア後の高齢者はおカネを食べて生活するわけではない。さまざまな生活必需品を消費して生きてゆくのじゃ。それらの商品やサービスは「財」と呼ばれる。我々が生きていくにはおカネが必要なのではなくて、「財」が必要というのが本質じゃ。つまり高齢者も含めて国民の生活を十分に支えるだけの財を生産できるかどうかが問題なんじゃ。じゃから、どれほど高齢化が進んで生産人口(働く人の人口)が減少しても、十分な生産力があれば何も心配することはない。つまり、年金財源を確保するとは、おカネのやりくりを考える以前に、いかに日本の生産力を維持拡大するか、という事に尽きるのじゃ。
Q.なるほど、生産技術の進歩や機械化で日本の生産力を維持・拡大することが年金財源の本質なのにゃ。だから、おカネの事をかんがえてばかり居ても何も解決しないのにゃ。
A.そうじゃな。ところで年金は積立方式にすべきという人もおるな。これも同様に無意味じゃ。ところでネコはおカネを貯めるという本質的な意味はなんじゃと思う?
Q.う~ん、そんな事は考えたことないにゃ。財産を貯めると言う事かにゃ?
A.そうじゃな、普通はそう考えるじゃろ。じゃが、おカネを貯めても財産にはならん。おカネそのものには何の価値もないからじゃ。おカネを貯めると言う事は、将来において財(商品やサービス)と交換できる、という約束を貯め込んでいる事にすぎん。実際には、いま、ここには存在しないが、将来において作られるであろう財と交換できるというのじゃ。ということは、将来において交換できる財が存在しなければまったく無意味なのじゃよ。将来において日本の生産力が衰えておれば、おカネの価値も相対的に低下しておる。日本の生産力が衰えれば貯蓄は意味をなさなくなる。じゃからおカネを信用していない中国の人は、むかしから貴金属で蓄財すると聞いたことがある。
もし、本当に蓄財したいのであれば、それそのものに価値がある「財」すなわち「商品やサービス」を貯め込むべきじゃな。将来に備えて食料や衣料品を託分ける。これなら本当に蓄財になる。じゃが財と言うのはおカネと違って年月と共に劣化するから、本当の意味での蓄財は現実には成り立たん。
Q.でも日本の生産力が弱体化するなら、貯めたおカネを外貨に換えて、途上国に投資するにゃ。すると利息で外貨が増えるにゃ。日本はもうだめだから、アジアの成長を取り込むとか言ってるにゃ。利息で増えたおカネで途上国が生産した財を輸入すればいいんじゃないかにゃ。途上国の生産力を利用するから日本の生産力がだめになってもいいという主張する人もいるにゃ。金融立国だそうにゃ。
A.そういう案があるのは知っておる。じゃがそれは途上国に依存する、というか「寄生する」方法じゃ。もしその途上国の経済がおかしくなったらどうする?途上国の経済は不安定じゃ。多くの国に分散投資すると考えるかも知れんが、グローバル化がすすんでしまった現代社会では、経済危機が発生すると不況は全世界に連鎖してしまう。じゃから部分的には「投資」という方法もありかもしれんが、根本的に外国頼みで日本の年金財源(生産力)を設計するのは危険すぎる。たとえば投資した国が中国や韓国のような国だったらどうするのじゃ。投資相手が反日国家ならすべてパアになりかねん。
Q.積立方式で解決するほど甘くないのにゃ。でも積立方式は税方式よりいいのかにゃ?
A.そうとは限らん。たとえばインフレ率が高い場合、積立方式の年金基金だと、物価上昇を上回る収益をあげられなければ、年金は目減りしてしまうじゃろう。その点、税方式であればインフレになれば税収もそのぶん増えるからカバーできる。物価スライド年金が可能じゃ。しかし、年金方式であろうと税方式であろうと、年金を支える日本の生産力が低下すれば、どれほど「年金の収支」つまり「見かけ上の財源」が確保できても、国民は貧しくなる。マスコミや役人が騒いでいるのはあくまでも「年金の収支」つまり「見かけ上の財源」に過ぎん。
Q.じゃあマスコミや役人が騒ぐ「年金の収支」はどうでもいいの?
A.もちろんまったく意味が無いわけではない。じゃが極論を言えば、年金は「通貨発行」で賄えば良い。なぜなら、おカネは見かけ上の問題じゃから、日本の生産力(潜在生産力もふくめて)が十分にあるなら、通貨発行で年金を支給することは可能じゃ。すなわち、年金は絶対に破綻することはない。年金問題の真の論点はカネの収支などには無いのじゃよ。
とにかくマスコミや役人が騒ぐ表面的な問題から一日も早く脱却し、本質的な課題である「日本の生産力を高める事」に集中することが年金問題の最優先課題じゃ。そして、生産力と同時に「財の耐久性」を高める努力が必要じゃ。つまり、財(電化製品、車、家財、家)が長持ちして、人々が財を長く使うようになれば、それだけすくない生産力で国民の需要を満たすことができるからじゃ。つまり高齢者を支えるための「必要生産力」を減らすことができる。
Q.なるほど消費税で年金問題が解決するなんでウソにゃ。表面的なおカネの収支で年金問題は解決しないのにゃ。でも、どうすればいいのかにゃ。どうすれば日本の生産力を維持したり、財の耐久性を高めたりできるのかにゃ。
A.カネじゃよ。
Q.おかね?
A.そうじゃ、カネじゃ。何のために金融緩和でカネをばんばん刷っとるんじゃ?今のままでは、株や土地などの資産が値上がりするだけじゃ。もちろん、それが景気回復を引っ張る起爆剤となる可能性は否定しないし、それで日本の生産力が増える可能性はあるじゃろう。じゃが、その成長の背景にはふたたび「借金のあくなき膨張」がある。現代の経済システムは民間の借金で景気が支えられる仕組みになっておる。借金依存は金融資本主義の基本構造じゃから避けられんが、再びバブルとバブル崩壊を引き起こす可能性は高いじゃろう。安定的とは言えん。それよりも、インフラや基礎的な研究開発にどんどん直接投資をすべきじゃ。
Q.たとえばどんな投資がいいのかにゃ。
A.そうじゃな、インフラについてはやはり「エネルギー」じゃ。どれほどリサイクル技術が進んでもエネルギーだけはリサイクルできん。エネルギーこそが国家の浮沈を決めるのじゃ。原子力も有望じゃったが、あまりにリスクが高すぎる。やはり再生可能エネルギー開発じゃろう。どうせ金融緩和でカネをじゃぶじゃぶに刷っているのだから、銀行に渡すんじゃなくて、直接にエネルギー開発に使うべきじゃ。日本は火山国じゃ。実用化には莫大な費用と時間がかかるが、マグマ発電という「ほぼ無限」のエネルギー開発をしてほしいのう。それこそ技術立国日本のロマンじゃがなあ。
Q.じいさんはロマンとかいう年じゃないにゃ。それより他に何か無いのかにゃ。
A.ほっとけ。そうじゃな、あとは「ばら撒きで無駄遣い」することじゃ。
Q.無駄遣いは良くないとマスコミが言ってるにゃ。
A.そうでもないんじゃ。世の中の進歩は、ほとんど暇人間の無駄な研究からスタートしとる。学者なんてものは、そもそも役に立つかどうかわからんような、得体の知れん研究に朝から晩まで没頭しとる。カネになるかどうかなんか関係ない連中じゃ。多くのケースでは何の役にもたたんじゃろう。じゃがそういう変な研究が盛んに行われると、偶然に世紀の発見にぶちあたる可能性がでてくる。確率論なのじゃよ。成長分野とか役人は間抜けな事を言っとるが、未知の分野において、狙い澄まして成功することはまずあり得ない。カネをばらまいて、変な学者をたくさん集めて、山のように変な事をやらせる。大いなる無駄じゃな。じゃが無駄ではない。そして、こういう馬鹿な無駄遣いができる国家こそ、本当の意味でゆとりがある国家なのじゃ。そういう国家こそ「学問のすそ野が広い」というのじゃ。
Q.話のスケールがでかすぎるにゃ。身近なところでは何か無いのかにゃ。
A.もちろん、まずは「デフレ脱却」じゃ。デフレということは、使われずにブラブラ遊んでおる余剰生産量すなわち「デフレギャップ」が存在することを意味する。こいつが年間20兆円とも言われておるから、消費税10%分も無駄にしておる事になる。実に無駄じゃ。カネを刷って労働力や設備を動かせば「財」が生まれる。カネは財を生むための道具に過ぎんと考えるべきじゃ。カネは財を生んでこそ意味がある。
Q.やっぱりデフレ脱却、デフレギャップの解消が生産力を高める近道なのにゃ。ところで、年金って、支払った金額より受け取る金額が多くなるのが常識だと思うにゃ。でも、どうして増えるのにゃ?
A.なぜ払った金額より受け取る金額が増えるのか?普通の庶民は「利息だ」と思っとるじゃろう。確かに表面的には利息じゃ。じゃが単に利息だけなら「資産ころがし」でも増やせる。マネーゲームでカネを増やす現代の病んだ経済に慣れてしまった人々は不思議に思わないかも知れんがな。じゃがマネーゲームでおカネを増やしてもインフレになるだけじゃ。カネの価値の裏付けである「生産力」が同時に増えなければならん。カネだけ増えてもだめじゃ。消費税の増税による年金の帳尻合わせと同じじゃよ。
Q.じゃあ、マスコミが騒いでいる「生産性の向上」ってヤツかにゃ。高齢化社会では生産効率を高めることが必要とか言ってるにゃ。でも、生産効率を高める最高の方法って「解雇」にゃん。人を減らせば企業の生産性は高まるにゃ。どうもおかしいにゃ。
A.そうじゃな。実は企業(ミクロ)における生産性や効率と、社会(マクロ)における生産性や効率は、意味が異なるのじゃ。ミクロでは人件費の抑制こそが生産性を高める最高の方法じゃ。この場合、生産性とは利潤の最大化を目的としとる。じゃからマスコミがさかんに「解雇規制緩和」を唱える。解雇しやくすなれば、企業と株主は守られるからじゃ。じゃから失業者が増えても企業の生産性は高まる。
しかし、社会全体(マクロ)で見た場合、失業者が居るということは生産性の悪化を意味する。なぜなら稼働率が低下するからじゃ。たとえば100人の労働者のうち、20人が失業して80人しか働かなければ効率が悪くなる。つまり、社会の生産性を高めるとは、失業者を限りなくゼロに近づける事をいうのじゃ。
Q.ふにゃ。ミクロとマクロではまるで正反対にゃ。あやうく騙されるところにゃ。
A.マスコミは普通の人々が持っておる思い込み、いわゆる「暗示」を利用して意図的な誤解を仕掛けてくる場合があるので、十分な警戒が必要じゃ。よく考えてみると、資本主義が効率が高いというのは企業レベル(マクロ)においてのみであることがわかる。社会レベル(マクロ)で見ると、失業は増えるし、不況は起こすし、そもそも広告宣伝や営業に莫大な投資が必要なのも、実は非効率的じゃ。つまり、資本主義経済は
ミクロの生産性は高いが、マクロ的にはむしろ非効率であるとも言える。
ミクロを極端に信仰するのが「新自由主義」じゃ。グローバル化も規模こそ大きいからマクロなのかと思えるかも知れんが、実際にはミクロ経済を強化するための道具に過ぎず、かえってマクロ・コントロールを不能にする政策じゃ。極めて「バランスが悪い」と言える。ミクロとマクロの調整こそが大切なのじゃよ。
年金を考える場合も、ミクロとマクロの両面からバランスよく考えたいものじゃ。
2013年7月28日日曜日
2013年7月14日日曜日
日本経済は引き裂かれている
経済の本質とは、人々が生活に必要とする財を互いに生産し分配(消費)する活動です。ところが、こんな単純明快なことが円滑に行われていません。現代の経済は金融バブルとバブルの崩壊を繰り返し、そのたびに財の生産が停滞し、財の分配が機能せず、多くの不幸な人々を生み出しています。なぜこんなバカげたことを繰り返すのでしょうか?
<現代の市場経済は「生産」と「分配」(金融)の機能が分裂している>
まだ通貨による取引が経済の中心ではなかったはるか昔のころ、生産と分配はほとんど一体のものでした。集落の中で分業が発達しても、収穫した食料は互いに持ち寄り、全員で分けていたと思われます。初期の市場が生まれた頃も、取引は物々交換であり、通貨が経済活動を支配するのではなく、小麦や羊毛のように、生産して作り出した「財」を交換していました。ですから、小麦や羊毛といった生活物資を作ることが経済の中心であったわけです。いかに多くの財を作り出すかで豊かさがきまりました。おカネはほとんど意味を持ちませんでした。
ところが現代社会では「生産」が「通貨」に支配されています。それはどういう意味でしょう?現代のデフレ社会を観察すれば一目瞭然です。デフレになると、工場は生産能力がまだまだ十分にあるにも関わらず動きません、消費財を作り出しません。なぜならおカネが無いからです。消費財が必要とされていないのではありません。日本には貧困層が人口の15%もおり、かれらは貧しい、つまり消費財を欲しているのです。もし、昔の頃のように生産と分配が密接な時代だったなら、動いていない工場を動かして消費財を作り、消費財の不足している人に分配すれば良いだけのことなのですが、それができない。市場を介して通貨が循環しなければ、何も生み出せないし、何も分配できない。それが現代の経済の矛盾です。
つまり、本来は極めて密接な関係にあるはずの「生産」と「分配」の機能のリレーション(関連性)が破壊されています。それを担う市場、そして「金融」があきらかにおかしいのです。生産能力はあるのです。にもかかわらず人々に消費財が行き渡らない。その原因は分配系(金融)にあるのです。
<生産系は着実に進歩している>
現代の政治家やエコノミストの多くが忘れている事は「日本には有り余るほどの生産能力がある」ということです。税収を増やさないと財政危機になるとしきりに唱えたり、高齢化社会が到来するから社会保障費が不足すると騒ぐ人々は、おカネの理屈で経済を考え、経済の本質である「生産と分配」は頭にないのです。だからひたすら「カネの収支」に固執し、財政再建や社会保障の抑制、つまり帳尻合わせを唱えるのです。
しかし、カネが足りるか、足りないかは問題ではありません。国家経済の根本的な問題は人々の要求する消費財(食料品だけでなく、自動車も家も)を十分に生産して供給できるかどうかなのです。それはカネがあれば解決する問題ではまったくないのです。国家の生産力そして財の耐用年数(商品の品質)こそが問題なのです。人々の生活を支えるのはおカネではなく、財だからです。
今の日本はデフレギャップがあると言われますが、デフレギャップとは使われていない生産力の事です。年間20兆円とも言われていますから膨大な量です。この20兆円は毎年毎年使われずに、いわば「失われて」いるのです。ところで、生産力とは財源の裏付けであり、デフレギャップの20兆円はいわば財源と同じです。消費税1%で税収約2兆円といいますから、消費税約10%分の生産力がおカネがないばかりに毎年失われているのです。ですから、増税よりまずこの生産力を活かすことが国家を豊かにするためには先決なのです。しかし、カネに目がくらんだ人々にはそれが理解できません。国を豊かにするより、帳簿上の収支が大切なのです。帳簿上の収支が合えばそれで良いと考えているのです。
また、毎年毎年、新しい技術が開発され、生産性は確実に向上し続けています。つまり、仮に日本の労働人口が高齢化で減少したとしても、技術革新によって国民一人あたりの生産力が向上し続けるなら、国民が得る事の出来る消費財が減ることは決してありません。国民一人あたりの生産力こそが、人々の豊かさを支えるのです。そして、国内調達のできない消費財は輸出で得るわけですから、やはり輸出するための商品を生み出す生産力が重要です。生産力が国を支えるのです。ですから生産設備の近代化と技術の研究開発が高齢化社会のために最も大切なのです。これは増税しても解決できません。
そして今、日本の生産力は有り余るほどあり、その能力が十分に発揮されるなら、日本のすべての人々にゆきわたるのに十分な量の消費財が生産できるのです。量が十分に作れるにもかかわらず、モノが行き渡らない現象つまり「貧困(格差)」が生じるという事は、貧困(格差)の原因が生産系の問題ではない事がわかります。生産系には何の問題もない、つまり生産性を高めるとされる規制緩和とか自由貿易を推進すれば社会保障や格差の問題が解決するわけではありません。分配系のシステムすなわち金融に問題があるのであり、これを根本的に正さない限り解決できないのです。
<分配系は荒廃している>
市場における高度な分業を円滑に実現するために、貨幣制度や金融制度が発達してきたのだと考えられてきました。しかし、実態はそうではありませんでした。むしろ分業の障害となり、生産と分配の分断を引き起こし、金融なしでは成り立たない病的な経済システムを生み出してしまったのです。金融に依存する経済は、確かに効率的である半面、非常に不安定で、崩壊すると世界中の人々を不幸にするという重大な欠陥を抱える事になりました。
その主たる原因は貨幣の3つの機能のうちの「価値保存」の機能にあると考えられます。貨幣は、市場を通じて様々な種類の財を生産して円滑に交換するための「交換機能」を有します。しかし同時に、貨幣には価値保存機能があるため、貨幣を使わずに貯め込むことが行われるようになります。特に近代において産業規模の拡大に伴い所得の格差が拡がり始めると、おカネが大量に貯め込まれるようになりました。所得の多い資産家や大企業はおカネをそれほど使う必要がありませんから、貨幣を使わずに貯め込むのです。貨幣の偏在です。おカネが貯め込まれてしまうと、市場において循環する貨幣の量が減少し、貨幣の「交換機能」がマヒしてしまいます。そのため、生産して交換される財の量が減少し、不況になる。これがデフレです。
それを防ぐ方法として有効と考えられてきたのが「投資」であり、その動機となるのが「金利」です。つまり「金融システム」です。金融システムにより、貯め込まれた貨幣が再び市場に流れるよう、投資が行われます。投資によりあらたな企業が生まれると、通貨不足で生じているデフレギャップすなわち余剰生産力を吸収して、新たな商品を作る生産力となります。投入された通貨は、新たに生まれた商品の生産と分配のために市場で再び循環をはじめます。新たな通貨の循環は経済成長と呼ばれます。この流れが資本主義の基本的な経済成長システムです。投資することでデフレを避け、資本主義システムを成長させ、維持できるのです。
ということは、資本主義の経済システムは、次々に新しい投資、すなわち、新しい商品を生み出し、大量生産、大量消費を続けなければデフレで経済がマヒするという宿命を負っている事になります。なぜ世界が血眼になって「経済成長」を叫び、東南アジアや中国に進出しようとするのか?それは、資本主義が永久に成長を続けなければ破綻するシステムだからなのです。
しかも最も大きな問題は、今日の経済が、世界の人々を豊かにするために消費財を生産しているのではなく、むしろおカネを循環させてシステムを持続させる目的のため、あるいは利潤を追求しておカネを増やす目的のために消費財を生産するようになっていることです。金融とは「おカネを増やす事が目的」だからです。金融が発達し、金融が力を持つようになり、その傾向は時代と共に顕著になってきました。人々の暮らしのために消費財を生産しているのではなく、おカネを増やすために商品を作っているのです。だから大量生産・大量消費で売り上げがどんどん増える事が美徳とされる。おカネが経済活動のためにあるのではなく、経済活動がおカネのためにあるのです。おカネの暴走です。貨幣経済の発達に伴い、経済はおよそ健全さを失いつつあるのです。
<金融の暴走が分配系をさらに破壊する>
経済活動のためにおカネがあるのではなく、おカネを増やすために経済活動がある。その不健全さは今日の「金融」においてますます深刻化しています。おカネがおカネをうむシステム。株式市場、先物市場、債券市場、それらの取引を過激化するレバレッジという仕組み。もはやそこには生産活動すら介在しません。「生産と分配」の経済とは完全に分裂して、おカネの仕組みだけが独立して暴走を続けています。消費財を何も生み出さないのに、おカネだけが増え続ける。
本来、おカネは消費財などの生産に裏付けられたものでなければなりません。そして消費財を生み出した代価としておカネが存在しなければなりません。そしてより多くの財を生み出した人ほど多くのおカネを受け取ることができる。それが健全な意味での競争であり格差です。
しかし、金融では、おカネがおカネを生むシステムにより、何の財を生み出すことなく、おカネだけを増やすことができます。単に仕組みを利用して機械的におカネを増やすのです。そしてその代価として資産家や金融街の人々は膨大なおカネを受けとり、労することなく消費財を思うままに買い取り、浪費することが出来るのです。どんな理屈をつけても、これが健全であるはずがありません。
<それでもカネに依存せざるを得ない悲惨な経済システム>
しかし金融バブルの崩壊で世界的に明らかになったことは、もはや世界経済が金融街の生み出すカネに依存するような体質に成り下がってしまっていることです。金融バブルが崩壊すると実体経済が崩壊するのです。そして金融バブルが復活すると実体経済が良くなるのです。バブルが生み出すカネそして、そのカネの循環が実体経済を支えているということです。それはなぜか?経済にはおカネが必要だからです。たとえそれが偽札だろうと黒いカネだろうと関係ありません。人々がおカネだと信じているモノが供給されれば経済は動くのです。では、もはや世界経済は金融街が作り出すバブルに依存し続ける宿命なのでしょうか。そんなことはありません。
金融街の生み出すおカネはすべて「信用創造」によって金融街の民間銀行が作り出しています。政府ではありません。あくまでも金融街の民間銀行が信用創造によっておカネを作り出しているのです。しかも、これは貸し付けによって社会に流れ出す仕組みです。つまり、だれかが借金をすることでおカネが生み出される仕組みです。そして実のところ、バブルはこの借金と密接な関係があります。借金から生まれたおカネに依存してバブルがどんどん成長します。バブルが成長すればするほど民間の借金は増大します。そのため、バブルが崩壊すると後には膨大な「借金の山」つまり不良債権が残され、通貨循環が凍りつき、つまり経済がマヒします。
経済混乱の最大の原因は「借金でおカネが生み出されるシステム」にある。
ですから、金融街が信用創造を介して借金として膨大なおカネを作り出すのではなく、政府がおカネを作ればよいのです。日本で言えば、日本銀行だけがおカネを作るのです。あるいは政府通貨でも良いのです。そうすることで、債務や債権を増やさずにおカネを市場へ供給することができます。現代の経済システムは借金の量が多すぎるのです。債権や債務に頼りすぎているのです。債権があれば、当然ながら不良債権が生じるリスクが高まる。債権や債務が増えすぎるから、資産価格の暴落などが引き金となって経済がマヒするのです。債権や債務に過度に依存することは不健全です。債権を発行してまでおカネが必要なのであれば、通貨を発行すれば良いのです。
実際、昨年にIMFから紹介された論文によれば、民間銀行が信用創造でおカネを作りだすのを止めて、すべてを政府通貨の発行に置き換えると、GDPが10%成長し、政府の債務もゼロになるのだそうです。
<貯蓄への課税が根本的な解決>
しかし、政府通貨の発行には根強い反対があり、特に銀行にとっては死活問題ですから、本当にそれをやろうとすると多数の暗殺が発生しかねません。実際にリンカーンやケネディは政府通貨を発行し、あるいは、発行しようとして暗殺されています。
ですから、別の方法として、使われずに死蔵されている貯蓄に課税して徴収し、そのおカネを市場へ供給するという方法も検討すべきと思われます。
つまり不況の基本的な原因が、おカネが使われずに貯め込まれること、つまり「通貨の退蔵」にあるのですから、それを修正することが最も理にかなっています。もちろん貯蓄の「価値保存機能」は人々の生活を安定する上で有効な機能であることは間違いありません。しかし限度があります。あまりにも多すぎる貯蓄は経済や社会に悪影響を与えるため、その代価を支払う義務があるでしょう。たとえば、1000万円以上の預金資産に対して、段階的に課税をかけてゆくといった方法が良いと思います。
そして、資産(ストック)への課税を強化すると同時に、逆に所得や消費(フロー)への課税は軽減します。特に消費税はインフレターゲットの目標物価を超えるようになるまでは、ゼロにすべきです。おカネを循環させることが市場経済を十分に機能させるためには最優先です。また、高額所得者の資産には高率な課税がされるようになりますので、逆に所得税率は軽減しても良いでしょう。たくさん稼ぐのは悪い事ではありません。しかし、それを貯めこむことは悪い事です。たくさん稼いでたくさん使っていただくことが、経済を活性化させるでしょう。税制もそのようにすべきです。
<カネの収支ではなく生産と分配を中心に経済を考えるべき>
私たちの生活を支えるのは財であり、それを作り出すための生産力こそが国を支えます。生産のための工場やオフィス、店舗などがあり、そこで私たちが働くこと、すべての人が働く職場を持つことが豊かな社会を生み出します。貿易を行うにしても商品価値の高い財を生み出すことが基本です。そしておカネは生産活動と分配機能を円滑に働かせるための道具であって、カネそのものには価値はない。そこを基本に経済を再構築することが求められていると思います。
<現代の市場経済は「生産」と「分配」(金融)の機能が分裂している>
まだ通貨による取引が経済の中心ではなかったはるか昔のころ、生産と分配はほとんど一体のものでした。集落の中で分業が発達しても、収穫した食料は互いに持ち寄り、全員で分けていたと思われます。初期の市場が生まれた頃も、取引は物々交換であり、通貨が経済活動を支配するのではなく、小麦や羊毛のように、生産して作り出した「財」を交換していました。ですから、小麦や羊毛といった生活物資を作ることが経済の中心であったわけです。いかに多くの財を作り出すかで豊かさがきまりました。おカネはほとんど意味を持ちませんでした。
ところが現代社会では「生産」が「通貨」に支配されています。それはどういう意味でしょう?現代のデフレ社会を観察すれば一目瞭然です。デフレになると、工場は生産能力がまだまだ十分にあるにも関わらず動きません、消費財を作り出しません。なぜならおカネが無いからです。消費財が必要とされていないのではありません。日本には貧困層が人口の15%もおり、かれらは貧しい、つまり消費財を欲しているのです。もし、昔の頃のように生産と分配が密接な時代だったなら、動いていない工場を動かして消費財を作り、消費財の不足している人に分配すれば良いだけのことなのですが、それができない。市場を介して通貨が循環しなければ、何も生み出せないし、何も分配できない。それが現代の経済の矛盾です。
つまり、本来は極めて密接な関係にあるはずの「生産」と「分配」の機能のリレーション(関連性)が破壊されています。それを担う市場、そして「金融」があきらかにおかしいのです。生産能力はあるのです。にもかかわらず人々に消費財が行き渡らない。その原因は分配系(金融)にあるのです。
<生産系は着実に進歩している>
現代の政治家やエコノミストの多くが忘れている事は「日本には有り余るほどの生産能力がある」ということです。税収を増やさないと財政危機になるとしきりに唱えたり、高齢化社会が到来するから社会保障費が不足すると騒ぐ人々は、おカネの理屈で経済を考え、経済の本質である「生産と分配」は頭にないのです。だからひたすら「カネの収支」に固執し、財政再建や社会保障の抑制、つまり帳尻合わせを唱えるのです。
しかし、カネが足りるか、足りないかは問題ではありません。国家経済の根本的な問題は人々の要求する消費財(食料品だけでなく、自動車も家も)を十分に生産して供給できるかどうかなのです。それはカネがあれば解決する問題ではまったくないのです。国家の生産力そして財の耐用年数(商品の品質)こそが問題なのです。人々の生活を支えるのはおカネではなく、財だからです。
今の日本はデフレギャップがあると言われますが、デフレギャップとは使われていない生産力の事です。年間20兆円とも言われていますから膨大な量です。この20兆円は毎年毎年使われずに、いわば「失われて」いるのです。ところで、生産力とは財源の裏付けであり、デフレギャップの20兆円はいわば財源と同じです。消費税1%で税収約2兆円といいますから、消費税約10%分の生産力がおカネがないばかりに毎年失われているのです。ですから、増税よりまずこの生産力を活かすことが国家を豊かにするためには先決なのです。しかし、カネに目がくらんだ人々にはそれが理解できません。国を豊かにするより、帳簿上の収支が大切なのです。帳簿上の収支が合えばそれで良いと考えているのです。
また、毎年毎年、新しい技術が開発され、生産性は確実に向上し続けています。つまり、仮に日本の労働人口が高齢化で減少したとしても、技術革新によって国民一人あたりの生産力が向上し続けるなら、国民が得る事の出来る消費財が減ることは決してありません。国民一人あたりの生産力こそが、人々の豊かさを支えるのです。そして、国内調達のできない消費財は輸出で得るわけですから、やはり輸出するための商品を生み出す生産力が重要です。生産力が国を支えるのです。ですから生産設備の近代化と技術の研究開発が高齢化社会のために最も大切なのです。これは増税しても解決できません。
そして今、日本の生産力は有り余るほどあり、その能力が十分に発揮されるなら、日本のすべての人々にゆきわたるのに十分な量の消費財が生産できるのです。量が十分に作れるにもかかわらず、モノが行き渡らない現象つまり「貧困(格差)」が生じるという事は、貧困(格差)の原因が生産系の問題ではない事がわかります。生産系には何の問題もない、つまり生産性を高めるとされる規制緩和とか自由貿易を推進すれば社会保障や格差の問題が解決するわけではありません。分配系のシステムすなわち金融に問題があるのであり、これを根本的に正さない限り解決できないのです。
<分配系は荒廃している>
市場における高度な分業を円滑に実現するために、貨幣制度や金融制度が発達してきたのだと考えられてきました。しかし、実態はそうではありませんでした。むしろ分業の障害となり、生産と分配の分断を引き起こし、金融なしでは成り立たない病的な経済システムを生み出してしまったのです。金融に依存する経済は、確かに効率的である半面、非常に不安定で、崩壊すると世界中の人々を不幸にするという重大な欠陥を抱える事になりました。
その主たる原因は貨幣の3つの機能のうちの「価値保存」の機能にあると考えられます。貨幣は、市場を通じて様々な種類の財を生産して円滑に交換するための「交換機能」を有します。しかし同時に、貨幣には価値保存機能があるため、貨幣を使わずに貯め込むことが行われるようになります。特に近代において産業規模の拡大に伴い所得の格差が拡がり始めると、おカネが大量に貯め込まれるようになりました。所得の多い資産家や大企業はおカネをそれほど使う必要がありませんから、貨幣を使わずに貯め込むのです。貨幣の偏在です。おカネが貯め込まれてしまうと、市場において循環する貨幣の量が減少し、貨幣の「交換機能」がマヒしてしまいます。そのため、生産して交換される財の量が減少し、不況になる。これがデフレです。
それを防ぐ方法として有効と考えられてきたのが「投資」であり、その動機となるのが「金利」です。つまり「金融システム」です。金融システムにより、貯め込まれた貨幣が再び市場に流れるよう、投資が行われます。投資によりあらたな企業が生まれると、通貨不足で生じているデフレギャップすなわち余剰生産力を吸収して、新たな商品を作る生産力となります。投入された通貨は、新たに生まれた商品の生産と分配のために市場で再び循環をはじめます。新たな通貨の循環は経済成長と呼ばれます。この流れが資本主義の基本的な経済成長システムです。投資することでデフレを避け、資本主義システムを成長させ、維持できるのです。
ということは、資本主義の経済システムは、次々に新しい投資、すなわち、新しい商品を生み出し、大量生産、大量消費を続けなければデフレで経済がマヒするという宿命を負っている事になります。なぜ世界が血眼になって「経済成長」を叫び、東南アジアや中国に進出しようとするのか?それは、資本主義が永久に成長を続けなければ破綻するシステムだからなのです。
しかも最も大きな問題は、今日の経済が、世界の人々を豊かにするために消費財を生産しているのではなく、むしろおカネを循環させてシステムを持続させる目的のため、あるいは利潤を追求しておカネを増やす目的のために消費財を生産するようになっていることです。金融とは「おカネを増やす事が目的」だからです。金融が発達し、金融が力を持つようになり、その傾向は時代と共に顕著になってきました。人々の暮らしのために消費財を生産しているのではなく、おカネを増やすために商品を作っているのです。だから大量生産・大量消費で売り上げがどんどん増える事が美徳とされる。おカネが経済活動のためにあるのではなく、経済活動がおカネのためにあるのです。おカネの暴走です。貨幣経済の発達に伴い、経済はおよそ健全さを失いつつあるのです。
<金融の暴走が分配系をさらに破壊する>
経済活動のためにおカネがあるのではなく、おカネを増やすために経済活動がある。その不健全さは今日の「金融」においてますます深刻化しています。おカネがおカネをうむシステム。株式市場、先物市場、債券市場、それらの取引を過激化するレバレッジという仕組み。もはやそこには生産活動すら介在しません。「生産と分配」の経済とは完全に分裂して、おカネの仕組みだけが独立して暴走を続けています。消費財を何も生み出さないのに、おカネだけが増え続ける。
本来、おカネは消費財などの生産に裏付けられたものでなければなりません。そして消費財を生み出した代価としておカネが存在しなければなりません。そしてより多くの財を生み出した人ほど多くのおカネを受け取ることができる。それが健全な意味での競争であり格差です。
しかし、金融では、おカネがおカネを生むシステムにより、何の財を生み出すことなく、おカネだけを増やすことができます。単に仕組みを利用して機械的におカネを増やすのです。そしてその代価として資産家や金融街の人々は膨大なおカネを受けとり、労することなく消費財を思うままに買い取り、浪費することが出来るのです。どんな理屈をつけても、これが健全であるはずがありません。
<それでもカネに依存せざるを得ない悲惨な経済システム>
しかし金融バブルの崩壊で世界的に明らかになったことは、もはや世界経済が金融街の生み出すカネに依存するような体質に成り下がってしまっていることです。金融バブルが崩壊すると実体経済が崩壊するのです。そして金融バブルが復活すると実体経済が良くなるのです。バブルが生み出すカネそして、そのカネの循環が実体経済を支えているということです。それはなぜか?経済にはおカネが必要だからです。たとえそれが偽札だろうと黒いカネだろうと関係ありません。人々がおカネだと信じているモノが供給されれば経済は動くのです。では、もはや世界経済は金融街が作り出すバブルに依存し続ける宿命なのでしょうか。そんなことはありません。
金融街の生み出すおカネはすべて「信用創造」によって金融街の民間銀行が作り出しています。政府ではありません。あくまでも金融街の民間銀行が信用創造によっておカネを作り出しているのです。しかも、これは貸し付けによって社会に流れ出す仕組みです。つまり、だれかが借金をすることでおカネが生み出される仕組みです。そして実のところ、バブルはこの借金と密接な関係があります。借金から生まれたおカネに依存してバブルがどんどん成長します。バブルが成長すればするほど民間の借金は増大します。そのため、バブルが崩壊すると後には膨大な「借金の山」つまり不良債権が残され、通貨循環が凍りつき、つまり経済がマヒします。
経済混乱の最大の原因は「借金でおカネが生み出されるシステム」にある。
ですから、金融街が信用創造を介して借金として膨大なおカネを作り出すのではなく、政府がおカネを作ればよいのです。日本で言えば、日本銀行だけがおカネを作るのです。あるいは政府通貨でも良いのです。そうすることで、債務や債権を増やさずにおカネを市場へ供給することができます。現代の経済システムは借金の量が多すぎるのです。債権や債務に頼りすぎているのです。債権があれば、当然ながら不良債権が生じるリスクが高まる。債権や債務が増えすぎるから、資産価格の暴落などが引き金となって経済がマヒするのです。債権や債務に過度に依存することは不健全です。債権を発行してまでおカネが必要なのであれば、通貨を発行すれば良いのです。
実際、昨年にIMFから紹介された論文によれば、民間銀行が信用創造でおカネを作りだすのを止めて、すべてを政府通貨の発行に置き換えると、GDPが10%成長し、政府の債務もゼロになるのだそうです。
<貯蓄への課税が根本的な解決>
しかし、政府通貨の発行には根強い反対があり、特に銀行にとっては死活問題ですから、本当にそれをやろうとすると多数の暗殺が発生しかねません。実際にリンカーンやケネディは政府通貨を発行し、あるいは、発行しようとして暗殺されています。
ですから、別の方法として、使われずに死蔵されている貯蓄に課税して徴収し、そのおカネを市場へ供給するという方法も検討すべきと思われます。
つまり不況の基本的な原因が、おカネが使われずに貯め込まれること、つまり「通貨の退蔵」にあるのですから、それを修正することが最も理にかなっています。もちろん貯蓄の「価値保存機能」は人々の生活を安定する上で有効な機能であることは間違いありません。しかし限度があります。あまりにも多すぎる貯蓄は経済や社会に悪影響を与えるため、その代価を支払う義務があるでしょう。たとえば、1000万円以上の預金資産に対して、段階的に課税をかけてゆくといった方法が良いと思います。
そして、資産(ストック)への課税を強化すると同時に、逆に所得や消費(フロー)への課税は軽減します。特に消費税はインフレターゲットの目標物価を超えるようになるまでは、ゼロにすべきです。おカネを循環させることが市場経済を十分に機能させるためには最優先です。また、高額所得者の資産には高率な課税がされるようになりますので、逆に所得税率は軽減しても良いでしょう。たくさん稼ぐのは悪い事ではありません。しかし、それを貯めこむことは悪い事です。たくさん稼いでたくさん使っていただくことが、経済を活性化させるでしょう。税制もそのようにすべきです。
<カネの収支ではなく生産と分配を中心に経済を考えるべき>
私たちの生活を支えるのは財であり、それを作り出すための生産力こそが国を支えます。生産のための工場やオフィス、店舗などがあり、そこで私たちが働くこと、すべての人が働く職場を持つことが豊かな社会を生み出します。貿易を行うにしても商品価値の高い財を生み出すことが基本です。そしておカネは生産活動と分配機能を円滑に働かせるための道具であって、カネそのものには価値はない。そこを基本に経済を再構築することが求められていると思います。
2013年6月10日月曜日
金融緩和せずに経済回復する方法
アベノミクスの推進する「金融緩和」に関して積極派と反対派で国論を二分する騒ぎになっています。しかし現在、金融緩和に異を唱える野党の多くは単純に「カネを刷るのは良くない、害がある」と言うだけで、有効と思われる代案は何も持ち合わせません。これでは説得力はないと思います。自分はいわゆるリフレ派ですが、金融緩和しなくても別の方法で通貨循環を維持する方法を考えています。状況に応じた「オプションプラン」を考えておくことは意味があると思います。
<なぜ金融緩和するのか>
そもそもなぜ金融緩和するのでしょう。それはおカネの3つの機能のうちの一つ「市場における交換機能」を高めるためにあります。おカネの機能は「価値の尺度」「価値の保存」「財の交換機能」です。このうち、貯蓄は「価値の保存」機能であり、消費は「財の交換」機能です。現在はデフレ状態であり、財(商品やサービス)の交換機能がマヒしていると考えられます。
なぜ財の交換機能がマヒしていると言えるのか?それは、生産設備や労働力があり余る一方で、消費財を十分に手に入れる事のできない人々、貧しい人や失業者が大量に存在するからです。もし、生産設備や労働力が余っているのなら、それを動かして消費財を生産し、それを消費財の不足している人に分配すれば問題は解決します。ところが市場経済のメカニズムではこんな簡単なことができません。生産と分配の間に「おカネ」が介在しているからです。おカネは生産した財を交換するのに有用であると同時に、ボトルネックにもなるのです。
そのボトルネックを引き起こすのがおカネの価値保存の機能、つまり「貯蓄」です。おカネが貯め込まれるばかりで使われないからデフレが解消しない~と聞いたことがあると思いますが、それは真実です。おカネは生産者と消費者の間でぐるぐると循環し、その循環にのって財が生産者から消費者へ届けられます。ですから、もし循環するおカネの量が減ってしまうと、生産者から消費者へ届けられる財の量も減ってしまいます。すると生産した財が余る一方で、財を受け取れない貧困層が発生するという不合理な状況(デフレ)が発生します。モノは潤沢にあるのに、ますしい人が増えるのです。ぐるぐると循環するおカネの一部を貯蓄に回してしまうと、循環するおカネは減ってしまいます。これがデフレの根本的な要因となります。
循環するおカネが減ったなら、これを増やさねば経済はどんどん麻痺してゆきます。そこで金融緩和を行い、循環するおカネの量を増やそうとするのです。循環するおカネを増やせばよい。ならば、金融緩和以外に方法があります。
<金融緩和せず税制改革でもおカネは循環する>
デフレの原因は過剰な貯蓄にあります。人々が貯蓄すればするほど循環するおカネは減少し、経済は麻痺してゆきます。適度な貯蓄は人々にとって必要であり、生活を安定させる機能を有します。しかし、過度な貯蓄は経済を崩壊させかねないのです。ですから、過度な貯蓄に課税し、それを再び循環するおカネに戻せばよいのです。それが「預金課税」です。
たとえば1000万円以上の預金に対して2~3%の課税をします。そうすれば消費税など引き上げる必要はありません。もともと、使われずに貯め込まれているだけのおカネですから、そのおカネに課税しても日本国としての経済的な影響はほとんどないでしょう。もちろん日本人である以上は、海外の口座であろうとドル預金であろうと課税対象となります。タンス預金が増えるとの指摘もありますが、国民にマイナンバー制が導入されると同時に、個人にB/SとP/L(複式簿記)を導入すれば収支が一目瞭然なので、逃げられません(法人と同じ)。もちろん、法人の預金にも課税されます。
このように、貯め込まれて使われていないおカネに課税し、これを財源として政府が社会保障や公共事業を行う事でおカネが再び循環するようになります。逆にデフレの今は、おカネの循環を妨げる消費税は減税します。消費税の増税が必要となるのは、景気が過熱しすぎたとき、つまりインフレです。消費税は消費を抑制する働きがありますから消費過剰のインフレ時には効果的な税制といえるでしょう。デフレの時にはデフレを悪化させます。
とはいえ、日本人は貯蓄の大好きな国民ですから、預金に課税するというのは不評に違いありません。しかし、金融緩和に反対する野党なら、緩和以外の方法論を示すべきです。マクロ的に言って金融緩和以外の方法は、もはや預金に課税するしかないと思われます。にも関わらず金融緩和に異を唱え、一方でマクロ経済の理論に基づく代案を示さない野党はもはや存在価値はないでしょう。
<同じ緩和でも、通貨発行益による「インフレ税」という方法>
野党が自民党と差別化を図りたいと考えるのは自然です。だからと言って「何でも反対」では存在価値ゼロです。そこで、同じ金融緩和路線でありながら、明らかに自民党の方法とは違うやりかたがあります。それが通貨発行益を財源とする財政政策であり、いわゆる「インフレ税」という考えです。
この方法を採用すると、基本的にすべての税を廃止し無税国家となります。そのかわり財源として通貨を発行して利用します。そうすると、国債を発行する必要が無くなりますので、財政赤字の問題はなくなります。同時にすべての税務署が不要になるため、行政のスリム化が可能になります。また現在さまざまに行われている節税対策や租税回避のための無駄な労力や無駄な投資はすべて不要になります。もちろん、脱税犯罪はなくなり、取り締まりの手間もなくなります。しかも、財務省の利権はすべて消えます。
これなら賛成する国民も少なからずいるでしょう。
通貨を毎年毎年発行すると、通常はインフレになります。インフレとして通貨の価値が目減りする分が間接的に「税」となります。これは既発行通貨全体にかかるので、預金を含む、資産課税の一種と考える事ができます。どの程度のインフレになるかは、市場における需要と供給の関係で決まります。実際のところ、経済成長には循環する通貨の膨張が伴うため、経済の潜在成長率や貯蓄による通貨の退蔵量に合わせて通貨供給をコントロールすれば、インフレがそれほど酷くなることはないと思われます。
インフレでも人々の暮らしは決して貧しくなることはありません。供給される財の量が人々の需要をまかなうのに十分であれば、モノが不足することは決してないからです。もし生活が苦しくなるなら、それは物価上昇ではなく通貨の分配に問題があります。なぜなら、物価とは財とおカネの交換比率に過ぎないからです。単純に言えば物価が10倍になっても、所得が10倍になれば何も問題ありません。もし、物価が10倍になって、人々の所得が10倍にならないとしたら、そのぶんだけ、おカネは誰かに偏って分配されていることになるからです。
であれば、解決方法は簡単です。所得が目減りして貧しくなった人に、政府がおカネを発行して供給すれば良いのです。変な気がするかも知れませんが、課税による所得の再分配と同じ意味です。もちろん、所得の再分配と同じく、やりすぎると社会の活力を喪失する恐れがあるでしょう。
<財政ファイナンスより国債の方が危険ではないか>
おカネを刷って財源とする方法は「財政ファイナンスだ」として頭の固い経済学者から非難を浴びそうですが、しかし、おカネを刷らず、おカネを借りて発行する国債の方が健全であるという考えは、少なくとも最近のEUにおける財政問題を見る限り疑問と言わざるを得ません。国債を返済するために緊縮財政を行い、失業者が20%を超えるスペインなど悲惨きわまりない状況です。国債こそ危険なのです。インフレ税の方がはるかに健全かもしれません。
インフレ税はシステムとして破綻した考えだとは思えません。
もっと研究が進むことを期待したいですね。
<なぜ金融緩和するのか>
そもそもなぜ金融緩和するのでしょう。それはおカネの3つの機能のうちの一つ「市場における交換機能」を高めるためにあります。おカネの機能は「価値の尺度」「価値の保存」「財の交換機能」です。このうち、貯蓄は「価値の保存」機能であり、消費は「財の交換」機能です。現在はデフレ状態であり、財(商品やサービス)の交換機能がマヒしていると考えられます。
なぜ財の交換機能がマヒしていると言えるのか?それは、生産設備や労働力があり余る一方で、消費財を十分に手に入れる事のできない人々、貧しい人や失業者が大量に存在するからです。もし、生産設備や労働力が余っているのなら、それを動かして消費財を生産し、それを消費財の不足している人に分配すれば問題は解決します。ところが市場経済のメカニズムではこんな簡単なことができません。生産と分配の間に「おカネ」が介在しているからです。おカネは生産した財を交換するのに有用であると同時に、ボトルネックにもなるのです。
そのボトルネックを引き起こすのがおカネの価値保存の機能、つまり「貯蓄」です。おカネが貯め込まれるばかりで使われないからデフレが解消しない~と聞いたことがあると思いますが、それは真実です。おカネは生産者と消費者の間でぐるぐると循環し、その循環にのって財が生産者から消費者へ届けられます。ですから、もし循環するおカネの量が減ってしまうと、生産者から消費者へ届けられる財の量も減ってしまいます。すると生産した財が余る一方で、財を受け取れない貧困層が発生するという不合理な状況(デフレ)が発生します。モノは潤沢にあるのに、ますしい人が増えるのです。ぐるぐると循環するおカネの一部を貯蓄に回してしまうと、循環するおカネは減ってしまいます。これがデフレの根本的な要因となります。
循環するおカネが減ったなら、これを増やさねば経済はどんどん麻痺してゆきます。そこで金融緩和を行い、循環するおカネの量を増やそうとするのです。循環するおカネを増やせばよい。ならば、金融緩和以外に方法があります。
<金融緩和せず税制改革でもおカネは循環する>
デフレの原因は過剰な貯蓄にあります。人々が貯蓄すればするほど循環するおカネは減少し、経済は麻痺してゆきます。適度な貯蓄は人々にとって必要であり、生活を安定させる機能を有します。しかし、過度な貯蓄は経済を崩壊させかねないのです。ですから、過度な貯蓄に課税し、それを再び循環するおカネに戻せばよいのです。それが「預金課税」です。
たとえば1000万円以上の預金に対して2~3%の課税をします。そうすれば消費税など引き上げる必要はありません。もともと、使われずに貯め込まれているだけのおカネですから、そのおカネに課税しても日本国としての経済的な影響はほとんどないでしょう。もちろん日本人である以上は、海外の口座であろうとドル預金であろうと課税対象となります。タンス預金が増えるとの指摘もありますが、国民にマイナンバー制が導入されると同時に、個人にB/SとP/L(複式簿記)を導入すれば収支が一目瞭然なので、逃げられません(法人と同じ)。もちろん、法人の預金にも課税されます。
このように、貯め込まれて使われていないおカネに課税し、これを財源として政府が社会保障や公共事業を行う事でおカネが再び循環するようになります。逆にデフレの今は、おカネの循環を妨げる消費税は減税します。消費税の増税が必要となるのは、景気が過熱しすぎたとき、つまりインフレです。消費税は消費を抑制する働きがありますから消費過剰のインフレ時には効果的な税制といえるでしょう。デフレの時にはデフレを悪化させます。
とはいえ、日本人は貯蓄の大好きな国民ですから、預金に課税するというのは不評に違いありません。しかし、金融緩和に反対する野党なら、緩和以外の方法論を示すべきです。マクロ的に言って金融緩和以外の方法は、もはや預金に課税するしかないと思われます。にも関わらず金融緩和に異を唱え、一方でマクロ経済の理論に基づく代案を示さない野党はもはや存在価値はないでしょう。
<同じ緩和でも、通貨発行益による「インフレ税」という方法>
野党が自民党と差別化を図りたいと考えるのは自然です。だからと言って「何でも反対」では存在価値ゼロです。そこで、同じ金融緩和路線でありながら、明らかに自民党の方法とは違うやりかたがあります。それが通貨発行益を財源とする財政政策であり、いわゆる「インフレ税」という考えです。
この方法を採用すると、基本的にすべての税を廃止し無税国家となります。そのかわり財源として通貨を発行して利用します。そうすると、国債を発行する必要が無くなりますので、財政赤字の問題はなくなります。同時にすべての税務署が不要になるため、行政のスリム化が可能になります。また現在さまざまに行われている節税対策や租税回避のための無駄な労力や無駄な投資はすべて不要になります。もちろん、脱税犯罪はなくなり、取り締まりの手間もなくなります。しかも、財務省の利権はすべて消えます。
これなら賛成する国民も少なからずいるでしょう。
通貨を毎年毎年発行すると、通常はインフレになります。インフレとして通貨の価値が目減りする分が間接的に「税」となります。これは既発行通貨全体にかかるので、預金を含む、資産課税の一種と考える事ができます。どの程度のインフレになるかは、市場における需要と供給の関係で決まります。実際のところ、経済成長には循環する通貨の膨張が伴うため、経済の潜在成長率や貯蓄による通貨の退蔵量に合わせて通貨供給をコントロールすれば、インフレがそれほど酷くなることはないと思われます。
インフレでも人々の暮らしは決して貧しくなることはありません。供給される財の量が人々の需要をまかなうのに十分であれば、モノが不足することは決してないからです。もし生活が苦しくなるなら、それは物価上昇ではなく通貨の分配に問題があります。なぜなら、物価とは財とおカネの交換比率に過ぎないからです。単純に言えば物価が10倍になっても、所得が10倍になれば何も問題ありません。もし、物価が10倍になって、人々の所得が10倍にならないとしたら、そのぶんだけ、おカネは誰かに偏って分配されていることになるからです。
であれば、解決方法は簡単です。所得が目減りして貧しくなった人に、政府がおカネを発行して供給すれば良いのです。変な気がするかも知れませんが、課税による所得の再分配と同じ意味です。もちろん、所得の再分配と同じく、やりすぎると社会の活力を喪失する恐れがあるでしょう。
<財政ファイナンスより国債の方が危険ではないか>
おカネを刷って財源とする方法は「財政ファイナンスだ」として頭の固い経済学者から非難を浴びそうですが、しかし、おカネを刷らず、おカネを借りて発行する国債の方が健全であるという考えは、少なくとも最近のEUにおける財政問題を見る限り疑問と言わざるを得ません。国債を返済するために緊縮財政を行い、失業者が20%を超えるスペインなど悲惨きわまりない状況です。国債こそ危険なのです。インフレ税の方がはるかに健全かもしれません。
インフレ税はシステムとして破綻した考えだとは思えません。
もっと研究が進むことを期待したいですね。
2013年6月2日日曜日
企業の租税回避 通貨発行益で対抗
Q:アメリカ議会でアップル社がアメリカに税金を払ってないと叩かれてるにゃ、何のことにゃ?
A:そうじゃな、アップル社に限らずグローバル企業や投資家はタックスヘイブンと呼ばれる、法人税の非常に低い国に幽霊会社を作って、そこで利益を出すように操作して税金を逃れとるんじゃ。たとえばアップル社の場合は、アイルランドに子会社を作り、その会社が全世界のアップル製品の販売をしたことにする。全世界のアップル製品の売り上げがアイルランドの子会社に集中して計上されるので、全世界での利益もその子会社にすべて計上されるわけじゃ。その子会社はアイルランドにあるので、利益にはほとんど課税されない。そういう仕組みじゃ。
Q:ずるいにゃー、真面目に税金を納めているのは一般市民だけにゃ。取り締まるにゃ。
A:ところがそうはいかんのじゃ。租税回避しとる企業や資産家は、違法行為をしておるわけではない。ある意味、法律の盲点をついとるのじゃ。じゃから取り締まることはできん。たとえ一円も税金を払わなくても、法律に反していなければどうすることもできんのじゃ。それに、いくら法律を強化したところで抜け道は必ずあるものじゃ。イタチゴッコじゃよ。おまけにあまりにも法律を強化しすぎると、最終的には企業そのものが国外へ逃げてしまうとも限らん。日本の法人登記を抹消してしまえば、税金など永遠に取れなくなるじゃろ。
Q:くやしいにゃ。何とかならないのかにゃ。
A:ほっほっ、税金を取ろうとするから苦心惨憺するのじゃ。税金を取らなければよい。
Q:はえ?
<徴税をやめて通貨発行益を財源とする>
A:税金を徴収するのは財政運営のための「財源」を確保するためじゃ。税金に頼らずとも財源を確保できれば良いのじゃ。つまり税金を徴収するのはやめて、かわりに政府がおカネを刷って財源とすれば良いのじゃ。これは「通貨発行益」と呼ばれるものじゃ。
Q:税金をぜんぶやめて、かわりにおカネを刷って財源にするの?
A:そのとおりじゃ。法人税も所得税も消費税も相続税もぜんぶやめるのじゃ。そのかわり、カネを刷って財源にする。これはいわゆる「インフレ税」というやつじゃ。カネを刷ると一般にインフレになるから、企業も個人も物価上昇の形で事実上「納税」することになる。こうすれば脱税は不可能なのじゃ。しかも、貯蓄を多く持っていればいるほどインフレによる資産の目減りは大きくなる、つまり大資産家ほど多くの「インフレ税」を負担する形になるから、実に公平な税制なのじゃ。
Q:でもインフレが怖いにゃ~
A:いたずらに心配する必要などないじゃろう。どの程度の物価上昇を伴うかは、需要と供給によって市場が決めることじゃ。じゃから、単純にインフレが激しくなるとは言えないのじゃ。たとえば、財源としておカネを刷れば、それはやがて消費に回るから需要が増える。その需要の増加を十分に賄うだけ供給能力が増加すれば、インフレを引き起こすことはない。発行したカネがすべて実体経済の通貨循環に吸収されてしまうからじゃ。つまり理想的に言えば、潜在的な経済成長の能力に合わせてカネを刷り続ければインフレは起きないじゃろ。もちろん、民間銀行の信用創造が生み出す通貨の影響は無視できんがな。
それに、日本人はおカネを貯めるのが好きらしいから、おカネを刷ってもかなりの額が消費ではなく貯金に回されてしまうじゃろう。貯金されてしまえば、需要は増えんから、インフレも生じにくいのじゃ。
Q:でもおカネをどんどん刷り続けるのはいいのかにゃ?打ち出の小づちにゃ。
A:思い込みにとらわれてはいかん。原点を考えるのじゃ。そもそも全世界の主流であるインフレターゲット政策とは何じゃ?実際にやっていることはアベノミクスを見てもわかるように、打ち出の小づちで「おカネを刷る」ことじゃ。全世界を見ても、毎年毎年、膨大なカネが刷られておる。ただ、現在の通貨制度では、この刷ったカネはすべて民間銀行の手に渡り、民間銀行が企業や個人に貸し付ける原資となるのじゃ。そして民間銀行に企業や個人が借金することで世の中におカネが流れ出す。これが現代の銀行制度じゃ。
だから「おカネを刷る」という意味では同じことなのじゃよ。ただし、刷ったおカネを民間銀行に渡すのではなく、政府が財源として直接に使って世の中におカネを回すのじゃ。しかも民間銀行が貸し付けする「借金」ではないので、返済する必要がないおカネじゃ。いわゆる「信用収縮」の恐れはない。
Q:う~、むずかしすぎるのにゃ。つまり、アベノミクスでもおカネを刷ってるんだから、それを、民間銀行へ渡すのではなく、政府が使えばいいだろって話かにゃ。
A:そういうことじゃ。実際のところそれに近い方法論がある。それが「日銀による新規発行国債の買い取り」じゃ。一方、アベノミクスでやっておるのは「日銀による発行済み国債の買い取り」じゃ。何が違うのかと言えば、何も違わん。どちらも日銀がおカネを刷って国債を買い取っておるのじゃ。違うのは、日銀の刷ったおカネを「政府に渡すか、民間銀行に渡すか」の違いだけじゃ。政府に渡せば公共投資になり、民間銀行に渡せば貸し付け原資になる。にもかかわらず、政府から買えば財政ファイナンスだと非難され、銀行から買えば絶賛される。実にバカバカしいのう。
「財政ファイナンスが~~」という頭の固い連中が多いので、なら政府通貨を発行して、これを財源とすればよいのじゃ。一時期、オバマが1兆ドルコインを発行するとか言っておったが、あれじゃ。政府通貨を発行して、その発行益を財源とすれば良いのじゃ。
<税の仕組みを根底から変える>
Q:へ~、税金のかからない国家にゃ。といっても、インフレ税はかかるにゃ。でも面白いにゃ。
A:考えてみると実に面白いのじゃ。税金を集める必要がなくなるから、世の中は激変するじゃろ。まず税務署がぜんぶ不要になる。これだけで膨大な経費削減になる。しかも財務官僚も減らせるし、財務官僚が「税」という権力を利用して得ていた既得権もすべてなくなる。脱税という犯罪がそもそもなくなり、節税対策とかいう無意味な事をする必要もない。税理士もいらない。そもそも各企業において、税制という複雑怪奇な制度の運用に費やされていた労働をすべてなくすることができるのじゃ。その労働力を生産活動に回した方がよほど良い。
Q:でも、おカネをどんどん刷ったら円安になるにゃ。輸入品のインフレが酷くなるにゃ。
A:確かに円安になるじゃろ。すると輸入品のコストが上がってインフレが進むこともあり得る。じゃが円安は輸出産業のコスト競争力を高める結果となり、国内経済が活性化するのじゃ。輸出が増えれば、稼いだ外貨を円に買い戻す必要量が増えるから、その分だけ円買いも増え、値を戻す。それに、輸出産業が潤えば、そのおカネがめぐりめぐって、やがて他の国民の所得も増やし、インフレの影響は相殺されるじゃろう。アベノミクスをみれば一目瞭然じゃな。
Q:面白いにゃ面白いにゃ。他にどんな事になるにゃ。
A:そうじゃな、これは単なる推測じゃが、表面上は法人や個人の税率がゼロになるから、日本が「タックスヘイブン」になるかもしれん。すると海外から膨大な数の「幽霊会社」が進出してくる。これらの会社から税を取ることはできんが、雇用を増やしてくれるかもしれないのじゃ。そして、もしかすると幽霊会社ではなく、本当に日本で財(商品やサービス)の生産を行う会社が来るかもしれない。もしそうならすごい効果じゃ。
Q:どうしてにゃ。
A:通貨発行益を財源とする以上はインフレは避けられない。じゃが、どの程度のインフレになるかは、その通貨圏における供給能力と密接な関係があるはずじゃ。すなわち、経済が成長し、供給能力が高まるほどインフレになりにくいはずじゃ。日本にどんどん企業がやってきて、日本の供給能力が高まるほど、インフレになりにくくなるはずじゃ。そうすると、それまで以上に通貨を発行しても大丈夫、という事になる。つまり、企業や個人から無理に税を取らなくても、通貨発行益として財源を増やすことが可能と言う事じゃ。もちろん、推測の域を出ないが、考えてみるには面白いテーマじゃ。
Q:面白いにゃ面白いにゃ。ぜひやるにゃ。消費税を上げるとか上げないとか、そんなミミッチイ話をしている場合じゃないにゃ。税という考えを大変革するのにゃ。
A:でも100%不可能じゃよ。なぜなら既得権益を崩壊させるほどのインパクトがあるからじゃ。まず「税務署を全部廃止する」などという考えは、役人の手で確実に潰される。通貨発行権を独占してきた銀行からも猛反対を食らうだろう。こんなことを言い出す政治家は暗殺されても不思議ではない。既得権益とは社会の支配構造そのものじゃ。
Q:やっぱり絶望的なのにゃ。何も変わらないのにゃ。
A:じゃが僅かな希望は、まがりなりにも政治体制が「民主主義」であるということじゃ。多くの国民が問題意識を持ち、マスコミの垂れ流す情報を信じることなく、自らさまざまに考えるようになれば、やがて世の中を変える事ができるかもしれん。夢のような話じゃが、今はそれを信じるしかないじゃろう。
2013年5月12日日曜日
アベノミクスに対抗するには?
野党があまりにも無能すぎてアベノミクスに対抗する方法を打ち出せません。しかし、代案ならあるはずです。正直なところ、安倍政権については、金融緩和や対中韓への外交については賛同するものの、TPPや労働規制緩和など新自由主義的な考えには違和感があります。とはいえ、野党はまるでダメなので、安倍政権を支持するしか選択肢がない状態です。では、これなら自民党以外の政党に投票しても良いと自分が思う政策は何かを書いてみます。
1 金融緩和は継続する。ただし直接家計におカネを投入する。
アベノミクスの緩和策は銀行を通じた貸付を増やすことで、供給サイドから経済を動かす方法です。これも悪くないのですが、もう一つの方法として需要サイドから経済を動かす方法もあります。それが国民へ買い物ポイントを配布する方法です。すべての買い物や飲食・サービスなどに対して50%の補助をします(生鮮食料品やエネルギーを除く)。ただし買い物しないと使えないポイントです。
財源は金融緩和つまり国債の買い取りですが、発行済み国債ではなく、政府の新規国債を直接に引き受けるわけです(政府通貨=10兆円コインでもよい)。もちろん民主党の子ども手当みたいにケチケチ配布しても無意味ですから、長期的かつ大胆に行います。たとえば、2年間継続で、世帯当たり毎月5万円分の買い物ポイント給付とかします。
2 消費税増税の凍結。インタゲ2%達成後に実施すると明言。
増税すれば景気は腰折れし、インフレターゲットの実現が遠のきます。逆に、インフレになってから増税すれば、消費税はインフレを抑える効果があるため、物価のコントロール処方として利用できます。これにより、実体経済の成長にマイナス影響を与えずに増税が可能になります。景気が後退し始めたら、消費税は減税します。
3 原発の即時再稼働。ただし脱原発を推進する条件付きで。
原発の再稼働により、エネルギーコストの増加を防ぐ必要があります。とはいえ、長期的には原発は地震国に建設するとリスクが高いので全廃を目指します。輸出産業としての原発を捨てる必要はないので、研究用の原子炉や国の支援は継続します。同時に、核兵器保有のための策も講じます。
大きくこの3つは、アベノミクスの反対の政策ではなく、同じ方向を向きつつ、明らかに別の内容を提案できます。しかも、家計を助け、増税を凍結するなど、国民に人気の出そうな政策ですから、これを行わない手はないと思うのですが、どういうわけか主張する政党が居ないのが不思議です。
登録:
コメント (Atom)