2011年5月25日水曜日

日銀の国債引受を否定する日銀総裁の欺瞞

国債引受を「無から有を生み出す打ち出の小槌」とは笑止千万です。民間銀行の預金制度って何ですかね。現金を元に、その何倍ものおカネを無から生み出して貸し付けているのは、まさに「銀行の便利な道具」ではないのですか?

 おカネを生み出すのは、銀行はOKだが、政府はダメ。なぜなら、銀行の絶大な権力が揺るがされるから。日銀総裁の必死の形相が目に浮かぶようです。
 まず被災地を助けることが先決ではないのですか。インフレになろうが、財政規律が乱れようが、そんなものは後から正せば良いのです。日銀は被災者が苦しもうが死のうが、銀行の利益のほうが優先なのか?納得できません。


以下、記事掲載します。
復興財源に「打ち出の小づち」なし=国債引き受け、明確に否定―白川日銀総裁
時事通信 5月25日(水)17時0分配信
 日銀の白川方明総裁は25日、内外情勢調査会(会長・中田正博時事通信社長)で東日本大震災後の日本経済をテーマに講演し、国の借金である国債を日銀が直接引き受けることについて「無から有を生み出す打ち出の小づちのような便利な道具はそもそも存在しない」と述べ、明確に否定した。与党内の一部には、震災の復興財源を捻出するため、日銀の国債引き受けを求める声があるため、こうした動きを念頭に置いたものとみられる。
 白川総裁は「財政規律の低下を招きやすいという深刻な副作用がある」とも指摘。その上で、震災以降も国債が順調に消化されていることを踏まえ「市場の安定が保たれている間に、成長力の強化と財政の立て直しに向けた動きを進めていくことが不可欠だ」などと強調し、中期的な財政再建への道筋を早急に示すよう政府に促した。

2011年5月15日日曜日

6)おカネを刷るとハイパーインフレになるのか

最近はやや大人しくなった感がありますが、それでも未だに「おカネを刷るとおカネの価値が下がってハイパーインフレになる」と頑固に主張する人が居ます。そもそもおカネを刷ってもインフレになるとは限らない。ましてや、どうすればハイパーインフレになるのか私には理解できません。


おカネを刷るからおカネの価値が下がるわけではない


単純に考えれば、おカネを刷ればおカネの価値が下がる気がするのは当然です。しかしそれは算数の話であって、実際にはおカネの価値は通貨の総量の変化ではなく、市場取引で決まります。市場における財(商品やサービス)とおカネの交換レートがすなわちおカネの価値であり、物価です。これは需給の関係で決まるのであり、発行通貨の総量で決まるのではありません。国際間の為替取引においても、おカネは市場取引で決まります。まずそこを間違えると迷宮入りします。日銀が「円の毀損」などという感情的な表現を意図的に使うので惑わされますが、円の毀損などという発想がそもそも意味不明です。円の単位価値が下落しても、取引に使用される円の量が増え、取引される財の総量が同じであれば、国民への財の配分が減ることはありません。人々の生活で最も大切なのは通貨の単位価値ではなく、財(商品やサービス)の取引量なのです。


おカネを刷っても世の中に出回らない社会


では、どのような状況にあってもおカネの価値が下がらないのかといえば、そんなことはありません。一般にはおカネを刷ると、そのおカネが国民の所得を増やし、その所得を使って財(商品やサービス)を買おうとする人が増えます。この時、財の供給が間に合わない場合には、財の市場価格が上昇する事になります。これが物価全体で生じる場合にインフレと呼ばれ、おカネの価値が減ったと考えることができます。


では、現在の日本を考えてみます。ところで日本銀行の刷ったおカネはどのように経済に還流するのでしょうか?刷ったおカネはすべて民間銀行の当座預金に入ります。そして民間銀行が企業や個人にこのカネを貸し付けることで初めておカネが人々の手に渡ります。この貸付けたおカネが「預金」と呼ばれるものです。日銀の刷ったおカネは「預金」に変化してから「借金」として世の中に流れ出します。刷ったおカネがそのまま世の中に流れ出すことはありません。必ず「借金として」流れ出します。つまり、デフレ不況で借り手が居ない今の日本では、刷ったカネは利用されません。借りる人が減る一方で、銀行が過去に貸し付けたおカネの元本と利息は必ず返済しなければならないので、世の中のおカネはどんどん減る方向にあります。


そもそも現在の金融制度では、おカネは負債としてのみ社会に供給される仕組みです。おカネ(預金)はそれが生まれた瞬間に返済と利息を支払うことを義務付けられているのです。ですから、おカネを永久に増やし続けない限り利息を支払うことができずに経済は崩壊します。「おカネを刷らない」などというのは現代の金融制度を否定するのと同じことです。以下のビデオに詳しいので、ぜひご覧ください。





国債を日銀が引き受けると世の中におカネが出る


では、日銀が強力に拒否している「国債の直接引き受け」はどうでしょうか。刷ったおカネは銀行を経由せず公共事業などに直接使われますので、社会に直接還流し、国民所得を押し上げます。国民所得が増加するので財の需要が増加します。この時、財の供給が間に合わなければ物価は上昇することになります。一方で、今の日本では生産能力が有り余っており、デフレギャップが30兆円あるともいわれています。常識的に考えても、これだけ失業率が高いということは、潜在生産力がかなり大きいことが直感で理解できます。このような生産余力の十分にある環境では、需要の増加に対して供給をすばやく増加することが可能です。従って物価が大きく上昇するとは考えられません。仮に他の先進国レベルのインフレ(2~3%)になったとしても、循環通貨量の増加により財(商品やサービス)の生産総量は増えているのですから、国民への富の分配量は減るどころか、むしろ増えるはずです。もし減るとすれば所得の再分配機能が不全を起こしている場合ですので、その仕組みを調整すれば良いだけです。簡単に言えば、企業や高額所得者へ課税し、低所得者へ支給するということで格差が広がり過ぎないように調整するということです。


ちなみに国債を日銀が引き受けると、国債発行残高が増えて財政が破綻すると思うかも知れませんが、日銀は政府の銀行なので(最近は独立性を盾に国民を無視しているが)、利息を日銀に支払ったとしても、それは国庫に収められるので、国の歳入になります。おまけに借り換えを続ければ元本の返済すらする必要はありません。日銀が国債を引き受けると歯止めが利かなくなるという人が居ますが、議会が存在する法治国家でそんな事はありえません(一党独裁の国家ならあり得るが)。法治国家なら法律に明記すれば済むだけのことです。それが守られないなら、それは財政ではなく法律の問題です。


日銀が国債を引き受ける事と同じ機能を果たすものとして「政府通貨」があります。これも日銀が強固に反対していますが、政府通貨はすでに日本でも発行されており、それが「硬貨」です。硬貨には「日本国」と刻印されています。政府通貨を用いて公共事業などを行った場合も直接おカネが社会に還流します。政府通貨は借金として生まれたおカネではないので、銀行に返済する必要が無く、利息を課せられることもないのです。これが本当の意味での「通貨発行」なのかも知れません。余談が長くなりすぎました。


おカネを刷っても為替が暴落するとは限らない


おカネを刷ると為替が暴落すると信じ込まされている人も多いようです。もちろん一時的な暴落はあると思います。なにしろ今の為替市場は巨大な「カジノ」と化しており、「市場」などと呼ぶのもおこがましい状況です。ですから当然ながら暴落、暴騰を引き起こして互いにカネを奪い合う動きが出ます。今は世界の中央銀行が通貨をどんどん膨張させている一方で、日銀は通貨を出し惜しみしているために円高が進行しています。ギャンブラーなら、いずれ日本が金融緩和を推し進めざるを得なくなると踏んで、今のうちに円を買い漁ろうとするでしょうから、ますます円が高くなる。そして高値で売り抜こうとすれば、日銀が円を刷り始めたタイミングで一気に売りに走っても何ら不思議はないでしょう。当然、暴落すれば底値で買い戻そうとするので、再び戻る。もはや「市場の信認」とは「ギャンブラーの信認」という有様です。


ギャンブルのために上下にブレルことはあっても、為替相場の平均値は各国の通貨の発行量に応じて一定の値になると思われます(ならないとギャンブルが成立しないでしょうし)。片方の通貨だけが落ち続けるというメカニズムは存在しないと思います。通貨の信認が決定的に損なわれるのは、日本という国が財を生み出せなくなったとき、つまりデフレを放置して生産力が破壊された場合です。おカネを刷って景気が良くなれば、通貨価値のベースとなる財の生産力が維持されるため、おカネの増量による相場の相対的下落はあっても、暴落はありえないでしょう。


おカネを刷っても輸入が増えるだけ?


余談ですが、おカネを刷っても輸入が増えるだけで国内経済は活性化しないという話も出ます。そうでしょうか?輸入して販売した場合でも、仕入れ価格そのもので売るわけではありませんので、小売が活性化すれば当然ながらGDPは増加します。日本のGDPに占める輸入依存度は10%に満たないので、刷ったおカネの90%は国内で使われることになるはずです。しかも震災復興はインフラ(道路、橋、建物など)が大部分なので、輸入で対応できるものではありません(原料は輸入するが、もともと国内調達が低いので関係ない)。


さらに言えば、日本が輸入を増やすことは、世界の景気を活性化します。活性化した世界には日本の輸出品を購入する余力が生まれます。輸出が増えれば日本の景気は良くなります。マクロ経済は常に「循環」を前提に、連鎖反応を考えねば迷宮入りします。輸入を増やすことは輸出を促進することでもあるのです。そもそも輸出超過である日本は輸入を増やすのは当然で、それは円高を解消する事にもなります。


インフレとは単に通貨の価値の問題に過ぎません。通貨の価値が上がろうが下がろうが、人々に行き渡る財(商品やサービス)の量が維持・向上するなら何の問題もありません。通貨の価値を維持する事が人々の生活を保障するわけではありません。より多くの財を生み出し、より多くの人々に供給するためのシステムを考えるべきであり、通貨はそのための道具に過ぎません。


道具に振り回されて本質を見失うことは悲劇だと思います。

2011年5月8日日曜日

5)財源と経済成長を同時に実現(修正

復興にかかる財源は通貨発行または資産課税により確保することが最適で、消費税や所得税などを財源とするのは不適当です。なぜなら、消費税のようにフローへ課税することは国民の富を奪う一方で、日本にある生産余力をまったく活用しない方法だからです。

通貨量と生産量の関係

財源をおカネという視点だけから考えると、迷宮入りする危険性があります。日本には莫大な生産余力があります。それがデフレギャップと呼ばれるものです。デフレギャップが無いという人も居ますが、これは単純に考えてもおかしな話です。なぜなら失業率が非常に高く、労働力という最高の資本が余っているからです。失業者とは生産余力そのものであり、それはデフレギャップなのです。デフレギャップが無いという人は、本質を間違えていると思います。

活用されていない労働力、生産設備などを100%活用することが復興の財源になるはずです。しかし、現在財務省などが推し進めようとしている消費税や所得税の場合は、これらの生産余力を無視して、現在ある生産力を裂いて復興財源とするものです。これでは国民は貧しくなり、余っている労働力も活かされないのです。それを図で考えてみました。この図は、経済を生産量と通貨量を使ってモデル化したものです(ちなみに素人考えなので、この図を引用・転写されても責任は持てません)。



この図は、おカネと財(商品やサービス)の関係を示したもので、おカネの価値の裏打ちとして、財の生産があるということから、通貨と生産を対比して示したものです。財が生産されて初めておカネは価値を持ちますから、おカネの価値の裏側には常に生産があります。循環通貨量(売買に使用されるおカネの総額)は、実生産量(売買された財の総額)と同じです。つまり国民は通貨を使って財を購入するのですから、支払われたおカネの総額と実際に生産されて国民が受け取った財の総額は同じになります。財とは実態のある商品やサービスのことで、これが本当の意味で「富」と言えます。国民が受け取る富の量は、循環する通貨の量によって決まります。循環する通貨の量が増えるということは、国民の富が増えることを意味します。循環通貨はGDPと同じ額です。

一方、貯蓄は生産活動に影響を与えず、単に貯めこまれているだけです。貯蓄が増えようが減ろうが、国民の受け取る富の量には何ら影響を与えません。貯蓄とは「そこにおカネがある」というだけです(もちろん、貯蓄が投資として活発に循環していれば別ですが)。しかも貯蓄には裏づけとなる財の生産がありません。つまり貯蓄の価値は将来の生産力を担保としているのです。将来世代への負担です。その意味で、経済にとって貯蓄とは借金に近いものです。

一方、生産力は余っています。この生産余力が稼動すると生み出される財の量が増えますので、国民の受け取る富の量も増える事になるのですが、市場経済においては、財が売買されるためにはそれに見合うだけの通貨が必要となるため、循環通貨の量が増えない限り、生産余力が活かされることはありません。生産余力に見合うだけの通貨が不足しています。

消費税では生産余力を活かせない


次に、消費税や所得税を増税し、それを財源とした場合を考えます。消費税や所得税は循環通貨に課税されますので、国民所得が減ります。所得が減りますので、国民が受け取る富も減少します。そして減少した富の部分を財源として利用することになります。つまり国民生活に必要な富を生み出す生産を減らして、その生産を財源として振り替えている事になります。国全体としての生産量は不変なので、生産余力はそのままです。しかしすぐに気づきますが、なぜ、使われずに余っている生産力を利用しないのでしょうか?なぜ生産余力を使わず、わざわざ実生産を裂いて財源にしなければならないのでしょうか。不思議です。では、生産余力を活かす方法を考えてみます。

生産余力を財源とする方法

①通貨の発行益を利用する方法


増税のかわりに生産余力に見合うだけの通貨を発行して財源とします。するとそれに応じて生産が増加し、GDPが成長します。この増加する生産量が財源の裏打ちとなるのです。もちろん、これは経済がインフレ環境下のような、生産余力の無い状況ではできません。しかし現在の日本では物価下落が止まらず、高い失業率を示しており、デフレは解消されていません。つまり生産余力がまだまだ大きいのです。ですから、不足している分の通貨を発行し、生産余力を活用することができるはずです。これによりGDPは成長し、失業は減り、デフレも解消し、税収も増加して財政再建へも近づくことが可能なはずなのです。

この場合は政府通貨または特別な復興国債を日銀が引き受けることで可能となります。ところが、どちらも日銀が猛反対しています。政府通貨は現在も発行されています。それは「硬貨」です。硬貨は日銀とは別に政府が独自に供給している通貨です。ですから、それを増額するだけでこれは可能なのです。しかし日銀は猛反対しています。彼らの権益を侵すからです。通貨発行権とは国家を左右するほどに絶大な権力なので、これを独占する日銀は絶対に反対するのです。しかし通貨の発行権は主権であり、国民の侵してはならない権利です。

②貯蓄に課税する方法


消費税や所得税、法人税等と異なり、貯蓄への課税は循環通貨を奪うものではありません。それどころか循環通貨を増やす働きがあります。貯蓄に課税しても国民所得は減少しませんので、国民への富の配分が減ることはありません。そして貯蓄への課税で得た通貨を公共事業や給付金などに使用することで循環通貨が増加します。その増加した通貨に見合うだけGDPが成長し、それが財源となるのです。つまり資産への課税はGDPを増加させ、経済を成長させて国民を豊かにし、消費税や法人税などの税収が増加して財政再建も実現へ向けて近づくことになると思われます。

ただし、通貨の発行も貯蓄への課税も、それを財源として投資する対象を間違えると効果が損なわれてしまうのではないかという心配があります。たとえば失われた10年の間に国が借金して使われた600兆円もの公共投資は、経済を活性化することなく、高額所得者の金融資産と大企業の剰余金に化けてしまったからです。

そして、資産への課税は、これら600兆円の国の借金を資産として貯めこんだ人々から、それを返していただく事に他なりません。通貨が負債として供給されている現在の金融制度においては、やむを得ないと思います。

2011年5月5日木曜日

緊急!NHKがプロパガンダ

5/4ニュース9において「消費税=思いやりの心」という印象操作が行われました。

ニュースとは別枠で組まれた10分ほどのコーナーで、コメンテーターとして何処かのボランティアの代表らしき人物が登場し、当初は大震災で活躍するボランティアの話をしていた。そして、ボランティアに参加する心ある人々が、若者を中心にどんどん広がっているという話をしていた。日本人は思いやりの心を持っていると持ち上げた。突然、消費税の導入の是非に関する世論調査を円グラフ化したフリップが映し出された。

「消費税導入に30%以上の人が賛成しています。このように自分のためだけでなく、他者を思いやる心を持った人が30%以上にも増えて来ているのです。すばらしい。」という趣旨の発言をし、同席のアナウンサーも同感を示し「経済の事よりも、思いやりの気持ちが大切なんですね」のような発言。

消費税に賛成する=思いやりの気持ち、すばらしい、暖かい。
という印象操作。これは暗に
消費税に反対する=思いやりが無い、経済優先、冷酷。
という印象操作。を行っていることになります。

たとえば、これが「税」ではなく「寄付」の話であるなら、これはすばらしいことです。寄付とは善意です。強制ではなく、思いやりの心だからです。ところが「税」は根本的に違う。自分以外の他者にも強制力を持つ制度のことだからです。他人を強制的に巻き込む事、それは善意ではなく、政治の問題なのです。こんな初歩的な事をNHKが知らずに放送するはずがありません。

しかも巧妙なことに、このコーナーは消費税の話で終わる事無く、即座にボランティアの話に戻り、話を続けて終わる。サブリミナル的な手法も心得ています。

恐るべきNHKのプロパガンダ放送。

日本は再び戦前の暗黒時代に逆戻りするのでしょうか?

2011年4月24日日曜日

4)おカネの価格は何で決まるのか

<通貨の意味を問い直す時代に>

最近、日本銀行に対して金融緩和や国債引受の圧力が高まり、日銀はしきりに「円通貨を増やすと円が毀損する」と発言するようになりました。円の毀損とか日本売りなどの扇動的な表現が先行していますが、そもそも円の価値とは何でしょう。そして、円の価値は円を増やすと本当に毀損するのでしょうか?

おカネの価値は生産力で決まる

おカネには実需を満たすための何の価値もありません。おカネを持っているだけでは、空腹も満たせませんし、雨風をしのぐ事もできません。おカネを食べ物や住む場所と交換することで初めて人々は豊かな生活を送る事が出来ます。おカネがたくさんあっても、それと交換できる商品やサービスの量が不足していればおカネの価値は損なわれてしまいます。つまり、おカネの価値とは、交換可能な財(商品やサービスのこと)とおカネの量のバランスで決まることがわかります。基本的に、生み出される財の量は国内の生産能力によって決まるので、おカネの価値は財の生産能力によって担保されていることがわかります。

現代は経済のグローバル化が進んだため、財の供給は国内生産によってのみ行われるわけではありません。しかし、貿易で必要な財を輸入するためには、それに見合うだけの財を輸出する必要があるため(貿易均衡)、結局のところ国内の生産能力がおカネの価値を支えています。

円通貨を発行しないことが円を毀損する

ですから、もし日本銀行が現金を1円も発行しなかったとしても、日本の経済が不況のままで生産能力が崩壊を続ければ、円の価値は間違いなく毀損することになるのです。つまり円の価値を維持する方法は、円の発行を控えることではなく、財の国内生産力を高めることであることがわかります。財の国内生産力を高めるために円通貨の発行を増やした方が良いのであれば、円通貨の発行は円の毀損ではなく、むしろ円通貨の価値を維持するための積極的な行動であると捉えることもできるのです。経済は複雑な連立方程式であるため、円を発行することだけで円が毀損するという単純な事は起こらないのです。

円の価値が低下しても貧しくならない

多くの人は円の価値が低下すると生活が貧しくなると心配します。しかし実際には逆の現象が起きています。今の日本はデフレで円の価値はどんどん上昇していますが、国民生活は一部の富裕層を除いて苦しくなる一方です。人々の豊かさは円の価値で決まるのでは無いことが証明されているのです。では人々の豊かさは何で決まるのでしょう。これも財の生産力で決まります。

経済は生産と分配が基本です。市場経済の場合、分配を担うのが市場と通貨です。生み出された財の量と交換に用いられた通貨の総額の比率で価格が決まります。これがおカネの価値(おカネと財の交換レート)になります。交換の際に使われるおカネの総額が増加すれば交換レートが上昇してインフレとなります。しかしインフレになったとしても、生産された財はすべて交換されたわけですから、人々に分配され、人々が手にしたことになります。仮にインフレが毎年進行したとしても、生産され、交換される財の量が毎年増え続けるのであれば、人々が手にする財の量は増え続け、人々の生活は豊かになるのです。

つまり人々の豊かさはおカネの価値で決まるのではありません。より多くの財が生み出され、それが市場を通じてより多く人々に分配されることによって人々は豊かになります。おカネの価値とはその市場における財とおカネの交換レートに過ぎません。交換レート(おカネの価値)がどうなろうと、より多くの財が生み出され、より多くの財が交換されるなら何の問題があるでしょうか。

貧困はおカネの価値ではなくおカネの分配の問題

生産される財の量が増えるなら人々は必ず豊かになります。もしそうならないのであれば、それはおカネの価値の問題ではなく、おカネの分配の問題です。市場経済では財はおカネを介して分配されますので、おカネの分配が適切に行われなければ、せっかく大量に生産された財も必要とする人々に行き届かないことになってしまいます。これが貧困です。どれほど財の生産が増えて豊かな社会になっても、おカネの分配が適切に行われなければ貧困が発生します。貧困はおカネの価値が落ちるから発生するのではなく、おカネの分配が適切に行われないために発生します。逆にどれほどインフレになってもおカネの分配が適切に行われ、財の生産が円滑に行われるなら、貧困が発生することはありません。

積極的に円を毀損する必要アリ

デフレはインフレの逆で、おカネの価値が高い状態です。ではおカネの価値が非常に高い今の日本は豊かになったのでしょうか?実際には日本の生産力はデフレとそれを原因とする円高のために衰退しています。中国をはじめとする諸外国に生産拠点がどんどん移転しているのです。それでも日本が悲惨な状況に陥らないのは、移転しているのが低付加価値の商品の生産であり、生産総量が減少しても額で持ちこたえているからです。しかし低付加価値商品を生産してきた国内産業は壊滅し、失業者が溢れてしまいました。

このまま円の価値が高い状態が続けば、いよいよ高付加価値商品の生産も海外へ移転してしまうでしょう。産業の空洞化はTPPなどでカバーできるレベルではないのです(焼け石に水)。すると日本の生産能力は壊滅状態となります。それまで円の価値を支えてきた日本の生産力は崩壊し、円は為替市場において暴落することになります。

デフレで円が暴落、そして財政破綻。これが日銀のシナリオなのです。非常に危険です。これを防ぐためには、異常に高すぎる現在の円の価値を、むしろ積極的に毀損する必要があるのです。円を毀損することで、より深刻な円の毀損を食い止めることが出来る。禅問答でも何でもありません。経済は複雑なフィードバック・システムです。

民間銀行は円を毀損することで利益を得てきたのか?

円を増やすと円が毀損するというのであれば、民間銀行こそ円通貨毀損の元凶であると言えます。なぜなら、民間銀行は自らが保有する「現金」を元に信用創造という手法で「預金」というおカネを作り出しているからです。預金は現金と同じ扱いを受けていますので、その預金を作り出す行為は円通貨の毀損に該当します。現在の「預金」は「現金」の8倍くらいですから、民間銀行は円の価値を8倍も毀損したことになります。そしてこの預金を企業や個人に貸し付けることで銀行は利息を得てきました。ではなぜ円が暴落しないのか?それは、それに応じて生産と消費、つまり経済規模が拡大したからです。

つまりおカネを作り出すことが通貨の毀損であるという考えは根本的におかしいのです。おカネは経済規模の拡大に不可欠なものであり、おカネを増やさない限り経済は拡大しません。そればかりか、おカネを増やさない限り、銀行への利息さえ支払うことが出来なくなるのです(おカネの総額を利息の分だけ増やさないとシステムが破綻する)。

おカネを毀損するとかしないとか、そんなことは経済の本質ではありません。経済の大樹は生産と分配にあります。おカネはその道具に過ぎません。道具に振り回されること無く、本質を見据えたビジョンが今の日本に必要だと思います。

(つづく)