2021年2月2日火曜日

財政再建は、もはや100%不可能だ

 新型コロナ感染対策のために、日本の財政赤字はさらに拡大する事態となっているなか、財務省とその御用マスコミの多くが、さかんに「財政危機」をあおり、コロナ対策への財政出動を抑えようとやっきになっているように見受けられる。経済優先のGOTOキャンペーンあるいは東京オリンピックの推進に固執し、飲食店等への休業補償の拡大に後ろ向きであったり、給付金の支給に否定的であることからも明白だ。財務大臣からも「後世の借金をさらに増やすのか」発言も飛び出している。だが、断言しておこう。

「財政再建は、もはや100%不可能である」

 日本の危機はコロナ感染だけに終わるものではない。近い将来、確実に「関東大震災」「南海トラフ地震」が発生する。その被害は甚大となり、コロナとは比較にならないほど大規模な財政出動が求められることになる。財政再建はおろか、大震災が発生すれば、国債発行残高が2倍に拡大しても不思議ではない。さらに、場合によっては、増長する中国共産党による尖閣諸島への軍事侵略もあり得る状況だ。国家の危機に対して、今後ますます財政出動が必要となる、つまり、もはや財政再建は絶対に不可能なのである。それが「現実」だ。現実に目を背けてはならない。

 財務省は、あたかも「財政を再建しなければ国が滅びる」がごとくに吹聴しているが、まったくそんなことはない。むしろ、大災害の際に財政出動をケチって経済やインフラの維持を疎かにすれば、それこそが、日本国を滅亡へ導くことになる。極端に言えば、国債は「たかが借金」であり、最悪の場合、仮に踏み倒したところで、経済は一時的に混乱するが、やがて元に戻る。カネの問題は「帳尻の問題にすぎない」ので、リセットすれば再スタートが可能だ(ご破算に願いましてはw)。しかし、経済やインフラが破壊されると、再起不能になる恐れが十分にある。供給力が永久に棄損すれば、「財の生産そのものの問題」なので、いくら帳尻を合わせたところで、取り返しが付かない。

 財政再建の害悪を人間に例えることができる。すなわち、たとえ破産したとしても、破産で死ぬ人はいない。しかし、カネを惜しんで我慢したり、無理をして体を壊してしまえば、死んでしまうのである。

 日本には、まだまだ多くの危機が差し迫っている。にもかかわらず、この期に及んで、まだ財政再建をもくろむというのは、非現実的で、無責任な妄想に過ぎない。頭がお花畑なのである。財政再建は、ただちにやめなければならない。

 そして、「財政再建は100%不可能」なのであるから、財政再建をしない=国債の発行残高が増え続けるという前提で、物事を考えなければならないのである。つまり、国債の発行残高が増え続ける中で、経済が支障なく機能するような政策を行うことが重要である。現実に即した柔軟な発想が不可欠なのだ。これが令和の時代の「新常態(ニューノーマル)」である。アフターコロナの時代は、国債の発行残高が増え続けることを、常識としなければならない。そうしなければ、今後に日本を襲うであろう危機に対して、日本は対応できないのである。