アベノミクスに一定の効果があったことは明らかですが、では「アベノミクスは成功!」と胸を張れるかと言えば、そんな状況ではないと思います。
アベノミクスを失敗だと評する人が居ますが、それはさすがに客観的とは思えません。失業率が減少し、企業の利益が増加し、通貨供給も以前よりは伸びてきたからです。ただし、政権発足から5年の歳月を費やしても、まだインフレターゲット2%すら達成できていません。はたして、それが成功と言えるのか?時代はリーマンショックからの回復期にあり、下手をすると、アベノミクスでなくとも、その程度まで回復できたかも知れないのです。
しかも、それはあくまでマクロ指標であって、本当にアベノミクスが成功したと主張するには、少なくとも庶民が景気回復を実感できるほどでなければ意味がありません。マクロ指標は重要であっても、マクロ指標を改善するために政治をするのではない。アベノミクスの低調ぶりは、まさに「伸び悩む消費」にそのまま現れていると思われるのです。
遅すぎる回復のスピード。経済政策として金融緩和だけでは不十分であったといわざるを得ません。アベノミクス3本の矢のうち、もっとも効果の高い「財政出動」が蔑ろにされてきたことに大きな原因があったであろうことは、ほぼ間違いないでしょう。
消費税の増税さえなければ、今頃は・・・・
そう主張するかも知れませんが、アベノミクスは政策ミックスであって、政策の一つである「消費税の増税」もアベノミクスの一環であったわけです。つまり、消費税の増税が含まれるだけでも、アベノミクスには欠陥があるといわざるを得ないのです。
もちろん、財務省をはじめ、自民党議員、マスコミ、御用学者といった緊縮派の面々がひしめく今の日本の政治の中で、それ以上を望むのは酷だとの意見もあるでしょう。しかし、そんなことで「まあいいか」などと国民が妥協していたら、社会を支配する連中の都合の良いようにやられてしまうだけです。
アベノミクスは甘すぎる。
ぬるま湯のような金融政策や財政政策だから、5年経ってもインフレ率2%すら達成できないほど消費が伸び悩み、国民の生活実感が改善しない。消費が増えることで国民の生活が底上げされなければ、アベノミクスに何の意味があるのか。消費増税のお膳立てのためなのか?
今からでも遅くはない。大胆な金融緩和と財政出動を行なうべきだ。それは金融緩和と財政出動のあわせ技である「ヘリコプターマネー」によって可能であり、それは国民の消費を引き上げることで国民の生活そのものを向上させ、それによりインフレターゲットも容易に達成することが可能となるのです。
2018年9月12日水曜日
完全雇用を前提とした社会は時代遅れ
戦前から戦後の時代、完全雇用は政府の目指すべき重要方針の一つであることは疑いのない事実でした。しかし止まることのないテクノロジーの進化は、そうした完全雇用を前提とする社会の終焉を予兆しています。
かつて社会に必要とされる多くの財は、人間の労働によって生み出されてきました。しかし科学技術が進化するにつれ、人間の労働よりも、むしろ機械の働きによって財が生み出されるようになってきたことは周知の事実です。そしていわば人間は機械に仕事を奪われ、その人間が新たな財の生産に従事することによって、社会全体の財の生産量と質を向上させてきたと言えます。
しかし、技術の進化速度はますます速くなり、ついにはロボットや人工知能が登場するに至り、将来的には、研究開発といった仕事を除いて、生産活動に人間の労働を必要としなくなる日が来ることは明白です。もちろん、それは将来の話であるとはいえ、そうした変化は徐々に起きるのであって、今現在も起こりつつあると言えます。
そうした状況において、果たしてすべての人々に仕事を与える、つまり雇用を作り出し、完全雇用の社会を実現することは可能なのか?考えるまでもないでしょう。不可能です。
もし仮に、それでもなお雇用を作り出すとすれば、まったく意味のない作業、それこそ「穴を掘って埋めるだけの仕事」に近いような仕事をさせるしかありません。
今日、安倍首相が一億総活躍社会を目指し、新聞が70歳定年制を書き立てています。そのため、高齢化社会ではそれが当然であるかのように考える人も居るでしょう。
確かに、働く人が減ると経済や社会保障が衰退してしまいます。それはなぜか?人手不足によって財の生産が滞るからではありません。それは戦前・戦後の話です。いまやロボットや人工知能のような「機械」がそれらの生産を担ってくれるからです。では、なぜ働く人が減ると経済や社会保障が衰退するのか?
ほぼ労働によってのみ、消費者におカネが供給されるから。
そのため、働く人が減ると、消費者に供給されるおカネの量が減り、社会全体の購買力が減って消費が衰退すると同時に、税収も減少し、社会保障が維持できなくなるのです。つまり、おカネの大部分が賃金としてのみ消費者に供給されている限り、この問題は永久に解決できません。
にもかかわらず、一億総活躍社会のように、政策として完全雇用を目指し、完全雇用のために延々と仕事を作り出そうとする努力は、完全にテクノロジー社会の進化の方向に逆行しているといわざるを得ないわけです。
しかし、現在の与党・自民党はおろか、野党においてすら、こうした問題を正しく理解している政党はありません。いまだに「労働者VS経営者」なんて話をしていても、この問題を解決する事はできないのです。テクノロジーの時代の変化に対応するためには、「労働によらずに消費者におカネを供給するシステム」が必要とされます。これは将来的には「絶対に避けられない」のです。簡単にいえば、ほとんどすべての仕事が機械化されてしまえば、それ以外に消費者におカネを供給する方法がないからです。
もちろん、あと10年ほどでそうした時代が訪れるとは考えられません。しかし、足元ではすでにそうした変化が着実に進行しているのであり、それが慢性的なデフレ、賃金の伸び悩みといった形で経済に影響していると考えてほぼ間違いないでしょう。
これからの時代に求められるのは、完全雇用のために仕事を作り出したり、あるいは65歳以上の高齢者に仕事を与えたりすることではなく、「労働によらずに消費者におカネを供給するシステム」を構築することです。すべての国民に毎月1万円を支給することから徐々に始めていけば、無理なくそうしたシステムを構築することができると思うのです。
かつて社会に必要とされる多くの財は、人間の労働によって生み出されてきました。しかし科学技術が進化するにつれ、人間の労働よりも、むしろ機械の働きによって財が生み出されるようになってきたことは周知の事実です。そしていわば人間は機械に仕事を奪われ、その人間が新たな財の生産に従事することによって、社会全体の財の生産量と質を向上させてきたと言えます。
しかし、技術の進化速度はますます速くなり、ついにはロボットや人工知能が登場するに至り、将来的には、研究開発といった仕事を除いて、生産活動に人間の労働を必要としなくなる日が来ることは明白です。もちろん、それは将来の話であるとはいえ、そうした変化は徐々に起きるのであって、今現在も起こりつつあると言えます。
そうした状況において、果たしてすべての人々に仕事を与える、つまり雇用を作り出し、完全雇用の社会を実現することは可能なのか?考えるまでもないでしょう。不可能です。
もし仮に、それでもなお雇用を作り出すとすれば、まったく意味のない作業、それこそ「穴を掘って埋めるだけの仕事」に近いような仕事をさせるしかありません。
今日、安倍首相が一億総活躍社会を目指し、新聞が70歳定年制を書き立てています。そのため、高齢化社会ではそれが当然であるかのように考える人も居るでしょう。
確かに、働く人が減ると経済や社会保障が衰退してしまいます。それはなぜか?人手不足によって財の生産が滞るからではありません。それは戦前・戦後の話です。いまやロボットや人工知能のような「機械」がそれらの生産を担ってくれるからです。では、なぜ働く人が減ると経済や社会保障が衰退するのか?
ほぼ労働によってのみ、消費者におカネが供給されるから。
そのため、働く人が減ると、消費者に供給されるおカネの量が減り、社会全体の購買力が減って消費が衰退すると同時に、税収も減少し、社会保障が維持できなくなるのです。つまり、おカネの大部分が賃金としてのみ消費者に供給されている限り、この問題は永久に解決できません。
にもかかわらず、一億総活躍社会のように、政策として完全雇用を目指し、完全雇用のために延々と仕事を作り出そうとする努力は、完全にテクノロジー社会の進化の方向に逆行しているといわざるを得ないわけです。
しかし、現在の与党・自民党はおろか、野党においてすら、こうした問題を正しく理解している政党はありません。いまだに「労働者VS経営者」なんて話をしていても、この問題を解決する事はできないのです。テクノロジーの時代の変化に対応するためには、「労働によらずに消費者におカネを供給するシステム」が必要とされます。これは将来的には「絶対に避けられない」のです。簡単にいえば、ほとんどすべての仕事が機械化されてしまえば、それ以外に消費者におカネを供給する方法がないからです。
もちろん、あと10年ほどでそうした時代が訪れるとは考えられません。しかし、足元ではすでにそうした変化が着実に進行しているのであり、それが慢性的なデフレ、賃金の伸び悩みといった形で経済に影響していると考えてほぼ間違いないでしょう。
これからの時代に求められるのは、完全雇用のために仕事を作り出したり、あるいは65歳以上の高齢者に仕事を与えたりすることではなく、「労働によらずに消費者におカネを供給するシステム」を構築することです。すべての国民に毎月1万円を支給することから徐々に始めていけば、無理なくそうしたシステムを構築することができると思うのです。
2018年9月9日日曜日
災害不況の防止にヘリコプターマネー
広島・兵庫の豪雨、台風21号、そして地震。災害が多発する日本。災害が招く不況を防止するため、通貨を発行して被災者に給付すべきでしょう。
広範囲の災害は不況を招く恐れがあります。例えば台風や豪雨などで農家が大きな損害を被るとどうなるでしょうか。農家は農作物による収入が減り、また被害の復旧のために費用が必要となるため、購買力が低下してしまいます。
あるいは、家計においても、住宅の浸水、損壊などを修復するために多額の費用が必要とされるため、購買力が低下してしまいます。すると、住宅の修理の需要は増大するものの、それ以外の消費(衣料、家具、家電、趣味娯楽など)は減ってしまいます。
これらの財は災害のいかんにかかわらず、世の中に供給されているわけですから、これらが人々に行き渡る必要がありますし、そうでなければ、それらを生産している企業の売り上げが減少して収益が悪化し、家計に支払われる賃金の伸び、あるいは企業の設備投資に悪影響を及ぼすことになります。つまり、おカネの循環を維持する必要があると考えられるわけです。
そのばあい、通貨を発行して被災者に給付する「ヘリコプターマネー」が有効であると考えられます。財務省などは通貨発行ではなく、これを「増税」で賄おうとするでしょうが、それは意味がありません。なぜなら、増税によって被災者におカネを給付すれば、被災者の購買力は維持されるものの、それ以外の消費者の購買力が損なわれてしまうため、経済全体としてみれば、購買力が低下することになるからです。
経済全体の購買力を維持するためには、増税することなく、被災者に給付金を支給する必要があります。それはヘリマネによって可能です。過度のインフレを心配する必要はまったくないと言えるでしょう。なぜなら、衣料、家具、家電、趣味娯楽など多くの商品の供給力は、被災前とほとんど同じように確保されているからです。
もちろん、農地が被害を受ければ食品の価格そのものは値上がりするでしょうが、それは農産物の供給が不足するからであり、それはヘリマネを実施しようが、実施しまいが、同じことです。どのみち、供給を増やす以外に、農産物の値上がりを防ぐことはできません。
それよりも、被災の悪影響が他の産業全体に波状に広がる事態を防ぐことが重要だと思われます。そのためにヘリマネは有効です。仮にそれによって社会全体のインフレ率が多少上昇したところで、これはいわゆる「インフレ税」に該当するものであり、広く薄く、社会全体で負担することになるわけです。
もちろん、通貨発行をなぜか必死になって阻止しようとする人々が居ることも確かです。そうした場合は、国債によって通貨発行を行っても同じ効果があります。それらの国債は日銀が引き受けることにより、その後の経済状況を見ながら柔軟に国債の償還(税金による世の中からの通貨回収)を行なうことができるはずです。
テクニカルな方法はいろいろあるでしょう。が、基本的な考えは、災害の悪影響が経済全体に波及することが無いように、被災者におカネを給付する政策を積極的に行なうべきというものです。
広範囲の災害は不況を招く恐れがあります。例えば台風や豪雨などで農家が大きな損害を被るとどうなるでしょうか。農家は農作物による収入が減り、また被害の復旧のために費用が必要となるため、購買力が低下してしまいます。
あるいは、家計においても、住宅の浸水、損壊などを修復するために多額の費用が必要とされるため、購買力が低下してしまいます。すると、住宅の修理の需要は増大するものの、それ以外の消費(衣料、家具、家電、趣味娯楽など)は減ってしまいます。
これらの財は災害のいかんにかかわらず、世の中に供給されているわけですから、これらが人々に行き渡る必要がありますし、そうでなければ、それらを生産している企業の売り上げが減少して収益が悪化し、家計に支払われる賃金の伸び、あるいは企業の設備投資に悪影響を及ぼすことになります。つまり、おカネの循環を維持する必要があると考えられるわけです。
そのばあい、通貨を発行して被災者に給付する「ヘリコプターマネー」が有効であると考えられます。財務省などは通貨発行ではなく、これを「増税」で賄おうとするでしょうが、それは意味がありません。なぜなら、増税によって被災者におカネを給付すれば、被災者の購買力は維持されるものの、それ以外の消費者の購買力が損なわれてしまうため、経済全体としてみれば、購買力が低下することになるからです。
経済全体の購買力を維持するためには、増税することなく、被災者に給付金を支給する必要があります。それはヘリマネによって可能です。過度のインフレを心配する必要はまったくないと言えるでしょう。なぜなら、衣料、家具、家電、趣味娯楽など多くの商品の供給力は、被災前とほとんど同じように確保されているからです。
もちろん、農地が被害を受ければ食品の価格そのものは値上がりするでしょうが、それは農産物の供給が不足するからであり、それはヘリマネを実施しようが、実施しまいが、同じことです。どのみち、供給を増やす以外に、農産物の値上がりを防ぐことはできません。
それよりも、被災の悪影響が他の産業全体に波状に広がる事態を防ぐことが重要だと思われます。そのためにヘリマネは有効です。仮にそれによって社会全体のインフレ率が多少上昇したところで、これはいわゆる「インフレ税」に該当するものであり、広く薄く、社会全体で負担することになるわけです。
もちろん、通貨発行をなぜか必死になって阻止しようとする人々が居ることも確かです。そうした場合は、国債によって通貨発行を行っても同じ効果があります。それらの国債は日銀が引き受けることにより、その後の経済状況を見ながら柔軟に国債の償還(税金による世の中からの通貨回収)を行なうことができるはずです。
テクニカルな方法はいろいろあるでしょう。が、基本的な考えは、災害の悪影響が経済全体に波及することが無いように、被災者におカネを給付する政策を積極的に行なうべきというものです。
2018年9月7日金曜日
相次ぐ災害 復興増税誘導に注意
災害が相次ぐ日本。被災地の復興や生活支援に名を借りた「増税」を財務省が企み、新聞を使って増税誘導の提灯記事を出すかも知れないので、注意が必要です。
広島岡山の集中豪雨、台風21号、北海道厚真の地震など、今年は災害が相次ぐ年になってしまいました。しかしここで警戒すべきなのは、こうした被災地のインフラ復興や被災者の生活支援の財源を確保するため、と称して、財務省が「増税」を仕掛けてくる恐れがあることです。
すでに東日本大震災の際に前例がありますから油断なりません。災害に加えて増税すれば、日本経済はますますデフレが悪化し、経済が低迷して、最悪の年になりかねません。
災害の際に増税するとすれば、それは途上国のようなインフレ傾向の国が行なうべき政策です。途上国は財の供給力が弱いため、災害に伴ってさらなるインフレが引き起こされるリスクがあるからです。こうした「供給力が限られている国」では、限られた供給力を被災地の復興や被災者支援に配分するために、増税による再配分が有効であると考えられます。
ところが、日本は先進国であり、しかも供給力が余っているデフレの国です。こうした膨大な供給力を抱える国では、災害によってインフレが引き起こされるリスクは低く、単におカネを発行して潜在的な供給力を稼動させるだけで、被災地の復興や被災者支援に対応できると考えられます。再分配の必要がありません。
つまり、財務省の官僚の頭の中は途上国であることがわかります。
もちろん、災害の規模が大規模で、供給力そのものを過度に破壊する場合があるかも知れません。しかしこれは極めて稀であり、例えば東日本大震災ほどの激烈な災害であったとしても、インフレを引き起こしませんでした。東南海地震の場合はかなりの被害が想定されますが、少なくとも本年に発生した程度の災害であれば、日本の供給力に大きな損失はありません。
ですから、供給力の十分に備わっている日本の場合、被災地の復興、被災者の生活支援のために必要なおカネは「通貨発行」によって供給すべきであり、間違っても増税を行なってはならないと言えます。それでなくとも「自粛ムード」の漂いがちな日本人ですから、増税なんかしたら、ますます自粛してしまいます。
しかし、財務省は増税のためなら、国民の不幸も平気で利用するような連中ですから(東日本大震災の前例あり)、警戒が必要です。もちろん、その先鞭を付けるのは新聞テレビのようなマスコミです。被災者支援の増税と聞けば、多くの国民は深く考えずに安易に賛成してしまうかも知れません。もちろん財務省はそれを狙ってくるわけです。
増税によるのではなく、復興支援のために通貨を発行して対応し、仮にインフレになったとしても、せいぜい数パーセントの話であって、むしろインフレ傾向になれば景気が回復軌道にのる可能性もあるでしょう。そして、通貨発行によるインフレはいわゆる「インフレ税」を意味し、それは、しこたま資産を貯めこんでいる人々ほど負担率が高い構図になるわけです。いわゆる消費税のような逆進性はありません。
いずれにしろ、災害復興を口実にした増税を言い出すマスコミ、御用学者、族議員などが出てこないか、十分な警戒が必要だと思います。
広島岡山の集中豪雨、台風21号、北海道厚真の地震など、今年は災害が相次ぐ年になってしまいました。しかしここで警戒すべきなのは、こうした被災地のインフラ復興や被災者の生活支援の財源を確保するため、と称して、財務省が「増税」を仕掛けてくる恐れがあることです。
すでに東日本大震災の際に前例がありますから油断なりません。災害に加えて増税すれば、日本経済はますますデフレが悪化し、経済が低迷して、最悪の年になりかねません。
災害の際に増税するとすれば、それは途上国のようなインフレ傾向の国が行なうべき政策です。途上国は財の供給力が弱いため、災害に伴ってさらなるインフレが引き起こされるリスクがあるからです。こうした「供給力が限られている国」では、限られた供給力を被災地の復興や被災者支援に配分するために、増税による再配分が有効であると考えられます。
ところが、日本は先進国であり、しかも供給力が余っているデフレの国です。こうした膨大な供給力を抱える国では、災害によってインフレが引き起こされるリスクは低く、単におカネを発行して潜在的な供給力を稼動させるだけで、被災地の復興や被災者支援に対応できると考えられます。再分配の必要がありません。
つまり、財務省の官僚の頭の中は途上国であることがわかります。
もちろん、災害の規模が大規模で、供給力そのものを過度に破壊する場合があるかも知れません。しかしこれは極めて稀であり、例えば東日本大震災ほどの激烈な災害であったとしても、インフレを引き起こしませんでした。東南海地震の場合はかなりの被害が想定されますが、少なくとも本年に発生した程度の災害であれば、日本の供給力に大きな損失はありません。
ですから、供給力の十分に備わっている日本の場合、被災地の復興、被災者の生活支援のために必要なおカネは「通貨発行」によって供給すべきであり、間違っても増税を行なってはならないと言えます。それでなくとも「自粛ムード」の漂いがちな日本人ですから、増税なんかしたら、ますます自粛してしまいます。
しかし、財務省は増税のためなら、国民の不幸も平気で利用するような連中ですから(東日本大震災の前例あり)、警戒が必要です。もちろん、その先鞭を付けるのは新聞テレビのようなマスコミです。被災者支援の増税と聞けば、多くの国民は深く考えずに安易に賛成してしまうかも知れません。もちろん財務省はそれを狙ってくるわけです。
増税によるのではなく、復興支援のために通貨を発行して対応し、仮にインフレになったとしても、せいぜい数パーセントの話であって、むしろインフレ傾向になれば景気が回復軌道にのる可能性もあるでしょう。そして、通貨発行によるインフレはいわゆる「インフレ税」を意味し、それは、しこたま資産を貯めこんでいる人々ほど負担率が高い構図になるわけです。いわゆる消費税のような逆進性はありません。
いずれにしろ、災害復興を口実にした増税を言い出すマスコミ、御用学者、族議員などが出てこないか、十分な警戒が必要だと思います。
2018年9月4日火曜日
呆れた御用学者の増税主張
財務省の御用学者は「消費増税でも成長は可能」というが、これが大間違いであることは、8%への引き上げの悪影響がいまだに続いていることからも明白です。
読売新聞には定期的に1面トップのコラムに御用学者の記事が掲載されている。内容は消費増税、財政再建を持ち上げる提灯記事である。もちろん、この1面トップの記事に「両論併記」はあり得ない。つまり、ここで消費税増税とは別の方法論を目にすることはないのである。もちろん、提灯記事を繰り返し掲載することで、新聞は財務省から軽減税率の恩恵を受けることができるわけだ。
もとより、新聞は戦前の時代から国民を洗脳するための装置であって、それは戦前は国民を戦争に駆り立てるための世論形成を担っていたのであり、現代は国民を「緊縮財政による貧しい日本」に駆り立てる世論形成を担っていると考えて間違いない。もちろん、彼らにそのような意図が仮に無かったとしても、両論併記を怠ることで、「結果として」そこへ駆り立てているのである。
さて、新聞への苦言はその程度にして、例の御用学者の主張には、つくづく呆れたものである。曰く「消費増税でも成長は可能」だという。その論拠が驚くほど希薄である。
(引用)
たしかに、増税すれば消費者の購買力はその分少なくなるから、GDPの6割を占める家計の消費は減少する。しかし、この「消費の減少」は一時的なものだ。経済成長に伴い所得が増えるから、少し長い目で見れば消費は増大する。
こんな幼稚な理論に騙されるのは小学生か、新聞テレビしか見たことの無い高齢者くらいのものだろう。少し考えれば、そんなうまい話はないことがわかる。うまい話には要注意である。
消費税を増税すれば消費が減少するという。それは企業の売り上げが減少することを意味する。売り上げが減ったら企業はどうするだろうか?給料を減らす、あるいはリストラすることになる。つまり、消費増税によって国民所得が減少するため、そもそも経済成長できないのである。経済成長できないのに、どうして所得が増えるというのか。
しかし、御用学者は臆面も無く、こうした幼稚な理屈を繰り返す。なぜなら、こんな屁理屈でも「大新聞で大学の偉い先生が書いている」というだけで、信じ込んでしまう国民が多いからである。自分の頭で考えることがない。誰彼がこう言っている、ということが根拠になってしまう。イワシの頭も信心から。
では増税が未来永劫に必要ないのか、と言えばそうではない。世の中のおカネを回す上で、税の果たすべき役割は重要だと考えられるからだ。ただし、それが消費税である必要は無い。しかも、増税するには増税するための「仕掛け」(システムの設計)が必要なのだが、そのような視点が現在の御用学者=財務省には完全に欠落している。ただ税率を上げることしか頭に無いのである。
国民の購買力を落とすことなく増税する方法は、実は簡単なのである。増税で所得が減る分だけおカネを発行して国民に配れば良いのである(ヘリコプターマネー)。そうすれば購買力は維持されるから、増税しても消費が減ることはない。つまり増税しても経済成長できる。
しかも、そのカネは税収を押し上げる。世の中を循環するカネの量が増えるからである。もちろん、インフレターゲットも達成できるし、プライマリーバランスとかいう無意味な指標も達成できるだろう。税が足りないから税率を上げるなどという低レベルの話ではなく、通貨循環システムから考えなければナンセンスだ。
いまや昭和の日本ではない。いい加減に頭を切り替えるべきだ。カネを発行して国民に配る。そのことが、すべての政策の原点に据えられるべきなのである。
読売新聞には定期的に1面トップのコラムに御用学者の記事が掲載されている。内容は消費増税、財政再建を持ち上げる提灯記事である。もちろん、この1面トップの記事に「両論併記」はあり得ない。つまり、ここで消費税増税とは別の方法論を目にすることはないのである。もちろん、提灯記事を繰り返し掲載することで、新聞は財務省から軽減税率の恩恵を受けることができるわけだ。
もとより、新聞は戦前の時代から国民を洗脳するための装置であって、それは戦前は国民を戦争に駆り立てるための世論形成を担っていたのであり、現代は国民を「緊縮財政による貧しい日本」に駆り立てる世論形成を担っていると考えて間違いない。もちろん、彼らにそのような意図が仮に無かったとしても、両論併記を怠ることで、「結果として」そこへ駆り立てているのである。
さて、新聞への苦言はその程度にして、例の御用学者の主張には、つくづく呆れたものである。曰く「消費増税でも成長は可能」だという。その論拠が驚くほど希薄である。
(引用)
たしかに、増税すれば消費者の購買力はその分少なくなるから、GDPの6割を占める家計の消費は減少する。しかし、この「消費の減少」は一時的なものだ。経済成長に伴い所得が増えるから、少し長い目で見れば消費は増大する。
こんな幼稚な理論に騙されるのは小学生か、新聞テレビしか見たことの無い高齢者くらいのものだろう。少し考えれば、そんなうまい話はないことがわかる。うまい話には要注意である。
消費税を増税すれば消費が減少するという。それは企業の売り上げが減少することを意味する。売り上げが減ったら企業はどうするだろうか?給料を減らす、あるいはリストラすることになる。つまり、消費増税によって国民所得が減少するため、そもそも経済成長できないのである。経済成長できないのに、どうして所得が増えるというのか。
しかし、御用学者は臆面も無く、こうした幼稚な理屈を繰り返す。なぜなら、こんな屁理屈でも「大新聞で大学の偉い先生が書いている」というだけで、信じ込んでしまう国民が多いからである。自分の頭で考えることがない。誰彼がこう言っている、ということが根拠になってしまう。イワシの頭も信心から。
では増税が未来永劫に必要ないのか、と言えばそうではない。世の中のおカネを回す上で、税の果たすべき役割は重要だと考えられるからだ。ただし、それが消費税である必要は無い。しかも、増税するには増税するための「仕掛け」(システムの設計)が必要なのだが、そのような視点が現在の御用学者=財務省には完全に欠落している。ただ税率を上げることしか頭に無いのである。
国民の購買力を落とすことなく増税する方法は、実は簡単なのである。増税で所得が減る分だけおカネを発行して国民に配れば良いのである(ヘリコプターマネー)。そうすれば購買力は維持されるから、増税しても消費が減ることはない。つまり増税しても経済成長できる。
しかも、そのカネは税収を押し上げる。世の中を循環するカネの量が増えるからである。もちろん、インフレターゲットも達成できるし、プライマリーバランスとかいう無意味な指標も達成できるだろう。税が足りないから税率を上げるなどという低レベルの話ではなく、通貨循環システムから考えなければナンセンスだ。
いまや昭和の日本ではない。いい加減に頭を切り替えるべきだ。カネを発行して国民に配る。そのことが、すべての政策の原点に据えられるべきなのである。
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