2018年12月14日金曜日

水道民営化の何が問題か

水道事業は役人が経営するより、経営ノウハウを持つ民間が経営したほうが効率化が図られることは間違いないでしょう。では民営化の何が問題なのか。

問題は、水道事業を経営した結果生まれた利潤が株主に配当される点にあります。つまり、「公的な事業から、カネ(不労所得)が第三者に抜き取られる」わけです。公的な投資によって整備されたインフラの上に成り立つのが今の水道事業です。ですから、本来であれば、水道事業で計上される利潤、つまり剰余金はすべて地方自治体に還元されなければならない。あるいは、水道料金の値下というかたちで、利用者に還元されなければならない。それがあるべき民営化の姿です。

もし、民営化の効果がすべて国民あるいは自治体に還元されるのであれば、民営化に反対する理由はありません。しかし、今のままでは、必ずしもそうならないのではないか。公的な事業からカネを抜き取る資本家が、カネを抜き取るための道具として水道事業を利用するのではないか、との疑念を払拭することができません。

そもそも、経営の効率化は、経営者の手腕であって、株主は関係ない。もし水道事業の効率化とサービス向上に成功すれば、経営者にそれ相応の報酬が支払われるのは当然です。しかし、株主は関係ない。今まで水道事業に膨大な投資してきたのは、公的部門であって株主ではない。

仮に株主に配当が支払われるのであれば、株主は100%自治体であるべきでしょう。そうであれば、どこかにカネが抜き取られることはないからです。株主が100%自治体であっても、経営者は民間の経営者なのですから、立派な民営化です。

不思議なことに、こうした議論を見かけることはあまりありません。民営化は全部反対、あるいは民営化が全部正しい、という話しか見えません。しかし、本質的に考えてみれば、誰が経営するかに関係なく、公的サービスのすべての利益が、誰かに抜き取られることなく、すべて国民に還元されれば問題ないはずです。

水道事業は、値上げしない限り、おそらく黒字化しないでしょう。設備が老朽化して、今後ますますコストが上昇することが明白だからであり、しかも、地方は利用者も減少するから、売り上げも低下する。ですから、さらに税金を投入しない限り、水道事業は維持困難になります。そこで、緊縮財政をたくらむ財務省は、水道事業の切り離しを狙っているのです。これこそ、最大の問題です。

財務省の水道切捨て作戦に対抗し、公的支出によって水道事業を維持しなければなりません。そのためには、効率化によって、支出をなるべく抑える努力も必要でしょう。しかし、効率化を口実にして、カネを抜き取られては意味がない。だから、第三セクターのような形態に限定するなど、私企業の利益追求の道具にされないような配慮が必要です。

それでも、どんなに効率化したところで、本質的に黒字化するのは不可能です。効率化しつつ、公的な支出によって支える必要があるはずです。そのためにも、財務省を黙らせる必要があると思います。


2018年12月12日水曜日

サンタさんは、ばら撒きの悪人

(注)これは、クリスマス時事のナンセンス・ストーリーですw。特に深い意味はありません。

先生「みなさん、まもなくクリスマスですね。さて、今日はサンタさんについて考えてみましょう。サンタさんについて、みんなはどんな思いを抱いていますか?」

Aくん「はい、ボクは、サンタさんは、ばら撒きをする悪い人だと思います。サンタさんはプレゼントをばら撒いていますが、ばら撒きは良くないと新聞に書いていました。」

先生「いや、あれはプレゼントだから、いいんじゃないかな。」

Aくん「プレゼントでも、ばら撒いていることに違いないと思います。ばら撒きは良くないです。」

Bくん「ボクもそう思います。そもそも財源はどうするんですか。」

先生「財源って・・・それは、どこかのおじさんがサンタさんに寄付してくれるんじゃないかな。」

Bくん「こんなデフレの時代におカネを寄付するほど儲けている大人にろくな人はいません。庶民から搾取している資本家に違いないと思います。」

Aくん「そういえば、ばら撒きは将来世代へのツケを増やすと新聞に書いてあったよ。将来世代って、ボクらのことじゃないかな。つまり、サンタは銀行から借金して、それを財源にプレゼントをばら撒いているんだと思います。そして将来、その借金をボクたちに押し付けてくるんです。」

Bくん「確かにそうかも知れない。ボクたちが子供の時には、プレゼントをくれるけど、大人になったら増税して、ボクたちから税金を巻き上げる気なんだ。将来の増税の口実をつくるために、ばら撒きしているに違いないと思います。」

先生「いや、増税とか、そんな大それた金額じゃないし。」

Aくん「先生!、今はおカネのない時代ですから、そういう小さなことも見逃してはいけないと思います。ばら撒きは良くない、選択と集中なんです。生産性です。」

Bくん「そうだ、生産性だと思います。選択と集中もせずに、みんなにばら撒きするサンタさんは悪い人だと思います。自己責任の時代なんですから、サンタのことなんか考えるより、英単語や算数の公式を一つでも覚えるほうが就職に有利になります。」

先生「それじゃ、夢がないよね・・・」

Aくん「そんなのは、大人たちの抱く勝手な夢に過ぎません。大切なのは夢ではなくカネです。カネがなければ何もできません。財源がすべてです。ボクたちは、生産性に支配された自己責任の社会へ向かうレールの上に乗っているんです。誰一人逃れることはできません。サンタのプレゼントなんて慰めにもなりません。一日一日、ボクたちは着実にそこへ向かっているのです。」

Bくん「夢とかいってるけど、先生だって過労死寸前じゃないですか。教育現場にもっとカネがあれば、先生の人数が増やせて楽になるのに。それ財源、財源、財源!」

先生「いや、もうサンタなんかどうでもいいわ。プライマリーバランスに呪われた子供をなんとかしてくれ!」

2018年12月11日火曜日

ベーシックインカム動画の第2回UPしました


ベーシックインカム動画の第2回です。1800年ごろから始まるベーシックインカムの思想的な歴史と、一般的な定義についてご説明します。ベーシックインカムは、最近になってにわかに出てきた思想ではなく、長い歴史を持っています。次回は年明け、松の内の公開を目標に制作します。けっこう、大変ですw。
https://youtu.be/btKXGg7SRxM

2018年12月4日火曜日

「財源には限りがある」のセリフは間違い

財務省の手先である緊縮派の新聞や御用学者の常套句である「財源には限りがある」のセリフは間違いです。「財源は無限にある」が正しいのです。

財源に限りはありません。なぜなら財源とは通貨の調達のことですから、何も税金や借金(国債)に限ったことではないからです。通貨は発行すればいくらでも作り出せる。ですから、おカネと言う意味での財源に限りはまったくありません。「財源は無限にある」が正しいのです。

ただし、財の供給力には限りがあります。財とはモノやサービスのことであり、実際に価値のあるものです。これは通貨と違って、ポンポンと簡単に作り出すことはできません。供給力を支える資源も生産資本も数が限られています。ですから「供給力には限りがある」は正しいのです。

しかし、緊縮派の新聞や御用学者は「財の供給力」を無視します。なぜなら、先進工業国である日本には非常に大きな財の供給力があるのですが、それを言い出すと「緊縮できない」からです。それだけ大きな供給力があるのですから、通貨を発行して通達するだけで、社会保障やインフラ投資などを実現することができます。

そこで、緊縮派の新聞や御用学者は「財源に限りがある」と言います。財源は税収の範囲に限られると主張し、それを「プライマリーバランス」と言います。そのようにすることで、通貨の調達に自ら上限を嵌めてしまうわけです。そうすれば、仮に日本にどれほど供給力があったとしても、プライマリーバランスを上限として、供給をそれ以下に押さえることができます。プライマリーバランスという建前によって、日本経済の頭を押さえつけるのです。

このように、財務省は日本経済にプライマリーバランスというレベルキャップを嵌め、意図的に日本経済を押さえつけているのです。そのような意図がなかったにせよ、結果的に、財務省は日本経済を押さえつけているのです。これは陰謀論ではなく、客観的な分析です。

しかし、これは実に馬鹿げた行為です。日本の経済の上限は税収(プライマリーバランス)にあるのではなく、供給力にあります。供給力を100%有効に活用するにはどうするか?その場合、プライマリーバランスをガン無視して、インフレターゲットを採用します。つまり、インフレターゲットを3%くらいに設定して、その範囲で財政支出を行なうわけです。

余談ですが、その場合に問題になるのは、民間銀行の信用膨張がインフレを想定以上に押し上げるリスクです。バブルのリスクもあります。そうした懸念にあらかじめ対処するためには、民間銀行による通貨発行を停止して、政府(日銀)だけが通貨を供給する「ソブリンマネー」の仕組みが有効です。

「財源には限りがある」というセリフは間違いです。重要なのは財源ではなく供給力です。先進工業国である日本では「プライマリーバランス」という発想は、日本経済の頭を押さえつけて、日本経済を停滞あるいは衰退させる原因になるのです。