2011年5月15日日曜日

6)おカネを刷るとハイパーインフレになるのか

最近はやや大人しくなった感がありますが、それでも未だに「おカネを刷るとおカネの価値が下がってハイパーインフレになる」と頑固に主張する人が居ます。そもそもおカネを刷ってもインフレになるとは限らない。ましてや、どうすればハイパーインフレになるのか私には理解できません。


おカネを刷るからおカネの価値が下がるわけではない


単純に考えれば、おカネを刷ればおカネの価値が下がる気がするのは当然です。しかしそれは算数の話であって、実際にはおカネの価値は通貨の総量の変化ではなく、市場取引で決まります。市場における財(商品やサービス)とおカネの交換レートがすなわちおカネの価値であり、物価です。これは需給の関係で決まるのであり、発行通貨の総量で決まるのではありません。国際間の為替取引においても、おカネは市場取引で決まります。まずそこを間違えると迷宮入りします。日銀が「円の毀損」などという感情的な表現を意図的に使うので惑わされますが、円の毀損などという発想がそもそも意味不明です。円の単位価値が下落しても、取引に使用される円の量が増え、取引される財の総量が同じであれば、国民への財の配分が減ることはありません。人々の生活で最も大切なのは通貨の単位価値ではなく、財(商品やサービス)の取引量なのです。


おカネを刷っても世の中に出回らない社会


では、どのような状況にあってもおカネの価値が下がらないのかといえば、そんなことはありません。一般にはおカネを刷ると、そのおカネが国民の所得を増やし、その所得を使って財(商品やサービス)を買おうとする人が増えます。この時、財の供給が間に合わない場合には、財の市場価格が上昇する事になります。これが物価全体で生じる場合にインフレと呼ばれ、おカネの価値が減ったと考えることができます。


では、現在の日本を考えてみます。ところで日本銀行の刷ったおカネはどのように経済に還流するのでしょうか?刷ったおカネはすべて民間銀行の当座預金に入ります。そして民間銀行が企業や個人にこのカネを貸し付けることで初めておカネが人々の手に渡ります。この貸付けたおカネが「預金」と呼ばれるものです。日銀の刷ったおカネは「預金」に変化してから「借金」として世の中に流れ出します。刷ったおカネがそのまま世の中に流れ出すことはありません。必ず「借金として」流れ出します。つまり、デフレ不況で借り手が居ない今の日本では、刷ったカネは利用されません。借りる人が減る一方で、銀行が過去に貸し付けたおカネの元本と利息は必ず返済しなければならないので、世の中のおカネはどんどん減る方向にあります。


そもそも現在の金融制度では、おカネは負債としてのみ社会に供給される仕組みです。おカネ(預金)はそれが生まれた瞬間に返済と利息を支払うことを義務付けられているのです。ですから、おカネを永久に増やし続けない限り利息を支払うことができずに経済は崩壊します。「おカネを刷らない」などというのは現代の金融制度を否定するのと同じことです。以下のビデオに詳しいので、ぜひご覧ください。





国債を日銀が引き受けると世の中におカネが出る


では、日銀が強力に拒否している「国債の直接引き受け」はどうでしょうか。刷ったおカネは銀行を経由せず公共事業などに直接使われますので、社会に直接還流し、国民所得を押し上げます。国民所得が増加するので財の需要が増加します。この時、財の供給が間に合わなければ物価は上昇することになります。一方で、今の日本では生産能力が有り余っており、デフレギャップが30兆円あるともいわれています。常識的に考えても、これだけ失業率が高いということは、潜在生産力がかなり大きいことが直感で理解できます。このような生産余力の十分にある環境では、需要の増加に対して供給をすばやく増加することが可能です。従って物価が大きく上昇するとは考えられません。仮に他の先進国レベルのインフレ(2~3%)になったとしても、循環通貨量の増加により財(商品やサービス)の生産総量は増えているのですから、国民への富の分配量は減るどころか、むしろ増えるはずです。もし減るとすれば所得の再分配機能が不全を起こしている場合ですので、その仕組みを調整すれば良いだけです。簡単に言えば、企業や高額所得者へ課税し、低所得者へ支給するということで格差が広がり過ぎないように調整するということです。


ちなみに国債を日銀が引き受けると、国債発行残高が増えて財政が破綻すると思うかも知れませんが、日銀は政府の銀行なので(最近は独立性を盾に国民を無視しているが)、利息を日銀に支払ったとしても、それは国庫に収められるので、国の歳入になります。おまけに借り換えを続ければ元本の返済すらする必要はありません。日銀が国債を引き受けると歯止めが利かなくなるという人が居ますが、議会が存在する法治国家でそんな事はありえません(一党独裁の国家ならあり得るが)。法治国家なら法律に明記すれば済むだけのことです。それが守られないなら、それは財政ではなく法律の問題です。


日銀が国債を引き受ける事と同じ機能を果たすものとして「政府通貨」があります。これも日銀が強固に反対していますが、政府通貨はすでに日本でも発行されており、それが「硬貨」です。硬貨には「日本国」と刻印されています。政府通貨を用いて公共事業などを行った場合も直接おカネが社会に還流します。政府通貨は借金として生まれたおカネではないので、銀行に返済する必要が無く、利息を課せられることもないのです。これが本当の意味での「通貨発行」なのかも知れません。余談が長くなりすぎました。


おカネを刷っても為替が暴落するとは限らない


おカネを刷ると為替が暴落すると信じ込まされている人も多いようです。もちろん一時的な暴落はあると思います。なにしろ今の為替市場は巨大な「カジノ」と化しており、「市場」などと呼ぶのもおこがましい状況です。ですから当然ながら暴落、暴騰を引き起こして互いにカネを奪い合う動きが出ます。今は世界の中央銀行が通貨をどんどん膨張させている一方で、日銀は通貨を出し惜しみしているために円高が進行しています。ギャンブラーなら、いずれ日本が金融緩和を推し進めざるを得なくなると踏んで、今のうちに円を買い漁ろうとするでしょうから、ますます円が高くなる。そして高値で売り抜こうとすれば、日銀が円を刷り始めたタイミングで一気に売りに走っても何ら不思議はないでしょう。当然、暴落すれば底値で買い戻そうとするので、再び戻る。もはや「市場の信認」とは「ギャンブラーの信認」という有様です。


ギャンブルのために上下にブレルことはあっても、為替相場の平均値は各国の通貨の発行量に応じて一定の値になると思われます(ならないとギャンブルが成立しないでしょうし)。片方の通貨だけが落ち続けるというメカニズムは存在しないと思います。通貨の信認が決定的に損なわれるのは、日本という国が財を生み出せなくなったとき、つまりデフレを放置して生産力が破壊された場合です。おカネを刷って景気が良くなれば、通貨価値のベースとなる財の生産力が維持されるため、おカネの増量による相場の相対的下落はあっても、暴落はありえないでしょう。


おカネを刷っても輸入が増えるだけ?


余談ですが、おカネを刷っても輸入が増えるだけで国内経済は活性化しないという話も出ます。そうでしょうか?輸入して販売した場合でも、仕入れ価格そのもので売るわけではありませんので、小売が活性化すれば当然ながらGDPは増加します。日本のGDPに占める輸入依存度は10%に満たないので、刷ったおカネの90%は国内で使われることになるはずです。しかも震災復興はインフラ(道路、橋、建物など)が大部分なので、輸入で対応できるものではありません(原料は輸入するが、もともと国内調達が低いので関係ない)。


さらに言えば、日本が輸入を増やすことは、世界の景気を活性化します。活性化した世界には日本の輸出品を購入する余力が生まれます。輸出が増えれば日本の景気は良くなります。マクロ経済は常に「循環」を前提に、連鎖反応を考えねば迷宮入りします。輸入を増やすことは輸出を促進することでもあるのです。そもそも輸出超過である日本は輸入を増やすのは当然で、それは円高を解消する事にもなります。


インフレとは単に通貨の価値の問題に過ぎません。通貨の価値が上がろうが下がろうが、人々に行き渡る財(商品やサービス)の量が維持・向上するなら何の問題もありません。通貨の価値を維持する事が人々の生活を保障するわけではありません。より多くの財を生み出し、より多くの人々に供給するためのシステムを考えるべきであり、通貨はそのための道具に過ぎません。


道具に振り回されて本質を見失うことは悲劇だと思います。