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2018年2月1日木曜日

極度のグローバリズムは必要ない

労働者が豊かな生活を送るためには、最大までグローバリズムを推し進める必要はありません。むしろ国内のおカネの循環を最大まで高める方がより効果的です。

長年の人生経験で理解したことは、労働者により良い生活を実現するためには、最大までグローバリズムを推進することで資源の効率的利用を極限まで高めることよりも、国内のおカネの循環を最大化することにより、国民の隅々にまでおカネを行き渡らせることが効果的であり、必ずしも最大までグローバリズムを求める必要はないということです。

しかし、「グローバリズムを最大まで推し進める必要は無い」と主張すると、なぜか「それは鎖国するということか」「孤立主義だ」とすぐに極論を言い出す連中が出てきます。特に新聞マスコミがそうです。だれもそんな極端な話をしているのではありません。

今日の世界において孤立主義など成立しません。世界の国々はそれぞれの国土で生産・産出できる資源に偏りや多寡があります。ゆえに多国間においてそうした資源の交換が必要不可欠であることは当然だからです。また文化交流、学問的な交流は、それこそ相互の文化や学問の向上に役立ちます。そのようなグローバリズムは最大化すればよいのです。

しかし、資本主義的なグローバリズムを最大化しなければ互いの社会が成り立たないわけではありません。確かに資本主義グローバリズムを最大化すれば資源の利用効率は間違いなく高まります。しかし、それが必ずしも多くの人々の生活向上に役立つとは限らないことが、この失われた20年の間に理解されたことでしょう。

日本においてこの失われた20年の間に資本主義グローバリズムは確実に拡大しました。農産物等を除いて関税はほぼ無くなりましたし、資本のグローバル化によって日本の工場の多くは中国などの途上国に移転しました。

しかしその間、労働者の賃金は減り続け、非正規雇用が増加し、ブラック企業が跋扈し、格差が拡大し、子供の6人に1人が貧困という社会になったのです。

ですからグローバリズムを最大化することが労働者の生活向上に結びつくとは限らないのです。むしろ国内のおカネの循環を向上させ、景気を良くすることがはるかに効果的です。しかも輸出の拡大による景気回復は、自由貿易による資源利用の効率化の恩恵とは限りません。むしろ輸出によって国内のおカネの循環が増加することでもたらされていると考えられます。貿易は国内のお金の循環を増やすための手段に過ぎない可能性もあるのです。

グローバリズムは確かに必要ですが、必ずしも資本主義的なグローバリズムを最大化する必要はありません。むしろ深く考えもせずに「グローバリズムを最大化することは良いことだ」とするならば、たとえグローバル資本が儲かったとしても、それが一般庶民の生活向上に結びつくとは限らないと思うのです。


2018年1月29日月曜日

「反グローバリズム=孤立主義」はマスコミの印象操作

マスコミには「反グローバリズム=孤立主義」と主張する記事ばかり流れてますが、そもそも今日の世界において孤立主義など存在し得ない。「極論」を持ち出すマスコミによる勝手な決め付けは印象操作に過ぎないのです。

反グローバリズム運動にも様々なバリエーションがあります。もちろん、その中には非現実的で過激な鎖国政策のような主張をする人々もいるでしょうが、彼らをして、グローバリズムに反対するすべての人たちが同じである、との印象を与えるマスコミの報道には極めて憤りを覚えるのです。

多くの穏健な反グローバリストは孤立や鎖国のような「極論」など持っていないでしょう。行き過ぎたグローバリズムに警鐘を鳴らしているのです。今日におけるグローバリズムはグローバル資本に主導される「拝金主義」グローバリズムであり、それが働く人々の格差を広げ、社会を二極化=分断化している。このような社会の分断化を推し進める拝金主義グローバリズムに対する強い怒りが反グローバリズムの主流なのです。

まさに、拝金主義グローバリズムが社会を分断している。

ところが驚くべきことに、新聞マスコミの手にかかると、これがいつの間にかまるで逆の話に摩り替わり、「反グローバリストが社会を分断している」ことになっているのです。これは恐ろしいほどの印象操作です。

そもそも反グローバリストを生み出しだしたのは誰なのか?右翼でも左翼でもなく、拝金主義グローバリズムなのです。もし拝金主義グローバリズムが社会に歪みをもたらさなければ、そもそも反グローバリストなど出てこないのです。

社会に二極化と分断をもたらした張本人である「拝金主義グローバリズム」が、あたかも正義であり、それによって苦しみを与えられて立ち上がった人々を、あたかも悪であるとする新聞マスコミ。安倍を許さないのも結構ですが、自分は欺瞞と偽善にまみれた新聞マスコミを許さないのです。

2017年11月10日金曜日

移民で日本が豊かになる妄想

移民を推進しても日本は豊かにならない。マクロで考えれば当たり前のことです。移民政策の前後で何が変わるのか?人口が増えるだけなのですよ。

新聞テレビが余計な情報をワンワンと流すために多くの人々は頭が混乱していますが、冷静に考えれば誰でもわかることです。移民政策を行って何が変わるのか、それは日本の人口が増えることです。それだけです。では、日本の人口が増えると豊かになるのか?なりません。

そもそも人口と豊かさには関係がないからです。中国は13億も人口がありますが、GDP総額は大きくても1人当たりに換算すればそれほど高くない。ルクセンブルグのような小国は中国に比べればアリのような人口ですが、1人当たりGDPは高い。豊かな国なのです。

世界的に見ても、人口が多いほど豊かだという国はないですね。イギリスもフランスもドイツも日本より人口は少ないですが、日本より貧しいわけではありません。

人手不足で経済成長しないとマスコミに煽られると、マクロで考えない人は直ぐに騙されます。確かに人手が増えれば総額としてのGDPは増えますが、同時に人口が増えるわけですから、1人当たりに換算すれば何も増えないのです。割り算ができれば、小学生でもわかります。

それどころか、人手不足だからこそ賃金が上昇するのです。バブルの時代に賃金が上昇した理由は、人手が不足したからです。人手が不足しないで、どうやったら労働市場で賃金が上がるのか。賃金は市場原理で決まるのですよ。

移民を「奴隷」として入れれば話は別です。移民から労働搾取すれば日本人は豊かになる。ブラック企業で低賃金・長時間労働で働かせて、その分だけ日本人が楽になるシステムを構築するのです。移民を底辺とする格差社会を作れば、日本人は豊かになる。そんな非人道的なことが許されるのでしょうか。

豊かな社会とは、総額としてのGDPが大きい国ではなく、1人当たりGDPが大きい国のことです。1人当たりGDPを増やすためには、人数を増やしても意味がありません。1人当たりの生産性を高めることです。生産性を高める最も有効な手段は「資本装備率」です。すなわち機械化なのです。

右派・左派ともに、移民政策で日本が豊かになると勘違いしている奇特な人がいまでも多い、それどころか新聞テレビまで勘違いしている。景気対策はおカネを発行して国民に配れば済む簡単なお仕事なのに、わざわざ移民だの何だのと、本質とは無関係の話を持ち出して、本業をないがしろにしている。物事の優先順位がわからない。

企業でも物事の優先順位がわからず、良いとされる戦術を手当たり次第に実行するダメ経営者がいますが、そういう企業は潰れます。企業はそれでも結構ですが、日本国において優先順位も分からずに国を潰されたのでは、国民は悲劇でしょう。


2017年3月10日金曜日

ベーシックインカムなきユーロ圏は搾取社会

欧州はグローバリズムによって分断・破壊されつつあります。統一通貨ユーロはさらに問題は深刻化しています。欧州の破壊を止めるには、ベーシックインカムを導入するしかありません。また、ユーロだからこそ絶好の機会だとも思います。

資本主義グローバリズムが欧州で猛威を振るっています。貿易障壁の撤廃によって競争力の高い国がユーロ通貨を通じて富を独占する。つまりギリシャ、イタリア、スペインなどのおカネがドイツに吸い上げられ、ドイツ1人勝ちを生んでいます。労働資源の移動の自由化により移民が続々と流入し、雇用の奪い合いになっています。生産過剰、需要不足を放置し、経済は低迷。まさにグローバリズムが社会を分断し、人々の憎しみを生み出しています。

この先、テクノロジーの進化により、カネの奪い合いや雇用の奪い合いがさらに激化することはあっても、解消することはないでしょう。剥き出しの資本主義とはそのようなシステムなのですから。

グローバリズムを放棄するか、さもなくば
ベーシックインカムを導入するか。

そのどちらかを選ぶ必要があるでしょう。このまま一方的にグローバリズムを進めれば、グローバリズムに排斥された多くの人々の不満はさらに高まり、極右・極左などの過激主義が台頭し、移民や外国人への憎しみが広がると思われます。欧州の分断は決定的になるでしょう。

一方、ユーロ圏でベーシックインカムを導入すれば、イタリア、ギリシャ、スペインといった国々における貧困問題は劇的に解消されるでしょう。ECB(欧州中央銀行)がユーロを発行してユーロ圏のすべての国民におカネを給付するのです。また富裕層への課税も財源にすべきでしょう。それにより、おそらくドイツがユーロ圏から吸い上げたおカネが再びユーロ圏の国々に還流し、経済を押し上げるはずです。ユーロ圏全体でおカネを回すのです。

ベーシックインカムが実施されれば、失業者の生活が保障されるだけでなく、おカネが回って雇用も生まれ、雇用の奪い合いは解消します。それは移民外国人に対する反発や憎しみを和らげるでしょう。またユーロ各国におカネが分散すれば、各国で雇用が生まれ、仕事を求めてユーロ圏内を移動する移民も減るはずです。圏外からの移民については別に検討すればいい。

その結果、どこかの国がカネを独占することなく、ユーロ圏のすべての国がそれなりのバランスを持って成長することができると思うのです。それがユーロ圏の本来の理想ではないでしょうか。

ドイツは1人勝ちでなく、ユーロ圏に貢献するようになる。
ただし、通貨を通じた富の独占という、うまい汁は吸えなくなる。

資本主義グローバリスムは人々を雇用に縛り付けたまま、自由貿易と移民で庶民をなぶり殺しにしています。人々が怒り、過激化するのは当然であり、憎しみと分断を生み出しています。それを緩和する唯一の方法はベーシックインカムでしょう。ベーシックインカムなきユーロ圏は搾取社会です。

そしてユーロ圏におけるベーシックインカムの導入は、ベーシックインカムの単一通貨・多国家圏における効果と、単一通貨である国内の地方における効果を示してくれるはずです。



2017年3月9日木曜日

中国のグローバリズムはご都合主義

トランプ米政権の保護主義を受けて、中国共産党はグローバリズム、多国間主義の立場を明らかにして主導権を握ろうとしているように思われますが、所詮、中国のグローバリズムはご都合主義です。

中国共産党のご都合主義はあまりに露骨で驚きます。一帯一路政策やらRCEPやらで自由貿易の推進に力を入れていますが、自由貿易の理念に賛同しているのではなく、中国の利益のために自由貿易を利用しているにすぎません。利用できなくなれば直ぐにでも捨てるでしょう。

例えば、中国共産党は、韓国がTHAADミサイルの配備を決めると態度を豹変。ミサイル基地へ土地を提供したとされる韓国・ロッテ社製品を市場から締め出し、ロッテにサイバー攻撃まで仕掛けたという。中国から韓流を排除し、中国人の韓国への旅行を妨害し、民間レベルで韓国商品の不買運動を展開しています。中韓自由貿易協定などまるで無いも同然です。

中国共産党の主張する南京大虐殺問題に疑問を投げかける本を客室に置いただけで、日本の某ホテルに対しても狙い撃ちで圧力をかけてきました。

また、多国間主義などと言いながら、外交面においては多国間主義を強烈に否定しています。南沙諸島を巡る問題に関しては、国連や国際司法裁判所のようなグローバルな仕組みを非難し、二国間協議での解決を主張しています。

まさに「中国共産党第一主義」

中国のグローバリズムはご都合主義であり、自国の利益によって主張を好き勝手に変えてきます。そもそも民主化すらされていない中国共産党・一党独裁国家など信用できるはずがありません。

中国の人々の自由のためにも、一日も早い民主化が望まれます。


2016年12月16日金曜日

脱グローバル化は時間をかけるべき

トランプ氏がアメリカの次期大統領に決まり、グローバリズムを見直す動きが広がりつつあります。脱グローバル化です。これは各国の経済的な独立性を高め、リスクに強い自立した経済を確立する意味では、とても歓迎すべきだと考えています。しかし、急にやってはいけないと思います。

グローバリズムは前の世紀から、何十年も時間をかけて行われてきた社会システムの「構造改革」です。構造改革にはそれくらい時間がかかります。ですから、何十年もかけて改造された構造を正常化するにも、何年もの歳月が必要とされるはずです。

実際、各国はすでに依存関係にあります。経済の効率化を優先したため、独立性がそこなわれ、他国に依存しなければ経済が成り立たない状況にあります(経済的依存症)。この構造において、各国間のおカネの循環がすでにできており、その通貨循環を前提に経済が動いています。もし急激に構造を変更すると、通貨循環がうまくゆかなくなり、経済が混乱、マヒ状態に陥る可能性があります。

ですから、慎重に、周到な準備を行いつつ、長期的な計画に基づいて脱グローバル化を進めなければなりません。もし拙速な判断で混乱を起こせば、再び依存症グローバリズムに引き戻される危険性もあると考えられます。

グローバリズムの有効性はテクノロジーの進化と共に薄れます。人工知能と完全自動生産工場が普及すると、各国ともさらに生産過剰と人手あまりが増加して、分業どころではなくなるでしょう。しかも、自動生産機械や完全リサイクルが普及するほど、どの国も生産条件が似てきます。つまり、国際分業の必要性が希薄になります

とはいえ、テクノロジーはまだ完全にそのレベルには達しておらず、薄れたとはいえ、国際分業の有効性も残っていると思います。また途上国と先進国の為替差もまだまだ大きい。ですから、急ぐ必要はありません。急げば逆効果です。

そうした点から言えば、トランプ氏が急進的な脱グローバル化を図ろうとするなら、これはあまり賢明な方法とは思えません。

まず、最初にすべきは、これ以上過激なグローバル化が進まないよう歯止めをかけることでしょう(無節操な移民や過度な自由貿易協定)。そのうえで、時間をかけて構造を改革し、他国に依存しない経済的な独立性とリスクへの強靭性を高める。そして、短期的な対策としては、政府支出の増大による内需活性化や、分配政策により、速やかに不満を持つ国民に対処すべきではないかと思うのです。

2016年11月22日火曜日

自由貿易はロマンチックな夢想

資本主義のロマンチストである安倍首相は、自由貿易至上主義についての信仰心も高い。自由貿易ですべて解決できると信じて疑わないようです。グローバリズムに対する懐疑的なみかたが広がらないよう国民に説明し、自由貿易の利益をひろく行き渡らせるという。しかし、具体的にどんな方法で行き渡るのか?何の説明も無い。説明のしようがないからです。

自由貿易とは、その実際は国際分業です(リカード仮説)。各国がそれぞれの国内で最も生産効率の高い財の生産に特化し、これを貿易で完全に相互分配することで、貿易国の総生産力が貿易する前よりも高まる。これが経済成長であり、これが人々に行きわたれば、貿易する前より豊かになる。そういう考えです。

確かに、生産能力がまだまだ不十分だった過去の時代において、貿易を行う国全体の総生産量を増加させるために、国際分業が有効だったことは間違いないでしょう。しかし、生産過剰、消費不足、投資不足という、新たな時代に突入した現在、自由貿易で、さらに総生産力を増加して、いったい誰が消費するのか。そんなカネは庶民にありません。

自由貿易の利益が国民に行き渡るためには何が必要か。自由貿易によって庶民にカネが行き渡たることです。そうでなければ、企業と資本家だけが利益を得るのです。グローバル化によって、庶民にカネが行き渡ったのか?実際にはバブル崩壊以降、中国への進出などで産業がどんどんグローバル化しましたが、逆にサラリーマンの平均所得は減少し続け、非正規雇用が増加しました。一方で中国の人々はどんどん豊かになった。これを「日本人が働かなくなって、中国の人ががんばったからだ」のように言った、とんでもない政治家が居たが、そういう根性論の話ではない。

国際分業とは、すなわち、国内における生産効率の高い財の生産に「特化」することを意味します。「特化」ですから、必然的に国内で生産効率の低い産業は潰れます。というか、どれかが潰れないと特化になりませんので、国際分業になりません。つまり、倒産と解雇を前提として成り立ちます。理論的に必ずそうなります。たとえば、繊維産業と自動車産業があれば、繊維産業が消滅して、その際、繊維産業で働いていた人々が自動車産業に就職する。そして自動車産業に特化する。これが国際分業です。

もちろん、それほど単純ではないため、ある程度は産業の多様性は保たれますが、基本的に産業の多様性は否定され、単純化されます。多様性は非効率なのです。

そして、国際分業によって潰れた産業から、特化した産業へすべての人が吸収されることで、すべての雇用が維持され、人々の賃金が貿易により増加し、したがって人々の生活が貿易前よりも向上します。ですから、あくまでも、特化した産業にすべての人が吸収されることが前提の仮説です。これなら理論どおりに、自由貿易によって経済成長と国民生活の向上が実現します。

では、実際にはどうか?国際分業によって潰れた産業から、特化した産業へすべての人が吸収されるのか?されません。

人を採用せず、機械を導入するからです。今後は、ますます機械が増えるでしょう。なにせ、国際分業は生産効率が高い産業に特化するんですから、ますます機械化します。したがって、国際分業の名目で押し出された人々のうち、必ず一定の人々は溢れます。ですから、国内において生産効率の高い、国際分業可能な、新たな産業を作り出さねばならなくなります。しかし実際に容易ではありません。それが難しいから問題が生じているのです。だからこそ、労働市場において人手が過剰となり、賃金水準が低下し、そこへ、「低賃金に特化したブラック企業」が誕生し、そこに人々が吸収されてゆくわけです。

しかも、これは日本だけでなく、自由貿易を行うすべての国で、同時に解決しなければならない課題となる。

そうした根本的な問題に、安倍首相は何か解決策を示したのか?
ロマンチックな資本主義の夢に酔うだけだ。

現実は甘くない。資本主義の理想的なメカニズムに沿って動かない。理想論どおりに動かないことに業を煮やして産業界に圧力をかけて、賃上げを呼びかけるのは、いかがなものか。そもそも、根本的なシステムがおかしいのに、理想的なメカニズムなど機能するはずがない。ロマンチストにはそれが理解できないのでしょう。



2016年11月18日金曜日

「多様性」という言葉に違和感がある

最近、しきりに「多様性」という言葉が使われます。文脈的には、民族や文化、宗教の多様性を尊重する、という意味で使われます。似たような言葉として多文化共生があります。しかし、生物学系の勉強をしてきた自分からすると、どうもマスコミの好きな「多様性」という言葉の用法に違和感を覚えてしまうのです。

生物学における多様性とは、生物学的多様性のことです。この多様性の概念は、民族、文化、宗教の多様性における重要性とほとんど同じであろうと思います。つまり、単一な構成要素からなる集団ではなく、多様な種からなる集団こそ、重要であるとの考えです。

そして、よく考えてみると、「多様性」には二種類の考え方が内在していることがわかります。しかも、その両方が重要であることが理解されるはずだと思うのです。それは、

①個々の多様性が尊重される(価値の同等性)
②個々の多様性が保持される(種の独立性の維持)

つまり、それぞれの民族、文化、宗教が同等の価値として尊重されると同時に、それらが未来永劫に継承され、保持され続けることが、多様性にとって必須となります。では、その成立条件は何でしょうか。

生物学的多様性については、たとえば外来種の問題があります。外来生物を日本国内へ持ち込めば、外来種によって既存種の存在が脅かされ、生物学的多様性は危機に瀕します。生物学的には「地理的隔離」は種の多様性の必須条件なのです。つまり、アメリカザリガニも日本ザリガニも、種として尊重されるわけですが、それらを同じ場所に混在することは不可能です。

ところが、なぜか、これが民族、文化、宗教の多様性となると話が違ってきます。それぞれの民族、文化、宗教を尊重することは大切ですし、仮に混在したとしても、それを尊重し、維持し続けることは、多様性の本来の意義から言って大切です。しかしだからといって、移民政策を推進し、それぞれを意図的に混在させるのとは根本的に違います。これは生物学的多様性から言えば、外来種の問題に該当します。つまり多様性の危機です。

グローバルな視点から俯瞰した際の多様性とは、生物学的には明らかに地理的な隔離によって成立しています。これが種の分化へとつながるわけです。民族、文化、宗教の形成過程においても、かなりの部分において、個々の地理的な隔離が前提となっていると思われます。こうした地理的な隔離をなくしてしまい、すべて同じ場所に混在させるなら、それは分化とは逆の方向、すなわち多様性の消失へ向かうことは間違いないと考えられます。

ですから、多様性を尊重し、かつ多様性を維持するためは、一定の地理的隔離が必要なのであり、多様性を尊重するなどと言いつつ、地理的隔離をこわしてすべてを同じ場所に混在させる「移民政策」は、多様性を危機に陥れる恐れが大いにあると考えます。尊重することと、ごちゃまぜにすることは同じではありません。

もちろん、生物学的には、地理的に隔離されて分化し、それぞれに進化した生物種が、遺伝的な隔離にいたる前に交雑し、新たな種を生み出すこともあるわけです。こうしたことは、民族、文化においても起こりえることであり、たとえばアメリカのように、異文化が混在することで、今までにない異なった文化が生まれることに意味はあるでしょう。しかし、これはあくまでも多様性における副次的な側面に過ぎないと思われます。すべての国をそのようにすることが、多様性にとって理想的ではありません。

しかし、移民政策に対するマスコミあるいは一部の左派の主張を見る限り、こうした視点はほとんど無く、今回指摘したような、多様性の誤った解釈に立脚した人権論、あるいはただ拝金主義的な効率論に立脚しているに過ぎないと思われるのです。尊重することと、混在することを同じにしか考えていません。

「多様性」という言葉を使って、民族や文化を意図的に同じ場所に混在させることの正当性を主張するのは大きな間違いです。尊重することと、意図的に混在させることはまるで意味が違います。それは多様性の成立条件を破壊することになり、やがて世界から多様性は永遠に失われてしまうでしょう。



2016年11月16日水曜日

「輸出が増えれば豊かになる」は短絡的

新聞マスコミは、何の疑いも無く「自由貿易は輸出を増やすから国民を豊かにする」という。そしてそうした記事を長年にわたり読まされてきた多くの人々も、すでに思考停止状態となり、言われるがままに、自由貿易で輸出が増えれば国民が豊かになる、と信じ込んでいる状態です。しかし、

なぜ、輸出が増えると国民が豊かになるのか?

多くの人々は、その事をきちんと考えたことがあるとは思えません。おそらく、その質問にはこう答えるでしょう。「輸出すれば、おカネが儲かる、だから豊かになる」と。その内容で多くの人々は納得してしまうと思われます。しかし、おカネが儲かったら豊かになるのか?

もしそうなら、輸出するのではなく、日本の政府がおカネをどんどん刷って、そのおカネで輸出用の商品をどんどん買えば、企業は儲かります。過去に発行したおカネであろうと、新しく発行したおカネであろうと、おカネに違いはないため、刷ったおカネで企業の売り上げが増えても同じことです。企業の売り上げが増えれば儲かることになるのですから。

あるいは、外国がおカネを発行して、たとえばアメリカがどんどんドルを発行して、そのおカネで日本から輸出用の商品をどんどん買えば、企業はやはり儲かります。つまり、「儲かるから豊かになる」というのであれば、新たに刷ったおカネで企業が儲けても同じことなのです。

何か変だと思うはずです。そうです、刷った紙切れと商品を交換しているからです。カネという視点だけで経済を考えているからおかしなことになります。「カネが儲かればよい」わけではないのです。カネが儲かって豊かになる理由は何か?それは、

儲けたカネでモノ(財)を買うことで、豊かになる。

つまり儲けただけでは意味が無い。例えば輸出で儲かっても、それは「おカネを手に入れただけ」なのです。紙切れを手に入れただけです。そのおカネで輸入を増やさねば豊かにならない。

すなわち、自由貿易で国民が豊かになるには、輸出をどんどん増やせば増やすほど、輸入も増やさねばなりません。紙切れだけ貰っても豊かになりませんから。では、輸入をどんどん増やすことはありえるのか?未来永劫に輸出と輸入を増やし続けることなど。

たとえば、前世紀(1900年代)であれば、世界の生産力はまだまだ低く、現在のような消費不足&生産過剰の経済状況ではありませんでした。こうした生産力が低い時代では、自由貿易による国際分業は一定の効果があったはずです。モノが足りないんですから。しかし、先進国における生産力はすでに飽和になっており、それぞれの国は輸入を増やすどころか、「オレの国の製品を買え」と、貿易戦争、通貨安戦争まで起きている有様です。

もう、古い時代の常識をそのまま適用することはできません。

生産過剰の時代では、貿易に関しても新しい常識が必要とされているはずです。それは一見すると保護主義であると思われがちですが、第二次世界大戦前のようなブロック経済を意味する、化石のような一国主義とは無関係です。

「自由貿易か鎖国か」、などという極端な二元論で考えることは単純すぎます。新しい時代の貿易は「儲かればよい」という拝金主義から脱し、世界中の社会や人々の暮らしとの、新しい、世界調和的な思想が必要だと思うのです。

2016年9月2日金曜日

新しいグローバリズムへ変革の時

英国EU離脱を受けて反グローバリズムの動きが世界で活発化しています。こうした動きを新聞マスコミは抑え込もうと必死に誘導を繰り返しています。時代への逆行であるとか、反知性主義であるとか、ポピュリズムといった具合です。

しかし現在のグローバリズムに問題があるからこそ、世界の人々の不満と反対が高まっているのであり、これこそが時代の新たな潮流であると思います。

とはいえ、グローバリズムそのものを否定する人々は少ないでしょう。世界の国々が相互に協力し、関連性を深めることはそれこそ、避けられないからです。問題は、その関連性のあり方にあるはずです。つまり反グローバリズム運動は単なるグローバリズムの全否定ではなく、既存の政治権力集団の目指すグローバリズムとは異なるグローバリズムの再定義、新しいグローバリズムへの変革を追求すべきでしょう。

良く考えるとグローバリズムには種類があり、「グローバリズム」の一言でまとめて片づけられるものではありません。

たとえば、個々の国々が博愛や互助の精神で融和を図ろうとするグローバリズムもあれば、拝金主義で市場原理主義に基づいて単一市場を押し進めるグローバリズムもあります。つまり、グローバリズムは精神面、文化面、物質面、金融面といった多面性を有するのです。ですから、すべてひとくくりにして「良いか悪いか」とは言えないのです。

こうした中で、特に問題となるのが金融面、つまり「拝金主義グローバリズム」です。これは資本収益率の最大化を目的として世界をグローバルな単一市場に変えようとする動きです。世界で推進されている移民促進も労働市場の単一化として拝金主義に関連しています。

本来であれば、グローバル化によって多国間の人々は、連帯できるはずでした。ところがこの「拝金主義」によって、人々の心に憎しみと排斥感情が生まれています。拝金主義こそ、本来あるべきグローバリズムを破壊する元凶だったと考えられるのです。

ところが、新聞・マスコミ・御用学者は、グローバリズムといえば、拝金主義だろうと博愛・互助精神だろうと文化交流だろうと、すべてごちゃまぜにして「グローバリズムだ」と主張し、拝金主義に染まりきったグローバリズムを人々にごり押ししてくるのです。

「本当のグローバリズム」を破壊しているのは何か?
拝金主義グローバリズム、
すなわち「新自由主義・市場原理主義」であると思います。