老後に2000万円のおカネが必要だという。しかし、誰かが2000万円の借金をしなければ、この2000万円は生まれてこない。これが金融の仕組みなのだが、マスコミ識者はこの事実を完全にスルーしています。笑えますねw。
おカネをはじめ、金融資産は、すべて金融負債によって生まれます。つまり、誰かが何らかの形で借金をしなければ、金融資産は1円も生まれてこないのです。これが今日の資本主義のルールです。バランスシートという仕組みによって、厳格に定められています。
すなわち、もし誰かが、老後のために2000万円を貯め込むとすると、その代わりに、別の誰かが2000万円の借金を負わなければならないのです。これが今日の資本主義のルールです。ウソでもなんでもなく、厳格な事実です。
例えば、すべての国民が2000万円を貯め込むとすれば、そのために誰かが負うべき借金の総額は、2000万円×1億2000万人=2400兆円となります。もし、全国民が老後の2000万円を貯め込むなら、2400兆円が必要。
つまり、国民の老後のためには、
誰かが2400兆円の借金をする必要がある。
はあ?ちゃんちゃらオカシイですね。大笑いですwww。つまり、「老後のために2000万円を貯める」ことは、非現実的であり、ほら話に過ぎないのです。
こんな、すこし考えれば小学生でもわかる話を、だいの大人が、しかも、マスコミの先生や官僚、政治家が、バカ真面目な顔で議論しているのだから、聞いて呆れますね。いやはや、これで日本も安心だw。
マスコミ識者は、年金問題でバカ騒ぎする前に、最低でも、「資本主義の基本ルール」(=バランスシート)をきちんと勉強していただきたいですね。
2018年9月21日金曜日
増税論者は供給力の話をスルーする
相変わらず新聞の紙面には「増税せよ」の論客が次々に登場する。しかし、すべての増税論者に共通する点があるようです。それは一様に「供給力には触れない」ということです。
もちろん、すべての増税派の主張を読んだわけではないので、100%とは言い切れませんが、自分の記憶にある限り、消費増税を主張する論の中に、供給力の話が出てきた記憶はありません。なぜ供給力の話が出てこないのか?供給力の話をすると、増税する必要性のないことがバレるからだと思います。
ほとんどの増税記事に出てくるのは「少子高齢化とカネ」の話でしょう。高齢化によって必要となる社会保障費が増大し、少子化つまり労働力人口の減少によって税収が減るという話が出てくるはずです。もちろん、その部分だけを論拠にするならば、増税やむなしとの結論に容易に結びつけることができるでしょう。
しかし、1900年代の社会ならいざ知らず、経済環境は時代と共に変化し続けているのです。とりわけ生産資本の蓄積と、テクノロジーの進化に伴う生産性の劇的な向上が続く現代では、これまでの時代とは比較にならないペースで供給力が増大しているわけです。それが日本においても「デフレ」つまり、供給力の余剰という形で現れています。
以前から何度も申し上げているように、社会保障を実際に支えるものは、おカネではなく「財」=モノやサービスであり、それらを供給する供給力です。ですから、社会保障制度の持続可能性を決めるのは、おカネつまり「財源」ではなく「供給力」なのです。
その供給力が今の日本では余剰だからデフレなのです。つまり、モノは余るほどある。しかも絶えざる生産資本(工場・生産設備)の増加とテクノロジーの進化(生産性の向上)によって、おそらく少子高齢化を上回るペースで供給力を増大させることも、可能なはずです。
もちろん、供給力を増大させるためには「投資」が必要です。つまり、社会保障を持続可能にするためには、増税ではなく、供給力を増大させるための投資が必要であることは明白です。そして、高齢者の生活や介護を支えるために必要十分な財を供給するだけの供給力さえあれば、財源などどうにでもなる話なのです。逆に言えば、いくら増税によって財源を確保したところで、供給力が不足すれば社会保障は破綻するのです。
ところが、増税論者の話には、供給力の話は出てきません。おそらく、社会保障の本質である「供給力」を論じれば、増税の必要がないことが即バレになってしまうからではないかと思います。財源を確保するだけの話なら、増税をまったくせずに、おカネを発行すれば済む話だからです。
もちろん、供給力が十分にあれば、通貨発行に伴うインフレの心配はありません。なぜなら、供給力が需要を裏付けしているからです。通貨発行がインフレを伴うのは、需要に供給力が追いつかない場合のみです。十分な供給力があればインフレは起こりません。
増税論者は供給力に触れたがらない。供給力は無視して、おカネの歳入と歳出の話だけをする。そして歳入が足りないから、増税しなければ社会保障が維持できないと主張する。こうした欺瞞が新聞マスコミで毎日のように繰り返されているのです。
もちろん、すべての増税派の主張を読んだわけではないので、100%とは言い切れませんが、自分の記憶にある限り、消費増税を主張する論の中に、供給力の話が出てきた記憶はありません。なぜ供給力の話が出てこないのか?供給力の話をすると、増税する必要性のないことがバレるからだと思います。
ほとんどの増税記事に出てくるのは「少子高齢化とカネ」の話でしょう。高齢化によって必要となる社会保障費が増大し、少子化つまり労働力人口の減少によって税収が減るという話が出てくるはずです。もちろん、その部分だけを論拠にするならば、増税やむなしとの結論に容易に結びつけることができるでしょう。
しかし、1900年代の社会ならいざ知らず、経済環境は時代と共に変化し続けているのです。とりわけ生産資本の蓄積と、テクノロジーの進化に伴う生産性の劇的な向上が続く現代では、これまでの時代とは比較にならないペースで供給力が増大しているわけです。それが日本においても「デフレ」つまり、供給力の余剰という形で現れています。
以前から何度も申し上げているように、社会保障を実際に支えるものは、おカネではなく「財」=モノやサービスであり、それらを供給する供給力です。ですから、社会保障制度の持続可能性を決めるのは、おカネつまり「財源」ではなく「供給力」なのです。
その供給力が今の日本では余剰だからデフレなのです。つまり、モノは余るほどある。しかも絶えざる生産資本(工場・生産設備)の増加とテクノロジーの進化(生産性の向上)によって、おそらく少子高齢化を上回るペースで供給力を増大させることも、可能なはずです。
もちろん、供給力を増大させるためには「投資」が必要です。つまり、社会保障を持続可能にするためには、増税ではなく、供給力を増大させるための投資が必要であることは明白です。そして、高齢者の生活や介護を支えるために必要十分な財を供給するだけの供給力さえあれば、財源などどうにでもなる話なのです。逆に言えば、いくら増税によって財源を確保したところで、供給力が不足すれば社会保障は破綻するのです。
ところが、増税論者の話には、供給力の話は出てきません。おそらく、社会保障の本質である「供給力」を論じれば、増税の必要がないことが即バレになってしまうからではないかと思います。財源を確保するだけの話なら、増税をまったくせずに、おカネを発行すれば済む話だからです。
もちろん、供給力が十分にあれば、通貨発行に伴うインフレの心配はありません。なぜなら、供給力が需要を裏付けしているからです。通貨発行がインフレを伴うのは、需要に供給力が追いつかない場合のみです。十分な供給力があればインフレは起こりません。
増税論者は供給力に触れたがらない。供給力は無視して、おカネの歳入と歳出の話だけをする。そして歳入が足りないから、増税しなければ社会保障が維持できないと主張する。こうした欺瞞が新聞マスコミで毎日のように繰り返されているのです。
2017年4月17日月曜日
年金の負担増は課税システムに原因あり
少子高齢化と言えば、新聞マスコミや与野党を問わず多数の政治家も「高齢者を支える労働人口が減少し、年金支給のための負担増はやむを得ない」と主張します。しかしいくら家計への課税を強化しても年金問題はまったく解決しないでしょう。彼らはまるでピントがずれているからです。
その理由は少し客観的に考えれば誰でもわかることです。つまり、将来的には次のような状況が生じると考えられます。
①人工知能や自動生産機械によって、財の生産性は拡大し続ける
②労働人口の減少率よりも機械化による生産性の増加率が高ければ生産量は拡大する
③一方、労働人口が減少すれば家計から得られる税収は減少する
④結果、人々の必要とする財は十分にあるが、財を分配するためのカネが不足する
つまり、生産能力も財も人々の需要を満たすだけ十分にあるが、分配のためのおカネが無いという問題になります。これまでの常識ではこのおカネは家計への課税に依存してきました。しかし労働人口が減少すれば税収が減少するのは当然であり、財は十分あるのにおカネが回らないという問題が不可避的に発生します。これは通貨循環におけるシステム上の欠陥です。
では、通貨循環においてどこにおカネが停滞するか?企業サイドに停滞します。なぜなら人工知能や自動生産機械によって、企業から家計へ支払われる賃金総額が減少し続けるからです。それは、生産年齢人口の減少(労働者の減少)によって企業の支払い総賃金が減ることと同じ意味です。
機械化に伴って企業に停滞するおカネを回収して循環させる必要がシステム上必ず必要になります。それにより国内における財の生産と分配(消費)の通貨循環量(GDP)が維持され、家計への負担を増やすことなく年金制度は維持できると考えられるのです。
すなわち、家計への増税ではなく、通貨の発行と企業への課税強化によって財源を確保しなければなりません。
ところが、新聞マスコミや政治家の大好きな「拝金主義的グローバリズム」の思想だとそうならない危険性があります。企業に停滞するおカネを回収して国民への財の分配へ回すのではなく、企業への課税を逆に軽減してこのカネを海外への投資へ回し、企業利益の拡大=株主利益の拡大を図ると思います。
ですから、彼らは国民への課税を強化して再分配しようと言い出すでしょう。国内の通貨循環(内需)を犠牲にしても海外への投資や輸出を拡大して企業利益を出そうとするはずです。拝金主義グローバリズムに騙されないよう気をつけてください。
テクノロジーの進化に伴う生産の自動化によって、必然的に家計に支払われる総賃金は減少しますので、年金の財源を家計への課税に依存する税制では年金制度は必ず破綻します。
年金の負担増は、
少子高齢化とは無関係に、課税システムに原因があるのです。
2017年4月11日火曜日
人口減少で社会保障不安煽るマスコミ
新たに発表された人口推計を受けて、社会保障の不安を煽る新聞マスコミ。テクノロジーによる生産性の向上はまるで無視して、年金抑制、医療費抑制の緊縮財政を主張、経団連はここぞとばかり移民の必要を強調。まさにマスコミによるポピュリズム手法が展開中です。
今から50年後の2065年の人口推計を国立社会保障・人口問題研究所が発表しました。それによれば日本の総人口は8800万人に減少し、高齢化率は現在の約27%から38%に上昇するといいます。それを受けて某新聞は「社会保障・働き方改革が急務」と見出しを打ち、記事では公的年金の縮小、高齢者の延命治療の見直しなどを掲載。緊縮マルだしの内容となっています。
もちろん経団連の榊原は人手不足で移民が必要、女性はもっと働けと主張しています。菅官房長官は一億総活躍の正当性をアピール。とにかく「労働強化」に余念が無い。
その一方で、テクノロジーの進化や設備投資による生産性の向上の話は政府にも経団連にも、新聞マスコミにもまったく見られません。ひたすら頭が「人間の労働中心」なのです。人工知能や無人工場は、まるでないがごとき扱いに驚きました。これは50年も先の話ですよ。50年後の人工知能や無人工場はとんでもなく向上しているはずです。今のまま50年が経過するわけじゃない。
50年後も人間の労働がないと富(財)が生まれないと考えているなら、経営者も政治家もマスコミも入院が必要なレベルですよw。
おまけに今回(2017年)の推計では前回(2012年)に比べて出生率が増加しているといいますが、その要因が「子育て支援政策の成果」だと主張しているのには驚きました。いや、2012年にくらべてかなり景気が改善してきたからでしょう。リーマンョックから立ち直りつつあるからです。人口増加には景気回復が重要なのです。しかしマスコミにも政府にもそういう評価は一切ありません。
人口減少の推計を持ち出して社会保障制度に関する不安を煽るマスコミ。不安を煽って大衆を誘導する手法を「ポピュリズム」といいますね。しかも「社会保障の不安が消費を減らしている」といいながら、社会保障の不安をこれでもかと煽る新聞マスコミは、その場その場で都合のいい事を書いているだけでしょうw。
人口減少の推計に対して、政府もマスコミも「緊縮財政マルだし」です。庶民の年金を減らし、高齢者に早く死んでもらいたい、消費税を増税したいとの意図が新聞マスコミ記事から、ひしひしと感じられます。悲観的な未来を打ち出す連中にはもう辟易です。
希望を打ち出せ!人工知能や無人工場テクノロジーの研究開発推進、設備投資の促進によって「人手を必要としない社会を50年後に実現する」のが正しい。人々の所得を向上して、女性が無理に働く必要の無い、ゆとりのある社会を実現することで出生率を高めるのが正しい。
なぜ人々に希望を与え、力強い前進を促そうとする新聞マスコミは日本に無いのか。悲観的で緊縮で、後ろ向きの、平等に貧しくなる主張が日本に溢れていることこそ大問題です。
間違いなく悲観的なマスコミが日本をダメにしています。
今から50年後の2065年の人口推計を国立社会保障・人口問題研究所が発表しました。それによれば日本の総人口は8800万人に減少し、高齢化率は現在の約27%から38%に上昇するといいます。それを受けて某新聞は「社会保障・働き方改革が急務」と見出しを打ち、記事では公的年金の縮小、高齢者の延命治療の見直しなどを掲載。緊縮マルだしの内容となっています。
もちろん経団連の榊原は人手不足で移民が必要、女性はもっと働けと主張しています。菅官房長官は一億総活躍の正当性をアピール。とにかく「労働強化」に余念が無い。
その一方で、テクノロジーの進化や設備投資による生産性の向上の話は政府にも経団連にも、新聞マスコミにもまったく見られません。ひたすら頭が「人間の労働中心」なのです。人工知能や無人工場は、まるでないがごとき扱いに驚きました。これは50年も先の話ですよ。50年後の人工知能や無人工場はとんでもなく向上しているはずです。今のまま50年が経過するわけじゃない。
50年後も人間の労働がないと富(財)が生まれないと考えているなら、経営者も政治家もマスコミも入院が必要なレベルですよw。
おまけに今回(2017年)の推計では前回(2012年)に比べて出生率が増加しているといいますが、その要因が「子育て支援政策の成果」だと主張しているのには驚きました。いや、2012年にくらべてかなり景気が改善してきたからでしょう。リーマンョックから立ち直りつつあるからです。人口増加には景気回復が重要なのです。しかしマスコミにも政府にもそういう評価は一切ありません。
人口減少の推計を持ち出して社会保障制度に関する不安を煽るマスコミ。不安を煽って大衆を誘導する手法を「ポピュリズム」といいますね。しかも「社会保障の不安が消費を減らしている」といいながら、社会保障の不安をこれでもかと煽る新聞マスコミは、その場その場で都合のいい事を書いているだけでしょうw。
人口減少の推計に対して、政府もマスコミも「緊縮財政マルだし」です。庶民の年金を減らし、高齢者に早く死んでもらいたい、消費税を増税したいとの意図が新聞マスコミ記事から、ひしひしと感じられます。悲観的な未来を打ち出す連中にはもう辟易です。
希望を打ち出せ!人工知能や無人工場テクノロジーの研究開発推進、設備投資の促進によって「人手を必要としない社会を50年後に実現する」のが正しい。人々の所得を向上して、女性が無理に働く必要の無い、ゆとりのある社会を実現することで出生率を高めるのが正しい。
なぜ人々に希望を与え、力強い前進を促そうとする新聞マスコミは日本に無いのか。悲観的で緊縮で、後ろ向きの、平等に貧しくなる主張が日本に溢れていることこそ大問題です。
間違いなく悲観的なマスコミが日本をダメにしています。
2017年4月6日木曜日
人手不足は経済成長にとって問題なし
新聞マスコミは相変わらず「人手不足が経済成長の足かせになる」と主張していますが、その指摘は無意味です。経済成長を人手に頼る政治家や経営者は能力が不足しています。経済成長の足かせは投資不足=消費不足がすべてです。
日本がバブル経済だったころ人手不足はすさまじく、アルバイトの賃金が正社員の新入社員の賃金より遥かに高いほどでした。それでも「人手不足が経済成長の足かせになる」と大騒ぎになった話は聞いたことがない。
経済成長は人手の増加ではなく、設備投資(資本装備率の向上)つまり機械化によって成されてきた部分が遥かに大きい。なぜなら、生産性の向上の最も大きな部分は、機械化によって達成されるからです。産業革命とはそういうことです。もちろん機械化以前にマネジメントがアホな会社もありますが。
人手が足りないからといって安易に移民を入れても、生産性はまったく向上しません。むしろ生産性は低下します(資本装備を増やさない場合)。ただし(生産量)=(労働人口)×(生産性)ですから、人手が増えれば生産量が増加するのはあたりまえ。だから、移民を受け入れれば企業の経営者のマネジメントがどんなに無能であっても経済が成長するわけですw。
ただし、生産量の増加に見合うだけ消費も増加しなければ、売り上げは増えませんから、移民を入れても経済はまったく成長しません。売れなければ企業にとって社員を増やす意味はありませんので、移民を雇用してコストダウンしつつ、国民をリストラする=国民の雇用を奪う結果をもたらすだけです。製造コストが下がってデフレになり、しかも売れないので海外へ輸出を始める。
一方、移民に頼るのではなく、投資を行えば機械化が進みますから、人手が増えなくとも生産量が増加します。ただし、投資は経営者が無能だと判断が難しいですね。経営者にとっては投資より移民に頼る方が頭を使わなくて楽ですw。
設備投資が不足しています、これが経済成長の足かせになります。ではなぜ投資が思うほど進まないのでしょうか?消費が伸びないからです。もし企業が投資したにも関わらず、生産に見合うだけ消費が伸びなければ、投資は失敗してしまいます。物が売れないのに、投資するはずがありません。
設備投資を高めるには、まず消費が必要です。
そのためにヘリコプターマネーです。おカネの出所がどこだろうと企業にとっては関係ありません。おカネに色は付いていない。もしヘリマネで国民の消費が増加すれば、企業の目の色が変わります。利益を求めて先を争って設備投資を始めるはずです。企業とはそういう生き物です。
人手不足などまったく問題ありません。
消費不足こそ超大問題です。
庶民にカネのない事が経済成長の最大の問題です。
日本がバブル経済だったころ人手不足はすさまじく、アルバイトの賃金が正社員の新入社員の賃金より遥かに高いほどでした。それでも「人手不足が経済成長の足かせになる」と大騒ぎになった話は聞いたことがない。
経済成長は人手の増加ではなく、設備投資(資本装備率の向上)つまり機械化によって成されてきた部分が遥かに大きい。なぜなら、生産性の向上の最も大きな部分は、機械化によって達成されるからです。産業革命とはそういうことです。もちろん機械化以前にマネジメントがアホな会社もありますが。
人手が足りないからといって安易に移民を入れても、生産性はまったく向上しません。むしろ生産性は低下します(資本装備を増やさない場合)。ただし(生産量)=(労働人口)×(生産性)ですから、人手が増えれば生産量が増加するのはあたりまえ。だから、移民を受け入れれば企業の経営者のマネジメントがどんなに無能であっても経済が成長するわけですw。
ただし、生産量の増加に見合うだけ消費も増加しなければ、売り上げは増えませんから、移民を入れても経済はまったく成長しません。売れなければ企業にとって社員を増やす意味はありませんので、移民を雇用してコストダウンしつつ、国民をリストラする=国民の雇用を奪う結果をもたらすだけです。製造コストが下がってデフレになり、しかも売れないので海外へ輸出を始める。
一方、移民に頼るのではなく、投資を行えば機械化が進みますから、人手が増えなくとも生産量が増加します。ただし、投資は経営者が無能だと判断が難しいですね。経営者にとっては投資より移民に頼る方が頭を使わなくて楽ですw。
設備投資が不足しています、これが経済成長の足かせになります。ではなぜ投資が思うほど進まないのでしょうか?消費が伸びないからです。もし企業が投資したにも関わらず、生産に見合うだけ消費が伸びなければ、投資は失敗してしまいます。物が売れないのに、投資するはずがありません。
設備投資を高めるには、まず消費が必要です。
そのためにヘリコプターマネーです。おカネの出所がどこだろうと企業にとっては関係ありません。おカネに色は付いていない。もしヘリマネで国民の消費が増加すれば、企業の目の色が変わります。利益を求めて先を争って設備投資を始めるはずです。企業とはそういう生き物です。
人手不足などまったく問題ありません。
消費不足こそ超大問題です。
庶民にカネのない事が経済成長の最大の問題です。
2017年2月15日水曜日
「平等に貧しくなろう」の時代錯誤に驚く
あるご高齢の学者が「日本はもう人口が増えないのだから平等に貧しくなろう」と中日新聞の紙面に書き、ネットで騒ぎになっています。それなりの学者ですら、こんな程度の認識なのです。これでは日本が本当に貧しくなってしまう。
こうした高齢者は人工知能やロボットの現状と未来を知らないのでしょう。おそらく自分は先が短いからと思って未来に何の興味もない。だから「20年後に日本の約半分(6500万人)の仕事が機械に代替可能になる」という野村総研の研究レポートも、「AIに47%の仕事が奪われる」という米国政府のレポートも見たことがないはずです。もし見ていれば「平等に貧しくなろう」と考えることが、どれほど愚かであるか誰でも気付くはずだからです。
誰か学者先生に教えてあげたほうが良い。
とはいえ、厚生労働省も新聞マスコミも似たようなものです。彼らの大好きなフレーズは「1人の高齢者を何人の現役世代で支ええるか」です。発想がまるでこの学者と同じ。つまり彼らは生産活動を「人力に頼っている」わけw。人力車の時代に生きています。
1人の現役世代が人力車で運べる高齢者の人数はせいぜい2人です(逆に言えば2人で高齢者1人を支える)。ところが文明が進化すると1人の現役世代が「バス」というものを使います。こいつは1人の現役世代で40人くらいの高齢者を運べるわけです(逆に言えば40人で高齢者1人を支える)。さすがに高齢者でもバスはご存知でしょう。同じことです。1人の現役世代がロボットを使えば10人くらいの高齢者をらくらく養えるかも知れません。
高齢者を養うのは人力ではない。テクノロジーです。
高齢化による日本における生産年齢人口の減少は今後20年でおよそ600万人と推計されていますが、野村総研や米政府の推計が正しければ、20年後に機械に代替可能な労働者は最大で3000万人(労働者の約半分)*にもなります。つまり、生産年齢人口の減少の5倍の速度で機械化が進む可能性がある。人間が居なくとも機械が自動的に生産(サービス含む)してしまうのです。
機械が使い切れないほど富を自動生産する時代になるのに、どうすれば人々は貧しくなれるのか。意図的に貧しくならない限り、貧しくなることは困難を極めるでしょう。それとも「意図的に貧しくなることを望んでいる」のでしょうか?
しかし問題は、厚生労働省と御用学者、新聞マスコミそして大部分の高齢者の認識が未だに「人力車の時代」から一歩も先に進んでいないという驚愕すべき事実が明らかになったことです。人力車の時代を前提にして社会政策を論じられたのでは、たまったものではありません。これでは本当に日本全体が衰退して貧しい国になってしまう恐れがあります。
厚生労働省、御用学者、新聞マスコミ、高齢者の「人力車思考」を変えるべく、言論活動、ネット活動に励みましょう。
*修正しました
こうした高齢者は人工知能やロボットの現状と未来を知らないのでしょう。おそらく自分は先が短いからと思って未来に何の興味もない。だから「20年後に日本の約半分(6500万人)の仕事が機械に代替可能になる」という野村総研の研究レポートも、「AIに47%の仕事が奪われる」という米国政府のレポートも見たことがないはずです。もし見ていれば「平等に貧しくなろう」と考えることが、どれほど愚かであるか誰でも気付くはずだからです。
誰か学者先生に教えてあげたほうが良い。
とはいえ、厚生労働省も新聞マスコミも似たようなものです。彼らの大好きなフレーズは「1人の高齢者を何人の現役世代で支ええるか」です。発想がまるでこの学者と同じ。つまり彼らは生産活動を「人力に頼っている」わけw。人力車の時代に生きています。
1人の現役世代が人力車で運べる高齢者の人数はせいぜい2人です(逆に言えば2人で高齢者1人を支える)。ところが文明が進化すると1人の現役世代が「バス」というものを使います。こいつは1人の現役世代で40人くらいの高齢者を運べるわけです(逆に言えば40人で高齢者1人を支える)。さすがに高齢者でもバスはご存知でしょう。同じことです。1人の現役世代がロボットを使えば10人くらいの高齢者をらくらく養えるかも知れません。
高齢者を養うのは人力ではない。テクノロジーです。
高齢化による日本における生産年齢人口の減少は今後20年でおよそ600万人と推計されていますが、野村総研や米政府の推計が正しければ、20年後に機械に代替可能な労働者は最大で3000万人(労働者の約半分)*にもなります。つまり、生産年齢人口の減少の5倍の速度で機械化が進む可能性がある。人間が居なくとも機械が自動的に生産(サービス含む)してしまうのです。
機械が使い切れないほど富を自動生産する時代になるのに、どうすれば人々は貧しくなれるのか。意図的に貧しくならない限り、貧しくなることは困難を極めるでしょう。それとも「意図的に貧しくなることを望んでいる」のでしょうか?
しかし問題は、厚生労働省と御用学者、新聞マスコミそして大部分の高齢者の認識が未だに「人力車の時代」から一歩も先に進んでいないという驚愕すべき事実が明らかになったことです。人力車の時代を前提にして社会政策を論じられたのでは、たまったものではありません。これでは本当に日本全体が衰退して貧しい国になってしまう恐れがあります。
厚生労働省、御用学者、新聞マスコミ、高齢者の「人力車思考」を変えるべく、言論活動、ネット活動に励みましょう。
*修正しました
2017年1月18日水曜日
厚労省の年金だまし絵図
厚生労働省は「年金だまし絵図」が大好きです。「65歳以上の年金世代を何人の現役世代で支えるか」という例の図です。この絵図をマスコミが常に垂れ流していますから、騙される人は多いと思います。
しかし、この図は「生産性」という概念が欠落しており、そのため、テクノロジーの進化でどれほど生産性が向上しても、「必ず現役世代の負担が大きくなるようにできている」のです。お笑いですが、まさに騙しのトリックですね。
この図式は現役世代の負担と言いつつ、単に人口比をあらわしているに過ぎません。つまり、
現役世代の負担=高齢者の人口/現役世代の人口
です。これでは高齢者人口の割合が増える限り、負担が高まるのは当然です。しかし実際にはテクノロジーの進化により、現役世代の1人当たり生産性は向上します。もし生産性を考慮するのであれば、
現役世代の負担=高齢者の人口/現役世代の人口×生産性上昇率
となります。現役世代の人口が減少しても、生産性が向上すれば負担は変わらないわけです。さらに言えば、現役世代の人口が減るよりも生産性上昇率が大きければ、現役世代の負担は年々軽くなるでしょう。「財の生産」という経済の本質から考えた場合、現役世代の負担が増えるとは限らない。
もし、数式を使わずに絵図だけで例えるならば、後の時代では、現役世代の人数は減るものの、人々がマッチョな怪力男になって、高齢者をラクラク支えるような図になるでしょう。テクノロジーによって1人当たり生産力が増強されるからです。
とはいえ厚生労働省や財務省のように「税金の歳入・歳出でしか考えられない脳」の場合、どれほどテクノロジーが進化しても現役世代の負担が増え続けるとしか理解できません。基本的に税収の総額は現役世代の人数によってきまるからです。つまり、経済の実態とはつじつまが合いません。
矛盾の理由は、
「税金の歳入・歳出でしか考えられない脳」にあります。
テクノロジーの進化により、高齢者の生活をささえるための財(モノやサービス)は必要十分に生産されるようになります。しかし、財源をすべて家計への税収に頼るがゆえに、財を分配するための通貨が不足してしまうのです。ですから、通貨を発行して年金に上乗せすればよい、ただそれだけのことです。
「年金だまし絵図」をちらつかせて増税と福祉削減を誘導する財務省、厚生労働省、新聞マスコミに騙されてはいけません。
しかし、この図は「生産性」という概念が欠落しており、そのため、テクノロジーの進化でどれほど生産性が向上しても、「必ず現役世代の負担が大きくなるようにできている」のです。お笑いですが、まさに騙しのトリックですね。
この図式は現役世代の負担と言いつつ、単に人口比をあらわしているに過ぎません。つまり、
現役世代の負担=高齢者の人口/現役世代の人口
です。これでは高齢者人口の割合が増える限り、負担が高まるのは当然です。しかし実際にはテクノロジーの進化により、現役世代の1人当たり生産性は向上します。もし生産性を考慮するのであれば、
現役世代の負担=高齢者の人口/現役世代の人口×生産性上昇率
となります。現役世代の人口が減少しても、生産性が向上すれば負担は変わらないわけです。さらに言えば、現役世代の人口が減るよりも生産性上昇率が大きければ、現役世代の負担は年々軽くなるでしょう。「財の生産」という経済の本質から考えた場合、現役世代の負担が増えるとは限らない。
もし、数式を使わずに絵図だけで例えるならば、後の時代では、現役世代の人数は減るものの、人々がマッチョな怪力男になって、高齢者をラクラク支えるような図になるでしょう。テクノロジーによって1人当たり生産力が増強されるからです。
とはいえ厚生労働省や財務省のように「税金の歳入・歳出でしか考えられない脳」の場合、どれほどテクノロジーが進化しても現役世代の負担が増え続けるとしか理解できません。基本的に税収の総額は現役世代の人数によってきまるからです。つまり、経済の実態とはつじつまが合いません。
矛盾の理由は、
「税金の歳入・歳出でしか考えられない脳」にあります。
テクノロジーの進化により、高齢者の生活をささえるための財(モノやサービス)は必要十分に生産されるようになります。しかし、財源をすべて家計への税収に頼るがゆえに、財を分配するための通貨が不足してしまうのです。ですから、通貨を発行して年金に上乗せすればよい、ただそれだけのことです。
「年金だまし絵図」をちらつかせて増税と福祉削減を誘導する財務省、厚生労働省、新聞マスコミに騙されてはいけません。
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