2011年7月18日月曜日

インフレアプローチとデフレアプローチ

あらゆる政策の良し悪しは、それ単独で決まるものではありません。その時の経済環境や同時に組み合わされる政策によって非常に効果がある場合もあれば、逆にトンでもない害悪になることもあります。状況判断と政策の組み合わせが非常に重要です。ところが現在の日本政府はその基本がまったくできていない。まるで「海水パンツをはいて雪山登山に行く」ような支離滅裂な政策をしているとしか思えないのです。

ガラパゴス日本

欧米先進国ではインフレターゲットを採用することで経済のベースをインフレに誘導しています。インフレに誘導する理由はさまざまあると思われますが、インフレの方が金融政策による景気のコントロールが容易ということがあります(もちろん今の通貨制度の欠陥をカバーする意味でも避けられないが)。インフレであれば金利が高めになるため、日本のように「流動性のわなにはまり込む」ことで金融政策の機能不全に陥る心配が小さいからです。またインフレとは一般に「需要過剰」な状態であるため、企業は生産を増やそうとします。すると雇用が増えて失業率が必然的に低下します(フィリップス曲線)。これもインフレに誘導する大きな理由でしょう。さらに通貨供給による「通貨発行益」を社会資本の充実に活用することも出来るでしょう。この通貨発行の原資となるのは技術革新による生産余力です。一方、インフレベースの場合の税制ですが、インフレの場合、消費は常に過熱気味となりますので、需要を抑制する意味で消費税の役割は重要になります。インフレが過度に進む場合は金融引き締めと消費税の増税という「金融・財政の両面」からコントロールすることができます。

ところが日本だけはこの世界の常識が通用しない「ガラパゴス」です。その先頭に立つのが与謝野氏と財務省・日銀です。与謝野氏は「インフレ政策は悪魔」のような発言をし、財務省と日銀を擁護して消費税の増税を狙っています。与謝野氏によれば、世界は悪魔に支配され、日本だけが健全な金融政策を行っているということになります。およそ理解ができません。

支離滅裂な日銀・財務省

インフレターゲット政策を必死に否定する日本銀行は日本経済を良くしたのか?日本銀行は「デフレ退治に全力を尽くしています」と言う。口では何とでも言えますが、実際には15年もデフレのままですから、結果としてデフレに誘導していると言えます。デフレでゼロ金利のため、金融政策がほとんど効かない状態に陥っております。ところが、みずからデフレを容認して機能不全に飛び込んでおきながら「金融政策には限界がある」というようなことを発言しています。そしてデフレを容認しているために失業率は一向に回復しません。そのため国民の貧困化が進行し、「相対的貧困率」が2009年には16.0%になったそうです。日銀は自らの主義・主張を実行するために国民の貧困化を容認しているのです。そして、欧米先進国がリーマンショック以降に軒並み通貨発行量を2~3倍にしていますから、日本もせめてその半分程度は供給しても良さそうですが、これを猛烈に拒否しています。政府が通貨発行益を利用することができる「日銀の国債引受」も断固拒否。そのためデフレで膨大に余っている生産余力も使われることの無いまま無駄になっているのです。このデフレギャップによる遺失利益は毎年20~30兆円です。

税制はどうでしょう。日本のようにデフレの場合、需要は常に不足気味となるため需要を抑制する消費税は減税する必要があるのです。デフレの場合は金融緩和と減税と言うのが世界の常識です。ところが日本政府は経済環境がどうであろうと関係なく「他国なみの消費税率にする」という盲目的な政策です。他国がインフレターゲットを採用して通貨を潤沢に供給し、インフレベースの経済運営を行っていることは無視しているのです。こんな支離滅裂な方法では景気が回復しないのも当然でしょう。

デフレアプローチ

日銀は1997年に日銀法が改正されて、その独立性が強化されたことを盾にして政府の意向と無関係に「独立した判断」で金融政策を行ってきました。なんと1997年の日銀法改定とほぼ同時に日本がデフレに突入したのです。それ以降、マスコミも政治家もまるで「日銀の独立性」が神から与えられた永遠不変の原理であるかの振る舞いをしてきました。こうなるとお手上げとなりそうですが、実はデフレのままでも対策はあります。

欧米先進国が標準的なインフレターゲット策によりインフレアプローチを行っていると例えるなら、ガラパゴス日本は、デフレアプローチを検討すべきでしょう。

市場経済における経済政策は「通貨の循環を維持・拡大すること」が基本となります。なぜなら経済の根幹である「生産と分配」は通貨の流通量に支配されるからです。通貨の流通を妨げる事があれば、経済は停滞します。ですから、通貨の流通を妨げる状況を排除することが基本的な方針となります。では現在、何が通貨の流通を妨げているのか?それは貯蓄過剰です。カネが貯め込まれて使われない状態であり、貯め込まれたカネを開放し、カネを循環させることが急務なのです。

デフレアプローチは税制改革で

現在の日本の税制はインフレ経済をベースに考えられているため機能不全を起こしています。デフレの場合はカネの循環を増やす税制でなければなりません。それが貯蓄への課税です。貯蓄に課税することで使われずに死蔵されているおカネを税金として吸い上げ、それを日本の将来のための公共事業に投資するのです。たとえば自然エネルギー発電施設の建設、さらなるリサイクル技術の開発、食料自給率の向上などです。近い将来において世界人口は爆発し、必ず資源枯渇に直面します。それに備えたインフラの整備を行うのです。これこそが将来の世代への「本当の貯蓄」なのです。カネは使われなければ社会にとって何の役にも立ちません。壷に入ったまま土の中に埋まっている金貨のようなものです。そもそも税とは何のためにあるのか?それは国を豊かにするためにあるのです。確かに金融資産は「カネからカネを」生み出しますが、財(商品やサービス)は何も生み出しません。カネは実物経済に利用されて始めて財を生み出します。デフレ環境にあって、消費税は財の生産を抑制して国民を実質的に貧しくします。一方で貯蓄への課税は財の生産を拡大して国民を実質的に豊かにします。

現在、民間の貯蓄は約700兆円、企業が200兆円あるので合計で900兆円。1%課税すればおよそ10兆円もの税収が得られるのです。わずか1%です。もちろん低所得者の貯蓄にまで課税するのは問題ですから、最低課税対象額を1000万円以上とするなどの配慮が必要でしょう。

おカネが海外へ逃げる?

 「貯蓄に課税すればおカネが海外へ逃げる」という人がいるでしょう。そもそもそれを心配するならデフレベースの経済ではなく、インフレベースの経済政策を行うべきです。デフレを維持するのですから、これは避けられないリスクです。しかし日本がデフレ政策を取っている以上、円は最強です。その最強の通貨をわずか1~2%課税されたからと言って簡単に手放すでしょうか?欧米先進国はインフレ政策を取っているため、毎年確実に通貨価値が下落します。アメリカはドルを刷りまくっています。それでも外国通貨が良いと判断するでしょうか?

そもそも貯蓄の多い人は毎年得られる所得も多いため、貯蓄への課税で失われる程度のカネは気にならないかも知れません。お金持ちは使い道の無いカネがどんどん懐に入ってきます。まして「カネは天下の回り者」ですから、課税でおカネを失ってもカネが回りだすことで景気が回復し、逆に所得の増加する可能性があります。

日本政府はどっちつかずの最悪パターン

今の日本は金融政策でデフレに誘導しておきながら、税制はインフレベースのままという奇妙な経済政策を行っています。インフレベースにはインフレベースに相応しい金融政策と税制の組み合わせがあり、デフレベースにはデフレベースに相応しい金融政策と税制の組み合わせがある。ところが日本は首が西を向き、体が東に進んでいるという支離滅裂な状態です。これはまさに「縦割り行政の弊害」そのものです。政治主導が未発達で、国家を統合的に司る機能が欠落しているためです。政党が国家戦略なき「烏合の衆」である限り、政権与党が民主党になろうと自民党になろうとこの異常事態は変わらないでしょう。

各政党は早急に強力なブレーン集団を形成し、緻密で実現可能性の高い国家戦略を作り上げ、それをマニフェストとして国民に示すことが求められていると思います。