2022年6月12日日曜日

1)経済の原点は「財の生産」にある

 このところ、20年ぶりの円安やインフレを受けて世間は大騒ぎです。新聞マスコミには、円安、インフレ、金融緩和、財政再建、そういう話題があふれ、やれ円の価値が損なわれたの、日本は投げ売りされるだの、と大騒ぎしています。その一方で、金融政策にしろ財政再建にしろ、主張する内容がエコノミストや政治家によって異なり、ひどい場合には主張の内容が正反対だったりしますから、おそらく大部分の国民にとっては、何が正しいのか、何を根拠に正否を判断すればよいのか、さっぱり分からないのではないでしょうか。


 しかし、落ち着いて考えてみましょう。財政再建やインフレといった経済の話題の多くは、おカネにかかわる問題ですが、おカネにかかわることよりも、もっと本質的で重要な要素があります。それは「財(モノやサービス)」です。というのも、人々にとって本当に重要な要素はおカネではなく、モノやサービスといった「財」だからです。なぜなら、おカネがいくらあっても、衣食住を満たすための食料や衣類、住居、あるいは電気水道、医療サービスなどがなければ生きていけないからです。だから、本当の意味で必要なのはおカネではなく財なのです。


 日本国民が豊かに生活するために必要な要素は「財(モノやサービス)」です。ここが経済を考えるうえでのすべての原点になります。そこを忘れて、金融政策だの財政再建だのという、おカネに関わる様々な現象をいくら論じても、おカネの理屈に振り回されて、頭が混乱してしまうだけです。頭が混乱したときは、この原則に戻って「財(モノやサービス)」から考えを整理すると、経済を理解しやすくなります。


 結論を言えば、国民全体が豊かに生活するために必要十分な財を生産できれば、すべての国民が豊かになれます。たとえば国民全体で100の財が必要であれば、100の財が生産できれば、国民は豊かになるわけです。本質的にはそういうことなので、財政がどうなろうと、物価がどうなろうと「本質的には」関係ないのです。そんな事は当たり前ですが、多くのマスコミや有識者はそれをスカッと忘れています。そして、やれ金融政策だの財政再建だのと騒ぎ、自ら泥沼のようなややこしい話に飲まれてゆきます。それでは問題解決の正しい方向性を見出すことはできません。日本国民が豊かに生活するために必要な要素は「財(モノやサービス)」なのです。そこが原点です。すると、方向性がすっきりと見えてくるのです。


 ただし、財の生産が十分に行われたとしても、貧困問題が解決しないことはあります。それは財政や物価、円安円高が原因なのではなく、「所得格差」が原因です。どんなに財の生産が増えても、それらの財を一部の国民が独占してしまえば、貧困問題は永遠に解決しません。そして、仮に財政再建をして、物価を下げて、円安を解消したところで、貧困問題は解決しません。それらによって財の生産が増えるわけでもなければ、所得格差を解消するわけでもないからです。本質はそこにはありません。国民が等しく豊かになるには、財の生産と同時に「適切な分配政策」も重要になります。より多くの財を生産し、より広く国民全体に行き渡らせることが日本を豊かにする本質なのです。


 もちろん、金融政策や財政再建がどうでもよいとは言いません。しかし、あくまで財を生産することが最重要であり、財政再建や金融政策はその目的に沿って考え直したり、システムや制度を再設計すべき「二義的な問題」なのです。なぜなら、財政再建や金融政策などの政策が、必ずしも財の生産を増やすとは限らないからです。良かれと思って行うことが、むしろ財の生産を阻害することで、かえって国民生活を貧しくすることもあり得るのです。財政再建の問題は、まさにそこにあります。財の生産を原点として、それらを再評価しなければなりません。しかし、新聞マスコミに登場する記事の多くはこうした視点に欠けており、国民世論を誤った方向へ導くものが少なくありません。


 何度も強調しますが、日本国民が豊かに生活するために必要な要素は「財(モノやサービス)」なのです。ここがすべての原点になります。そしてあらゆる経済政策は、財の生産を増やし、国民に十分に行き渡らせるシステムを構築することにあるのです。そのためにこそ金融政策や財政政策、税制、財政再建は行われるものです。


 とはいえ、まだピンと来ないかも知れません。次回から、もう少し具体的に考えてみましょう。

2022年5月22日日曜日

円安・円高と日本の価値

このところの円安で「日本が売られている」「日本の価値がー」と騒ぐ人が散見されます。しかし円安なら日本の価値が低いのか、円高なら日本の価値が高いのか、よく考えるとそんな単純な問題ではないことがわかるのです。

 そもそも、為替市場で円安・円高を決めるのはどのような要因があるのでしょうか。様々に考えられますが、主要ないくつかを挙げたいと思います。

①金利の差

②通貨供給率の差

③貿易収支


①金利の差

 今回の騒ぎになってるのは、主にこれです。世界的に需要が回復してインフレ率が亢進しており、各国が政策金利の引き上げに踏み切るなか、日本だけは需要の回復が不十分なために、日銀が金融緩和の維持を決めている。世界の為替ギャンブラーにとっては、金利が高い方が儲かるので、当然ながら円売り・ドル買いをすることになる。

 すなわち、これは単に通貨取引で「儲かる・儲からない」というギャンブラーの下心が反映されたものであり、「日本の価値が低くなったから円が売られている」のではない。ところが、ドサクサに紛れて、円安になったから、日本の価値が低くなったというような非論理的なフェイクを垂れ流す評論家や一般人が少なからず存在するようである。では逆に、日銀が金利を引き上げて円高になったなら、その瞬間に日本の価値が上がるのか?馬鹿げた話である。つまり、金利の差による円高・円安は日本の価値と関係ない。よって、日銀が金利を上げて円を高く維持しても、日本の価値にとって意味はない。金融緩和の継続によって不況を脱し、経済を強くすることが、日本の価値を高めることとなる。

 とはいえ、円安の影響で輸入物価が押し上げられ、消費者の負担が増加することは確かである。ゆえに、インフレの影響を強く受ける低所得層を中心とする、生活支援給付金を支給することで、国民の生活を支援する必要があり、そのために財政出動を惜しむべきではない。

②通貨供給率の差

 おカネといえども、市場(為替市場)で取引される以上は、量が多い通貨は安くなり、量が少ない通貨は高くなる。この「通貨の量」は、日本の価値とは直接に関係しない。なぜなら、経済力と関係なく、おカネは刷ろうと思えば刷れるからである。おカネを刷ったからといって、日本の価値が下がるわけではないし、おカネを刷らなかったら日本の価値が上がるわけではない。ただし、円通貨の量が増えれば、相対的に他の通貨より円の方が安くなるのは当たり前のことである。これは通貨の価値であって、日本の価値ではない。

 では、日本の円通貨の発行量は他の先進国と比べてどうだったのか?実は、バブル崩壊後、失われた20年の間、他の先進国よりはるかにおカネを発行してこなかったのである。日本はカネを刷らない。つまり、円高になる条件を満たしている。円高であるはずだったその当時の為替レートが120円程度だったとすると、仮に他の先進国と同じ程度のおカネを供給していたなら、もっと円安になっていたはず、つまり、130円や140円といった水準になっていたはずである。それが本当の円の実力と言える。

 つまり、バブル崩壊後の失われた20年における120円というレートは、カネの発行をケチることで通貨の価値を高く維持してきた結果に過ぎない。円通貨の本当の価値を通貨のレートに反映したいなら、当然ながら、他の先進国と同じだけのおカネを供給しなければならないからだ。従って、仮に日銀が金利を引き上げたとしても、他の先進国に足並みをそろえて通貨供給を行うならば、1ドル130円、140円といった相場になることも十分にあり得ると考えられる。

 すなわち、1ドル=120円という円相場は、高すぎたのである。もっと早期に円安に転じていれば、産業の海外移転にもブレーキがかかり、今日のように産業が空洞化して、低賃金のサービス業しか残されていない日本とは別の姿になっていたかもしれないのである。

③貿易収支

 おカネと言えども、その価格は市場(為替市場)における需要と供給の関係で決まる。買いたい人が多い通貨高くなり、買いたい人が少ない通貨は安くなる。金利が為替に影響を及ぼすのもそのためだ。しかし、金利による通貨の需要はどちらかといえば「投機的な需要」である。通貨取引で儲けるギャンブルだ。一方で通貨には「実需」がある。例えば輸出企業がアメリカに輸出して代金をドルで受け取った場合、国内の決済などに利用するためには円が必要なので、そのドルを円と交換する必要が生じる。そのため、為替市場でドルを売って円を買うことになる。従って、輸出が大きければ為替市場では円を買う需要が高まって、円高となる。たとえばバブル経済の頃の日本は莫大な貿易黒字を出しており、そのために円高圧力が常に働いていた。

 このように、財の生産と貿易に伴って発生する通貨の需要は「実需」と呼ばれる。こうした円の実需によって生じる円高は、日本の供給力、輸出競争力などを反映するものであるため、日本の価値を反映したものであると言える。逆に日本の供給力が低く、輸出競争力も低ければ、円の実需は低くなり、円安となる。このような円安は、あまり望ましいものではない。

 一方、「通貨安戦争」という言葉があるが、それは、自国通貨の安い方が自国経済にとって有利であることから、各国が自国通貨を安く誘導しようとして争う状態を指して「通貨安戦争」と呼ばれる。このことからわかるように、円安は自国経済に有利であることは明らかである。さかんに「通貨安戦争」という言葉を記事に書いてきたマスコミは、このことは綺麗さっぱり忘れて、今や「悪い円安」を連呼する始末である。所詮は、ご都合主義だ。

 為替というのは、ある意味で「ビルトインスタビライザー」のような働きをしていると考えられる。つまり、輸出競争力が高くなると輸出過剰となり、円高を招くが、円高になると輸出競争力が低下して輸出が減る。ゆえに、為替を意図的に操作する必要はないのだか、それはあくまでも「他の先進国と同じ程度に通貨を供給し、同じように金融政策を実行する」ことが前提となる。つまり、ここでは①と②を他国と同じにしなければならない。これまでの日本はこれが欠けていた。バブル後の通貨供給は他国より少なく、リーマンショック後の金融緩和は他国より遅れ、そのせいで金利の引き上げも遅れている。これでは、まともにビルトインスタビライザーが働くはずがない。

 このように、円の価値は「日本の価値に関係する場合」と「日本の価値に関係しない場合」があり、それらを明確に分けて考えるだけの分析力がなければ、単に「円高は良い」「円安は悪い」という考え方しかできないのである。そして、マスコミはその典型と言える。

 現在の円安は金利差によるものであり、大騒ぎするまでもない。日本の国内需要が金利を引き上げるほど回復すれば、金利は引きあげるのである。通貨の投機需要などどうでもよい。問題は、真の意味での「日本の価値」が低下することであり、それは「日本の供給力が低下すること」である。円安は日本の輸出競争力を高め、産業の空洞化に歯止めをかけ、あるいは日本国内への産業回帰にもつながるものであり、日本の供給力を高めることにつながる。円通貨が安いにもかかわらず、ジャイアン・アメリカwあたりから「為替操作国」とか言われないのだから、むしろ幸いな話なのである。

2022年5月6日金曜日

円安、為替操作より国民に給付金を

急激な円安を受けて、日銀の金融緩和を批判するマスコミ論者があふれている。しかし単に金利引き上げで円安を和らげ、短期的に輸入物価の上昇を抑えたとしても、経済の根本的な問題は何も解決できません。ところが、ネット民の多くはそのことを理解できないようです。

ネット世論を調査する目的で、最近は時々Yahooニュースにコメントを書いて、そのコメントに対するネット民からの反応を観察しています。

それによると、ネット民の多くは、円安を非常に不満に感じているらしいことがわかります。これは、マスコミの報道が「円安=輸入インフレ=生活苦」のような、ほとんど円安のデメリットにばかり偏っていることが深く影響していると思われます。その結果、多くのネット民は、日銀が金利を引き上げるなどして「円安を解消すべき」と考えているらしい。自分は金利による為替操作はせずに、国民にカネを配って国民の所得を底上げする方が良いとコメントを書いたのですが、非常に不評でしたw。

しかし、良く考えてみましょう。そもそも、なぜ日銀がかたくなに金融緩和をやめないのか?日本が不況のままだからです。消費がぜんぜん回復していない。輸入価格が上昇して、わずかにインフレ傾向にあるだけです。アメリカのようにモノがバンバン売れてインフレになるようなら、日銀もとっくに利上げしているでしょう。つまり、「消費が増えて、景気が良くなれば、金利を上げるのが当たり前になる」のです。では、どうすれば消費が増えるのか?まだコロナの影響が残っているとはいえ、国民におカネを配れば、消費が増える。外出しなくとも、ネットでさまざまな商品を購入できる時代なのです。

そして、消費が増えてインフレになれば、日銀は金利を引き上げることになりますから、日米の金利差が縮小し、円安は緩和されます。国民への給付金政策は、景気回復と金利引き上げを実現する一石二鳥の方法です。財源に税金を使う必要はありません。日銀が政府と調整し、永久国債を引き受ければ良いだけの話です。

ところが、大多数のネット民にとって給付金政策はあまり人気がなく、とにかく、円安を解消することばかりに関心があるようです。しかし、仮に日銀が金利を引き上げて円安を解消したところで、景気が良くなるわけではありません。経済の基本基調がデフレ不況のままです。経済成長も望めなければ、賃上げも望めないでしょう。モノが売れなきゃ、賃上げなどできるはずがないのです。

このように、目の前の問題にばかり目を奪われ、喉元過ぎれば熱さを忘れる、またしてもデフレ日本に逆戻り、いや、スタグフレーションの日本になる恐れもあるでしょう。

大部分のマスコミ有識者は、長期的、大局的に経済を見ることができません。今回の円安も、単に日銀の金利政策が原因としか考えていないでしょう。ところが、バブルの時代からずっと長期的に考えてみれば、失われた20年のデフレ放置や民主党政権時代の超円高による製造業の海外移転の加速、金融緩和の遅れといったことが、伏線として脈々と流れている。こうした大きな流れを理解できず、目の前の為替相場で騒ぐだけ。これがネット民に伝染し、愚かな世論を形成していると思われるのです。

それにしても、日銀の頭の悪さには驚くものがあります。前任の白川総裁の時代は「日銀は物価をコントロールできない」などと称してデフレ脱却を投げ出し、諸外国の大規模な金融緩和に後れをとって、民主党政権時代の危機的な円高を容認してしまった。と、次の黒田総裁は、白川総裁とはまるで反対に「金利政策万能論者」に変貌し、ひたすら金利政策でデフレ脱却、経済のコントロールをやろうとする。なんで日本には、こういう極端な連中ばかりいるのだろう。

もう、いいかげんに「すべて金利政策に頼る」のはやめるべきです。これからの新しい時代は「おカネ(マネーストック)の供給は、財政政策と金利政策を並行して行う」ことが、金融の安定化とデフレ・ディスインフレの防止の観点から中心になると思う。つまり、二階建て金融システムです。


2022年4月20日水曜日

騒いでも遅い、円安は当然の成り行き

 最近はマスコミが「20年ぶりの円安だー」などと書き立てるものだから、多くの国民が釣られて「円安で大変だー」と大騒ぎしているが、そんな短期的なことで騒いでも、マスコミに振り回されるだけです。そもそも円安になるような失政をやってきたツケが回ってきたのであって、それを正さなければ、場当たり的に為替や金利を操作したところで、本質的な解決にはなりません。

 なぜ円安なのか?円が実力以上に高すぎたのです。つまり、正常化に向かっているわけです。というのも、日本国(日銀および政府)は、他の先進国に比べて、おカネの発行を常に少なく抑えてきた。おカネの発行量が少ないのだから、日本の円は量が少なく、ゆえに円は、実力以上に高く取引されてきたと考えらます。カネを刷らないことで、円の価値を高めに維持してきたのです。


 ですから、本来、他の先進国と同じ程度におカネを発行(供給)していたなら、円の水準は昨年あたりの110円といった水準ではなく、例えば120円や130円といった水準になっていたとしても不思議はありません。ですから、今日の円安はあるいみ当然と考えられます。

 しかも、このカネを刷らないケチケチ根性のために、リーマンショック後の世界的な金融緩和に乗り遅れ、民主党政権の時代には、円は80円台という異常な高値を付けました。しかも、それを日銀も政府も放置したため、なお一層、日本の企業が中国などに移転し、日本の産業空洞化を加速させました。日本から産業が逃げてしまったのですから、日本から海外への輸出は減少し、これは為替市場における円売り、つまり円安の下地となります。つまり、産業空洞化によって日本の実力はすでに低下していたのです。にもかかわらず、円を刷らないことで、見かけ上、今日まで円の購買力を保ってきたに過ぎません。

 そして、円高放置で産業が空洞化した雇用の穴埋めとして、日本は海外からの観光客に依存するように、産業が急速に変化してきました。産業を中国に移転し、その中国からの観光客に依存する経済構造になったのです。そして、その中国からの観光客が、こんどは新型コロナのパンデミックによって、日本に来なくなった。これで、円安にならないとしたら異常です。

 ところがマスコミは、それら円安の背景にある根本的な原因をすべてスルーし、あたかもすべての原因が「日銀の金融緩和にある」かのような書き方を平気でして、騒ぎ立て、多くの国民を釣っているのが現状なのです。なんという、安易で愚かな連中なのでしょうか?

 では、どうすれば良いのでしょう?

 円安によって購買力が低下するのですから、財政出動として、給付金によって生活を支援すれば良いのです。例えば月額3万円をすべての国民に恒久的に支給します。小額ベーシックインカムです。低所得層(世帯年収200万円以下)に限定した給付でもよい。とにかく財政出動を毎年50兆円くらい行う。そうすると、物価が上昇してくるので、日銀が金利を引き上げることが可能になります。こうして日銀が金利を引き上げれば、アメリカと日本の金利の差は小さくなるため、円安はある程度の水準で落ち着くと思われます。

 つまり、金融緩和でおカネを供給するのではなく、財政出動でおかねを供給し、金利は引き上げる。

 ただし、それらはあくまで短期的な対策にすぎません。根本的には、日本国(日銀および政府)が他の先進国と同じレベルでおカネを供給し続けなければなりません。問題の元凶は「ケチケチして他の国よりカネを刷らない」ということなのですから。そうすれば、民主党政権時代のような異常な円高になりません。また、しばらくは円安を容認すべきです。苦しいかもしれませんが、そうしたなかで、円高放置ですっかり空洞化してしまった産業(生活必需品の供給)を日本国内に再建し、それで雇用を生み、観光客に依存しないバランスの取れたグローバル経済によって、円の水準を安定的に保つべきであると思います。


2021年11月13日土曜日

バブル経済を再評価せよ

2021.11.11

 マスコミや多くの識者は、バブル時代を思い出したくもない、全否定すべき時代のように語る人ばかりです。しかし少なくともバブル時代を経験したことのある人々ならわかるはずです。あの時代の方が、今より遥かに良い時代だったと。

 もちろん、バブル経済、バブルの時代をそのまま受け入れようという話ではありません。バブルと同じことを今日の日本に引き起こせば良いわけではありません。そうではなく、バブル時代の「悪い事」を繰り返すことなく、「良かった事」を今の時代に再び取り戻そうという話です。マスコミや識者のように、短絡的にバブルを悪いものとしてあの時代を全否定するだけでは、何も学ぶことはできないのです。では、当時の日本経済はどんな状況だったのでしょうか。

<バブル時代の日本>

・世の中にカネが溢れていた。何より国民がおカネを持っていた。

・消費意欲が旺盛で、高級品がばんばん売れ、景気は絶好調だった。

・企業利益も増大し、企業の投資意欲も旺盛だった。

・非正規雇用(アルバイト)の所得が正社員より良かった。

・子供の貧困など、貧困問題は少なかった。

・インフレも低い水準だった。

・財政赤字の問題は、無かった。

・「JAPAN AS No.1」と呼ばれた。

 では今日、日本経済が復活できない構造的な要因と指摘されていることが、当時はどうだったのか見てみましょう。

<バブル時代の社会構造>

・賃金は年功序列だった。

・雇用は終身雇用制だった。

・規制は緩和されていなかった。

・グローバル化は進んでいかなった。

・それでも経済が絶好調で「JAPAN AS No.1」と呼ばれた。

 つまり、今日、マスコミや識者がしたり顔で指摘する「日本の悪い点」がすべて、当時の日本社会に装備されていた。にもかかわらず、「JAPAN AS No.1」と呼ばれたほど経済が絶好調だった。これは何を意味するのか。こうした事実に、ほとんどのマスコミや識者は目を背け、口を閉ざします。では、当時と今では何が決定的に違うのか?

・バブル時代には、世の中におカネが溢れていた。

・国民がみんなカネを持っていた。

 これは、マネー供給のグラフを見れば一目瞭然です。


 マネーの供給が劇的に減少したことで、経済が一気に縮小したのです。年功序列とか岩盤規制とか高齢化とか、そういうことが原因で経済が縮小したのではありません。カネが世の中から消えた、そのことが不況と失われた20年の元凶なのです。だからこそ改革と称する方法、つまり、世の中のカネを増やさずに、他の方法で景気を回復させようとする考え方そのものが、大間違いだと確信を持って言えるのです。何を差し置いても、まず最優先に世の中にカネを溢れさせ、国民におカネを持たせなければならないのです。

 しかし、ここで大きな問題があります。どれほどバブル時代が良かったとしても、おカネが溢れることが良かったとしても、それが崩壊してしまったら意味がない、それどころか、かえって大問題を引き起こすことにも成りかねない、という点です。バブル経済の致命的な欠陥は、ここにあります。

 従って、崩壊しない方法で、世の中におカネを供給し続ければ良い、との結論を得ます。

 そんな方法はあるのか?それを考える前に、まず、バブル時代には、なぜ世の中におカネが溢れていたのか?それが、なぜ崩壊するのか?それを理解しなくてはなりません。これは難しいことではありません。

 バブル経済は「バブル」という言葉の通り、資産バブル、すなわち、土地や株式などの資産の価格がどんどん上昇することで生じる好景気の事です。なぜ資産の価格が上昇すると、世の中におカネが溢れるのか?それは、企業や個人が「銀行からの借金によって資産の売買を行う」からです。企業や個人が自分の手持ちのおカネの範囲で資産の売買をするだけでは、資産価格はそれほど値上がりしません。手持ちのおカネの量は限られているからです。ところが銀行から借金したおカネを利用して売買を行なえば、取引に利用されるおカネの量が増えることで、資産価格は大きく上昇します。

 今日の金融制度(準備預金制度)においては、銀行は保有している預金を貸し出すわけではありません。銀行は新たにおカネ(預金)を発行し、それを貸し出します。従って、企業や個人が銀行から借金をすればするほど、世の中のおカネの量が増え、そのために世の中におカネが溢れます。

 ということは、世の中におカネが溢れる一方、企業や個人の借金もどんどん増え続けることになります。バブル経済においては、資産の価格がバブルになるだけではなく、借金もバブルのように膨らみ続けます。そして、中央銀行が金利を引き上げると、それら膨大に膨れ上がった借金の金利を返済できなくなり、経済は一気に崩壊します。ですから、資産価格の上昇によっておカネを増やすことは、非常にリスクが高いことがわかります。では、企業や個人の借金を増やすことなく、世の中のおカネを増やす方法はないのでしょうか?その方法は大きく二つあります。

「世の中のおカネを増やす方法」

①政府がおカネを発行する

②永久国債を日銀が引き受ける

①政府がおカネを発行する:最もシンプルな方法は、政府がおカネを発行することです。これは政府貨幣(政府コイン)と呼ばれます。今日においても、500円や100円のような硬貨は、政府貨幣に該当します。ただし、おカネとしては補助的に使われているに過ぎず、ほとんどのおカネは政府ではなく日本銀行が発行しています。これを法改正などによって、政府が高額なおカネを発行できるようにすれば可能です。

②永久国債を日銀が引き受ける:あるいは政府が永久国債を発行し、それを日銀が直接に引き受ける方法です。なぜそんな面倒な事をするのか?現在の金融システムにおいては、誰かが借金をしなければおカネは供給されません。先ほどご説明したように、銀行はおカネを新たに発行して貸し出しを行いますから、おカネを発行するにはだれかが借金しなければならないわけです。ですから、政府がおカネを世の中に供給するには、国債を発行する必要があるわけです。日銀が国債を買い取る際には、日銀がおカネを発行して買い取りますので、その代金(現金)を政府が受け取れば、財政支出を通じて国民におカネを配ることができます。

①政府がおカネを発行する:この方法であれば、バブル経済のように崩壊するリスクはありません。なぜなら、誰の借金も増えないからです。バブル崩壊の原因は、借金が返せなくなるからです。一方、政府貨幣であれば、借金は一円も増えませんので、崩壊しません。

②永久国債を日銀が引き受ける:この方法は、国債という、いわば政府の借金がどんどん増え続けます。バブル時代のように景気が良くなり、日本経済は復活するかもしれませんが、政府の借金が返せなくなって崩壊する心配はないのでしょうか?その心配は皆無です。永久国債とは、返さなくてよい国債だからです。もちろん、返さなくてもよい借金など、普通の銀行は引き受けるわけがありませんが、政府の銀行である日本銀行なら可能です。なぜなら民間銀行と異なり、日銀は通貨の供給をコントロールすることが使命であって、おカネを儲ける必要はないからです。日銀は民間企業ではないため、経営上は損をしてもまったく問題ありません。なにしろ、自分のところでおカネを発行できるのですから。

 このように、バブルではない仕組みによって、バブル時代と同じように世の中におカネを溢れさせることができれば、そしておカネを国民に十二分に行き渡らせることができれば、日本経済が大きく改善することは疑う余地もないでしょう。つまり、おカネを発行して、それを国民に配る、ヘリコプターマネーと呼ばれる政策です。最初に申し上げたように、年功序列、雇用の流動化、規制緩和、グローバル化、そういう話より、まず最優先に取り組むべきことがここにあります。

 ちなみに、アベノミクスによって推進されてきた日銀の量的緩和政策はおカネを直接に増やす政策ではありません。おカネを増やすための動機を刺激する間接的な方法です。そのため、実際、おカネはあまり増えていません。しかもこの方法は個人や企業の借金を増やす方法論であり、バブル経済におけるおカネの増え方と本質的に同じです。そのため、資産バブルが発生しやすく、その証拠に株価水準が実体経済に比べて高くなっています。ですから今日行われている量的緩和政策ではなく、ご説明した二つのどちらかの方法によって、個人や企業の借金を増やすことなく、直接的に世の中のおカネを増やしてやる必要があるのです。

 バブル崩壊直後にこれをやっていれば、失われた20年は無かったはずです。しかし実際には20年以上の年月が失われてしまい、その間に、日本の産業構造はバブル崩壊当時とは大きく違うものに変化してしまいました。20年を経て変化したのですから、この20年の歳月を取り戻し、正常な経済の姿を取り戻すには、やはり5年や10年といった期間が必要であり、その間に、様々な矛盾や課題が発生するでしょう。しかし、それは乗り越えるべき課題です。そうした課題を恐れて手をこまねいていれば、日本はさらに20年を失うことになるでしょう。

(補足)

 バブル時代の当時と今では状況が違う、今は少子高齢化だ、昔は若い世代が多かったから景気が良かったのだ、という人がいるかも知れません。その場合は、きちんと分析的に考えてほしいと思います。確かに今と昔は環境が異なります。しかし、バブル景気が崩壊した理由は、おカネの供給量が激減したためであり、これは事実です。このことから社会構造や高齢化に関わらず、おカネの供給量が経済活動において決定的に重要であることは明白です。この小論の要点はそこにあります。そのうえで、仮にバブル時代のように十分なおカネが供給されたとしても、バブル時代と同じ経済状況に戻るとは言えません。すでに失われた20年が原因で、日本の産業構造が変化し、少子高齢化も進展しているからです。ですから、改革や成長戦略がまったく必要ないという話ではありません。しかし、おカネの供給量、国民の購買力が経済活動において決定的に重要であることは、今も昔も、何も変わらないのです。